《放課後、女の子になった僕は、恋とカラダに戸惑っている》全部章節:第 31 章 - 第 40 章

52 章節

Ep.31 融解する境界線

嵐のような球技大会から数日が経った。 朝の登校時、昇降口で上履きに靴を履き替えていると、見知らぬ他クラスの男子から突然声をかけられた。 「おはよう、翼ちゃん。球技大会の時のポニーテールと体操服、すっごく可愛かったよ」 「え、あ……あ、ありがとうございます……」 「あのさ、よかったら今度一緒に――」 「つーちゃん、おはよーーっ!」 男子の言葉を遮るように、背後からあかりちゃんが勢いよく割って入ってきた。 「ちょっと先生に提出する急用があるの! 行こう、つーちゃん!」 「えっ、あ、うん」 あかりちゃんは僕の腕をギュッと抱きしめるように掴むと、呆然とする男子を鋭く睨みつけ、そのまま僕を引っ張ってその場を離れた。 「ふぅ……ありがとう、あかりちゃん。助かったよ」 「どういたしまして! でも最近、つーちゃんに下心丸出しで声をかけてくる男子が本当に多すぎ。気をつけないとダメだよ?」 確かに、球技大会を境に、廊下を歩いていても周囲の男子からジロジロと視線を感じることが明らかに多くなった。 教室に入ると、窓際の席にいつものように桜井さんが座っていた。 「おはよう、桜井さん」 「あ……うん、おはよう、翼ちゃん……」 桜井さんの返事は、驚くほど小さく、どこか上の空だった。最近、僕が話しかけても、なんだか僕の顔をまともに見てくれない気がする。 「大輔、おはよう」 すぐ前の席の大輔に声をかける。大輔はびくっと肩を揺らし、ひどく気まずそうな、複雑な表情で振り返った。 「おう……。……おはよう、翼」 それだけボソと言うと、大輔はすぐに前を向いて教科書を広げてしまった。 あの勉強会や球技大会の日から、大輔との会話は業務連絡並みに短くなってしまっていた。親友としての距離が、目に見えて遠ざかっていくのが分かって、胸が少しチクリと痛む。 * * * 昼休み、学食のテラス席であかりちゃんと昼食を食べていると、他のクラスの女子グループが何人も話しかけてきた。 「翼ちゃん、今日のスクールメイクもすっごく自然で可愛い!」 「今度、アイシャドウのぼかし方のコツとか、教えてもらえる?」 「やっぱりあかりちゃんがプロデュースしてるの?」 昨日まで男子だった自分が、女子たちに同性の仲間として囲まれて美容の話をされるなんて、な
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Ep.32 不完全な器、あるいは目覚めを待つ魔法【理子視点】

【理子視点】 時計の針が、午前二時を回ろうとしている。 薄い壁の向こうの寝室では、翼がすでに健やかな寝息を立てて眠りについている時間帯――私は、自分の部屋のデスクに向かったまま、顕微鏡とタブレットを交互に睨みつけていた。 デスクライトの冷たい光の下に広げられているのは、夕方に科学部の実験室から持ち帰った、翼の最新の生体検査結果だ。 血液検査のスクリーニングデータ、各種ホルモン値の推移グラフ、詳細な身体測定の記録……。 この二ヶ月半の間に蓄積された膨大な観測資料が、机の上に整然と、しかし不気味に並んでいる。 「ふぅ……」 冷めかけたコーヒーカップを手に取り、苦味を喉に流し込む。もう何杯目になるだろう。睡眠時間を削ってまでこのデータを凝視し続けているのは、科学者としての義務感だけではない。 身体的な女性化の進行度を示す成長曲線に目を向ける。ここ数週間の数値を見る限り、明らかにその勾配は緩やかになり、停滞している。 「完全な、小康状態ね……」 つー、と人差し指で画面のグラフをなぞり、過去のデータと比較する。 私の開発した不完全な薬品『RG-47』による急激な肉体変化は、どうやら一段落したようだ。身長、体重、四肢の肉付き、そしてあの暴力的なまでに成長したバストサイズ……。どれもが一定の数値で安定し、完全に固定されている。 肉体の制御不能な崩壊が止まったという事実には、正直、胸を撫で下ろしている。あの異常な変異がどこまで続くのか、一時は本気で恐怖したからだ。 けれど、身体的な変化が落ち着いたからといって、研究者として安心できるわけでは決してない。 私が本当に懸念し、夜も眠れぬほど恐れているのは、別のアプローチ――翼の内面の変化だった。 * * * 机の引き出しから、鍵付きの私的な秘匿ノートを取り出した。研究者としての習慣、あるいは一種の執着から、私は翼の日常的な行動や心理的な変化もすべて、詳細に書き留めている。 「5月26日……外部刺激(中村あかり)の影響により、メイクに興味を示し始める」 「5月31日……鏡を見る時間が前週比で明らかに増加。自己の容姿への執着を確認」 「6月2日……骨盤の広がりによるものか、歩行時の重心移動に女性らしい特徴が定着」 「6月11日……喉の構造変化に付随し、発声時のト
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Ep.33 帯を結ぶ指先

夏休みが始まって三日目の朝。理子先輩が作ってくれたフレンチトーストをリビングで一緒に食べていると、テーブルの上のスマートフォンが小刻みに震えた。 「あ、あかりちゃんからだ」 「どうぞ、出てあげたら?」 理子先輩がコーヒーカップを傾けながら、優しく微笑んだ。 「もしもし?」 『つーちゃん、おはよう! ねぇ、今日の午前中って時間ある? 一緒に浴衣見に行かない?』 「浴衣? 今日?」 『うん! 夏祭りまでもうすぐでしょ? 今のうちに選んでおかないと、可愛いデザインや良いサイズからどんどんなくなっちゃうんだから!』 そう言われてみれば、確かにそうだ。地元の夏祭りは来週の土曜日。あと十日しか残されていない。 「そ、そうだね……わかった。どこで待ち合わせる?」 『駅前のデパート! 11時に一階のエントランスね。遅れないでね〜!』 「はーい! じゃあ、また後で」 通話を切ってスマホを置くと、理子先輩がどこか探るような、複雑な視線を僕に向けていた。 「浴衣を買いに行くのね?」 「はい、夏祭りに着て行きたくて。……あの、もしよろしければ、理子先輩も今から一緒にどうですか? 先輩の意見も聞きたいですし」 僕が期待を込めて誘うと、理子先輩は一瞬だけ、ハッとしたように目を揺らした。けれど、すぐに寂しげな大人の微笑みを作って、ゆっくりと首を振った。 「私は……今回は遠慮しておくわ。あかりさんと二人で、楽しんできなさい。中村さんはお洒落だから、きっと翼に一番似合うものを選んでくれるわよ」 「そうですか……」 少し残念だったけれど、理子先輩は受験生だし、僕の身体の解析研究もあって忙しい。これ以上無理を言うわけにはいかない。 「それじゃあ、気をつけて行ってきなさい。……あまり、彼女のペースに流されすぎないようにね?」 「はい! 行ってきます!」 理子先輩の少し含みのある言葉に小さく首を傾げつつも、僕は準備のために自分の部屋へと急いだ。 * * * 約束の十一時ぴったりに駅前のデパートに着くと、あかりちゃんが既にエントランスのガラスドアの前で待っていた。 「つーちゃん、おはよーっ!」 「おはよう、あかりちゃん。待たせちゃってごめんね」 「ううん、あたしも今来たところ! さあ、今日は絶対につーちゃんを世界一可愛くする
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Ep.34 初めての痛みと血

夏休みの朝、目が覚めると、なんだか全身に鉛が詰まったように身体が重かった。 「うーん……っ」 いつもならすっきり起きられるのに、今日はベッドから出るのがひどく辛い。下腹部を雑巾で絞られるような鈍い痛みがあって、腰も砕けそうに重だるい。 それに、胸の奥がチクチクと張って痛むような気もして、なんとなく気分もすぐれない。 「……夏風邪でもひいたかな」 でも体温計で熱を測ってみても平熱だ。咳も出ないし、鼻水も出ない。ただ、漠然と、ひどく調子が悪い。 なんとか着替えをしてリビングに向かうと、理子先輩が既に朝のコーヒーを嗜んでいた。 「おはよう、翼」 「おはようございます……」 「……体調でも悪いの? 顔色がひどく蒼白だけど」 理子先輩が、マグカップを置いて心配そうに僕を見つめた。 「なんとなく調子が悪くて……でも、熱はないんです」 「そう……どんな風に?」 「下腹部が重痛くて、腰がだるいんです。あと、胸もなんだか張ってるみたいで……」 僕が症状を口にした瞬間、理子先輩の表情が、ハッとしたように変わった。そして、何かを確信したように深く頷き、丁寧に言葉を選ぶようにして口を開く。 「……無理しないで。今日は家事も何もしなくていいから、一日ゆっくり休んでいなさい」 そう言って、優しく僕の背中を撫でてくれた。 朝食も、いつもほど食べられなかった。食欲がないわけじゃないけど、なんとなく吐き気がして食べる気になれない。 「大丈夫? 温かいスープだけでも飲む?」 「はい……すみません、なんか変で。理由もないのに、すごく不安で……」 「変じゃないわ。ホルモンのせいよ。ゆっくりでいいの」 理子先輩が時々、僕の様子を観察するように見ている。まるで、嵐が来るのを待っているような、そんな静かな瞳だった。 * * * 午前中は、ソファで毛布にくるまってぼんやり過ごしていた。 本を読もうとしても集中できないし、テレビを見ても内容が頭に入ってこない。理由もなく涙が出そうになったり、無性にイライラしたり、感情のコントロールが全然効かない。 下腹部の痛みは、だんだんと強くなってきていた。座っていても横になっていても、お腹の奥がギリギリと締め付けられて重苦しい。 「理子先輩……」 「どうしたの?」 パソコンでのデ
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Ep.35 惨劇の二日目

朝、目が覚めた瞬間、昨日とは比べ物にならない強烈な痛みが下腹部を襲った。 「ううっ……!」 思わず呻き声が出てしまう。昨日も痛かったけど、今日はその何倍も辛い。まるで子宮を内側から雑巾のようにギリギリと力任せに絞り上げられているような、鋭い激痛が波のように押し寄せてくる。 起き上がろうとしたけど、痛みで身体が動かない。腰には鉛のブロックでも埋め込まれているみたいに重く、ひどい倦怠感で息をするのもやっとだった。 「り、理子先輩……っ」 布団を握りしめ、か細い声で呼んでみる。すると、隣の部屋からすぐに理子先輩の足音が聞こえた。 「翼? どうしたの?」 ドアを開けて入ってきた理子先輩の顔を見た瞬間、安心感と痛みの限界で、ポロポロと涙がこぼれてきた。 「痛い……昨日より、お腹、すごく痛いです……っ」 「そうね。二日目は一番辛いのよ。かわいそうに」 理子先輩がベッドに腰掛け、僕の汗ばんだ額に冷たい手を当ててくれた。その優しい感触だけが、今の僕の唯一の慰めだった。 「トイレ、起き上がれるかしら?」 「ちょっと……無理かもしれません。動いたら……その……」 立ち上がった瞬間に、またあのドロッとした血が出てきそうで怖い。こんな生々しい感覚、男だった時には絶対に想像もできなかった。 「わかったわ。無理しなくていいのよ」 理子先輩が優しく僕の髪を撫でてくれた。 「でも、ナプキンを替えないと……漏れちゃったら……」 「私が身体を支えて手伝うから、大丈夫」 理子先輩に肩を抱かれるようにして支えられ、なんとかトイレに向かった。 下着を下ろしてナプキンを見た瞬間、昨日より明らかにドス黒く増している出血量に、僕は絶望した。これほどの血を直視した経験がなかったため、視界がぐらりと揺れて意識が遠のきそうになる。 「――っ! こんなに……僕、本当に死んじゃう……」 「大丈夫よ、死なないわ。二日目は量が一番多いの」 理子先輩が、僕の代わりに一番大きなサイズの夜用ナプキンを新しいショーツにセットし、手際よく履かせてくれた。 またベッドに戻って横になったけれど、下腹部の激痛は全く治まる気配がなかった。 * * * 「朝食、温かいお粥を作ったのだけど、少しでも食べられる?」 理子先輩が心配そうにお盆を持ってきてくれたけど
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Ep.36 女の子たちの隠された日常

朝、恐る恐る目を覚ますと、身体の感覚が昨日とは明らかに違っていた。 「あれ……?」 おそるおそる下腹部に手を当ててみる。昨日まで僕を絶望させていた、あの子宮を雑巾のように絞り上げられるような激しい痛みが嘘のように、ずいぶん楽になっている。 「痛くない……」 ベッドから起き上がってみると、フラつくことなくちゃんと立てた。昨日は自力で立ち上がることすら辛かったのに。 「理子先輩、おはようございます」 パジャマのままリビングに向かうと、理子先輩がキッチンから振り返った。 「おはよう、翼。今日は顔色がいいわね。ピークは越えたみたい」 「はい。まだ腰は少し重いですけど、お腹の痛みがずいぶん楽になりました」 「そう、良かったわ。三日目からは痛みが軽くなることが多いのよ。……お疲れ様、よく頑張ったわね」 理子先輩が、僕の頭をぽんぽんと撫でて、嬉しそうに微笑んでくれた。 「まだ血は出てるから完全じゃないですけど、だいぶマシです」 「それは良いことね。食欲はどう?」 「少し、戻ってきた気がします」 実際、昨日はお粥すら喉を通らなかったけど、今日は理子先輩が焼いているトーストの香りが美味しそうに感じられた。 朝食を食べながら、理子先輩がふと提案してくれた。 「翼、午後から少しだけ外の空気を吸いに行きましょうか」 「外出……ですか?」 「ええ。近くのスーパーまで、夕食の買い出しに一緒に行ってみる?」 外出。この数日間、激痛と血の恐怖でずっと家にこもっていたから、外の世界が恋しかった。でも、生理用品をつけた状態での外出なんて、男だった僕には考えたこともない未知の領域だ。 「できるでしょうか……漏れたりしないか、不安です」 「私が一緒だから大丈夫よ。……でも、途中で辛くなったら無理はしないでね」 理子先輩が一緒なら、きっと大丈夫だ。僕は小さく頷いた。 * * * 午後になり、外出の準備を始めた。でも、普通の外出とは勝手が全然違う。 「ナプキンの予備と、これを持って行きなさい」 理子先輩が、可愛い柄の小さなポーチを用意してくれた。 「こんなにですか?」 「念のためよ。外出先で足りなくなったり、予想外に出血したら大変でしょ。中には昼用と夜用のナプキン、それにデリケートゾーン用のウェットティッシュと、使用済み
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Ep.37 波乱の夏祭り前夜

朝、ここ一週間ですっかり日課となっていたように、トイレで下着を下ろし、ナプキンを確認した。 「何もついてない……!」 真っ白なままのナプキンを見つめて、思わず心の底から安堵のため息が出た。 ティッシュで拭き取ってみても、あの忌々しい赤い色は一滴もつかない。 「終わった……終わったんだ……!」 羽つきナプキンをサニタリーショーツから剥がし、クルクルと丸めてゴミ箱へ捨てる。お気に入りの普通の可愛いショーツに履き替えると、股の間にあったゴワゴワとした異物感が完全に消え去り、羽が生えたように身軽になった。 下腹部をポンポンと叩いてみても、あの子宮を雑巾で絞られるような激しい痛みも、重だるい腰の痛みも、嘘みたいに完全に消え去っている。 「理子先輩、おはようございます!」 パジャマのままリビングに駆け込むと、コーヒーを淹れていた理子先輩が振り返った。 「おはよう。随分と声に張りがあるわね。調子はどう?」 「完全に終わりました! 血も止まったし、痛みも全然ないです!」 僕の嬉しそうな声に、理子先輩もホッとしたように優しく微笑んでくれた。 「お疲れ様。初めての生理、本当によく頑張って耐えたわね」 「ありがとうございます!」 朝食の準備を手伝いながら、身体の軽さと健康のありがたさをひしひしと実感する。食欲も完全に元通りだ。 「長かったな……地獄の一週間でした」 「そうね。でも翼は、本当によく乗り越えたわ」 理子先輩が、よくできた子供を褒めるように、僕の頭を優しく撫でてくれた。 「理子先輩が、ずっとつきっきりで看病してくれたからです」 「そんなことないわ。翼が逃げずに強かったのよ」 でも、僕は知っている。理子先輩の完璧な準備と、過保護なまでのケアがなかったら、僕は血と痛みの恐怖でパニックになり、絶対に一人では乗り越えられなかった。 * * * 美味しい朝食を食べながら、この一週間のことを振り返った。 「随分と、いろんなことを身をもって学びました」 「例えば?」 「女性の身体って、男が想像してる何百倍も大変だということ」 理子先輩が、深く頷いてくれる。 「生理用品の付け方とか、外出時のモレの恐怖とか、ホルモンバランスで理由もなく泣きたくなるとか……男の時には一生知ることのなかった、見えない苦労ばかり
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Ep.38 きつく締まる帯と、交差する視線

朝、カーテンを開けると、雲一つない見事な夏らしい青空が広がっていた。 「今日は夏祭り……!」 心の中で呟きながら、昨日準備した浴衣一式を確認する。水色の浴衣、シフォンの帯、白い花の髪飾り、下駄――全部揃っている。 「理子先輩、おはようございます」 「おはよう、翼。……いよいよ今日は楽しみね」 キッチンで朝食の準備をしていた理子先輩が、微笑んでくれた。 「はい。でも、浴衣を着て外を歩くなんて初めてだから、少し緊張してます」 「大丈夫、堂々と楽しめばいいのよ。今の翼なら、絶対に似合うから」 理子先輩が僕の頭を優しく撫でてくれる。 「荷物、全部持った?」 「はい。あかりちゃんが家で着付けてくれるので」 「そう。私は少しレポートの整理をしてから向かうから、夕方に駅前で合流しましょう。先に行っていいわ」 「はい! 行ってきます!」 浴衣一式を大きめのバッグに丁寧にパッキングして、僕は足早にあかりちゃんの家に向かった。 街を歩いていると、すれ違う人の中に既に浴衣姿の女の子たちがちらほら見える。お祭りの非日常的な雰囲気が、街全体に漂い始めていた。 あかりちゃんの家に着いてインターホンを押すと、待っていたようにドアが勢いよく開いた。 「つーちゃんっ!」 あかりちゃんが飛び出してきて、首に腕を回して僕を強く抱きしめた。 「久しぶり! 一週間、全然会えなくてほんっとに寂しかったぁ……!」 「あかりちゃん……っ」 予想以上に強い抱擁に、少し息が詰まって驚いてしまう。 「体調、もう大丈夫なの? 痛いとこない?」 「うん、もう完全に良くなったよ。心配かけてごめんね」 「よかった……本当に、心配で心配でおかしくなりそうだったんだから」 あかりちゃんの目が少しだけ潤んでいるのを見て、僕は申し訳ない気持ちになった。 * * * あかりちゃんの部屋に入ると、ベッドの上に既に彼女用の赤い金魚柄の浴衣が準備されていた。 「今日は、あたしの手で絶対につーちゃんを世界一可愛くしてあげるからね」 あかりちゃんの目が、いつもより暗く、熱っぽく見える。 「ありがとう。よろしくお願いします」 「まずはつーちゃんから着付けね。ほら、服、脱いで」 あかりちゃんが和装用の肌襦袢を手に取った。 「自分で着るよ」 「だーめ
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Ep.39 アクアブルーの夜

夏祭りの会場となる神社に足を踏み入れると、屋台のオレンジ色の灯りと盆踊りの賑やかな音楽、そして人々の楽しそうな熱気が夜の空気に響き渡っていた。 「やっぱり、すごい人ね。はぐれないようにしないと」 理子先輩が、人波を警戒するように周りを見回しながら言った。 「本当だ。こんなに賑やかな夏祭り、初めてかも」 僕は興奮して辺りを見回す。色とりどりの屋台がずらりと並んでいて、浴衣姿の人たちがたくさん歩いている。 「つーちゃん、何から食べる? 今日はあたしが奢ってあげるからね!」 あかりちゃんが僕の腕をしっかりとホールドしながら聞いてきた。 「うーん、全部美味しそうで迷っちゃうな」 「じゃあ、あたしのおすすめから回ろう! こっち!」 あかりちゃんが僕を引っ張って、りんご飴の屋台に向かった。 「はい、つーちゃん」 あかりちゃんが、真っ赤でツヤツヤのりんご飴を買って手渡してくれた。 「ありがとう。……んっ、美味しい!」 「甘くて美味しいでしょ? つーちゃんの赤い唇にぴったり」 あかりちゃんが至近距離で微笑む。理子先輩は少し後ろから、穏やかな表情で僕たちを見守っている。 「次はたこ焼きね! あ、ベビーカステラもいいかも」 あかりちゃんが次の屋台へエスコートしてくれる。その積極的なリードに、僕は身を任せているだけでなんだか楽しくなってきた。 屋台を回っていると、すれ違う人たちからの視線を痛いほど感じる。特に、男性からの視線が多い。 『あの子、すっげぇ可愛い』『浴衣エロッ』――そんなささやき声も時折聞こえてきたけれど、あかりちゃんと理子先輩が両脇をがっちり固めてくれている安心感と、お祭りの賑やかさに紛れて、今の僕はあまり気にならなかった。 * * * かき氷を買って、少し外れた場所にあるベンチで休憩することになった。 「つーちゃん、ちょっとこっち向いて」 あかりちゃんが僕の隣にぴったりと座って、体を寄せてきた。 「どうしたの?」 「浴衣、少し乱れてる。直してあげるね」 あかりちゃんが僕の襟元に手を入れ、直してくれる。 ……特に乱れていたようには見えなかったけど。 「そういえば理子先輩。あたしがつーちゃんのために選んだこの浴衣、どうですか? すごく似合ってると思いませんか?」 あかりちゃんが、僕
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Ep.40 僕のお尻に興味ないでしょ?

花火大会が終わって、人々がぞろぞろと駅や家に向かって帰路につき始めた。 「楽しかったね」 僕が振り返ると、理子先輩とあかりちゃんも満足そうに頷いてくれた。 「今日は本当に素敵な夜だったわ」 「つーちゃんの可愛い浴衣姿、お祭りのみんなに見せつけられて良かった!」 駅前のロータリーまで来ると、あかりちゃんとはここでお別れだ。 「今日は本当にありがとう。着付けも、メイクも、ナンパから守ってくれたのも、全部」 「どういたしまして。また絶対、二人でも一緒におでかけしようね!」 あかりちゃんが僕をギュッと抱きしめ、少しだけ名残惜しそうに離れた。 「つーちゃん、気をつけて帰ってね。白石先輩、つーちゃんをお願いします」 「ええ、任せてちょうだい。中村さんも気をつけて」 あかりちゃんと別れて、僕は理子先輩と二人で家に向かって歩き始めた。 「今日はどうだったかしら?」 理子先輩が、夜風に当たりながら聞いてくれた。 「すごく楽しかったです。可愛い浴衣を着て夏祭りなんて、男の時には想像もしてなかったから、なんだか夢みたいでした」 「そう、よかった」 夏祭り帰りの人たちとすれ違いながら、今日一日の思い出話をして歩いていた。 その時だった。 「あ、痛っ!」 歩いている途中で、急に足元に違和感を覚えてバランスを崩した。見ると、慣れない歩き方をしたせいか、水色の下駄の鼻緒が完全にブツリと切れてしまっている。 「どうしたの?」 理子先輩が心配そうに振り返った。 「下駄の鼻緒が切れちゃいました……」 「あら、大変」 理子先輩が僕の足元を見て、困った表情をした。 「これじゃあ、もう歩けないわね」 「靴屋さんもコンビニもこんな時間じゃ開いてないし……どうしましょう」 理子先輩も困ってしまった。家までまだ結構距離がある。 「裸足で歩くのも……危ないですよね」 暗い夜道を裸足で歩くのは、さすがに無理だ。ガラスの破片でも落ちていたら怪我をしてしまう。 「タクシーを呼びましょうか。でも……」 理子先輩がスマートフォンを取り出したが、夏祭りの帰宅ラッシュで、配車アプリの画面は『空車なし』になっている。 「どうしよう……」 困って立ち尽くしていると――。 「……翼か? そこで何してんだ?」 聞き慣れた声がした。振り
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