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第16話

Author: 夢子
目の前に、赤いハイヒールが近づいてくる。

顔を上げた凪は、心臓が凍りつくかと思った。

そこにいたのは美優だったのだ。

美優は刑務所へ送られる途中、てんかんの発作を装い、隙をついて逃げ出していた。

警察の指名手配から逃れようと海外へ密航したものの、詐欺集団に騙されて軟禁されていた。

のちに組織が壊滅して命からがら脱出し、あちこちを転々とした末、M国に流れ着いたという。

数日前、偶然にも秀智を見かけ、彼がいまだに凪を追い求めていると知って激しい嫉妬に駆られたらしい。

すべてを失った美優は、凪と秀智を深く恨んでいた。

だから、美優は二人を密かに尾行し、復讐の機会を狙っていたのだった。

ようやくその好機が巡ってきた。

M国のチンピラたちと結託し、凪と秀智を拉致したのだ。

美優は秀智の首元にナイフを突きつけ、鼻で笑う。

「秀智さん、この女を心の底から愛しているんでしょ?今日はね、二人のうち一人しか生き残れないの。どっちを選ぶ?さあ、決めて」

美優はニヤつきながら凪をちらりと見た。

冷酷な秀智が、一人の女のために自分自身の命を捨てるはずがないと踏んでいるのだろう。

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    目の前に、赤いハイヒールが近づいてくる。顔を上げた凪は、心臓が凍りつくかと思った。そこにいたのは美優だったのだ。美優は刑務所へ送られる途中、てんかんの発作を装い、隙をついて逃げ出していた。警察の指名手配から逃れようと海外へ密航したものの、詐欺集団に騙されて軟禁されていた。のちに組織が壊滅して命からがら脱出し、あちこちを転々とした末、M国に流れ着いたという。数日前、偶然にも秀智を見かけ、彼がいまだに凪を追い求めていると知って激しい嫉妬に駆られたらしい。すべてを失った美優は、凪と秀智を深く恨んでいた。だから、美優は二人を密かに尾行し、復讐の機会を狙っていたのだった。ようやくその好機が巡ってきた。M国のチンピラたちと結託し、凪と秀智を拉致したのだ。美優は秀智の首元にナイフを突きつけ、鼻で笑う。「秀智さん、この女を心の底から愛しているんでしょ?今日はね、二人のうち一人しか生き残れないの。どっちを選ぶ?さあ、決めて」美優はニヤつきながら凪をちらりと見た。冷酷な秀智が、一人の女のために自分自身の命を捨てるはずがないと踏んでいるのだろう。しかし、すぐさま秀智が口を開いた。「凪を解放しろ。俺の命なんかくれてやる」秀智は凪が無事であることを確認すると、美優に向き直り、全く恐れを感じさせない様子を見せる。自分自身の命も捨てて、凪をかばう秀智の言葉に逆上した美優は、迷わずナイフを凪に向けた。「だったら、先にこの女を殺してやる!」凪が死ぬ姿を見れば、秀智は苦しむはずだ。美優の顔には、歪んだ満足感が浮かぶ。縛られて動けない凪は、目の前に迫る鋭い刃先を見て瞳を大きく見開き、反射的に目を閉じた。その直後、「ブスッ」と鈍い音が響く。しかし、なぜだか痛みを感じなかった。そっと目を開けると――凪は固まってしまった。そこには、ナイフが腰に深く刺さっている秀智が倒れていたのだ。殺気立った美優が、さらに深くナイフを押し込もうとしたその時……倉庫のドアが蹴り開けられ、警察官たちが一斉に突入してきて、美優を取り押さえた。しかし、美優はなおも叫んでいる。「秀智さん!この女が死ぬのがそんなに嫌なら、あなたが代わりに死ねばいい!みんな死ねばいいの!」「凪、無事か?」将暉も慌ただしく駆け込んで

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    将暉がつけてくれたボディーガードのおかげで、ここしばらく秀智に付きまとわれることはなかった。同時に秀智は、初めて挫折感に苛まれていた。凪の会社に入ろうとしても、入り口の前でズラリと並んだボディーガードたちに阻まれる。出勤や退勤の隙を狙おうとしても、前後から別の車がぴったりとマークしてきて、凪の車の排気ガスすら嗅がせてもらえない。あのボディーガードたちは、秀智の体にGPSでも仕込んでいるかのように、彼が凪に近づこうとするたびに現れた。結局、遠くから凪を尾行するしかなく、秀智はまるで隠れて覗き見をするネズミのようだった。そんな尾行の帰り道、秀智は突然、頭から麻袋を被せられ、路地裏に引きずり込まれて袋叩きにされた。最後に、彼はボロボロになって地面から這い上がり、血の混じった唾を吐き捨てた。秀智は忘れていた。ここは西園寺グループが牛耳る盛沢市ではない。自分の力など、ここでは通用しないのだ。彼は暗い表情で携帯を取り出すと、どこかに電話をかけた。「全員を連れてすぐにM国へ来い!」秀智には分かっていた。裏で糸を引いているのが将暉だということにを。込み上げる怒りを抑える。秀智は凪を連れ去った後に将暉と決着をつけるつもりでいた。2日後、秀智はボディーガードを引き連れて、凪の帰宅ルートで待ち構えていた。凪の姿が見えた瞬間、秀智が合図を送ると、後ろのボディーガードたちが一斉に凪のガードマンたちを取り囲んだ。念願叶って凪の目の前に立った秀智は、ある書類を差し出す。「凪、嘘じゃない。パイプカットの手術を受けたことは本当なんだよ」だが、凪は手渡された書類に一切興味を示さない。彼女はそれをそのままゴミ箱へと放り投げた。「秀智。あなたが今さら何をしても、私には何の意味もないの」ゴミ箱に捨てられた書類を見つめる秀智の目には、傷ついた色が見えた。しかし、すぐに彼は包装された綺麗な箱を開け、おずおずと差し出した。「凪、見てくれ。二人のウェディングフォトだ。今度はアクリルパネルに閉じ込めたから、簡単には傷つかない。気に入らなければ撮り直したっていい。前は俺が悪かった。もう一度、やり直そう……」凪は言葉を最後まで聞かず、無表情でそのウェディングフォトを受け取った。秀智が期待を込めて見つめる中、凪はそれを思い切り地面へ

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    将暉が去り際に言ったその言葉が、凪の頭の中で何度も繰り返される。会って間もないはずの将暉が、どうしてそのことを知っているんだろう?まあ、確かに自分は秀智と一緒に過ごした数年、幸せではなかった。人というのは、顔を見れば幸せかどうか分かってしまうみたいだ。凪は自嘲気味に、力なく笑う。秀智と結婚してからというもの、自分でも自分のことが分からなくなるほど変わってしまった。西園寺家のしきたりを守るため、いつも気を使い、家族の前では息を潜めるように暮らしてきた。西園寺家のために跡継ぎを、と言われ、胸が張り裂けそうな思いで、代理出産までも受け入れた。一人の男のために、ここまで自分を犠牲にして生きてきたのだ。それなのに、行き着いた先はこの有様。凪の心に、言いようのない痛みが走る。しかし、空気の中に漂うほんのりと香るヒノキの香りが、少しだけその痛みを鎮めていってくれた。何はともあれ、盛沢市を出て、ようやく新しい人生を踏み出せたのだ。その晩は、夢も見ずぐっすりと眠れた。凪は両親と朝食を済ませると、すぐに車を走らせ、将暉の会社へと向かった。二宮家が海外進出させていた2社は規模が小さく、新たな市場を開拓するにはどうしても周囲からの反発を避けられないため、加藤グループの力添えが不可欠だった。加藤グループの本社へ足を踏み入れた瞬間、頂点に立つ企業としての貫禄を肌で感じた。都市中心部に拠点を構え、圧倒的な設備を誇る。将暉の才能は非凡で、その類まれな手腕により若くしてこのグループを海外有数の巨大企業に育て上げたのだ。受付を済ませた凪は、すぐに秘書に案内され、社長室へと通される。「忙しいのに、邪魔してごめんね」そう言いながら、凪はソファへと腰を下ろした。仕事をしている将暉を間近で見るのは初めてだった。パリッとしたスーツに、完璧にセットされた髪の毛。そして、真剣なその表情は、幼い頃の面影を一切感じさせない。凪が入ってくると、将暉は険しい表情を崩し、低く穏やかな声で答えた。「邪魔なわけないだろ?」凪はそのまま本題へと言葉を進める。「二宮家もこっちにふたつの会社はあるけど、まだまだ規模が小さくて……」今後どのように会社を動かし、進めていくのか。凪なりの展望を真剣に語る。「M国が私たちの国の企業にあまりいい顔

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