夫である佐伯航平(さえき こうへい)が家庭に戻って五年目。私たちは霊園で、彼のかつての浮気相手である瀬戸陽葵(せと ひまり)と偶然再会した。彼女にかつての傲慢な面影はなく、静かに合掌するその姿は、どこか落ちぶれて哀れに見えた。私、浅見綾香(あさみ あやか)は関わりを避けるため足早に通り過ぎようとしたが、ふと隣にいる航平がその場に立ち尽くしていることに気がついた。彼はじっと彼女を見つめていた。私は無意識に拳を握りしめ、声をかけた。「航平?」その声に、二人はびくりと肩を震わせた。彼女が顔を上げた瞬間、航平は弾かれたように視線を逸らし、私の肩を抱き寄せた。その瞳に浮かんでいた痛ましい色は、すぐさま罪悪感と媚びを含んだ色に塗り替えられた。ただ、両親の墓に線香を供える際、彼は何度か上の空になり、火で手を火傷していた。帰りの車内でも、危うくガードレールに衝突しそうになっていた。玄関で靴を脱ぐ時、ずっと押し黙っていた航平が不意に口を開いた。「綾香、会社に忘れ物をしたみたいだ。ちょっと取ってくる、すぐに戻るよ」彼は逃げるように急いで出ていき、バタンと激しくドアが閉まる音が、私の言いかけた言葉を遮った。私は胸の内に込み上げてくる感情を抑え込み、彼の後を追った。本当に会社へ向かっているのか、それとも、私たちの家庭を無残に壊したあの女であり、同時に、両親を轢き殺した加害者の娘でもある女のもとへ行くのか。それを自分の目で確かめたかった。視線の先で、航平の車が一直線に霊園の方角へと向かっていく。その光景が、彼の嘘を無惨に暴き出した。私は血の気が引き、急いでタクシーを拾って彼の後を追った。航平の車は、何度も視界から消えそうになるほどスピードを出していた。まるで、一秒でも遅れれば陽葵を逃してしまうと恐れているかのように。そう思うと、どろりと苦い感情が胸を締め付け、呼吸すらままならなくなる。「航――」無意識に彼の名前を呼びかけて、私は慌てて口を噤んだ。心臓の持病の発作が起きるたび、彼がすぐに薬を差し出してくれる日々に慣れきっていた自分に気づき、滑稽に思えた。それなのに、今は……この時、私の心の中にふと一縷の望みがよぎった。震える指で航平に電話をかけた。電話はすぐにつながり、彼はいつも
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