千葉明音(ちば あかね)と共に拉致されたあの日、宮本隼人(みやもと はやと)は迷うことなく私・陣内光希(じんない みつき)ではなく、彼女を選んだ。犯人ですら気まずそうに黙り込み、しばらくしてから上着を私の肩に掛けてくれた。「俺より悲惨だな。旦那に見捨てられるなんて。ったく……なんでこの結び目、解けないんだ」彼は最後には歯でロープを噛みちぎり、ぶっきらぼうに言った。「まあいいか、お前まで巻き込む必要はないだろ。いいから逃げろ!」そう言うと、彼は私を隼人の方へ突き飛ばし、自ら高層ビルから身を投げた。助かったと思った矢先、視界の先で待っていたのは、隼人の冷えきった目だった。「お前さえ死ねば、明音と堂々と一緒にいられる。光希、お前はもう譲るべきなんだ!」目が覚めると、私は隼人との婚約式の日へ戻っていた。隼人の甘い視線には目もくれず、私はそのまま端っこでゲームに没頭している阿部正人(あべ まさと)に近づいた。「阿部さん、私と手を組まない?」かつて私は、隼人を業界のトップまで押し上げた。今、正人をトップの座に就かせるなんて、朝飯前だ。体に合っていないスーツ姿の正人は、目を丸くして固まっていた。呆然と私を見つめ、自分を指差す。「え?俺?」私は彼の向かいのソファへ静かに腰を下ろした。「阿部さん、海市の燃料取引、実際に回しているのはあなたよね?もっと上を目指す気はない?」正人は唖然としていて、スマホを持った手は固まったままだった。「え……人違いじゃ?」ようやく我に返ったように、彼は背筋を伸ばし、慌ててネクタイを直そうとするが、逆にどんどん歪んでいく。ちらちらと私を見ながら、額にはうっすら汗が滲んでいた。「光希」隼人の声が、せわしなく響く。彼は険しい表情をしながら、足早に私の所へ歩み寄った。「阿部グループには興味なかったはずだろ。急にどうした?」少しの間を置いて、彼は少し声を落とした。「詳しい話は後でしよう。こんな場所で悪ふざけはやめてくれ」私の視線はずっと、向かいにいる正人に向けられたまま、隼人を見ようとはしなかった。「今まで気に留めていなかったけれど、阿部さんの腕はなかなか素晴らしいわ」私は淡々と話を続け、それと同時に、掴もうとしてきた隼人の手をさりげなく
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