夫の久我直哉(くが なおや)と結婚して八年。私たちは、周囲から誰もが認める理想の夫婦だと言われていた。けれど、彼の会社が上場セレモニーを迎えたその日、私、宮沢花音(みやざわ かのん)は離婚協議書を差し出した。祝賀パーティーの席で、彼は私を人気のない隅へ引っ張っていき、真っ赤に充血した目で私の手首をつかんだ。「俺たちは一緒に、いちばん苦しい時期を乗り越えてきたんだ。ようやくここまで来たのに、どうしてこんな時に何もかも捨てようとする?」私は静かに手を引き抜き、自分の決意を告げた。「それと、私は何も受け取らずに出ていく」直哉はかすれた声で折れるように言った。「本当にもう俺を愛していないなら、行かせてやる。だが、この会社をここまで大きくできたのは、君のおかげでもある。財産は半分、君が受け取るべきだ」けれど私はただ首を横に振り、一語一語、はっきりと告げた。「一円たりとも要らない」その瞬間、彼でさえ、まるで正気を疑うような目で私を見た。噂が広まると、私は親戚や友人たちの間で愚か者扱いされるようになり、中には、きっと私が浮気したのだと言う人までいた。両親はどれだけ説得しても私が聞き入れないため、怒りで震えていた。親友でさえ、泣きながら、自分を粗末にしないでと私を止めた。直哉は今にも崩れ落ちそうだった。彼は私の肩をつかみ、必死に懇願した。「いったいどうしてなんだ?君は何が欲しい?言ってくれさえすれば、何だって渡す!」私は、上場を成功させたことで晴れやかに輝いている彼の顔を見つめ、静かに言った。「そのうち分かるわ」離婚のニュースは、翌日には経済ニュースのトップを飾った。見出しはひどく目に刺さった。【創業者夫婦、困難は共にできても富は分かち合えず――億万長者・久我直哉氏、下積み時代を支えた妻に捨てられる】私は一夜にして、誰もが羨む久我夫人から、頭のおかしい元妻になった。両親の電話は鳴りやまず、最後には電源を切らざるを得なかった。二人は私が借りている古びたアパートに押しかけてきた。母は私の鼻先を指さし、怒りで全身を震わせていた。「花音、あなた本当にどうかしてるんじゃないの?直哉さんが何をしたっていうの?あの人をそこまで傷つけて、うちの面目まで丸潰れにするなんて!」父は一言も発せず、ただ失望した目で私を見ていた
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