偽装離婚の罠と私の逆襲 のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 10

11 チャプター

第1話

篠原昂(しのはら こう)の秘書が、またうつ病を再発させたらしい。彼は離婚協議書を突き出してきた。「ただの手続きだ。彼女の具合が良くなったら、すぐに復縁しよう」私は紙の束を手に取り、数ページめくってから彼を見上げた。「私に、身一つで出て行けってこと?」彼はあからさまに眉をひそめた。「ただの偽装離婚だろ。そんな細かいことまでいちいち口出しするなよ」私は微笑んだまま無言で、静かに自分の名前を書き込んだ。橘凛(たちばな りん)。彼には到底分からないだろう。私がこの日を、どれほど長く待ち望んでいたかなど。私がサインを終えると、昂はあからさまに安堵の息を吐き、久しく見ていなかった笑みを浮かべた。「凛、心配するな。これはただの形式的なものだ。彼女が母さんの遠い親戚じゃなかったら、俺だってこんな面倒なことしないさ」私は頷き、分かったと笑顔を作った。踵を返して寝室に戻り、荷物をまとめ始めると、彼は不意を突かれたように尋ねてきた。「何してるんだ?出て行けなんて言ってないぞ。だいたい、お前に行く当てなんてないだろ?」私はキャリーケースのジッパーを閉め、淡々と返した。「芝居をするなら徹底的にやらないと。森本結衣(もりもと ゆい)にバレて、病状が悪化したら大変じゃない」彼の顔が一瞬引きつったが、すぐに気を取り直して調子を合わせた。「……それもそうだな」彼がさらに何かを言いかけた時、特定の相手を知らせる着信音が鳴り響いた。「急な仕事の連絡だ。電話に出るから、後で送っていくよ」ベランダに出た彼の表情は、電話に出た瞬間にひどく甘いものへと変わった。その顔は、かつて私と恋人同士だった頃の彼と同じだった。私が荷物をまとめ終えても、彼はまだベランダで相手をなだめている。どうしようもないと呆れつつも、とろけるような愛情が滲み出ていた。私は静かに家を出て、親友にメッセージを送った。道端で迎えを待つ間、昂との過去が脳裏をよぎった。大学時代からの四年間の交際、そして六年に及ぶ結婚生活。一生を共に歩んでいける相手に出会えたのだと信じて疑わなかった。彼のために公務員という安定した職を捨て、実家から遠く離れた青葉市(あおばし)という見知らぬ土地へやって来て、身を粉にして働いた。家族や友人は皆、私がどうか
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第2話

親友の青山美桜(あおやま みお)が私を自分の家へ連れて帰り、心配そうな顔で尋ねてきた。「これからどうするつもり?」私にはすでに計画があった。「あいつらを自滅させてやるわ」翌日、私は結衣がよく通っているエステサロンに足を運んだ。運良く、彼女は今日もそこに来ていた。私を見た瞬間、彼女はそっと自分のお腹を撫でた。その目には隠しきれない優越感が浮かんでいる。結衣は口を開き、私を嘲笑した。「あら、奥様じゃないですか」そして、わざとらしく口元を覆って笑い声を上げた。「今はもうそう呼べませんね。昂さんとは離婚して、しかも身一つで追い出されたんでしょう!ここのエステ代、払えるんですか?食い逃げなんてしないでくださいよ!」私は淡々と笑みを浮かべて返した。「私たち夫婦のことに、あなたが口出しする必要はないわ。あなた、うつ病だったんじゃないの?全然そんな風には見えないけれど。それに、お腹もだいぶ大きくなってきたみたいね。子どもの父親はどこにいるの?昂はあなたのことをもっと気遣うと言っていたけれど、もしかして、その子は生まれた時から父親がいないの?」結衣は私の言葉に激昂し、こちらへ掴みかかろうとしたが、一緒にいた友人に止められた。私はすかさず言葉を続けた。「それから、私が財産分与なしで離婚したなんて、誰から聞いたの?彼と私がどれだけ長く一緒にいたと思ってるの。彼が私にそんな酷いことするわけないじゃない。もし……」わざと言葉を濁し、彼女のお腹に視線を送った。「とにかく、あなたはその子を無事に産むことだけ考えなさい。私たちはその子を、しっかりと可愛がってあげるから!」結衣は私の言葉に呆然と立ち尽くし、疑心暗鬼に陥ったような顔をした。昂のような極めて利己的な人間が、自分の財産をやすやすと他人に預けるはずがないことを、私はよく知っている。だから、結衣も昂が実際どれほどの金を持っているのか知らず、私の言葉が嘘かどうか確信が持てないのだ。昂はきっと、私が不妊症であることを彼女に話している。だからこそ、彼女は妊娠したことであれほど強気に出られたのだ。しかし、私の意味深な暗示により、彼女は「昂はただ子どもを産ませるためだけに自分を利用しているのではないか」と疑い始めたはずだ。そうなれば、必ず彼女と昂の間に亀裂が
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第3話

案の定、家に帰ってしばらくすると、昂から電話がかかってきた。彼は怒りに任せて怒鳴り散らした。「凛、お前がここまで悪辣な女だとは思わなかったぞ!結衣に一体何を言ったんだ!彼女は今、ずっと泣きっぱなしで何も話そうとしないんだぞ!」私は無実を装って答えた。「何も知らないわよ。今日エステサロンで偶然会って、楽しくおしゃべりしただけじゃない。それに、彼女が妊娠してるなんて知らなかったわ。一体どこの最低な男が、うつ病の患者を妊娠させたりしたの?だから彼女のうつ病が再発したのね。どうやら悪い男に引っかかったみたい。これから生まれてくる子どもがどうなるか、心配だわ」彼は言葉に詰まったが、すぐに冷酷な声で言い放った。「それはお前が口出しすることじゃない。だが、今日の件で、俺はお前との関係を考え直すべきだと思ったよ。妊婦に対してあれほど思いやりのない態度をとるなんて、本当にがっかりした!復縁するかどうかは、もう一度考えさせてもらう」あまりにも理不尽な言い分に呆れて笑いそうになったが、私は必死に焦ったふりをした。「お願い、昂!私にはあなたしかいないの、知ってるでしょ!今日は私が悪かったわ。結衣さんに謝るし、何でもするから!」昂は高圧的な態度で命令してきた。「心から反省しているなら、結衣だって話の分からない女じゃない。俺たちが結婚した時に買ったあのジュエリーセット、彼女がずっと羨ましがっていたんだ。あれを彼女に譲ってやれ!俺からも口利きしてやるから、それでこの件は水に流してやる!」結婚して夫婦として共に過ごした仲なのに、まさか彼がそんなものまでかすめ取ろうとするとは、本当に思いもしなかった。彼の目には、私の無条件の信頼すらも、私をコントロールし、勝手気ままに踏みにじるための便利な道具として映っていたのだ。彼が不倫をして財産を隠し持っていると知った時、私はずっと考えていた。彼は一体いつからこんなに腐ってしまったのか?なぜ私はもっと早く気づけなかったのか?今なら分かる。彼は最初から腐っていたのだ。ただ、私が愛という名目に目を塞がれ、彼の本当の姿を見ようとしていなかっただけだった。怒りで震えそうになりながらも、私は表面上だけ了承した。どうせ、この芝居はまだ続けなければならないのだから。
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第4話

私は偽物にすり替えたジュエリーを結衣に送った。昂は適当な言葉で私を宥めてきた。数日後、住宅ローンの引き落とし日がやってきた。昂から再び電話がかかってきた。「お前、一体何を企んでるんだ?なんでローンの返済をしていない!俺のところに督促の電話がかかってきたぞ!」私の心は冷え切っていった。私はわざとらしく言い訳をした。「あなた、ごめんなさい。言うのを忘れていたの。数日前に母が急にお金が必要になって、手持ちのお金を全部送っちゃったのよ。あなたの方でなんとかできない?」昂はすぐに私を切り捨てた。「『あなた』って、そんな呼び方をやめろ。俺たちはもう離婚したんだ。これからは一切関係ない、もう二度と俺に連絡してくるな!」そう言うと、彼は一方的に電話を切った。もう一度かけ直したが、すでに繋がらなかった。彼は私のすべての連絡先をブロックしたのだ。私が二人を見つけた時、昂はマンションの下にある公園で、結衣を労わるように支えながら散歩していた。その姿は、まるで熱愛中のカップルのようだった。彼らが私に気づくまで、静かにその様子を見つめていた。昂は無意識に結衣を自分の後ろに隠し、眉をひそめて言った。「何しに来たんだ?もう二度と来るなと言っただろう?」私は心の奥底から湧き上がる怒りを押し殺し、彼の目を真っ直ぐに見据えて言った。「昂、あなたは私に対して罪悪感はないの?」しかし彼には微塵も申し訳なさはなく、堂々と言い放った。「子どもを産めないお前が悪いんだろうが!親父が死ぬ前に唯一望んでいたのは、孫の顔を見ることだった。お前のせいで、親父の最後の願いは叶わなかったんだ。今こうなっているのは、お前の自業自得だ!」私はポケットの中のボイスレコーダーを握りしめ、問い詰めた。「だから結婚している間に不倫をして、財産を隠し、私を無一文で追い出したと?あなた、それでも人間なの?」昂はひどく苛立った様子で吐き捨てた。「そうだとして、それがどうした?俺たちはもう離婚した、それが事実だ。凛、夫婦だった情けで忠告してやるが、これ以上まとわりつくのはやめておけ。俺はとっくの昔にお前への愛なんて無くしてるんだ。自分のプライドくらい守ったらどうだ!」結衣は横で、まるで勝者のように私を見下ろしていた。私は目を赤くしながら
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第5話

私は整理した証拠を弁護士に提出した。彼らの動きは早く、まずは昂宛に内容証明郵便を送りつけた。昂の反応も早く、すぐに私に電話をかけてきた。「凛、お前気が狂ったのか!?何の権利があって俺を訴えるんだ!」私はそのまま無言で電話を切った。こういう時は、冷静な方が主導権を握るということを私は知っている。案の定、彼からの着信がひっきりなしに鳴り続けた。私はスマートフォンを放っておき、一切無視した。ようやく彼が冷静になり、翌日の昼に会いたいとメッセージを送ってきた。少し時間を置いてから「分かった」とだけ返し、彼にあるカフェの位置情報を送った。あまりにも長い間待ちすぎたせいか、心の中で何度も思い描いていた対決の瞬間が実際に訪れても、私は驚くほど落ち着いていた。私が店に着いた時、昂はすでに席に座ってしばらく待っていたようだった。以前のような傲慢さは消え失せ、私を見る彼の目には疑念が満ちていた。彼の目には、あれほど彼を愛していた私が、こんな用意周到な真似をするはずがないと映っているからだ。彼は私の手札が分からないため、まだ探りを入れていた。「凛、正直に言うと、俺たちがあれだけ長く一緒にいたんだし、俺だって別れるのは辛かった。でも、本当にどうしようもなかったんだ。お前も知ってる通り、俺は一人っ子だ。母さんも年をとって体も弱ってるし、孫の顔が見たいってずっと言ってた。俺だって、自分の都合だけで母さんの願いを無下にはできないだろ。こうしよう。結衣が無事に子どもを産んだら、俺たちは復縁する。そうすれば、俺たち二人でまた……」彼のあまりにもお粗末な演技を見て、私は思わず吹き出した。「財産をさらに隠すための時間を稼ぎたいだけでしょ?昂、私はただ自分の見る目がなかったことだけを後悔しているわ。あなたみたいなクズと、夫婦なんてやってしまったことをね。もう芝居は十分よ。あなたが思っている以上に、私はすべてを知っているの」それを聞いた瞬間、彼の顔は怒りで歪んだが、すぐに冷酷な表情へと変わった。「で、結局お前はどうしたいんだ!」私も非常に簡潔に、自分の要求を突きつけた。「結婚前のことはもう追及しないわ。結婚後のあなたの年収は、少なく見積もっても二千万円以上はあったはず。でも、あのマンションの購入資金の大部分は
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第6話

篠原家の厚顔無恥な本性は熟知していたが、まさかこれほど早く動き出すとは予想していなかった。重要な会議が終わった直後、アシスタントの中田美咲(なかだ みさき)が血相を変えてオフィスに飛び込んできた。「橘さん、お義母さんが会社に来てます!エントランスで泣き喚いて大騒ぎになってて、警備員も手が付けられないんです。みんな見てますよ!」私はパソコンを美咲に手渡した。「私のデスクに置いておいて」現場に近づく前から、麗子の金切り声が聞こえてきた。「皆さん、聞いてくださいよ!橘凛がうちに嫁いできてからというもの、私たちは彼女を大事にしてきたんですよ!キツイ言い方にならないように気を遣い、料理の味付け一つにも気を使って!家で凛がどれだけ文句を言おうと、私たちはじっと耐えてきたんです!それなのに、彼女はヒステリーを起こして暴力を振るうんです!息子が年老いた私を見かねて離婚を切り出したら、自分たちで買ったマンションを寄越せ、さらに四千万円払え、さもなければ一生息子に付きまとうって脅してきて!もうどうしようもなくて……どうか会社の方からも凛を説得してください!夫婦だった情けで、どうかうちの家族を見逃してくれって!」涙ながらに訴える哀れな姿に、周囲の社員たちは同情の目を向け、ひそひそと囁き合っていた。「橘さん、会社じゃあんなにいい人そうなのに、裏ではそんな顔があったなんて」「人は見かけによらないよな。上の連中も橘さんを高く評価してたけど、見る目がなかったな」麗子は目ざとく、人だかりの中に私を見つけた。彼女はこちらへ駆け寄ってくると、ドスンと床に膝をついた。「凛、この通りです!どうかうちを見逃してください!あなたなら、きっともっといい人に巡り会えます。うちの息子じゃ、あなたには釣り合わないんですから」私は鼻で笑い、足元の彼女を冷ややかに見下ろした。「ええ、あんな男が私に釣り合わないのは当然ね」麗子は、私が想像していたように慌てふためかなかったことに不意を突かれたのか、一瞬言葉を詰まらせた。だがすぐに目をぎょろりと動かし、私が口を開く前に慌てて言葉を被せてきた。「分かってます、あなたは今から息子が悪いって言うつもりでしょう。あなたが何と言おうと、私たちは全部受け入れます!ただ、息子が生きる道だけは残してやってください。腐
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第7話

結衣を呼び出すのはいとも簡単だった。以前の私の言葉が結衣を刺激したのか、今日の結衣はひどく気合いの入った装いだった。シャネルのセットアップに、カルティエのフルダイヤのブレスレット。手にしているバッグや靴も、どれも相当な値が張る代物だ。どうやら篠原家は、この子どもを本当に重宝しているらしい。それなら好都合だ。結衣は戦に勝ったように胸を張り、私を見下すように向かいの席に座った。「あなたから私を誘うなんて。もしかして、昂さんと離婚したことを後悔して、よりを戻したくなったの?彼を返してくれって土下座でもするつもり?前は昂さんが自分を迎えに来てくれるなんて妄想して、私たちの仲を引き裂こうとしてたみたいだけど。残念だったわね、彼はとっくの昔にあなたなんか見限ってたのよ。今の彼の心には、私とこの子しかいないんだから!男に捨てられた哀れな負け犬のあなたとは違うのよ!」私は全く意に介さず微笑んだ。「あんな男、欲しければあげるわ。今日来たのは、ちょっとあなたに頼み事があったからなの」結衣は信じられないといった顔で私を見つめ、あからさまに吹き出した。「あはははっ!昂さんに捨てられて、頭がおかしくなっちゃったの?私が手伝うわけないじゃない!」私は単刀直入に本題に入った。「私と篠原昂の婚姻期間中に、二人が不倫関係にあった証拠を提供してほしいの。それと、あなたが知っている篠原の隠し財産すべてについてもね。あなたは元々彼の秘書だったんだから、財産関係については他の誰よりも詳しいはずでしょう?」結衣は私の言葉に呆れ果て、まるで馬鹿を見るような目を向けた。私がショックのあまり正気を失い、そんな滑稽な要求をしているのだと本気で思っているようだ。私は慌てず騒がず、手元のクリアファイルを結衣に差し出した。結衣は怪訝そうにそれを受け取ったが、中を見た瞬間、顔面を真っ白にさせた。「そういうこと。もし協力してくれるなら、これまで彼があなたに貢いだお金の返還請求はしないであげる。あなただって、彼にこの真実を今すぐ知られたくはないでしょう?」結衣は唇を微かに震わせ、無意識に手を引っ込めながら、必死に首を横に振った。「嘘よ、こんなのあなたが偽造したに決まってる。私を騙そうとしてるんでしょ!」ファイルの中に入っていたのは、昂が不
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第8話

私は薄く微笑み、もう一枚の写真を結衣に差し出した。「あなただって、とっくに疑ってたんじゃないの?じゃなきゃ、他の男のところへ行くわけないものね」写真には、見知らぬ男とベッドで親密に絡み合う結衣が写っており、二人が何をしているのかは一目瞭然だった。結衣の顔面は一瞬にして血の気を失い、恐怖に満ちた目で私を見た。「あなた……最初から知ってたの?なんでバラさなかったのよ!」「だって、昂を取り戻そうなんてこれっぽっちも思っていなかったから」昂の裏切りに気づいたあの日から、私が考えるべきだったのは、いかにして自分の利益を最大限に守り、速やかに損切りするかということだけだった。結衣は知らない。彼女がよく通っているエステサロンのマネージャーが、私の友人であることなど。昂は元来、そこまで情に厚い人間ではなかった。時間が経つにつれ、結衣への愛情が目に見えて冷めてきているのは明らかだった。愛人があっさり捨てられるケースを散々耳にしてきた結衣は、焦りを募らせていった。そして結衣は、ふとした瞬間に「子どもができれば昂さんの心を取り戻せる」という話を耳にする。折よく、昂と私にはまだ子どもがいなかった。結衣は当然試しただろう。しかし、結果は言うまでもなく徒労に終わった。そこで結衣は、また別の方法を思いつく。――別の男の種を借りるという方法を。案の定、結衣の作戦は成功した。子どものことは、すでに昂にとって執着になっていた。外で何人もの女と遊んでいたが、子どもは一人もできなかったからだ。結衣の妊娠を知った昂は狂喜乱舞し、私と偽装離婚をして結衣と再婚することまで即座に提案したのだ。結衣は自分が賭けに勝ったのだと思い込み、有頂天になっていたのだろう。しかし今の結衣は、パニックになったが、無意識に否定の言葉を口にした。「あり得ない、彼があなたの言葉を信じるわけないわ!」私は淡々と笑った。「彼が私の言葉を信じる必要はないのよ。ただ疑いの種さえ蒔ければ、絶対にDNA鑑定をするはずだから。その時、彼はあなたにどういう態度を取るかしら?それに、もしこの子が最初から存在していなかったら、本当に篠原昂があなたと結婚すると思う?彼は今、あなたと婚姻届を出した?この前家に戻った時、何も怪しいことに気づかなかった?」結衣は何
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第9話

私は結衣から提供された証拠を、佐藤弁護士に提出した。佐藤弁護士は書類に目を通すと、微笑んで私に頷いた。「これで証拠はほぼ全面的にこちらに有利なものとなりました。橘さん、安心してください。我々は絶対に橘さんのご期待を裏切りませんよ」昂からは依然として何の音沙汰もなかった。まだ賭けをしているのだろうか。私が昂に情をかけ、まだ愛という幻想を抱いていることに賭けているのだとしたら、本当に滑稽極まりない。あれほど浮気性でだらしない人間が、他人の自分に対する一途な想いをそこまで信じ込めるなんて。次に昂と顔を合わせたのは、第一回口頭弁論の期日だった。昂は少し痩せており、私を見る目には隠しきれない憎悪が渦巻いていた。正直なところ、私は昂に感心していた。自分がこれほど後ろ暗いことをしておきながら、堂々とすべての責任を他人になすりつけることができるのだから。昂は、離婚はすべて私が合意したものであり、自分と結衣は正常な交際相手であると主張し続けていた。私が今やっていることはただの腹いせであり、復讐しようとしているだけだと言うのだ。私が動かぬ証拠を提出するまでは。――音声データや書面。ここ数年の家庭への支出額と、昂の口座の入出金記録。さらに決定的なのは、私を騙して離婚協議書にサインさせた録音データ。そして、結衣から手に入れたチャットの履歴や、二人の肉体関係を示す動画など、不倫の決定的な証拠の数々だ。相手側の弁護士の顔色は一瞬にして土気色になった。昂は信じられないといった様子で私の手にある証拠を見つめ、驚愕の面持ちで私をじっと見据えた。まるで初めて、私の本当の姿をはっきりと見たかのように。かつての私の愛情は、昂の目を完全に曇らせるほどに深かったらしい。相手側は和解を求めてきた。昂は陰鬱な顔つきで、複雑な視線を私に向けた。「お前、ずっと俺を警戒してたのか?結衣に一体どんな見返りを与えたんだ?あの売女、よくも俺を裏切ったな!」私は一歩も引かずに昂を見返した。「あなたみたいな人間を相手にするんだから、どれだけ警戒しても行き過ぎることはないでしょう?結衣のことは、あなたと彼女の間の問題よ。ただ自分の見る目がなくて、あなたの本性にもっと早く気づけず、無駄な年月を費やしてしまったことだけが悔やまれ
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第10話

昂は家に戻って結衣にケリをつけようとしたが、結衣はすでに逃げた後だった。しかも、昂の残りの財産の一部をくすねて。昂は血眼になって結衣を捜し回り、最も卑劣な言葉で結衣を呪い殺さんばかりに罵った。麗子はショックのあまり気を失い、目を覚ました時には脳卒中で半身不随になっていた。そして、「親思い」の昂は、最初のうちは必死に母親の介護をしていたものの、長くは続かず、すぐに面倒臭がるようになり、結局は金を払って母親を安い介護施設に押し込んでしまった。しばらくして、なんと結衣が戻ってきた。実は、結衣は以前から「金持ちの御曹司」を引っ掛けていたのだが、焦っていたせいで相手の素性を詳しく調べる暇がなかったのだ。その男は完全な詐欺師で、結衣から全財産を巻き上げただけでなく、結衣を海外に売り飛ばそうとしていたらしい。幸い結衣は自力で逃げ出すことができたが、お腹の子どもは流産し、適切な治療を受けられなかったため、二度と子どもが産めない体になってしまった。昂は結衣を死ぬほど憎んでいたが、結衣はもう猫を被るのをやめ、堂々と昂に金を要求した。昂が支払いを拒むと、結衣は直接昂の会社に乗り込んで大騒ぎした。かつて秘書を務めていた結衣は、昂が裏でやっていた汚い仕事のすべてを把握していた。職権乱用、キックバックの受け取り、架空請求、女性顧客との不適切な関係など、数々の悪事を暴露され、昂の社会的信用は完全に地に落ちた。会社は事態を重く受け止め、昂を即座に懲戒解雇した。さらに結衣は弁護士を雇い、青春を無駄にされた慰謝料を支払わなければ、性的暴行で訴えると昂を脅した。昂は歯を食いしばりながら、なけなしの金を結衣に支払った。しかし仕事を失い、業界内でも昂の悪評は広く知れ渡っていたため、誰も昂を雇おうとはしなかった。昂はあのマンションを売るしかなくなった。不動産屋に査定を依頼したが、提示された金額はわずか四千万円だった。昂は鼻で笑い、ごまかそうったって無駄だと言い放った。あのマンション一帯は市の再開発計画に組み込まれ、大型商業施設が建設される予定であり、近いうちに価値がうなぎ登りで跳ね上がるはずだと。不動産屋は、一体どこでそんなデマを聞いたのかと呆れ顔で尋ねた。そんな計画は一切存在しない。それどころか、あのマンション周辺の地価
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