All Chapters of 夫の初恋が帰国。身代わりの私は対テロ部隊へ: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

勲の言葉は、まるで重い一撃となって海斗の神経を揺さぶった。「怜奈は国際対テロ特殊部隊として、X国に行ったんだ」その事実に海斗の瞳孔が急激に収縮した。どうしてあんな危ない場所に?そこは戦火が絶えず、いつ死んでもおかしくない場所なのだ。「そんなはずは……」自分に言い聞かせるように、海斗の声はかすれていた。「あんな危険なところに、怜奈が行くなんて……」「お前はあの岩崎家の小娘以外、目に入らないんじゃないのか?」勲は鼻で笑うと、意味深に言った。「海斗、お前は大切なものを完全に失ったんだ。怜奈はすべてを懸けてお前に歩み寄ろうとしたのに、お前は見ようともしなかった。以前、お前が高熱を出した時、怜奈は3日間つきっきりで看病した。仕事で胃潰瘍になった時だって、怜奈が寝ずに看病していた。お前はどうだ?自分を支えてくれた怜奈も顧みず、他の女と遊び歩いて、怜奈が遠くへ行ってしまうまで何も気づかなかったんだぞ!」そう言われ、立ち尽くす海斗の胸は激しく上下し、勲の言葉に深く突き刺されるような痛みを感じた。そして、脳裏に様々な記憶が駆け巡る。毎朝ベッドサイドに置かれていたホットミルク、自分が帰るのを待つうちにソファで寝落ちした怜奈の横顔、そして自分が冷たくあしらっても変わらず見せてくれた健気な笑顔……その怜奈が、本当にもういなくなってしまったのだ。「俺は……」込み上げる罪悪感で海斗は喉が詰まったかのように、絞り出した掠れた声で言った。「怜奈を探しに行きます」「今更急いだって遅いんだ。怜奈は出発する前、二度とお前とは関わりたくないと言い残した」海斗は足止めを食らったように一瞬動きを止めたが、何も言わずに背を向け、大股で出て行った。「すぐにX国への一番早いチケットを手配しろ。今すぐだ!」電話を切ると、海斗はアクセルを深く踏み込み、高速道路を疾走した。同じ頃、X国では絶え間なく作戦が執行されていた。怜奈は部隊に従って難民キャンプで物資の配布に向かった。しゃがみこんで難民の小さな女の子の膝の傷を処置していたその時、突如として爆音が響いた。「敵襲だ!全隊警戒!」哲也の叫びが砂埃の中を貫いた。怜奈は咄嗟に女の子を抱き上げ、バンカーに向かって走った。耳元を掠めていく弾丸。焦げた火薬の匂いが鼻をつく。「
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第12話

消毒薬の鼻を突く匂いで意識が戻った怜奈は、睫毛を震わせながらゆっくりと瞼をあけた。数秒して視界が定まってきた。目に飛び込んできたのは白い天井と、殺風景な病院の設備だった。ここは……キャンプの病院?「目が覚めたか?」隣から聞き覚えのある、低い男の声が聞こえた。怜奈が顔を向けると、ベッドの脇に哲也が座っていた。無精髭を生やした顔、目の下の深いクマは、彼が長らく眠っていないことを物語っているようだ。怜奈は口を開こうとしたが、喉が渇いて声が出なかった。哲也がすぐに彼女を起こして、水を差し出した。グラスを受け取り、ゆっくり飲む怜奈の目に入ったのは、哲也の右手に巻かれた包帯だった。うっすらと赤い滲みが広がっている。「ケガをしてるんですか?」怜奈が顔をしかめて、思わずその手へ伸ばした。「かすり傷だ」哲也はハッとして手を引っ込め、淡々と言った。病室のドアが開き、医師が入ってきた。怜奈を見てホッとしたように笑う。「やっと目覚めたんですね!これ以上目を覚まさなかったら、誰かさんは暴れて、ここを壊してしまうところでしたよ」そう言って、医師が視線で哲也を促すと、哲也は気まずそうに顔を逸らした。怜奈は不思議そうな表情で哲也を見つめた。「処置を頼みます。俺はちょっと外に出てるから」そう言って、哲也は強張った足取りで病室を出ていった。背中を見送った医師は、ため息をつきながら処置を進めた。「あなたが昏睡状態だった数日間、彼は一睡もしていないのですよ」医師は、哲也が去っていったドアを指差した。「あのケガも、あなたを助けた時に負ったものです。破片が深くまで入り込んで10針以上も縫ったのに、治療もそこそこに離れようとしなかったんですから」それを聞いて怜奈の胸がキュッと縮み、意識が朦朧としていた時に聞こえた泣き声が脳裏をよぎる。「しっかりしろ……頼むから……これ以上、誰も失いたくないんだ……」あの時は幻聴だと思っていたけれど。夢じゃなかったんだ……怜奈は閉まったドアを見つめ、聞こえてくる医師の声が次第に遠のいていく中で考えた。哲也、あなたは私を……一体、どう思っているんだろう……それから、脚のケガが癒えるまで任務参加は許可されず、怜奈は医師の勧めでリハビリのために訓練場へ向かう日々が始ま
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第13話

海斗は凍りついた。「杏さんと一緒にいる時、一度でも私のことを考えたことはあるの?」怜奈は問い続けた。声は震えていたが、その言葉一つひとつが刃のように海斗に突き刺さった。「杏さんの誕生日、好物、それにうつ病のことは覚えているのに、私は?あなたのために輸血をして、これまでも身を挺してあなたの体裁を守り、日夜尽くしてきたのよ。だけど、あなたはどうなの?」その瞬間、海斗の顔から血の気が引いた。そして怜奈は疲れ切った様子で背を向けると、結局振り向くことはなかった。「もう帰って。二度と私の前に現れないで」哲也が海斗を冷ややかな目で一瞥すると、怜奈の腰を支えて連れ去った。その場に取り残された海斗は、二人の背中を見つめながら、心の一部を抉り取られたような喪失感に襲われた。かつては自分だけを見つめてきた怜奈の瞳には、今や冷淡さしかなかった。もはや彼女が自分を見てくれることはないだろう。それに、あの見知らぬ男が、なぜ怜奈の傍にいるのか?そう思うと海斗は拳を固く握り締め、爪を掌に食い込ませた。どうしてこれほどの焦燥感に襲われるのか彼自身も分からないが、ただ、怜奈が他の男のところへ行くことを絶対に許せないでいることだけは確かなのだ。この日を境に、海斗の執着心は火がついた。国際対テロ特殊部隊の仮設キャンプで、海斗は丸2週間を過ごしていた。体に合わない戦闘服姿でテントの外に立ち、ただひたすらに地平線の先を見つめていた。吹き荒れる風で唇は割れて血が滲んでいたが、海斗は痛みにすら気づいていなかった。「海斗、一体いつまでこうしているつもりなの?」怜奈は彼の背後で、呆れ果てたように声をかけた。「国際対テロ特殊部隊は遊びじゃないの。ここはいつ銃撃戦になるかも分からない場所よ。御曹司のあなたには不向きだし、迷惑にしかならないの」海斗は答えなかった。「私の話を聞きなさいよ!」耐えかねた怜奈の怒声を受け、海斗はやっと振り向いて彼女を見た。前回の対立以来、怜奈は海斗を徹底的に無視していた。彼女は哲也と訓練を重ね、任務に就き、宿舎まで替えて海斗と顔を合わせないよう避けていた。一方、海斗も彼女の決意を感じていた。その事実が海斗の胸を突き刺し、息が詰まるほど苦しく感じた。だからこそ帰国を先延ばしにし、ボラン
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第14話

一方、ひとりキャンプに戻った海斗は、地面に跪き、拳を地面に叩きつけた。彼が行った救出作戦は、完全に失敗だった。危険を顧みず敵のアジトに突入しようとしたが、敵の増援に阻まれ、多勢に無勢だったのだ。「怜奈……」海斗は苦悶の表情で目を閉じ、ひたすら怜奈の名前を唱え、涙がとめどなくこぼれ落ちた。その時、遠くから装甲車の轟音が聞こえてきた。海斗は顔を上げ、目を凝らした。硝煙の向こうから、誰かを背負って歩いてくる人影があった。硝煙で姿はよく見えなかったが、周囲の歓声で確信した。「隊長だ!隊長が怜奈さんを連れて帰ってきた!」皆が駆け寄り、二人の生還を奇跡として称えた。哲也の戦闘服は血が滲み、彼は歩くたびに地面に赤い足跡を刻んでいたが、それでも背負っていた怜奈を片時も放そうとしなかった。怜奈もまた青白い顔色のまま、まるで唯一の命綱であるかのように哲也の首を強く抱きしめていた。人々は怜奈を担架に移し、必死に怪我の状態を確認した。「大丈夫か!どこか痛むところはないか!」「大丈夫、哲也さんが助けてくれたから……」青ざめた唇の怜奈だが、哲也を見る瞳には深い信頼が宿っていた。哲也は少しだけ笑い、担架から垂れた怜奈の手をそっと握った。二人が固く結んだその手を見た瞬間、海斗の心は引き裂かれた。自分ができなかったことを、他の人は成し遂げてしまったのだ……自分が怜奈を見離している間、彼女には心から愛してくれる人が現れたのだ。皆が怜奈を医療テントへと運び込んだ。幸い哲也の救助が間に合い、重傷ではないようだった。手当てを受ける怜奈を、哲也はテントの外で静かに見守っていた。肩に銃弾を受けていたが表情一つ変えず、ただ彼女のことだけを見つめていた。海斗が歩み寄り、掠れた声で言った。「ありがとう……」壁に背を預けた哲也は、海斗に目を向けようともしなかった。「お前のためにやったわけじゃない」海斗は拳を握りしめ、この瞬間自分は完全に負けたのだと感じた。「わかってる。だが、命の恩人には違いない」哲也はふんと鼻で笑い、初めてこちらを向いた。「お前は怜奈さんを愛する資格なんてない」哲也は突然海斗の襟を掴み、殺気さえ滲む目で見据えた。「怜奈さんが熱出しているにも関わらず料理を作っていた時、お前は他の女
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第15話

杏が指先を軽くタップして、動画が送信された。そして、彼女は2歩後ろに下がると、ビルの屋上の手すりの内側の安全な場所に座り、ミネラルウォーターのペットボトルを開けてゆっくりと口にした。5秒ほど経ってスマホが鳴った。海斗からの着信だった。杏は口角を少し上げると、8回目のコールが鳴るのを待ってから電話に出た。同時に、鼻にかかった泣き声で言った。「海斗……まだ怜奈を探しているのね?私はもう、あなたにとってどうでもいい存在なのね……」「杏!無茶をするな!」海斗の声には、ようやく焦りの色が浮かんだ。「無茶なんてしてないわ!!」杏は突然ヒステリックになり、声を荒げて叫びだした。「私だけを愛してるって言ったじゃないの……どうして黙って行ってしまったの?どうして私を捨てて、怜奈を探しに行ったのよ!私がひどい抑うつ状態だって知っているくじに……こんなふうに追い詰めるなんて……海斗、私はあなたなしじゃ生きていけないのよ……」すると、電話の向こうで少しの沈黙が続いたあと、深いため息が聞こえた。「分かった、あと少し待ってくれ……」国際対テロ特殊部隊のキャンプで、海斗は電話を切ると、拳を強く握りしめた。彼は怜奈の宿舎の前に立ち、ドアをノックしようと指を上げたまま、動けなくなっていた。10分ほどして、大きく息を吸い込み、軽くドアをノックした。「誰?」中から怜奈の声がした。「俺だ」少しの沈黙の後、ドアが開いた。怜奈はゆったりとした訓練着姿で、髪を無造作に後ろにまとめ、頬には治りかけの擦り傷があった。彼女は視線を上げると、他人に向けられるようなよそよそしい視線で彼を見つめた。「用件は何?ないなら寝るから」冷え切った口調を聞き、海斗は喉が詰まったようで、しばらくして小さく答えた。「怜奈、俺は……帰国することになりそうだ……」怜奈は彼を一目見ただけで、興味なさそうに頷いた。「そう。気をつけて」怜奈が背を向けてドアを閉めようとしたので、海斗は咄嗟に腕を挟んで止めた。「待って!二人だけで話せないかな?」怜奈が黙って数秒見つめると、ようやく体を引いて中へ通した。宿舎の中で、二人は向かい合って座った。海斗の視線が、殺風景な部屋をゆっくりと巡った。枕元には怜奈と蓮のツーショット写真があり
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第16話

そして、海斗がプライベートジェットに乗り込むまで、スマホが鳴り止むことはなかった。杏から10件以上のボイスメッセージが届いており、彼女はひどく取り乱して泣いているようだった。「海斗、どこにいるの?今すぐ来てくれないなら、飛び降りるから!」海斗はこめかみを押さえ、電源を切った。窓の外の雲を見つめながら、海斗はいろいろなことを思い出していた。怜奈が初めて作ってくれた料理のとき、緊張で指を切ったのに黙っていたこと。それに気付いた自分が手当てしたこと。本棚にあった難しい原作の本を隠れて読んでいた怜奈が、どこかで調べたのか、その物語に綴られていた愛の詩を書き写して、栞代わりに挟んで返してくれたこと。夜遅くまで接待が続いて帰ってきても、玄関には必ず小さな灯りがついていた。そして、ソファでうずくまって寝ていた怜奈の不安げな姿があった。しかし、もうあの灯りがもう自分のために灯ることはない。そう思いながら目を閉じると、怜奈の顔ばかりが浮かんできた。飛行機を降り、車に乗り込んで慣れ親しんだ街並みを見たが、海斗の心が晴れることはなかった。以前なら杏の元へ急ぎたがったはずだが、今日はどこか上の空で、まるで何かに病んでしまったかのようだ。一方、村上グループの本社ビルの屋上で杏はスマホをいじっていた。そして足音を聞くと、すぐさま立ち上がって海斗の胸に飛び込んでいった。「海斗!」だが、海斗は杏の足元を見ると、冷ややかな視線を向けた。そこには食べかけのスナックの袋と飲みかけのグラスが散らばっていたからだ。すると、彼は言いようのない怒りがこみ上げてきた。杏がここで長い時間「待っていた」のは明らかだった。「杏、そんなことで俺を翻弄して楽しいか?」杏の表情が凍りついたが、すぐに泣きじゃくった。「海斗、違うの……それは秘書の人たちが置いていってくれたの。多分気を遣ってくれたの……お願い、そんな怖い顔しないで。あなたがどこかへ行っちゃうのが怖くて……だから……」また同じような涙の訴えを見て、海斗は言いようのない疲れを感じた。杏を自宅へ送り届け、落ち着くまでなだめてようやく寝かしつけた。そして、海斗は杏の寝息が落ち着いたのを見届けた後、自分で運転して仕事を進めるため会社へ向かった。そして、会社で夜遅くまで過ごした。
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第17話

それを聞いて、杏は、まるで雷に打たれたように顔が青ざめ、数歩よろよろと後ずさりした。「そんな……ありえない!」海斗は疲れ果てた様子で、眉間を押さえた。「杏、君は変わってしまった……いい加減にしてくれ。俺たち二人とも、少し頭を冷やそう」杏は突然叫び声を上げると、そばにあった花瓶を壁に向かって投げつけた。「私が変わった?変わったのはあなたよ!怜奈にたぶらかされてるのよ!」「黙れ!」花瓶が割れる激しい音の中で、海斗は思わず杏のあごを強くつかんだ。彼女のゆがんだ顔を見て、彼は心の底から失望した。「怜奈の悪口は許さない……」かつて記憶の中にいた、優しく思いやりのあった少女は、いつからこんな姿になってしまったのか?いや……もしかしたら最初からこの姿で、自分だけが気づいていなかっただけなのか?海斗の瞳は鋭く、凍てつくような冷たさを宿していた。彼は手を離すと、背を向けて立ち去った。しかし次の瞬間、杏は彼に飛びかかり、腰に強くしがみついた。「行かないで!あの女のところには行かせない!」しかし、怒りに満ちた海斗は、一本ずつ杏の指を強引に引き離し、振り返ることもなく出て行った。背後から杏の泣き叫ぶ声や物が壊れる音が聞こえたが、彼は振り返らなかった。その時、海斗はようやく自分の気持ちを確信した。深夜のバー。音楽が大音量で鳴り響いていた。そんな中海斗は掛け続けた電話をようやく切った。たしかあの時怜奈が無事を確認できるよう、必ず電話に出ると約束してくれたが、それでも、実際のところ彼女は一度も電話を取ってくれることはなかったのだ。そう思いながら、海斗はまたボディガードから送られてくる怜奈の写真を一枚ずつめくった。どの写真でも、怜奈は幸せそうに笑っていた。いずれにしても、自分と一緒にいる時よりも……楽しそうに見えるのは確かなようだ。ブランデーを次々と喉に流し込む。喉が熱いのに、胸の痛みは消えない。「もう一杯」掠れた声で、彼はカウンターを指で叩く。「海斗、もうやめておけよ」友人たちが海斗の横に座り、心配そうに止めた。海斗は鼻で笑うと、友人の手を払いのけた。「酒でも飲まないと、何をしたらいいのか分からないんだよ」しばしの沈黙の後、一人がふと聞いた。「お前はちゃんと考えたことがないのかよ?
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第18話

一方家でドアが開く音を聞きつけた、杏は期待を込めて立ち上がった。彼女は海斗なら、決して自分を見捨てたりしないと踏んでいたから。しかし、彼の表情を見た瞬間、杏の笑みは凍りついた。海斗は冷え切った目で、まっすぐ歩いてきたのだ。「海斗……どうして……」震える声でそう言うと、杏は思わず一歩後ろへ下がった。「なぜだ?」怒りを押し殺した低い声で、海斗は杏の手首を強く掴んだ。そのあまりの力に杏は顔をしかめた。「怜奈が何をしたっていうんだ?どうして何度も彼女を傷つけるんだ!?」杏は顔を真っ青にして、逃げ出そうともがいた。「わ、私じゃない……」「違うと言うのか?」海斗は写真の束を杏に投げつけた。床に散らばったのは、湖畔にあった防犯カメラの映像や、杏が海外の武装組織とやり取りした記録など……彼女の罪を証明する決定的な証拠ばかりだった。足に力が入らなくなった杏は床に崩れ落ち、大粒の涙を流した。「海斗、私はただ、あなたを愛していたから!あなたを失うのが怖くて……」「愛しているだと?」海斗は冷ややかに笑い、その瞳に深い嫌悪が浮かんだ。「君の愛とは、これらの画策や嘘、人殺しを企てることなのか?怜奈を死の淵に追い詰めて、目的を果たすことが君の言う愛し方なのか!?」海斗は怒鳴りながら、テーブルの上の酒瓶をテレビに叩きつけると、画面は無惨に砕け散った。そして、驚いて悲鳴を上げた杏に、海斗はさらにあるものを取り出して見せた。それは、かつて杏に見せたあの日記だった。それは、海斗が杏と離れていた時に書いたもので、どのページも溢れんばかりの情熱に満ちていた。しかし今となっては、それらはまるで紙屑のように思えた。呆然とする杏の目の前で、海斗は無情にもその日記を引き裂いた。バリバリッ――杏が叫び声をあげて、それを奪おうとすがりつく。「やめて!それは私にくれた言葉なんでしょ?」だが、海斗は杏の手首を締め上げ、そのまま壁へ突き飛ばした。その勢いで杏の背中は壁に激しく当たり、そして床に崩れた彼女の皮膚にガラス片が突き刺さり、血が流れた。限界を超えた杏は、取り乱して泣き叫んだ。「海斗!あの女のために私をこんな目に遭わせるの?私がどれだけあなたのために尽くしたと思ってるの!」「尽くしただと?」
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第19話

一方、近頃ようやく任務が落ち着き、現場でも少しの安らぎが訪れていた。海斗が去ってから、怜奈の表情は目に見えて明るくなり、それにつられたかのように哲也の気分も晴れやかになっていった。懸命にトレーニングする怜奈の背中を眺めながら、哲也の心の底では知れぬ深い感情が渦巻いているようだった。いつからだったか、怜奈への気持ちが変わっていた。当初は単に、蓮の妹だから世話を焼こうとしていただけなのに。しかし、いつの間にかそこに自分の下心が混ざるようになった。「明日から休みを取るんだ。君もまだ任務はできないだろ、外の空気を吸いに行こう」ある日、哲也は怜奈の部屋のドアを叩いた。「どこへ行くんですか?」と怜奈は尋ねた。だが哲也は、もったいぶるように軽く笑った。「行けばわかるさ」飛行機が着陸したとき、怜奈にはまだ夢を見ているような気分だった。車で向かった先は小さな町で、哲也がすでに手配を済ませていた。怜奈は厚手のブランケットに包まり、小屋の前で空いっぱいに広がる美しい星空を見上げた。それは夢にまで見た光景だった。哲也は温かいココアを持ってきて、そっと怜奈の手に持たせた。「寒いか?」怜奈は首を振り、吐く息が冷たい空気に溶けていく。「ここ、本当に綺麗」哲也は小さく笑いながら隣に座った。視線は、ずっと怜奈から離れなかった。「ああ……本当に綺麗だ」しばらくして怜奈が横を向くと、哲也の目に映る星々の輝きがひと際煌めいて見えたように思った。「どうして突然、ここへ連れてきてくれたのですか?」哲也は少しの間沈黙し、遠くの砂丘の方を見つめた。「君が前に悔やんでいたからさ。この世で一番見たいのがオーロラなのに、あの男が連れて行ってくれなかったって言ってたから、ここにはオーロラはないけど、星空だって負けてはいないだろ?」怜奈は驚いた。確かに、そう言った記憶がある。ずっと昔、海斗と他愛のない会話の中で確かそう願ったこともあった。その時、海斗はそっけなく「ああ」と返したきりで、その後何の進展もなかった。あとで聞いた話では、彼は杏をオーロラ見物に連れて行ったそうだ。何という皮肉だろうか……それが今は、哲也が覚えていてくれて、こうして何とか願いを叶えてくれようとした。そう思うと、怜奈の胸は思わず高鳴っ
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第20話

一方、精神病院の外は、土砂降りの雨だった。海斗は入り口から出ると、そのまま雨の中に立ち、冷たい雨に打たれるままにした。秘書はそれを見て、慌てて傘を差し出し、海斗の頭上を覆った。そして杏は心身ともにぼろぼろで、日々虐げられていた影響から、深刻な不安障害を抱えていた。だからこそ、海斗の姿を見た途端、杏は手にしたナイフで彼の甲を刺したのだ。幸い軽傷で済んだため、杏はすぐさま地下室へと隔離された。海斗は暴風雨の中、スマホを取り出し、X国のボディーガードに電話をかけた。「ヘリを準備しろ。今夜行く」海斗は曇った空を見上げ、拳を強く握りしめた。怜奈、今度こそ君をちゃんと愛していく。ヘリが降り立ち、海斗が慣れ親しんだ拠点に再び戻ると、副隊長は驚きを隠せなかった。「村上さん、どうしてここに?」しかし海斗はそれに答えず、ひたすら怜奈の姿を探した。「怜奈はどこですか!」「医療テントにいますが……」彼がそう言うと、海斗は顔色を変えて、中へと駆け込んだ。しかし、砂埃をかぶって医療テントのカーテンを開けた時、目の前の光景を目にして、全ての思いが窒息しそうな痛みへと変わった。怜奈はベッドの傍らにひざまずき、上半身裸の哲也の手当てをしていた。彼女の指先が哲也の手首にそっと触れ、口元にはかすかな微笑みが浮かんでいた。哲也が顔を上げて怜奈を見たとき、その眼差しは驚くほどに優しく、やがて彼女の腰を引き寄せて、唇に軽く口づけをした。そんな光景を海斗は、数メートル離れた場所から信じ難い表情で見ていた。「怜奈……」海斗の声は、掠れていた。するとテントの中の二人が同時にこちらを振り向いた。怜奈の微笑みは瞬時に凍りつき、指が無意識にベッドシーツを強く握った。哲也は立ち上がり、さりげなく怜奈の前に立ち塞がった。「何をしに来た?何の用だ?」怜奈を庇う哲也を見て、海斗の心はかき乱されたが、彼は努めて無視して怜奈の顔を見つめ続けた。「怜奈……二人だけで話せるかな?」「あなたと話すことなんてないわ。用がないなら出ていって。哲也の手当てがあるから」「頼む……たった5分でいいんだ」しばらく、重苦しい沈黙が続いた。結局、怜奈は哲也の腕を軽く叩いた。「先に用事を済ませて。あとでまた会いに行くから」一方
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