「直樹さん、急いで!」寝室の扉を勢いよく開けベッドで眠る、如月璃子の婚約者・芹沢直樹の身体を揺する。「あと、5分だけ……」直樹さんは朝が大苦手。同棲する3年前までは毎朝、モーニングコールで起こしていた。それでも起きない直樹さんを毎朝自宅まで起こしに行っていた。今、同棲をしていても本当に起きない。「せっかく、昇進の話も出ているのに。ここで遅刻したら取り消されちゃうよ」ずっと、仕事らしい仕事をさせてもらえていなかった直樹さんに、部長クラスへ昇進するという話が飛び交う。婚約者として、自分のこと以上に誇らしい。「そうだな。昨日、璃子が資料の最終チェックしてくれていたし」疲れている彼の代わりに、分析データをまとめたり、企画書の骨組みを作ったりしている。「今日の結果次第で、俺たちの未来が決まるもんな」直樹さんは寝癖を気にしながら、甘えるような視線を璃子に送り抱き寄せた。「いつも、ありがとうな。絶対に幸せになろう、俺たち」「うん」小さなアパートの玄関に置かれた使い古した芳香剤の甘い香りを感じながら、二人が勤める桐島ホールディングスへ歩みを進めた。「部長になれば、給料も上がるし。その時は、ちゃんとした式を挙げよう」いつもの駅まで並んで歩く幸せな時間と歩道で、直樹さんはそう言ってくれた。「まずは直樹さんの夢を叶えることを優先」「そうだな。必ず昇進してやる!」直樹さんは、璃子の右手をそっと握った。「宝石店の指輪をつけような」この指輪は、夜市でたまたま売られていた。夜の灯りの下でこの二つの指輪だけがひと際、目を引く輝きに導かれて、直樹さんが購入してくれたもの。桐島ホールディングスの自社ビルに着き、エントランスに入ると、私たちは申し合わせたように数歩、距離を置く。社内恋愛禁止ではないけれど、なるべく社内では接触しないようにしたい、昇進前に余計な噂を立てたくないという直樹さんの要望をくみ取った。「直樹さん。後でね」「芹沢さんと呼んでくれよ!誰かに聞かれたら困るだろう」困惑気味に直樹さんは、エレベーターに乗り込んだ。璃子は次のエレベーターに乗るため、直樹さんを見送る。それは、直樹さんと同じ部署。家から一緒に会社に来てエレベーターも一緒に乗り降りするとなると、確実に同棲していることを知らせること
最終更新日 : 2026-05-15 続きを読む