Tous les chapitres de : Chapitre 1 - Chapitre 10

10

第1話

妹の白石葵(しらいし あおい)は幼い頃からうつ病を患っていて、医師からは、できるだけ刺激を与えないようにと言われていた。だから、私・白石雫(しらいし しずく)の人生は、音を立てることさえ許されなくなった。葵を刺激しないために、家では笑うことも、泣くこともできなかった。けがをしても、痛いと声を上げることさえ許されなかった。両親はいつも申し訳なさそうな顔で、私を抱きしめた。「雫は本当にいい子ね。葵の病気は、家族みんなで支えていかないといけないの。あなたは元気で、しっかりしているんだから、もう少しあの子に譲ってあげて。ね?」あの日、私はうっかりコップを倒してしまった。その大きな音で、妹はたちまち取り乱した。父は初めて私に手を上げた。怒鳴り声が飛んだ。「少しは気をつけられないのか!葵を死なせたいのか、お前は!」私は父に突き飛ばされて床に倒れ、後頭部をテーブルの角に強く打ちつけた。血が流れ出した。けれど家族全員が、悲鳴を上げる妹の周りに集まり、誰ひとり私を見なかった。私は冷たい床に横たわったまま、意識が少しずつ遠のいていった。みんな、妹の気持ちが何より大事なのだと思っていた。私のこの程度のけがなら、少しくらい後回しにしてもいいと。でも彼らは知らなかった。頭蓋内出血は、待ってなどくれないのだ。私は冷たい床に横たわり、後頭部には鈍い痛みが波のように押し寄せていた。生温かい血が首筋を伝い、床にぽたりぽたりと落ちて、暗い赤の血だまりが少しずつ広がっていく。「少しは気をつけろよ!葵に何かあったらどうするんだ!」父の怒鳴り声が、耳の奥をびりびりと震わせた。血はさらに勢いを増して流れた。ソファの上では、妹の葵が体を丸め、両手で耳をきつく塞ぎながら、耳をつんざくような悲鳴を上げていた。「わざとやったの!お姉ちゃん、私を殺す気なんだ!出ていかせて!早く!」母は妹の前にひざまずき、背中をさすりながら、やわらかな声でなだめていた。「もう大丈夫よ、葵。お母さんがここにいるから。悪いお姉ちゃんはもういなくなったわ」私は体を起こそうとした。けれど激しいめまいに襲われ、また床へ崩れ落ちた。視界の端が黒く染まりはじめ、闇が少しずつ私の意識をのみ込んでいく。「お父さん……お母さん……」私の声は、ほとんど聞こ
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第2話

先月、学校で数人の女子にトイレの個室へ押し込まれたときのことを思い出した。彼女たちは私の頭から冷たい水を浴びせ、口紅で私の顔に醜い落書きをした。「ブス!ガリ勉!」彼女たちの笑い声は、耳障りなほど甲高かった。「あんた、うつ病一家の化け物じゃん!」「妹がうつ病なら、あんたはメンヘラでしょ。いつも死人みたいな顔してさ!」家に帰ると、母は変なにおいに気づいて眉をひそめた。「何のにおい?早く洗ってきなさい。葵はにおいに敏感なんだから」私は部屋にこもって、長いあいだ泣いた。でも母がドアをノックして、どうしたのかと聞いてきたとき、私はただ涙を拭って「何でもない」と答えた。家族にいじめのことを話せば、家の中がぎくしゃくして、妹がまた不安定になるとわかっていたからだ。「娘さんには、できるだけ刺激を与えないようにしてください。命に関わることもあります」医師の言葉は、まるで家族全員にかけられた呪いのようだった。闇が少しずつ私の視界を覆っていく。父が電話している声が聞こえた。「……はい、葵がまた発作を起こしました。わかりました。すぐに病院へ連れていきます」慌ただしい足音が私のそばを通り過ぎていった。どうして私がこんなに静かなのか、立ち止まって確かめる人は誰もいなかった。「雫、葵の薬を持ってきて!」母が振り返りもせずに命じた。答えようとした。でも、もう唇は動かなかった。「また芝居か。いつまでそうしているつもりだ!」父が苛立った声で吐き捨てた。最後に残った意識の中に、あの日の美術室の入口が浮かんだ。私は絵の具も筆も全部片づけ、ロッカーにしまって鍵をかけた。「どうしてやめるの?」美術の先生は驚いたように言った。「あなたは、私が見てきた中でも本当に才能のある生徒なのに」「絵の具のにおいで、妹が頭を痛くするんです」私はうつむいたまま答えた。先生の失望した目を見る勇気はなかった。「お医者さんが、あの子には静かな環境が必要だって言ったので」今、閉じ込められたままの夢は、私と一緒に、ゆっくりと死んでいく。救急車のサイレンが、遠くから近づいてきた。母の悲鳴のような声が聞こえた。「葵!しっかりして!もうすぐ救急隊の人が来るから!」入り乱れた足音が響き、ドアが勢いよく開いた。部屋に
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第3話

一方、私はいちばん端に立っていた。まるで偶然写り込んでしまった他人のように、私だけがひどく浮いていた。私は窓辺まで漂い、赤色灯を点滅させた救急車が走り去っていくのを見つめた。彼らは、私がもう死んでいることに気づいていなかった。寝室でスマホが鳴った。画面には、担任の林田先生からの着信だと表示されていた。電話は自動的に留守電へ切り替わった。「白石雫さんの保護者の方でしょうか。雫さんが今日、学校に来ていません。欠席のご連絡もいただいていませんが、体調を崩されたのでしょうか。至急ご連絡ください」カーテン越しの陽ざしが、私の勉強机を照らしていた。そこには今日使うはずだった教科書が、きちんと並べられていた。私は放課後、新しく出た画集を買いに行くつもりだった。でももう、私には必要なかった。私の魂は、自分の意思とは関係なく、家族のいる方へ引き寄せられていった。病院の救急処置室で、妹は鎮静剤を投与され、ようやく落ち着いた。医師は眉をひそめながら、妹の状態を確認した。「強いショックを受けて、一時的に興奮状態になっただけですね。大きな問題はありません。少し休めば落ち着きます」医師は聴診器を外した。「よかった!」母は椅子に崩れ落ちるように座り、顔を覆って泣き出した。父は母の肩を抱いた。「もう大丈夫だ。葵はきっとよくなる」私は二人の前に立ち、叫びたかった。「私を見てよ!私は死んだの!あなたたちの長女は死んだんだよ!」けれど私の声は、生きている人たちの世界には届かなかった。看護師が入ってきた。「入院を希望されますか?」「もちろんです!娘をできるだけよく診てください」父はすぐに立ち上がった。看護師は記録用紙に目を落とした。「患者さんのお名前は、白石葵さんでよろしいですね?」「はい、あの子は……」「もうお一人の患者さんは?」看護師がふいに尋ねた。「先ほど救急隊から、現場に女の子がもう一人倒れていたようだと聞いていますが」母と父は、困惑したように顔を見合わせた。「ああ、雫のことですか?」母は軽く手を振った。「あの子は大丈夫です。ちょっと転んだだけで、たぶん家で休んでいます」看護師はうなずき、処置室を出ていった。私は胸が締めつけられるような思いで目を閉じた
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第4話

私の魂が、びくりと震えた。ようやく、誰かが気づいてくれたのだろうか。父はよろめきながら処置室へ戻ってきた。スマホが手から滑り落ちた。母が顔を上げる。「どうしたの?」「警察が……」父の唇は震えていた。「うちで、若い女性の遺体が見つかったって……」母は息をのんだ。「どういうこと?」「雫だ!雫は、少なくとも三時間前にはもう亡くなっていたって……」父の声は崩れていた。膝から力が抜け、危うくその場に崩れ落ちそうになった。母は床にへたり込み、唇を震わせたまま声も出せなかった。父は機械のようにスマホを取り出し、自宅の固定電話にかけた。呼び出し音は長く鳴り続けたが、誰も出なかった。「帰って確認しよう。何かの間違いに決まってる……」父の声は空っぽだった。二人は、処置室にまだ妹がいることさえ忘れたように、ふらつく足で駐車場へ向かった。家に着くと、玄関の前には規制線が張られ、近所の人たちが遠巻きにのぞき込み、ひそひそと囁き合っていた。「どいてください!うちです!」父が人垣を押しのけた。一人の警察官が二人を止めた。「白石雫さんのご両親ですか?」母は警察官の袖をつかんだ。「娘はどこですか?うちの娘に何があったんですか?!」「お悔やみ申し上げます。下の階の方から水漏れの通報があり、呼び鈴を鳴らしても応答がなかったため、管理会社立ち会いのもとで室内を確認したところ、娘さんがリビングで倒れているのを発見しました」警察官の表情は重かった。私の遺体はすでに黒い遺体袋に納められ、青白い顔だけが見えていた。母は引き裂かれるような悲鳴を上げ、私の遺体に駆け寄った。震える指で私の頬を撫で、感電したように手を引っ込めた。「冷たい……どうして、こんなに冷たいの……」母は焦点の合わない目で、ぶつぶつと呟いた。父はその場に立ち尽くしていた。乾ききった血だまりを見つめ、それからそばにあるテーブルの角へ目を向けた。そこにこびりついた血の跡には、私の髪の毛が数本絡んでいた。「俺が突き飛ばした……あのとき、焦っていたんだ。葵が叫んでいて、力加減なんて気にしていなかった……」父が言った。警察官の目が鋭くなった。「つまり、娘さんは偶然転倒したわけではない、ということですか?」母が
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第5話

【今日もトイレの個室に閉じ込められた。あの子たちは、私は誰にも必要とされないゴミだって言った。抵抗できなかった。物音を聞いて葵が発作を起こしたら困るから……】【またお父さんに怒鳴られた。わざと茶碗を落として割って、葵を怖がらせたんだろうって。本当にわざとじゃなかったのに……ときどき、病気なのが私だったらよかったのにと思う。そうしたら、お父さんとお母さんも私を抱きしめてくれるのかな……】最後のページの日付は昨日だった。そこには、短い一文だけが書かれていた。【もう疲れた。いつか私がいなくなったら、誰か気づいてくれるのかな】父は膝から床に崩れ落ち、日記帳が手から滑り落ちた。背中を丸めたその姿は、魂を抜き取られた抜け殻のようだった。母が這うようにして近づき、日記帳を拾い上げた。たった一目見ただけで、泣き崩れた。「俺たちは……何をしてきたんだ……」父の声は、ひどく震えていた。警察官は黙ってその様子を見つめ、同僚に目配せした。「白石さん、過失致死の疑いがあります。署で詳しくお話を伺います」警察署の事情聴取室で、父は放心したように椅子に座っていた。「現場検証と検視の結果、雫さんの死因は頭部外傷によるものとみられます」警察官は数枚の写真を父の前に並べた。「テーブルの角に付着していた血痕と髪の毛は、雫さんのものとみられます。そのとき、何があったのですか」警察官が尋ねた。「俺が……突き飛ばしました。葵が叫んでいて、焦っていたんです。あの子がテーブルに頭をぶつけたことに気づかなかった……」父の声はかすれていた。「普段から、雫さんにそのような接し方をしていたのですか」「違う!そんなはずはありません!少なくとも、俺はそう思って……」父は勢いよく顔を上げた。警察官は別のファイルを開いた。「雫さんの過去三年分の受診記録を確認しました。擦り傷が六回、骨折疑いが三回、軽い脳震盪が一回。病院側は虐待の可能性を記録していましたが、そのたびにあなたと奥さんは事故だと説明しています」父の顔が真っ白になった。あえて見ないようにしてきた記憶が、突然、鮮明によみがえった。葵が不安定になるたび、雫の体には、いつも「偶然」傷が増えていた。「雫さんの先生や同級生にも話を聞きました」警察官は続けた。「誰もが、彼
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第6話

警察官が突然、話題を変えた。「学校の記録によると、葵さんにうつ病の診断があるのは確かです。ただ、状態はそれほど重くありません。なのに、なぜご家庭では……」「ありえない!」父は激しく取り乱した。「葵の病気は重いんです!医者は、いつ自殺してもおかしくないと言っていた!だから俺たちは、あの子の感情に常に気を配らなきゃいけなかったんです!」警察官は一枚の書類を差し出した。「こちらが葵さんの直近の診療記録です。主治医の所見では、投薬によって症状はおおむね安定しており、過度な見守りは必要ないとされています。むしろ問題が大きかったのは、雫さんのほうで……」父は呆然としたまま、その書類を受け取った。【症状は安定。見守りを段階的に減らすことを推奨】その文字を見た瞬間、父の目が大きく見開かれた。「この記録は先週のものです」警察官が意味ありげに言った。「あなたと奥さんは、ご覧になっていなかったのですか?」父の唇が震えた。「葵の主治医は、ずっと危険な状態だと言っていました……」「どちらの先生ですか?」「森下先生です」警察官は手帳を開いた。「おかしいですね。病院に確認しましたが、葵さんの主治医は大野先生です。森下先生は、雫さんの通院先である心療内科の担当医でした」父は、その場で崩れ落ちそうになった。取調室の扉が開き、女性警察官が慌ただしく入ってきた。「警部補、病院のほうで動きがありました。あの子が目を覚ましたんですが、彼女……」彼女は呆然としている父を一瞥し、声を落として何かを告げた。警察官の表情が、たちまち異様なほど険しくなった。「白石さん」警察官は立ち上がった。その声には、恐ろしいほどの冷静さがあった。「すぐに病院へ向かう必要があります。葵さんが、先ほど重要な話をしました」病院の廊下で、葵は車椅子に座っていた。顔色はまだ青白かったが、その目にはすでに、どこか恐ろしいほど澄んだ光が戻っていた。看護師に押されて面談室へ入ってくると、警察官はそのか弱そうに見える少女を厳しい目で見つめた。「白石葵さん。先ほど看護師に話したことを、もう一度ここで話せますか?」葵はうつむき、膝の上で指先を落ち着きなく動かしていた。「何を話せばいいのか、わかりません」その声は小さく、わざとら
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第7話

警察官はケースを受け取り、表情をさらに険しくした。そのとき、父が面談室へ呼ばれた。「白石さん。葵さんが、雫さんについていくつか話しています。確認させてください」父が葵に目を向けると、彼女はすぐに身を乗り出し、父にすがりつくようにして泣きながら言った。「お父さん、怖かったの。お姉ちゃんが……」「何だ?葵、何を言っているんだ?」父は葵を強く抱きしめた。その目には困惑と心配が満ちていた。「お父さんたちがいないとき、よく私をつねったり、叩いたり、変な薬を飲ませようとしたりしたの!もし話したら、本当に殺すって言われた!」父の顔から、一瞬で血の気が引いた。「そんなはずない。雫はあんなにお前を大事にして……」「全部演技だったの!」葵はますます激しく泣いた。「お父さんたちがいないとき、よく私をつねったり、叩いたり、変な薬を飲ませようとしたりしたの!もし言いつけたら、本当に殺すって言われた!」父は腕の中の痩せ細った娘を見つめた。そして、最後に血だまりの中に倒れていた雫の姿を思い出し、心が揺らぎ始めた。本当に、雫がずっと葵を傷つけていたのだろうか。自分たちはずっと葵を誤解していて、本当の加害者は雫だったのだろうか。それから数日、葵の「話」は、あっという間に親戚や知人の間へ広まっていった。彼女は泣きながら祖母に言った。「おばあちゃん、お姉ちゃんはよく夜中に私の首を絞めて、息ができなくなって死ねばいいって言っていたの」担任の林田先生には、すすり泣きながら訴えた。「先生、お姉ちゃんは、学校で自分の悪口を言ったら階段から突き落とすって脅してきたんです」近所の人たちに聞かれるたび、涙ながらに話した。「お姉ちゃんはずっと、私は家のお荷物だって言っていました。お父さんとお母さんが年を取ったら、私をどこかへ追い出すつもりだって」どの嘘も妙に具体的で、どの涙もあまりに本物らしく見えた。そして私は、自分の名誉が少しずつ傷つけられていくのを、ただ見ていることしかできなかった。家に戻ると、母がソファに座っていた。手には、生前の私の日記帳が握られている。その顔には、困惑と苦しみが浮かんでいた。「あなた。葵の言っていること、本当だと思う?雫は本当に……本当にずっとあの子をいじめていたの?」母は、ちょうど帰っ
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第8話

私は妹の見事な演技を見つめ、これまで感じたことのない寒気を覚えた。最初から最後まで、本当におかしかったのは、彼女のうつ病ではなかった。歪みきった、その心だった。彼女はずっと嘘をついていた。ずっと人を操っていた。家族全員の関心と愛情を独り占めすることを、ずっと楽しんでいた。そして私は、そのための生け贄でしかなかった。ネット上では、私をめぐる話がますます拡散していった。誰かが書き込んだ。【つまり真相はこういうこと?あの姉、病気の妹をずっと虐待してたってことじゃん】【怖すぎ。外では優等生っぽく見えて、裏ではそんなことしてたの?】【前はかわいそうだと思ってたけど、完全に騙されてた。いい子の仮面かぶってただけじゃん】【妹さん、こんなに優しいのに、何年も黙って耐えてたなんてつらすぎる】【こういう人間は自業自得。因果応報ってあるんだね】葵はパソコンの前に座り、そうしたコメントを眺めながら、かすかに口元をゆるめた。彼女はSNSを開き、ひとつ投稿した。【お姉ちゃん、私は許すよ。お姉ちゃんは私にひどいことをしたけれど、心のどこかでは私を愛してくれていたって、私は知ってる。もうお姉ちゃんはいないけど、私はちゃんと生きていく。お姉ちゃんに向けられる悪口も、私が受け止めるね。どうか安らかに眠ってください】その投稿は瞬く間に一万回以上拡散され、コメント欄は葵への称賛と同情で埋め尽くされた。【この子、優しすぎる。あんなに傷つけられたのに、まだお姉さんをかばってる】【心がきれいすぎて泣いた。どうか早く前を向けますように】【こんなに健気な子、守ってあげたい。これからは幸せになってほしい】葵はゆっくりとコメントをスクロールした。称賛の言葉を追う葵の目には、隠しきれない興奮がにじんでいた。これこそ、彼女が欲しかったものだった。すべての注目。すべての愛情。すべての同情。そして、かつて彼女にとって目障りだった姉の私は、ついに完全に消えた。けれどそのとき、葵の表情が急に固まった。流れに逆らうコメントを、ひとつ見つけたからだ。【それって本当に全部事実ですか?私は白石雫のクラスメートです。彼女が誰かをいじめているところなんて一度も見たことがありません。まして妹をいじめるなんて。雫は妹の面倒を見るために、よくクラス行
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第9話

それは、井上さんが去年、防犯のために取り付けたものだった。カメラは、ちょうど我が家のリビングの一部が映る角度に設置されていた。警察がその映像を確認したとき、誰もが言葉を失った。そこには、すべてがはっきりと映っていた。あの日、私がうっかりコップを倒したあと、葵は彼女が語っていたように「取り乱した」わけではなかった。むしろ彼女は、最初に一瞬だけ固まり、それからすぐリビングにあるカメラの位置を確かめた。自分のいる場所が死角だとわかると、突然、頭を抱えて悲鳴を上げはじめたのだ。彼女の「発作」は、完全な演技だった。さらに衝撃的だったのは、もっと前の映像まで残っていたことだった。葵は両親がいない隙に、わざと皿を割り、その破片で自分の腕を切った。そして私に傷つけられたように見せかけていた。自分の枕に絵の具をこぼしておいて、私がわざと絵の具のにおいで刺激したと両親に訴えていた。自分のコップに妙な粉を入れ、私に薬を盛られたと言っていた。すべての「証拠」は、彼女自身が作り上げたものだった。その映像の内容が報じられると、世間は衝撃と怒りに包まれた。【信じられない。この子、何年もずっと芝居してたってこと?】【白石雫さんがかわいそうすぎる。実の妹に追い詰められて死んだなんて】【ここまでくると心が完全に歪んでる。悪魔より恐ろしい】【壊された絵の具、しまい込まれた筆、隠された賞状……白石雫さんはどれだけ苦しんできたんだろう】動かぬ証拠を前に、葵はついに言い逃れできなくなった。それでも彼女は、この期に及んでまだ自分を正当化しようとした。「私だって被害者だよ!」彼女は記者のカメラに向かって泣きながら訴えた。「小さい頃から、みんなお姉ちゃんのほうが好きだった。お姉ちゃんは優秀で、完璧で、私はただの病気の厄介者だった!私は少しだけ注目されたかっただけ。少しだけ愛されたかっただけなの。それの何が悪いの?死ぬなんて思ってなかった!ただ、お父さんとお母さんにもっと私を見てほしかっただけなの!」けれど、そんな言い訳に返ってきたのは、さらなる非難だけだった。父はリビングに座り、私の写真を手にして、ぼろぼろと涙をこぼしていた。「雫、お父さんが悪かった……お父さんは、葵が嘘をついていることにまったく気づけなかった……
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第10話

「だったら、お姉ちゃんが私を憎んでるなら、私だってお姉ちゃんを憎んで何が悪いのよ!どうしてお姉ちゃんは私を憎んでよくて、私は憎んじゃいけないの?私は直接殺してなんかいない!お姉ちゃんが勝手にテーブルの角に頭をぶつけただけでしょ!私に何の関係があるのよ!」母はその言葉を聞いて、完全に崩れ落ちた。かつて自分の腕の中で甘えていた娘が、どうしてこんな人の心を持たない怪物になってしまったのか、母にはどうしてもわからなかった。葵は少年院へ送られた。けれどそこでも、彼女に反省の色はなかった。彼女は、誰もが自分に償うべきだと思い込み、誰もが自分を傷つけたのだと思っていた。そして、周囲の人間すべてに仕返しをしはじめた。少年院の職員が入所者を虐待していると、わざと言いふらした。ほかの子の持ち物を悪意で壊しておきながら、何も知らない顔をした。さらには自傷しようとまでした。世間の注目を引き、もう一度、人々に同情してもらうために。けれど今度は、誰も彼女を信じなかった。誰もが、彼女がどんな人間なのかを知っていた。誰もが、彼女から距離を置いた。葵は、自分がいちばん得意としていた武器を失ったのだ。他人からの同情と、憐れみを。もう誰も彼女を気にかけなかった。誰も彼女を守らず、誰も彼女の言葉を信じなかった。同情という殻を剥ぎ取られた彼女は、醜い本性をさらけ出したまま、もうどこにも隠れられなかった。少年院での日々、ほかの入所者たちは彼女から距離を置き、職員たちも彼女にいっそう厳しく接した。彼女はようやく、かつて私が味わっていた苦しみを知ることになった。誤解されること。避けられること。異物のように扱われること。けれど何より恐ろしかったのは、自分が本当はうつ病ではなかったと思い知らされたことだった。長年続いていた「症状」は、すべて注目を集めるために彼女が装っていたものだった。そして今、本当に絶望に沈んだとき、彼女を救おうとする人は誰ひとりいなかった。半年後、葵は少年院で自ら命を絶った。遺書には、こう書かれていた。【私は間違っていた。本当に、取り返しのつかないことをした。でも、もう遅すぎた。お姉ちゃん、もし生まれ変われるなら、もう一度あなたの妹になりたい。今度こそ、ちゃんとした妹になる】けれど、そのあまりに
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