将暉が去り際に言ったその言葉が、凪の頭の中で何度も繰り返される。会って間もないはずの将暉が、どうしてそのことを知っているんだろう?まあ、確かに自分は秀智と一緒に過ごした数年、幸せではなかった。人というのは、顔を見れば幸せかどうか分かってしまうみたいだ。凪は自嘲気味に、力なく笑う。秀智と結婚してからというもの、自分でも自分のことが分からなくなるほど変わってしまった。西園寺家のしきたりを守るため、いつも気を使い、家族の前では息を潜めるように暮らしてきた。西園寺家のために跡継ぎを、と言われ、胸が張り裂けそうな思いで、代理出産までも受け入れた。一人の男のために、ここまで自分を犠牲にして生きてきたのだ。それなのに、行き着いた先はこの有様。凪の心に、言いようのない痛みが走る。しかし、空気の中に漂うほんのりと香るヒノキの香りが、少しだけその痛みを鎮めていってくれた。何はともあれ、盛沢市を出て、ようやく新しい人生を踏み出せたのだ。その晩は、夢も見ずぐっすりと眠れた。凪は両親と朝食を済ませると、すぐに車を走らせ、将暉の会社へと向かった。二宮家が海外進出させていた2社は規模が小さく、新たな市場を開拓するにはどうしても周囲からの反発を避けられないため、加藤グループの力添えが不可欠だった。加藤グループの本社へ足を踏み入れた瞬間、頂点に立つ企業としての貫禄を肌で感じた。都市中心部に拠点を構え、圧倒的な設備を誇る。将暉の才能は非凡で、その類まれな手腕により若くしてこのグループを海外有数の巨大企業に育て上げたのだ。受付を済ませた凪は、すぐに秘書に案内され、社長室へと通される。「忙しいのに、邪魔してごめんね」そう言いながら、凪はソファへと腰を下ろした。仕事をしている将暉を間近で見るのは初めてだった。パリッとしたスーツに、完璧にセットされた髪の毛。そして、真剣なその表情は、幼い頃の面影を一切感じさせない。凪が入ってくると、将暉は険しい表情を崩し、低く穏やかな声で答えた。「邪魔なわけないだろ?」凪はそのまま本題へと言葉を進める。「二宮家もこっちにふたつの会社はあるけど、まだまだ規模が小さくて……」今後どのように会社を動かし、進めていくのか。凪なりの展望を真剣に語る。「M国が私たちの国の企業にあまりいい顔
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