All Chapters of 聴力を取り戻した私。クズ夫を捨てて永遠に消える: Chapter 11 - Chapter 20

24 Chapters

第11話

凪はまず宝石鑑定士に依頼し、正式な鑑定書を出してもらい、そのネックレスが偽物であるという証拠を手に入れた。その後、警察へ駆け込み、美優が盗んだとは一切口にせず、慎重に状況を説明した。【昨夜、菊地徹に貸していたネックレスが、戻ってきたのですが、その時には別物にすり替わっていました】と伝えると、偽物であることを証明する鑑定書を提出した。その後、凪は病院へ向かい、中絶用の薬を手に入れた。穂花が流産させられた時、美優が麻酔も打たずに手術したことを凪は知っていた。いっそ、美優を捕まえて、その身に同じ苦痛を味わわせてやりたかった。しかし、そんなことをすれば、徹に怪しまれる可能性があるため、凪はぐっと堪えた。凪は事前に探偵に調査させ、徹と美優が密会している場所を突き止めていた。信じがたいことに、それは徹のオフィスだった。凪は隙を見て、オフィスのあるビルに忍び込み、二人が飲むであろうコーヒーサーバーに例の薬を仕込んだ。事後に必ずコーヒーを口にするはずだと、彼女は確信していた。凪が以前設置した小型の監視カメラで監視していると、予想通り、美優がオフィスに入ってきた。二人は服を脱ぐ暇もなく、すぐさま肌を重ね始めた。徹はデスクの引き出しを開け、ムチやロープなどの道具を次々と取り出した。彼は今のいら立ちを、すべて美優にぶつけていた。さすがの凪でも嫌悪感を覚え、眉をひそめたが、顔には出さず、そのまま聞き耳を立て続けた。耐えきれなくなった凪は、穂花にメッセージを送った。【あんなクズ男に、あんたは何年間執着してきたの?】凪は穂花が徹のことを心から愛していること、そして、彼と結婚するために、穂花が数々の陰口を叩かれ、傷ついてきたことを知っていた。実の妹ではあるが、凪は以前から穂花のことを強く疎ましく思っていた。一卵性双生児でありながら、自分は生まれつき耳が聞こえないのに、穂花は何不自由なく健常者として生きている、どうして自分だけが、生まれてからずっと、周囲から異質な目で見られなければならないのか?その不公平さゆえ、凪は妹である穂花を憎んでいた。しかし今や、穂花は家の中であれだけ苦しめられているだけでなく、外でも踏みにじられており、そのあまりにも惨い二人の仕打ちを目の当たりにしていると、今度は穂花の弱さが歯がゆくてたまらなくなった
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第12話

凪はお金で看護師2人を雇い、ある噂を広めるように命じた。噂を広めるため、その看護師たちは、歩きながら他のスタッフに話しかけた。「ねえ、さっき菊地徹さんが運び込んできた女の人見た?」「産婦人科医の大塚美優先生でしょ。相当派手に遊んで、流産したって話よ」「前は独身って言ってたのに、もう子供ができたの?」その噂は瞬く間に広がり、あっという間に病院中に知れ渡った。しかも、その美優を運び込んだのが、この病院の出資者である徹本人だった。噂好きな人たちばかりだったため、「相手は菊地徹ではないか?」という憶測が一気に広まり、話は尾ひれをつけて拡散していった。美優が目を覚ました直後、凪は容赦なく彼女の頬を平手打ちした。「穂花、気が狂ったの?何するのよ!」凪がもう一度手を上げようとした瞬間、徹が後ろから彼女を抱き止めて言った。「穂花、落ち着いてくれ、体に障るぞ」凪は強引に徹の腕を振りほどき、震える手でスマホを突きつけた。【美優さんが妊娠したのは、徹の子供でしょ?彼女が妊娠したから、私のお腹の子を堕ろさせたの?】凪の突然の問いに、徹は言葉に詰まった。唇を噛みしめて、苦しげに呟く。「穂……花、俺は……」彼は必死に弁解しようとしたが、言葉が出てこなかった。まさか、結婚前から美優と肉体関係があったなどと言えるはずもなかった。やがて絞り出されたのは、ただ一言だった。「……そうさ」しかし、徹はすぐさま慌てて首を振った。「違う!穂花、美優の妊娠のせいじゃない。君の子を流産させたのは、遺伝的に聴覚に問題があるかもしれなかったからで、子どもの健康が理由だったんだ。誓って……」徹が言い終わるより先に、凪は素早くスマホに文字を打ち込んだ。【信じないわ、徹が嘘をつくとき、いつも美優さんがあなたの隣にいるもの。私、全部知っているの。耳が聞こえなくても、目は見えているんだから】穂花に全てを知られていたと分かり、徹の顔が青ざめた。どう言い訳すれば許してもらえるのか、徹はただうろたえるしかなかった。凪は徹の中に芽生えた罪悪感を余さず見抜いていた。彼に「自分はこんなに良い女を裏切った」と思わせることこそが彼女の狙いであり、そうすることで、美優を徹の世界から追い出せる。【徹、もし美優さんと完全に縁を切れないのなら、私たちは離婚
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第13話

美優の名声は地に落ち、凪の思惑通り、美優は一躍A市で「時の人」として祭り上げられた。美優は以前、病院代表としてインタビューを受けたことがあり、その整った顔立ちと的確な受け答えで、SNSにもかなり数のフォロワーがいたのだが、今回の騒動が明るみに出ると、一気に拡散され、ネット上で炎上した。ネット上では「穂花」に同情する声が相次いだ。【普段あんなに清廉ぶってるくせに、裏ではそんなことしてたのか】【男に飢えすぎでしょ。他の男にまで手を出すなんて】【不倫女、一生不幸になればいい】【本妻が可哀想。噂によると、この不倫女、本妻のお腹の子まで流産させたんだって】さらにネットユーザーの調査により、穂花の手術を担当していたのが美優だと特定された。不倫女が本妻の手術を担当していたという事実だけでも十分スキャンダラスな話だったが、そこに人々の憶測が次々と飛び交い、怪しげな陰謀論までもがネットに書き込まれるようになった。病院側はイメージを守るため、やむを得ず美優を一時的に停職処分とし、さらに徹底的な調査を行うと発表した。騒動のあと、院長は徹に判断を仰ごうと電話をかけたが、今の徹は穂花への罪悪感で頭がいっぱいで、美優のことなど気に掛ける余裕もなかった。彼は電話で院長を怒鳴りつけて言った。「そんな小さなことまでいちいち俺に聞くな!規則通りに処理しろ」徹の了承を得た院長は、直ちに美優の懲戒解雇を決定した。その知らせを聞いた美優は、まだ回復しきらない体を押して、菊地家へ向かい、徹に説明を求めた。「徹、どうして私にこんなひどい仕打ちをするの?」薄着のまま雪の中に立ち、執事に阻まれた美優は、絶望の中、徹の自宅へ向かって叫び続けた。凍えながら震える美優を、徹は二階のバルコニーから冷ややかに見下ろしていた。「大人なら、自分の過ちには責任を取るべきだ。お前が穂花にしたことは全部知っている。穂花を傷つけた時点で、こうなる覚悟はできていたはずだ」顔を真っ青にした美優は、ヒステリックに叫んだ。「私がしたことは全部、あなたのためよ!あの時、私と結婚するって言ったじゃない!その言葉を信じて生きてきたのに、手のひらを返して穂花なんかと結婚するなんて、あまりに卑劣じゃない!」これ以上美優に騒がれて、凪が刺激されるのを恐れた徹は、執事に言って、美優を門の外へ
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第14話

徹は「穂花」を長い間見つめ、最近の彼女の様子を思い出していた。あの時、穂花を部屋に閉じ込めてから、彼女はまるで別人のようになった。本当に一晩で人がこれほどまで変わるものだろうか?彼女の好き嫌いまで変わっていたのだ。徹の脳裏にある考えがよぎったが、あまりにも荒唐無稽だったため、彼はすぐに打ち消した。それでも、目の前にいる「知らないのに見慣れた」穂花の存在には、どうしても違和感を拭えずにいた。徹は感情を抑え、何事もなかったかのように冷静に言った。「穂花が嫌なら無理はしない。執事が買ってきたマンゴーがあるんだけど、剥いて食べさせてやろうか?」マンゴーは凪の好物だったため、彼女は反射的にうなずいてしまった。その瞬間、徹の瞳がすっと暗くなった。目の前の人物が穂花本人ではないと、ほぼ確信したからだ。「……穂花、君はマンゴーアレルギーだったよね?」凪の体が一瞬こわばった。穂花のアレルギーのことも、今の問いかけが自分を試すものだったとも知らなかったのだ。思わず徹を見上げたが、もう誤魔化しようがなかった。アレルギーを忘れるなどという言い訳は通用しない。観念した彼女はスマホに打ち込んだ。【そうよ、私は穂花じゃないわ】あっさりと認められた瞬間、徹の瞳は大きく揺れ、衝動的に凪の腕を掴み上げた。「じゃあ穂花はどこだ!お前は一体何者なんだ!」凪は口元に不敵な笑みを浮かべ、落ち着いた手つきでスマホを打ち終えると、それをゆっくりと彼の前に突き出した。【さあね?穂花と瓜二つの人間が他にもいたら不思議でしょう?あなたがしてきたことを穂花が何も知らないとでも思ってたの?こんな汚い現実を知っても、穂花がまだここに残るとでも?】どうして徹ここまで鈍感でいられたのだろうか。最初に凪を見た瞬間から、違和感は確かにあったはずなのに。なぜ穂花がすでに自分の前から去っている可能性を、疑おうとしなかったのか。徹は震えながら凪の肩を強くゆすり、鬼のような形相で叫んだ。「穂花はどこだ!死にたくなければ教えろ!」徹の哀れな姿を見て、凪は楽し気に微笑むと、指先で「こっちへ来て」と手招きした。徹が顔を近づけた瞬間、彼女は一切の躊躇もなく、思い切りその頬を平手打ちした後、スマホに冷酷な一文を打った。【どうして教える必要があるの?穂花はもうA市を出たわ。
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第15話

徹はすぐさま部下を差し向け、穂花の行方を調べさせた。しかし、3日経っても秘書が掴めたのは、穂花がS市へ向かったという事実だけだった。それ以上の足取りは、完全に途絶えていた。苛立ちを抑えきれなくなった徹は、秘書を何度も激しく蹴りつけた。「この役立たずめ。金を積んででも探し出せと言っただろう!」「金も人も惜しまなくていい。どんな手を使ってでも、穂花を見つけ出せ」徹の身勝手で穂花を追い詰めておきながら、その苛立ちを部下である自分にぶつけるなんて、と秘書は内心あきれ果てていた。しかし、口に出せるはずもなく、頭を下げて答えるしかない。「申し訳ございません、直ちに再調査いたします」書斎は再び静まり返り、徹はウイスキーのボトルを開けた。穂花がいなくなったという現実を、まだ徹は受け止めきれていなかった。あれほど自分を愛していた穂花が、どうして何も言わず、しかも跡形もなく、消えてしまったのだろうか。明らかだったことは、穂花は徹に見つからないように、意図的に痕跡を消していた。彼の中では、穂花はずっと理想的な妻であり、菊地家のことを隅々まできちんと切り盛りしてくれる存在だった。徹の両親も、穂花のことをいつも褒めていた。唯一の欠点と言えば、彼女が余りにもお堅いことだった。結婚して3年が経っても、身体を触られるたびに、彼女は顔を真っ赤にしていた。最初のうちは、そんな初々しさが面白いと感じられたが、次第に物足りなさを覚え、退屈に思うようになっていた。もともと徹は、穂花に出会う前から、非常に奔放に遊んでいたが、彼の爽やかで明るい容姿のせいで、その私生活が乱れているなどと見抜ける者はほとんどいなかった。もちろん、穂花のために、そうした女関係から足を洗おうと考えたこともあった。しかし、そのような快楽の習慣はまるで麻薬のように依存症となり、一度離れても、結局また引き戻されてしまうのだった。いつしか徹は、穂花にさえバレなければいい、自分はずっと穂花を愛している、と自分に言い聞かせるようになっていた。穂花の身体に傷痕を残すことはしたくなかったし、徹の歪んだ嗜好を知られて嫌われるのも怖かった。だから、徹は穂花にだけは、そのような仕打ちはできなかった。しかし、穂花の下した決断は、徹の想像をはるかに上回るほどに揺るぎないものであ
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第16話

美優は、徹が来るのだと信じて、薄手の下着姿のままホテルの部屋のドアを開けた。しかし次の瞬間、なだれ込んできたのは見知らぬ男たちだった。その後ろから、徹がゆっくりと姿を現した。彼を見た瞬間、美優の顔から血の気が引いた。「徹、一体どういうつもりなの?」徹は何も答えず、手で合図を送ると、男たちが一斉に美優に飛びかかった。美優は助けを求めて叫ぼうとしたが、口をガムテープで塞がれ、声にならない叫びをあげながら、必死にもがいた。徹はもともと、愛情のない相手には一切の情けをかけない男だった。美優の惨めな姿を見下ろしながら、徹は目にかすかな冷笑を浮かべた。「そんなに男を誘惑するのが好きか?今日という今日まで、存分に味わえ」そう言うと、彼はカメラを設置した。徹が何をするつもりか悟った美優の目から、涙が溢れ出た。必死に抵抗するが、口を塞がれたまま、一言も発することができなかった。彼女が目を真っ赤にして泣いても、徹の心は微塵も動かなかった。むしろ苛立たしげに、早く始めろと指示を出した。部屋中に男女の生々しい声が響き渡り、すべてがカメラに収められた。3時間後、床に力なく崩れ落ちた美優の姿を見下ろし、徹は吐き捨てるように顔をしかめた。靴先で彼女の顔を踏みつけながら言い放った。「これはただの警告だ、二度と俺の前に現れるな。さもないと、この動画がどこへ流れるか……わかるだろ?」美優は恨みを込めて顔を上げ、かすれた声で言った。「あなたはいつか必ず、報いを受けるわ」その瞬間、彼女の中にあった徹への想いは、完全に消え去った。こんな薄情な男を愛してしまったことを、心の底から後悔した。徹は彼女の言葉など微塵も気にせず、鬱憤を晴らすかのように、彼女の顔を踏みつけ続けた。「穂花がいなくなったのは、全部お前のせいだ!穂花が見つからなかったら、美優、お前はタダじゃ済まさないからな」美優が必死に抵抗すると、徹は一層力を入れて美優の顔を踏みつけた。徹は気が済むまでやった後、自分の靴が汚れたことに気づき、冷たく吐き捨てた。「汚らわしい。せいぜい、俺が穂花を見つけられるよう祈っておくんだな」徹が立ち去ってほどなく、警察がホテルに到着し、美優は連行された。その後の捜査で、美優が故意に穂花のネックレスをすり替えていたことが
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第17話

穂花にとって、この凪という姉は複雑な存在だった。穂花は、姉である凪に憎まれていることを知っていた。双子として生まれた以上、一方が光を浴びれば、もう一方は影に回るしかない運命だったからだ。幸か不幸か、健康に生まれたのは穂花だった。しかし、両親の関心はすべて、病弱な姉の凪に向けられていた。小さい頃から、両親は何度も言い聞かせてきた。「穂花、お姉ちゃんは体が弱くて大変なのだから、お姉ちゃんに譲ってあげなさいね」その言葉は呪いのように穂花にまとわりつき、いつしか、何事においても凪に譲る、ということが彼女の当たり前になっていた。どんなことでも凪を優先させる。それが、穂花にとって当たり前の日常となっていたのだ。だから今回も、そうなることは分かっていた。穂花は凪に対して負い目を感じており、A市を離れたあと、S市で暮らすことにした。この街は気候も穏やかで、生活のリズムも落ち着いており、穂花にとっては居心地の良い場所だった。市内の中心部に小さなマンションを借りて新生活を始めると、穂花はかつて自分が大好きだったものを少しずつ集め始めた。彼女は大学で美術を専攻しており、そこで水墨画を学んでいた。もともと才能はあったのだが、徹と結婚して以来、その道から距離を置くことになってしまった。暇なときに少し描く程度ではあったが、もし本格的に打ち込んでいれば、今頃は業界でも名の知れた存在になっていたかもしれない。しかし、今や菊地家という縛りから解放され、何を始めるにも遅すぎることはなかった。翌日、身支度を整えた穂花は空港へ向かった。待ち合わせの時間が近づくと、穂花は【もう着いた?】と、何度か凪にメッセージを送った。しかし凪からの返信は一向になく、不安になった穂花は、思い切って電話をかけた。呼び出し音が鳴ったかと思った途端、すぐに切られてしまった。わざと切られたのだと、すぐに分かった瞬間、穂花の胸の中に嫌な予感がよぎった。そして次の瞬間、見覚えのある人影がこちらへ歩いてくるのが目に入った、徹だ。徹の姿は、穂花の心に深く刻み込まれていたため、人混みの中でも、一目で彼を見つけることができた。逃げ出そうとした穂花だが、すでに徹のボディーガードたちが周囲を取り囲んでいた。「穂花、やっと会えたね」徹が優しい声で言った。まる
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第18話

穂花は、徹がどれほど汚い手段を使ってきたかを知っている。A市で権力をほしいままにする人の中で、裏で怪しいことをしていない人がどれほどいるだろうか。もし徹が穂花を強引に連れ去ろうとすれば、穂花に打つ手はない。穂花は、自分がどうあがいても無駄だと悟り、最後に一つだけ、S市での自分の用事をすべて片付けさせてほしい、と要求を伝えた。徹はそれをあっさりと受け入れた。どうせ自分が常にそばについていれば、彼女が再び逃げ出すことなどないと高を括っていたからだ。穂花のマンションに戻ると、部屋に並べられた絵画の道具を見て、徹は軽く鼻で笑った。「穂花、絵が好きなら、俺がいくらでも買ってやるぞ。わざわざ自分で苦労して描く必要なんてないだろう。君はただ俺に養われて、何もせず、身の回りの世話をしてもらっていれば十分なんだよ」だからこそ結婚した当時、徹は穂花に自分の夢をあきらめさせることに、何の躊躇いもなかったのだろう。そして穂花もまた、恋に溺れていたがゆえに、その言葉を受け入れてしまった。今思えば、本当に愚かなことだった。穂花は反論もせず、黙々と部屋を片付けると、大家に連絡して解約の手続きを済ませた。部屋を出る前、彼女はもう一度だけ部屋の中を見渡した。買い揃えた道具を置いていくのが、少しだけ惜しかった。その後、徹は穂花をA市へ連れ帰った。道中、徹は穂花に美優の動画を見せた。苦痛に歪む声、むき出しの肌、あまりの生々しさに、穂花は吐き気を覚えた。動画の中で、美優は人間として扱われることなく、ただ蹂躙されていた。それを見て、穂花でさえわずかな同情を覚えてしまった。徹は得意げに言った。「穂花、君のためにあの美優を始末してやったぞ。あいつが君のネックレスを盗んだんだ。もう捕まって、最低でも10年は刑務所暮らしだ」そう語る彼の目には、一片の情けもなく、まるで他愛のない世間話をするような口調だった。それが、穂花にはひどく不気味に感じられた。彼女はこれまで、徹という人間をちゃんと理解していなかったのかもしれない。穂花の中での彼は、明るくまっすぐで、何事にも全力で向き合う少年のままだった。女性を大切にし、弱い者にも優しい人だと思っていた。しかし今の彼は、まるで自分には何の非もないと言わんばかりに、全ての責任を美優に押し付けている
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第19話

穂花は、凪がなぜ金を必要としているのかも、海外でどんな生活を送っているのかも、何一つ知らなかった。しかし、そんなことはもはやどうでもよかった。部屋に戻って間もなく、徹が入ってきた。穂花が黙ったままバルコニーに座っているのを見て、凪との会話が上手くいかなかったのだと察した。彼は軽く咳払いをし、できるだけ優しい声で言った。「穂花、あいつが目障りなら、今すぐにでも追い出すぞ」穂花は皮肉を込めて言い返した。「じゃあ今、あなたのことも嫌いだって言ったら、一生私の前から消えてくれるの?」菊地家に戻ってからの穂花は、まるで棘のある薔薇のように、少しでも会話がかみ合わないと、すぐに棘を向けるようになっていた。それでも徹は怒ることなく、笑みを浮かべたまま言った。「穂花、まだ怒っているのは分かってる。でも、俺にもチャンスをくれよ。浮気しただけだし、別に取り返しのつかないことをしたわけじゃないだろ?」浮気というものは、一度あれば二度目もある。今どれだけ甘い言葉を並べても、時間が経てばまた同じことを繰り返すに違いない。今回の件で、十分すぎるほど学んだはずだ。穂花も、二度と同じ愚かな過ちを繰り返すつもりはなかった。穂花が沈黙を貫いても、徹は無理に問い詰めることはしなかった。いずれにせよ、穂花はもう徹の自宅に戻っており、心を変えさせる時間はいくらでもあると思っていた。前回の教訓を踏まえ、徹は自宅の敷地内に多くのボディーガードと使用人を配置していた。穂花がどこへ行くにも、浴室に行く時でさえ、常に誰かが付き添った。もはや穂花には、自由など一切なかった。このまま一生、徹に自宅に閉じ込められて生きるしかないのだろうか。凪が海外へ出発する前夜、彼女は珍しく穂花を夕食に誘った。穂花は断ることはせず、市内の飲食店で待ち合わせをした。姉妹が二人で落ち着いて食事をするのは、これが初めてのことだった。凪はビールを一口飲み、少しろれつの回らない声で言った。「穂花、あなたが私を恨んでるのは分かってる。私だってあなたが嫌い。でも一つだけ忠告する。徹からは、できるだけ早く離れなさい。彼は、あなたが思ってる以上に最低な男よ」その思いがけない忠告に、穂花は皮肉げに笑った。「……そもそも、あなたがいなければ、私がこの家に戻ることもなかったは
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第20話

美優は穂花を見るなり、狂ったように襲いかかろうとしたが、二人の屈強なボディーガードに両腕を羽交い締めにされた。「穂花、ずいぶん運がいいのね。でも、その幸運がいつまでも続くと思わないで。いつか必ず、あなたを消してやるわ」穂花は、なぜ彼女がそこまで自分を恨んでいるのか分からなかった。自分は、美優を一度も傷つけたことなんてない。仕事を失い、子どもを流産したのも、すべて彼女自身が招いた結果ではないのか。美優が好き放題に罵るのを聞き、徹は目を吊り上げ、容赦なく彼女の腹を蹴り上げた。「身の程を知れ。死にかけているくせに、まだ穂花を脅すつもりか。言ったはずだ、二度と穂花に触れるなと」美優の体は、まるで紙のように軽く吹き飛ばされた。青ざめた顔で徹を見上げた美優は、全身を震わせた。「徹、私はただあなたを愛していただけよ。先に出会ったのは私なのに、どうして穂花が横取りするのよ!」彼女はぶつぶつと独り言を言ったかと思えば、次の瞬間、狂人のように叫び出した。騒がしさに苛立った徹はボディーガードに目配せし、すぐに美優の口に布を押し込ませた。美優はもはや嗚咽を漏らすことしかできなくなった。徹は穂花に向き直った。「穂花、どう始末する?君の好きにしていい。いっそ、命を奪っても構わない」その言葉に穂花は顔を上げ、徹の穏やかな瞳を見つめた。なぜ彼は、こうも平然と人の命を奪うようなことができるのだろうか。美優に恨みがあるのは分かるが、彼女は彼と幼なじみとして育ってきた仲ではないのか。仮に美優に罪があったとしても、裁くのは法であり、私刑ではないはずだ。そうでなければ、自分たちも彼女と同じではないか。穂花が黙り込んでいると、徹は彼女の性格を察し、優しく言い聞かせるように続けた。「穂花、この世は白黒だけじゃない、法律じゃ裁けない悪もある、美優だってせいぜい数年の刑だ。精神疾患を証明すれば、逃げ切ることだってできる。君がお人よしだからといって、相手もそうだとは限らないんだ」確かにそうだ、と思った。凪の哀れな姿が、今も脳裏に焼き付いている。穂花が美優を傷つけたことなど一度もないのに、美優は自分を殺そうとしたのだ。徹の言うことにも一理ある。しかし同時に、恐ろしい事実にも気づいてしまった。彼が美優にここまで残酷
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