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第10話

Author: ももさんぽ
正式な審理が始まる前に、藤堂弁護士はあの録音を証拠として裁判所へ提出した。

そこには、直哉が業績保証条項付きの投資契約を認め、さらに計画のすべてを叫ぶまでのやり取りが、はっきりと残っていた。

相手側の弁護士の表情は、最初の余裕から、驚愕へ、そして血の気の引いたものへと変わっていった。

彼にも分かっていたのだろう。

この録音が公になれば、直哉は離婚裁判に負けるだけでは済まない。社会的信用を失い、場合によっては金融取引をめぐる詐欺に問われる可能性すらある。

状況は、一気にひっくり返った。

代理人は直哉との短い協議のあと、その場で、離婚に伴う財産分与について一切争わないと表明した。

そして代理人として、私の請求をすべて受け入れると告げた。

直哉は被告席で、抜け殻のように座り込んでいた。

目には、もう何も映っていないようだった。

最終的に、私と直哉の離婚は認められた。

裁判所は、私たちが提出した証拠に基づき、会社上場後の経営行為およびそれに伴う債務は、夫婦の共同生活のために生じたものではなく、直哉個人の事業上のリスクであると判断した。

そのため、私は会社経営によって生じ
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  • 億万長者の夫に、私は別れを告げた   第10話

    正式な審理が始まる前に、藤堂弁護士はあの録音を証拠として裁判所へ提出した。そこには、直哉が業績保証条項付きの投資契約を認め、さらに計画のすべてを叫ぶまでのやり取りが、はっきりと残っていた。相手側の弁護士の表情は、最初の余裕から、驚愕へ、そして血の気の引いたものへと変わっていった。彼にも分かっていたのだろう。この録音が公になれば、直哉は離婚裁判に負けるだけでは済まない。社会的信用を失い、場合によっては金融取引をめぐる詐欺に問われる可能性すらある。状況は、一気にひっくり返った。代理人は直哉との短い協議のあと、その場で、離婚に伴う財産分与について一切争わないと表明した。そして代理人として、私の請求をすべて受け入れると告げた。直哉は被告席で、抜け殻のように座り込んでいた。目には、もう何も映っていないようだった。最終的に、私と直哉の離婚は認められた。裁判所は、私たちが提出した証拠に基づき、会社上場後の経営行為およびそれに伴う債務は、夫婦の共同生活のために生じたものではなく、直哉個人の事業上のリスクであると判断した。そのため、私は会社経営によって生じた債務を負う必要はないと認められた。ただし、上場前に築いた夫婦共有財産――私たち名義の不動産や預金については、法律に従って半分を受け取ることになった。私は受け取るべきものを受け取った。そして、八年間の記憶が染みついたあの豪邸を、ためらうことなく売却した。手元に残ったのは、ようやく何のしがらみもないと思える現金だった。それから先、直哉と莉子がどうなったのかを、私は追いかけなかった。ただ、小さなニュースで見かけることはあった。久我ホールディングスは業績保証条項付きの投資契約に失敗し、債務超過に陥り、ほどなく破産手続きに入ったという。天翔キャピタルの取り立てが苛烈なことは、昔から知られていた。やがて、あるニュースが報じられた。警察が、密航に使われようとしていた埠頭の貨物船の中で、顔も判別できないほど傷つけられた二人の遺体を発見した。DNA鑑定の結果、二人は直哉と莉子だと確認されたという。二人はすべてを捨てて逃げ切るつもりだったのだろう。けれど結局、天翔キャピタルの執拗な追及からは逃れられなかった。そのニュースを見た時、胸がすくことも、悲しみ

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    直哉の我慢も、ついに限界を迎えた。もう、優しい夫を演じるつもりはないらしい。彼は「夫婦共有財産に重大な損失が生じるおそれがある」として、裁判所を通じて私との面談を申し立てた。指定された場所へ行くと、直哉はすでに来ていた。弁護士はいない。莉子もいない。部屋にいたのは、直哉ただ一人だった。彼はソファに沈み込むように座っていた。目の前の灰皿には、吸い殻が山のように積もっている。私が入ると、彼は勢いよく顔を上げた。血走った目には、もう作りものの優しさなど、かけらも残っていなかった。そこにあったのは、追い詰められた人間の苛立ちと、隠しきれない憎しみだけだった。「花音、お前はいったい何がしたいんだ」彼は手にしていた書類を、乱暴にテーブルへ叩きつけた。「お前が騒ぎを大きくしたせいで、会社の株価がどれだけ落ちたか分かってるのか?最大の出資元である天翔キャピタルからは、資金の早期引き揚げを求める通知まで来ている。満足か?俺たちが八年かけて築いてきたものを、全部潰せば気が済むのか?」私は静かに彼の向かいに腰を下ろした。彼の怒りを受け流すように、淡々と見つめ返す。「私たち?直哉、あなたがあの業績保証条項付きの投資契約にサインした時点で、それはもうあなた一人のものよ。私のものじゃない」その言葉に、直哉はぴたりと動きを止めた。彼は私を凝視した。その目には、驚きと、信じられないという思いが浮かんでいた。「お前……どうしてその契約のことを知っている?」それは、彼が天翔キャピタルと結んだ極秘契約だった。それは、今後三年間で高い利益目標を達成することを条件に、上場直後の資金繰りを支える巨額の資金を調達するという、あまりにも厳しい内容の契約だった。社内でも、副社長すら知らないはずのものだった。私はかすかに笑った。けれどその笑みは、自分でも分かるほど冷たかった。「どうして知っているのかって?私は一度死んだからよ。その契約のせいで」前の人生でも、彼は愛情深い夫を演じ続けていた。けれど私は、結局、彼と莉子の不倫を知ってしまった。心が壊れた私は、離婚を切り出した。裏切られた憎しみから、私は彼に財産をすべて手放させ、会社を丸ごと私に渡すよう求めた。彼は罪滅ぼしだと言って、それを受け入れた。そこから、私の悪

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    世間からの圧力は、日に日に重くのしかかってきた。私が借りていた安アパートの住所が、誰かに漏らされた。玄関先には記者や野次馬が現れるようになった。彼らはしつこく周囲をうろつき、私から少しでも話題になりそうな言葉を引き出そうとしていた。大家さんはすっかり困り果て、これ以上は住まわせておけないと、私に退去を求めた。私はまた居場所を失った。荷物を引きずって歩く私は、どこにも居場所のない厄介者のようだった。藤堂弁護士は、一時的に事務所の物置を使わせてくれた。窓のない小さな部屋で、古い書類の束が壁際に積み上がり、紙と湿気の匂いがこもっていた。それでも私にとっては、雨風と人目をしのげるだけで十分だった。「久我さんは、かなりうまく世論を動かしていますね」藤堂弁護士はお茶を一杯差し出し、険しい顔で言った。「彼は、自分を『妻に振り回されても受け止めようとする寛大な夫』に見せています。今の世間には、あなたのほうが一方的に騒ぎを起こしているように映っています。正直、こちらには不利です。裁判所の判断が世論だけで左右されることはありませんが、印象というものは無視できません」私は湯飲みを両手で包み込み、静かに言った。「彼は、これで終わりにはしません」その直後、藤堂弁護士のスマホが鳴った。裁判所からだった。直哉側が調停を申し立て、私本人の出席を求めているという連絡だった。電話を切った藤堂弁護士は、表情を曇らせた。「やはり次の手を打ってきましたね」「調停の場で、もう一度妻を待ち続ける夫を演じるつもりでしょう。あなたが出席を拒めば、話し合いにも応じない冷たい人間だと見られる。出席すれば、彼から直接圧力をかけられることになります」私は窓のない部屋の壁を見つめ、深く息を吸った。「行きます。逃げる理由はありません。彼がどこまで演じるつもりなのか、私も見届けたいんです」調停当日、私は安物の服を着て、化粧もせず、裁判所の調停室へ入った。一方の直哉は、仕立てのいい高級スーツに身を包んでいた。ただ、顔はひどくやつれ、目の下には濃い隈がある。髪も、まるでわざと整えきらなかったかのように少し乱れていた。私を見るなり、かつて自信に満ちていたその目が赤く潤んだ。苦しみと葛藤を浮かべた表情は、まるで私こそが彼を深く傷つけた加害者であるかのようだった。莉子

  • 億万長者の夫に、私は別れを告げた   第5話

    私は都心にある有名な大手法律事務所へ行く勇気はなかった。直哉の影響力はあちこちに及んでいる。私が一歩そこへ足を踏み入れた途端、すぐに彼の耳に入るのではないかと怖かった。ネットで時間をかけて探した末、私は街の西側にある古びた雑居ビルの一室で、「正道」という法律事務所を見つけた。事務所はとても小さく、弁護士一人と事務員一人しかいなかった。私を迎えてくれたのは弁護士本人だった。藤堂健一(とうどう けんいち)という、三十代前半の男性で、黒縁眼鏡をかけ、少し身なりに無頓着な印象だったが、目だけは鋭かった。彼は私の事情と希望――離婚、そして財産分与を一切受け取らないこと――をひと通り聞くと、眉をわずかに上げた。どうやら私のことに気づいたらしい。「元・久我夫人ですね。ニュースで少し拝見しました」幸い、その口調に偏見はなかった。ただ事実を述べているだけだった。「ただ、私には分かりません。久我直哉ほどの資産家が相手なのに、どうして一円も受け取らないのですか?普通なら考えにくい話です」私は彼の目をまっすぐに見つめ、静かに、けれど揺るぎない声で答えた。「あの人のお金には、手を出してはいけないんです。手を出したら、二度と抜け出せなくなる気がするから」私の言葉は、彼の興味を引いたようだった。「二度と抜け出せなくなる、とは具体的にどういう意味ですか?」彼はさらに尋ねた。私は首を横に振った。「今はまだ言えません。藤堂先生、私の案件が厄介なことは分かっています。相手には大きな力があります。しかも私の予算は、情けないほど少ないです。それでも私は、偏見のない専門家の助けが必要なんです」私はその15万円をすべて彼の前に差し出した。「これが私の全財産です。足りないことは分かっています。でも、引き受けてくださるなら、裁判が終わったあと、残りの費用は必ず何とかしてお支払いします」藤堂弁護士は机の上のしわだらけの紙幣の束を見つめ、それから私の顔を見た。私の決意が本物だと分かったのだろう。しばらく沈黙した。やがて彼は、そのお金をこちらへ押し戻し、5万円だけを抜き取った。「申立て費用としては、これで足ります。この案件、引き受けましょう。お金のためではありません。ごみを拾ってでも逃げ出したいと思わせるような家が、いったいどれほど『汚い』のか、見てみたくなった

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