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Lahat ng Kabanata ng 番の心がわり: Kabanata 1 - Kabanata 10

45 Kabanata

第1話 空の牢獄

窓の外から、重たい金属が擦れる音が聞こえた。ガラガラ、と鎖が石壁を滑り落ちる音。鉄が軋む音。人の気配。その瞬間、ベッドの上でぼんやりとしていたサラリアはゆっくりと顔を上げた。この塔は静かだ。静かすぎるほどに。だからこそ、僅かな物音でもすぐに分かる。サラリアは裸足のまま床へ降りた。石造りの床は冷たく、足裏から体温を奪っていく。小さな窓へ歩み寄り、身を乗り出すように下を覗いた。そこには何人もの兵士が集まっていた。銀色の鎧が陽光を反射して眩しい。さらに空には竜へ姿を変えた兵たちが旋回している。塔を囲むような厳重な警備。まるで危険な魔獣でも閉じ込めているかのようだった。その光景にサラリアは小さく笑う。「人間一人に大袈裟ね」掠れた声だった。自分の声なのに少し違和感がある。長い間、誰とも会話をしていないからだろう。食事を運んでくる侍女はいる。けれど彼女たちは必要最低限のことしかしない。サラリアを見る目には嫌悪と軽蔑が混じっていた。食事を置く。下げる。それだけ。誰も話しかけない。誰も笑わない。この塔には、サラリアしかいなかった。窓辺へ視線を戻す。部屋は今日も異様なほど綺麗だった。埃一つない。シーツも床も壁も常に磨き上げられたような状態を保っている。誰も掃除などしていないのに。まるで生きた人間ではなく、価値ある宝石でも保管しているような空間だった。サラリアは思う。ここは部屋ではない。牢獄でもない。―――保管庫だ。自分はそこで保管されているだけなのだと。視線を落とす。左手首には銀色の腕輪が嵌められていた。複雑な紋様が刻まれたそれは、この塔へ入れられた日に取り付けられたものだ。そして同時に。サラリアを生かし続ける枷でもあった。空腹を覚えれば侍女が来る。喉が渇けば飲み物が運ばれる。何もしていないのに定期的に眠気が訪き、体調が悪くなることもない。衰弱しない。病気にもならない。死ねない。じわじわと。ゆっくりと。逃げ道だけを奪われながら生かされ続ける。最初の頃は何度も腕輪を外そうとした。死にたかったわけではない。ただ、このまま生かされるのが耐えられなかった。壁に叩きつけた。石で削った。歯で噛んだ。だが傷一つ付かなかった。どれだけ足掻いても無駄だった。だからサラリアは諦め
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第2話 歪んだ人生

【①状況】サラリアがラーシュと出会うよりもずっと前。彼女は地上にある小さな王国で生まれ育った。豊かな水と肥沃な土に恵まれた国。遠くから見れば平和で穏やかな国だった。だが、その内側は腐り切っていた。王は無能。貴族は私腹を肥やすことしか考えない。王には正妃が一人、側妃が九人。さらに数え切れないほどの愛妾がいた。結果として王子は八人、王女は十二人。サラリアはその中の第十王女だった。彼女が育ったのは女たちだけが暮らす後宮。人々はそこを「花園」と呼んだ。けれどサラリアにとって、その呼び名は滑稽だった。花園は手入れされてこそ美しい。放置された花園は雑草が生い茂り、花同士が養分を奪い合う。後宮も同じだった。煌びやかな衣装。豪奢な宝飾品。華やかな笑顔。その裏では毎日のように誰かが泣いていた。誰かが傷ついていた。誰かが消えていた。王の寵愛は有限だ。だから女たちは奪い合った。地位のために。子どものために。自分が生き残るために。誰かが上へ行こうとすれば引きずり落とす。弱った者がいれば踏みつける。昨日まで笑い合っていた相手でも、今日は敵になる。そんな世界だった。サラリアは幼い頃から、その空気を当たり前のように吸って育った。廊下ですれ違う女たち。優しく微笑む顔。けれどその目は笑っていない。扇の奥に隠された本心は冷たく濁っていた。誰かがいなくなっても翌日には何事もなかったように朝が来る。悲鳴も涙も、すぐに忘れられる。それが後宮だった。そしてサラリアは幼いながらに理解していた。ここでは強い者だけが生き残るのだと。.後宮にはもう一つ暗黙の仕組みがあった。―――生贄。閉じ込められた女たちは鬱憤を抱えていた。外へ出る自由はない。未来を選ぶ自由もない。王の気まぐれ一つで人生が決まる。その歪みが生み出したのが生贄だった。弱い者へ怒りを向ける。言葉で傷つける。平手で打つ。笑いながら心を削る。けれど殺しはしない。生贄がいなくなれば、次は自分が標的になるから。サラリアの母・ナタリアは、その生贄の一人だった。ナタリアのことをサラリアはほとんど覚えていない。思い出そうとしても浮かぶのは怯えた顔だけだ。優しかったのかもしれない。愛してくれていたのかもしれない。抱き締められたこともあっただろう。
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第3話 生への執着

【①状況】サラリアの生まれた国では、金色の髪は特別な意味を持っていた。五穀豊穣を司る神の化身。滅多に現れない神聖な色。だから金色の髪を持って生まれたサラリアを見た瞬間、父王は歓喜した。「金色姫さえいれば安泰だ!」それが父王の口癖だった。王として国を治めることには興味がない。民が苦しんでいても気にしない。神話にすがり、自分の地位を守ることしか考えていなかった。民衆の間には古くからの教えが根付いている。金色の髪を持つ者を害せば神罰が下る。その教えのおかげで、父王はどれほど無能でも王座から引きずり下ろされることはなかった。だから父王はサラリアを傍に置いた。愛していたからではない。娘だからでもない。自らを守る護符として。それだけだった。「何もしなくていい」「そこにいてくれればいい」幼い頃から何度もそう言われた。最初は優しい言葉なのだと思った。けれど成長するにつれて気づく。それは何もしなくていいのではない。何もするなという意味だったのだと。王女でありながら教育係はつかなかった。礼儀作法も教えられない。読み書きすら満足に学ばせてもらえない。ただ生かされるだけ。王族でありながら、人として育てられていなかった。幸いだったのは、その扱いに悪意がなかったことだろう。父王はサラリアを閉じ込めるために教育を奪ったわけではない。本当に何も考えていなかっただけだった。サラリアが学びたいと願った時も、父王はあっさり頷いた。だが与えられたのは教師ではなく本だった。おそらく周囲が止めたのだろう。金色姫に余計な知識を与えるな、と。けれどサラリアにとって、それは十分だった。時間だけは有り余るほどあったのだから。文字を覚えた。使用人たちの会話を盗み聞きして言葉を覚えた。絵画を見て歴史を知った。図書館への出入りを許されるようになると、サラリアは夢中で本を読んだ。歴史。地理。神話。政治。他国の文化。知らないことを知るたびに世界は広がった。そして同時に。自分の置かれている状況も理解してしまった。サラリアは王女だった。だが誰も彼女を人間として見ていなかった。知識は必要ない。意思も必要ない。考える必要すらない。ただ存在しているだけで価値がある。そう思われていた。人ではなく置物。幸運を呼ぶ飾り。それ
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第4話 「こんばんは」

【①状況】サラリアが年頃になると、各国から見合い話が届くようになった。数年前から続く天候不順。周辺諸国では作物の不作が相次ぎ、食料不足が深刻化していた。そんな中で、サラリアの国だけは例年と変わらぬ収穫を維持していた。理由は一つ。―――金色姫。五穀豊穣をもたらす神の化身。幸運を呼ぶ象徴。その噂は国境を越え、いつしか各国の王侯貴族たちの耳にも届いていた。だから求婚が来る。見合い話が来る。けれど父王は、どれも受けなかった。「まだ幼い」「もう少し手元に置いておきたい」「神殿のお告げがあってな」その場しのぎの理由を並べては断り続ける。サラリアは知っていた。父王に自分を嫁がせる気など最初からないことを。父王にとってサラリアは娘ではない。王座を守るための護符だ。手放すわけがない。最初の頃こそ、どこか遠い国へ嫁げば自由になれるかもしれないと思ったこともあった。だが何度も期待を裏切られるうちに、その希望も消えた。どこへも行けない。誰にも選ばれない。一生このまま。それが自分の人生なのだと諦めていた。だから、その日も現実味がなかった。城中が騒然としている理由を聞くまでは。「ドラコニアから使者が来たそうです」使用人たちのざわめきが聞こえた。ドラコニア。空を支配する竜族の国。人間たちにとっては伝説にも等しい存在。巨大な竜たちが空を舞い、浮島に築かれた天空国家。その王が直々に来訪した。目的は―――金色姫。自分だった。【②感情ピーク】使者は丁寧だった。礼儀正しく。穏やかに。しかし、その内容は拒否を許さないものだった。ドラコニアへ金色姫を招待したい。言葉を飾ればそうなる。だが実際には違う。寄越せ。そう言っているのと同じだった。父王は青ざめた。サラリアはその様子を見て少しだけ可笑しくなる。父王は理解していたのだ。自分が王でいられる理由を。金色姫がいるから。ただそれだけなのだと。だから手放したくない。けれど相手はドラコニア。逆らえば国が消える。父王は数日悩み―――そして愚かな結論を出した。サラリアを死んだことにする。その話を聞いた時。サラリアは怒るより先に呆れた。本気なのだろうかと思った。相手は一国の王だ。少し調べれば嘘など簡単に露見する。それでも父王は信じていた。どうに
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第5話 人生が変わる夜

  『こんばんは』突然降ってきた声に、サラリアは心臓が止まるかと思った。同時に、ふわりと花のような香りが漂う。甘いのに冷たく、夜の空気へ静かに溶けていく不思議な香りだった。反射的に顔を上げる。そして息を呑む。塔の窓の外。細い欄干の上に、一人の男が立っていた。月を背にしたその姿は現実離れしている。漆黒の髪。長身の身体。騎士のように鍛えられているのに、どこか獣じみたしなやかさを感じる。夜そのものが人の姿を取ったかのようだった。男が僅かに顔を傾ける。その瞬間、月光が横顔を照らした。縦に細長い瞳孔。額に浮かぶ三枚の鱗。本で何度も見た特徴。「……竜王」サラリアが呟くと、男は微かに笑った。金色の瞳が細められる。その笑みが恐ろしいほど美しい。「番がいる気がして来てみたら、まさかサラリア姫とは」どこか面白がるような声だった。「死んだと聞いたが?」「ご存知でしたのね」「もちろん」ラーシュは呆れたように肩を竦めた。「姫の父上は嘘が下手だ」思わず吹き出した。初対面の男の前でこんなふうに笑ったのは初めてだった。後宮で笑顔は武器だ。自分を守るための仮面。けれど今は違う。ただ楽しかった。ただ、この会話が心地よかった。「どうしてここにいると?」そう尋ねると、ラーシュは首を傾げる。その仕草が意外なほど若々しい。竜王という恐ろしい肩書きが、一瞬だけ遠くなる。「姫を探していたわけじゃない」ラーシュは言った。「金色姫には多少興味があったが、神の化身だの五穀豊穣だのは信じていない」その言葉にサラリアは少し驚いた。誰もが信じていると思っていたから。「だが民が安心するなら悪くないと思った」だから招待した。ただそれだけ。その言葉が妙に嬉しかった。初めて自分自身を見てもらえた気がしたからだ。.「身柄を要求されたと父は勘違いしたのだと思います」サラリアがそう言うと、ラーシュはじっと彼女を見つめた。その視線に胸がざわつく。何かがおかしい。そう思った瞬間だった。「勘違いではなくなったな」低い声。心臓が跳ねる。その目に宿った熱に本能が反応した。ガタンッ。勢いよく立ち上がった拍子に椅子が倒れる。サラリアは反射的にそちらへ視線を向けた。そして再び前を見て―――固まった。ラーシュが目の前にいた。ほん
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第6話 泡沫の幸福

至近距離にラーシュの顔があった。長い睫毛。白い肌。冷たいほど整った美貌。けれど藍色の瞳だけは熱を帯びている。その視線に捕らえられた瞬間、サラリアの身体を甘い痺れが駆け抜けた。心臓がうるさい。息が苦しい。身体の奥が熱い。自分の身体ではないみたいだった。「な……なに……?」ようやく絞り出した声は震えていた。逃げたい。怖い。そう思うのに、目だけは逸らせない。ラーシュの指先が頬へ触れる。驚くほど優しい。壊れ物を扱うような手つきだった。けれど、その瞳の奥には別のものがあった。強烈な執着。欲望。獲物を見つけた獣のような熱。サラリアは本能的に理解する。この男は自分を逃がさない。そう思った。不思議と恐怖はなかった。むしろ胸が甘く疼いた。「驚くことはない」低い声が耳元で響く。「俺の発情に反応しているだけだ」発情。聞き慣れない言葉だった。「恥ずかしがる必要はない」ラーシュの声はどこまでも甘い。「その感覚に身を委ねればいい」そして。まるで愛を囁くように言った。「愛しているよ、俺の番」番。知らない言葉だった。なのに。その言葉が胸の奥へ真っ直ぐ落ちていく。「つが……い……?」掠れた声で繰り返した瞬間。ラーシュの顔がさらに近づいた。鼻先が触れるほどの距離。花の香りが濃くなる。思考が溶けていく。.混乱していた。本当なら確認しなければならないことがたくさんある。なぜ自分なのか。番とは何なのか。なぜ竜王がここにいるのか。けれど考えられない。ラーシュの声が。視線が。触れる指先が。少しずつ理性を奪っていく。物心ついた頃から、サラリアは孤独だった。誰も彼女自身を見なかった。見ていたのは金色の髪だけ。神の化身。金色姫。幸運の象徴。そんな呼び名ばかりだった。けれどラーシュは違う。初めて会ったはずなのに。ずっと探していたものを見つけたような顔をする。まるでサラリアだけを見ている。「サラリア」名前を呼ばれる。ただそれだけで胸が苦しくなる。宝物を呼ぶみたいな声音だった。誰かに名前を呼ばれて嬉しいと思ったのは初めてだった。胸の奥に積もっていた何かが崩れていく。満たされる。温かい。幸せだった。知らなかった感情だった。唇が重なる。優しい口づけだった。けれど頭が
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第7話 最後に見た顔

それから始まった蜜月の日々を、サラリアはほとんどラーシュの傍で過ごした。朝、目を覚ませば隣にはラーシュがいる。食事をしている時も。庭を散歩している時も。本を読んでいる時も。気づけばラーシュの腕が伸びてきて、当然のように抱き寄せられていた。竜族は人間より体温が高い。ラーシュに抱き締められるたび、ぽかぽかとした温もりに包まれた。それが不思議と心地よかった。物心ついた頃から孤独だったサラリアにとって、自分の帰る場所が誰かの腕の中にあるという感覚は初めてだった。もちろん困ることもあった。ラーシュはとにかくサラリアと離れたがらない。本を読んでいれば肩へ寄りかかってくる。食事中も手を離さない。少し姿が見えなくなるだけで探しに来る。最初は戸惑った。けれど次第に、それが当たり前になっていった。誰かに必要とされること。誰かが自分を探してくれること。それがこんなにも嬉しいものだと、サラリアは知らなかった。ある日、ラーシュが言った。「何か望みはないか?」サラリアは少し考えた。欲しいものなど思いつかなかった。けれど、ふと口から出た。「読書がしたい」ラーシュは意外そうな顔をした。「そんなことでいいのか?」「私にとっては大事なことなの」すると翌日。宮殿の一室が丸ごと図書室へ変わっていた。天井まで届く本棚。びっしり並ぶ書物。古い巻物。竜族の歴史書。神話。地上の物語。服飾や工芸の本まで揃っている。サラリアは夢中になった。そしてラーシュは、そんなサラリアを見て嬉しそうに笑った。.だが数日後。ラーシュは不満そうな顔をするようになった。本を読んでいると隣へ来る。肩へ寄りかかる。膝へ頭を乗せる。ページをめくる指を握る。「……ラーシュ、読めない」「本ばかり見ている」「読書していいって言ったじゃない」「ここまで夢中になるとは思わなかった」本気で拗ねている。その姿があまりにも子どもっぽくて、サラリアは思わず吹き出した。普段のラーシュは近寄りがたい。使用人の前では無表情。美しすぎるがゆえに威圧感すらある。けれどサラリアの前では違った。拗ねる。甘える。嫉妬する。時には本気で張り合おうとする。見た目は完璧なのに、どこか不器用だった。ある日。サラリアは笑いながら言った。「ラーシュって意外とよく
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第8話 砂上の宮殿

今振り返れば。ドラコニアへ来たばかりの頃の自分は、ずいぶん浮かれていたのだと思う。空に浮かぶ島々。空を舞う竜。神話の中へ迷い込んだような景色。そして。「愛している」そう言ってくれるラーシュの存在。目が覚めれば隣にいて。抱き締めてくれて。欲しいものを与えてくれて。笑えば嬉しそうに笑い返してくれる。本を読んでいれば拗ねて。相手をしてやれば機嫌を直す。そんな日々が続いた。あの頃は、それが特別なことだと思わなかった。ただ幸せだった。けれど今なら分かる。ラーシュが与えてくれた愛情も優しさも執着も。全てはサラリアが番だったから。竜族にとって特別な存在だったからだ。そして。ドラコニアで暮らす時間が長くなるにつれ、サラリアは少しずつ現実を見るようになった。竜族。誇り高き天空の民。彼らは強い。美しい。長命で賢い。だからこそ自分たちに強い誇りを持っていた。それ自体は悪いことではない。自分の国を愛することも。自分たちの文化を誇ることも。自然な感情だ。人族だって同じなのだから。けれど。自分たちを誇ることと。他者を見下すことは違う。ドラコニアでは、その境界が曖昧だった。◇◇◇「人族なんかが竜王陛下の番だなんて」ある日。偶然耳にした言葉だった。使用人たちの雑談。気が緩んでいたのだろう。だからこそ本音だった。その瞬間。サラリアは妙に納得した。思い返せば違和感はあった。使用人たちは丁寧だった。礼儀も完璧だった。けれど。その笑顔の奥には何かがあった。最初は嫉妬だと思っていた。竜王を慕う者たちが、突然現れたサラリアを面白く思わないのだと。けれど違った。問題はラーシュではなかった。―――人族なんか。その言葉に込められていたのは明確な蔑みだった。弱い種族。短命な種族。空も飛べない種族。それが人族。そしてサラリアは思い出す。昔も聞いたことがあった。  『下女の娘なんか』後宮で何度も聞いた言葉。結局どこも同じだった。上の者は下の者を見下す。強い者は弱い者を見下す。それだけのこと。だからサラリアは何も言わなかった。驚きもしなかった。傷つきもしなかった。―――そう思っていた。実際には違ったのかもしれない。ただ慣れていただけだ。昔からそうだった。最初から見下してく
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第9話 輪郭のない不安

サリンドラ公爵家の令嬢、シーラが初めて宮殿を訪れた日。サラリアは説明できない違和感を覚えた。胸の奥へ小さな氷の欠片が落ちたような感覚。理由は分からない。けれど本能が警鐘を鳴らしていた。目の前に現れたシーラは、あまりにも自然だったから。銀青色の髪。透き通るような白い肌。宝石を思わせる瞳。額に浮かぶ繊細な鱗さえ芸術品のように美しい。立ち姿も。微笑みも。声も。すべてが洗練されていた。まるで理想の竜族を形にしたような女性だった。そして何より。ドラコニアという国によく馴染んでいた。この天空の王国に。竜王ラーシュの隣に。まるで最初からそこにいるべき存在だったかのように。ラーシュは穏やかにシーラを紹介した。「シーラはサリンドラ公爵家の令嬢だ」サリンドラ家。建国王の盟友であった大魔法師サリンドラの血を引く名門。王家とも深い繋がりを持つ由緒ある一族だった。「祖母同士が姉妹でな。親戚でもある」ラーシュは自然に続ける。「幼い頃から一緒に育った。俺にとっては妹のような存在だ」その言葉を聞いた瞬間。サラリアの胸が小さく痛んだ。幼馴染。ただそれだけの言葉なのに。なぜだろう。聞きたくなかった。同じ景色を見て。同じ文化の中で育ち。同じ時間を共有してきた存在。その積み重ねは、どれほど努力しても埋められない。サラリアには入れない領域だった。.「昔、ラーシュ兄様ったら訓練が嫌で飛んで逃げてしまったことがありましたよね」シーラが楽しそうに笑う。「ああ、そんなこともあったな」ラーシュも笑った。サラリアの知らないラーシュだった。竜として空を飛び。幼い頃から訓練を受け。失敗して叱られた少年時代。その話を聞きながら、サラリアは静かに気づく。自分はラーシュのことを何も知らないのだと。シーラは親切だった。意地悪など一度もしない。「サラリア様も知りたいでしょう? ラーシュ兄様の昔のお話」そう言って自然に会話へ招き入れてくれる。だから余計につらかった。もし意地悪な相手なら嫌えた。敵だと思えた。けれどシーラには非がない。礼儀正しく。優しく。気遣いもできる。完璧な令嬢だった。そして。ラーシュの腕に触れる。肩を寄せる。その距離感が自然すぎた。ラーシュも咎めない。長年の信頼がそこにあった。積み重
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第10話 世界の崩れる音

シーラはラーシュの前では理想的な令嬢だった。朗らかに笑う。無邪気に甘える。「ラーシュ兄様」と親しげに呼びかける。名門公爵家で大切に育てられた姫君そのもの。誰からも愛されるような振る舞いをしていた。けれど。サラリアはずっと違和感を覚えていた。理由は説明できない。はっきりとした証拠もない。だから誰にも言えなかった。ただ後宮で育った経験が告げていた。――この人は私を嫌っている。女同士だから分かるものがある。笑顔の奥に隠した感情。柔らかな声に混じる棘。敵意はむしろ優しさの仮面を被ることがある。後宮では何度も見てきた。だからこそ嫌な予感がしていた。そして。その予感は最悪の形で現実になる。◇◇◇その日、ラーシュは王城で開かれる会議へ出席していた。「すぐ戻る」額へ口づけを落とし、そう言って出かけていく。サラリアはいつものように図書室で本を読んでいた。穏やかな午後だった。窓の外では竜が飛び。風は花の香りを運んでくる。何も変わらない一日になるはずだった。.「シーラ様がお見えです」使用人の声を聞いた時も警戒はしなかった。ラーシュに会いに来たのだろうと思っただけだった。「サラリア様へ贈り物をお持ちしたのです」シーラは美しく微笑んでいた。その背後には大きな箱を抱えた者たちが並んでいる。だが。近づいてきた瞬間、サラリアの背筋に冷たいものが走った。甘い香水の奥。薬品の匂いがした。そして。侍女だけではなかった。見知らぬ男たちもいる。胸の奥で警鐘が鳴る。けれど。気づいた時には遅かった。突然腕を掴まれた。強い力だった。反射的に振り払おうとしてもびくともしない。「なっ……!」体勢を崩される。床へ押し倒される。複数の手が伸びてくる。「離して!」叫ぶ。抵抗する。けれど意味がなかった。相手は竜族。力の差がありすぎた。「シーラ様!」助けを求めるように名前を呼ぶ。だが。シーラは笑っていた。いつもと同じ美しい笑顔。なのに瞳だけが冷たい。「大人しくしていなさい」その声に温度はなかった。ぞっとするほど。何の感情もなかった。サラリアは恐怖した。何をされるのか分からない。なぜこんなことをされるのかも分からない。ただ。目の前の人間たちが自分を人として見ていないことだけは分かった
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