そう言い捨てると、明日香は子供を抱きかかえて歩き出した。そして、竜也も足早に彼女に並んで歩いた。数歩歩いた後、彼はようやく低い声で口を開いた。「明日香、プライベートなことを聞くのは良くないと分かってるけど、一つだけ言わせて。あなたの男を見る目は悪くない。ただ、あの男があなたには釣り合わない。あいつ、元夫だろう?」明日香は少しだけ足を止め、驚いた顔をした。彼なら翔太をこき下ろして自分への好感度を上げようとするかと思っていた。しかし彼はただ自分の選択を肯定し、人の心の難しさを嘆いただけだった。彼女と竜也の出会いは、海外に渡る直前に引き受けたあの国際訴訟の案件だった。竜也の父親の死後、隠し子が遺産目当てに乗り込んできたのだ。明日香が彼と初めて顔を合わせた時、彼はジャージ姿で安藤家の門の前に立ち、彼女を待っていた。彼女は竜也の目に、父親を亡くした悲しみなど微塵も見出せなかった。そこにあったのは、ただ冷めた無関心と、深い解放感だけだった。その瞳は、彼女が翔太の不倫を目の当たりにし、完全に心が死んでしまった時のあの目と、あまりにもよく似ていた。そんな共感もあり、彼女はこの案件を完璧な勝利へと導いた。裁判の後、明日香への弁護士費用は即座に支払われた。その後の日々、彼女は海外で新しい事務所を立ち上げ、新しい弟子を取った。陽菜から翔太が当事者の案件が入ったと聞かされた時も、明日香は拒否したことなく、淡々とそれを陽菜に処理させた。過去と決別するということは、その過去を何事もなかったかのように見過ごす覚悟を持つということだ。彼女の翔太への復讐は、すでになし遂げられていた。この半年間、彼女は彼が名誉も地位も金も、少しずつすべてを失っていく様をただ見つめていた。だが、その間に復讐の快感が訪れることはなく、彼女はただ虚無感に包まれていた。その心の空洞を鋭く感じ取ったのが、5歳年下の竜也だった。彼は頻繁に「法律相談」を口実にしては、彼女の家に通い詰めた。彼はいつも花を持ってきた。一輪だけの時もあれば、大きな花束の時もあったが、決して手ぶらで来ることはなかった。彼は時折、弁護士という仕事について明日香の考えを聞くことがあった。だがそれ以上に多かったのは、竜也が絵の具を持ち込み、小さなベランダで仕事中の明日香の肖像画を描
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