番の心がわり의 모든 챕터: 챕터 1 - 챕터 10

13 챕터

第1話 北端の塔(1)

窓の外から金属が擦れる音が聞こえた瞬間、サラリアはベッドの上でぼんやりとしていた視線をゆっくりと持ち上げた。塔の外壁に沿って鎖が下ろされる音。重たい鉄が軋む音。人の気配。いつもは静寂しかないこの塔に生まれた僅かな騒がしさに、サラリアは反射的に窓辺へ歩み寄る。石造りの床は今日も冷たく、裸足の裏から熱を奪っていった。小さな窓から身を乗り出すように下を見れば、塔の周囲に何人もの兵士たちが集まっているのが見えた。彼らの身につけた銀色の鎧が陽光を反射し、空を見れば竜の姿になった兵たちが空を旋回している。その厳重な警備はまるで凶悪な魔獣でも封じ込めているかのような物々しさだった。その様子がおかしくてサラリアは小さく笑った。「人間なんかに大袈裟……この部屋ともお別れみたいね」サラリアは自分の声に違和感を感じた。長い間、誰ともまともに会話をしていないせいだろう。たまに食事を運んでくる侍女はいたが彼女たちとの間に会話はない。それどころか彼女たちはサラリアに蔑みの目を向けて、義務感だけの丁寧さで食事を置いていくだけだった。サラリアはずっと一人だった。この部屋にはなにか特殊な術式でも施されているのか、サラリアの身体を含めて全てが常に清潔に保たれていたため侍女が入る必要もなかった。窓辺に積もるはずの埃すらないキレイなこの場所は、生きた人間ではなく無機質な宝石でも保管しているような『保管庫』。サラリアはただ生かされている、そんな扱いだった。サラリアは自分の左手首を見る。この部屋に入る前に嵌められた銀色の腕輪には複雑な紋様が刻まれており、それがサラリアを生かしていた。空腹も渇きも感じると侍女がやってくるし、疲れることは何もしていないのに定期的に眠気が訪れる。極限まで追い込まれることはなく、衰弱もしない。死ぬことすら選択できないようにじんわりと、真綿で締めつけるようにただ生かされている。最初の頃、サラリアは何度もこの腕輪を外そうとした。死ぬ気はなかったが、ただここで生かされる日々は想像するだけで嫌気がしたから。壁に叩きつけ、石で削り、歯で噛んでもみた。だが全て無駄だった。.サラリアにとって唯一の自由は外を見ることだけ。それさえも、いまのサラリアが見れるのは小さな窓から見える景色だけだった。今日も空にはいくつもの島が浮かんでいる。大小様々な浮島が雲海の上
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第2話 北端の塔(2)

サラリアがラーシュと出会ったのは地上にある小さな国だった。豊かな水と肥沃な土に恵まれたその国は、一見すれば平和で穏やかな国に見えるが腐り切っていた。特に王城。王は無能で、貴族は私腹を肥やし、醜く膨れ上がった後宮では女たちが互いを食い潰しながら生きていた。サラリアはその国の王女だった。父王には正妃が一人、側妃が九人。さらに愛妾は数え切れないほどいて、結果的に子どももまた大量にいた。王子が八人、王女が十二人。サラリアは第十王女だった。·サラリアは女だけの後宮で育った。後宮のことを「花園」と呼ぶが、そんな呼び方は実態を知らぬ者が抱く幻想。管理されていない花園は地獄そのもの。美しい衣装や豪奢な宝飾品を身に着けて笑う女の傍らで多くの女が枯らされるように屠られていき、笑い声の隙間から泣き声や悲鳴が漏れ聞こえていた。あの国の後宮は権力を持ちたい者たちの欲望と嫉妬と執着が腐臭のように淀んでいた。女たちは自分の地位に執着し、子どもを使ってその座を維持し、誰かが上に行こうとすれば容赦なく蹴落とす。王の寵愛には限りのある世界。女たちは笑顔の裏で戦い、奪い合い、互いの喉元に刃を突きつけていた。サラリアは、その空気を肌で覚えて育った。廊下ですれ違う時の視線に滲むものは薄ら寒く、扇の向こうに笑顔とともに隠されたものは仄暗く、優しい声に滲むものはざらりと神経を逆なでる。誰かが消えても翌日には何事もなかったように朝が来る世界。あの世界では耐えるしかない。耐えられなければ闇に飲み込まれ、飲み込まれた者はゆっくりと静かに冷たい土の下へ沈んでいく。そんな世界の理を、サラリアは子どもながらに本能的に理解していた。後宮に閉じ込められた女たちに外へ出る自由はなく、王の気まぐれ一つで人生が決まる歪さは女たちの心に鬱憤を溜めていった。女たちはその鬱憤を弱い者へと向ける―――『生贄』。女たちは娯楽を求めるように生贄を欲し、絶えることなく生贄を作り、生贄を嬲る。言葉で刺し、平手で打ち、笑いながら心を削り、追い込み、じわじわと壊していく。女たちは生贄を長く生かした。その力加減が恐ろしいほど上手かった。なぜなら、その生贄が死んでしまったら次の生贄が自分になるかもしれないから。だから彼女たちは微笑みながら生贄を壊し、壊し過ぎないように大事にもしていた。サラリアの母親もそんな生贄の
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第3話 北端の塔(3)

サラリアの国では、金色の髪は五穀豊穣を司る神の化身とされていた。滅多に生まれない神聖な色である金。その金色を持つサラリアが自分の血から生まれたことに、ただ王の血を次代に継ぐしか能がないと言われていた父王は有頂天になった。「金色姫さえいれば安泰だ!」政など何一つ理解していない男だった。現状で民が苦しんでいても何をするわけではなく、神話めいた存在であるサラリアを崇めることしかしなかった。ただ金色の髪の子は神の化身。害す者には神罰が下るという教えは民衆にも浸透していたため、父王がどれほど愚かでもサラリアの存在で誰も手を出せなかった。だから父王はサラリアを常にそばに置いていた。愛情ではない。父王にとってサラリアは身を守る護符。だから父王はサラリアに『城にいる』以外を望まなかった。「何もしなくていい」「そこにいてくれればいい」と幼い頃から何度も言われた。サラリアにとってそれは、自分はただの飾りだと言われているのと同じだった。父王は無能だから、その発言が深く考えてたものではないことはサラリアにも分かっている。ただ王であるためその言葉は絶対―――誰もサラリアに何もしなかった。愛情を与えることはもちろん、王女であるのに誰もサラリアに教育を施さなかった。礼儀作法も、政治も、歴史も、読み書きすらまともに教えてもらえなかった。城にいるため衣食住だけは与えられたが、ただ生かされるだけの存在だった。幸いなことに、父王のそれは悪意ある政略ではなかったことだ。わざとサラリアに知識を与えず、国から逃がさないようにしたわけではない。ただ単純に側においておくこと以外は無関心だっただけ。実際に父王はサラリアの教育は母のナタリアがやっていると思っていたようだ。子どもの教育は母親の役目だから。 父王はナタリアが死んだことすら忘れていた。幼いうちにその異常に気づいたことは幸いだった。サラリアは「幼いから」の言い訳が通じなくなる前に自分でどうにかしなければいけないと察した。だから父王に「学びたい」と強請ってみた。案の定なにも考えていなかった父王は「おお、そうか」と簡単に許可したが、誰かが父王に進言したらしく教育係は付けてもらえず、本だけが与えられた。人をそばにおいて金色姫に余計な思想を植え付けられては困る。そんな理由だったに違いない。 同じ理由でサラリアの侍
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第4話 出会い(1)

サラリアが年頃になると、各国から見合い話が届くようになった。数年前から周辺国が天候不順による収穫高の減少からの食料不足に悩む中、サラリアのいる国は例年通りの収穫高ということで金色姫の価値が上がったからだ。五穀豊穣をもたらす神の化身。国に富を呼び込む幸運の象徴。父王はそんなサラリアを珍しい宝石でも見せびらかすように他国の使者に自慢した。宴の席では隣へ座らせ、「我が金色姫だ」と酔った顔で笑っていた。神秘的な存在として扱われることに慣れていたサラリアは微笑んでみせながら心の中では冷め切っていた。父王はサラリアを自慢したいだけで誰にも渡す気はない。妹姫ですら嫁いでいったのにサラリアには婚約話もなかった。見合いの話が届いても父王はいつも曖昧に笑って誤魔化した。  「まだ幼い」  「もう少し手元に置いておきたい」  「神殿のお告げが」そんな適当な理由を並べて断り続ける。最初はどこかに嫁ぐ形で外に出ることを期待していたサラリアも、いつしか何も思わなくなった。どこにも行けない。一生このまま一人で生きる。それが人生なのだとサラリアは諦めていた。だから事態が急変した時も現実感がなかった。.ある日、サラリアの国の上空に竜が現れた。ドラコニアからの使者―――その瞬間、城中が騒然となった。空を支配する竜たちが暮らす、圧倒的な軍事力を誇る天空国家。人間の国など彼らがひとたび本気を出せば容易く焼き払えると言われる畏怖の存在―――その国の王が直々に来訪する。彼らの目的は金色姫。国の領土が空に浮かぶ島であるドラコニアでは作物が育ちにくい。ゆえに五穀豊穣をもたらす存在として噂されるサラリアに興味を持ったのだった。使者は「金色姫を国に招待したい」と丁寧な物腰だったが、その実は「寄越せ」と言っていることと変わりなかった。父王は目に見えて青ざめた。父王が辛うじて王でいられたのはサラリアがいたからだから。金色姫がいても“かろう
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第5話 出会い(2)

  『こんばんは』その言葉と同時に、ふわりと夜風に乗って花のような香りが漂ってきた。甘いのに冷たく、澄んだ夜気の中へ静かに溶けていく香りだった。サラリアは息を呑んだ。欄干に一人の男が立っていたから。月を背にしたその姿はあまりにも現実離れしていた。漆黒の髪が風に揺れ、逆光だがかなり端正だと分かる顔立ち。長身の身体は騎士らしいのに妙にしなやかで、まるで夜を切り取って人間の形へ閉じ込めたようだった。月光が彼だけを照らしている―――そんな錯覚すら覚えるほど美しかった。人間ではない。本能的にそう思ったが、男が顔の角度を変えたことで確信に変わった。縦に細長い瞳孔と額に浮かぶ三枚の鱗は、サラリアが本で見たことがある竜族の特徴。そして、この圧倒的な存在感。「……竜王」サラリアが呟くと、男――ラーシュ・ドラゴニスは微かに笑った。夜空を溶かしたみたいな藍色の瞳が細められる。その笑みがまた恐ろしいほど綺麗だった。.「番がいると感じて来たのだけど、それがまさかサラリア姫とは……死んだのでは?」揶揄うような声音だったが嫌ではなかった。それどころか胸の奥がくすぐったくなり、サラリアは思わず吹き出した。「ご存知でしたのね」「もちろん。姫の父上は嘘が下手だな」怒るどころか同情するかのように呆れた顔で肩を竦めるラーシュに、サラリアはくすくす笑った。 初対面の男相手にこんなふうに自然に笑ったのは初めてだった。後宮では笑顔は武器。愛想よく笑い、相手を油断させ、自分を守るための仮面でしかない。けれど今は違う―――ただ楽しかった。「どうしてここだとお分かりに?」問うと、ラーシュはわずかに首を傾げる。その幼さが混じる顔にラーシュの凄味がわずかに薄れ、サラリアの体から力が抜けた。「姫を探していたわけではない。嘘には別に興味など
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第6話 出会い(3)

至近距離にラーシュの顔があった。長い睫毛。 白い肌。 冷たい美貌なのに藍色の瞳だけが熱を帯びている。気づけば見上げる形になったラーシュの顔を見ていた。視線がラーシュのものと絡まった途端、サラリアの背筋を痺れるような甘さが駆け上がった。腰の奥がじわりと熱を持ち、身体の芯が溶けていくようだった。「な、なに……?」自分の身体なのに、自分のものではないみたいだった。力が抜ける。息が苦しい。頬が熱い。怖いのに、逃げたいのに、ラーシュから目を逸らせない。ラーシュの指が頬へ触れた。驚くほど優しい手で、壊れ物に触れるみたいにそっと撫でられた。けれど、その目は違った。獲物を捕らえた肉食獣そのもの。圧倒的な執着と欲が滲んでいた。「驚くことはない。俺の発情に反応しているだけだ」低い声が耳を撫でる。「恥ずかしがる必要はない。その感覚に素直に、俺に身を委ねろ――愛しているよ、俺の番」「つが……い……」聞き慣れない言葉を繰り返した瞬間、ラーシュの顔がさらに近づいた。鼻先が触れ合う距離。花のような香りが濃くなって体がひときわ熱くなる。サラリアは混乱していた。この状況とか、番とか。(考えなければいけないことがある筈なのに……)ラーシュの声は甘く、優しく、逃げ道が奪われていく。こんなふうに欲しいと求められたのは生まれて初めてのことだった。金色姫として崇められることはあっても一人の女として見られたことなどなく、サラリアは抗い方も分からず、抗いたいという気持ちさえも持てなかった。藍色の瞳に映る自分から目が離せない。ラーシュの指先が触れるたび身体が熱を持つ。胸が苦しいほど高鳴っている。満たされていく感覚に包まれる。.物心ついたと
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第7話 泡沫の幸せ(1)

それから始まった蜜月期と呼ばれる時間をサラリアはほとんどラーシュの腕の中で過ごした。朝、目を覚ませば隣にラーシュがいる。食事をしていても抱き寄せられる。夜になれば当然のようにラーシュはサラリアを抱いた。竜族は体温が高く、ラーシュに抱き込まれるたびぽかぽかと温かくて安心したが―――問題があった。竜族と人族では体力が違いすぎた。ラーシュは加減していると言っていたが、それでもサラリアは毎夜抱き潰されて気絶するように眠りについていた。「ラーシュ、休憩……お願い……」半泣きで縋っても効果はない。ラーシュは未練がましい振りをしてサラリアの髪へ顔を埋め、サラリアを大きな押し潰しながら感じる部分を刺激してくる。「やあ……んぅっ」刺激に耐えれずサラリアが甘い声をあげれば、勝利を確信するかのように笑ってみせて「あと少しだけ」と強請る始末。「さっきも、そう言った……ひあっ!」「サラが可愛すぎるのが悪い」真顔で言うから余計に腹が立った。こんな夜が何度も訪れ、空腹を訴えているのに誤魔化されながら抱かれ続け、そのまま食事を逃して朝を迎えたとき「流石にひどい」とサラリアは怒った。サラリアは本気で数日お預けにしてやろうかと思った。このときはラーシュも流石にまずいと思ったのだろう、なんでも一つ言うことを聞くから許してほしいと訴えてきた。項垂れるラーシュに結局絆されてしまった。いや、絆されたというのは正確ではない。体力差と加減が問題なのであって、ラーシュに抱かれること自体は嫌ではなかった。だからサラリアも交換条件に前向きだった。「読書がしたい」「そんなことでいいのか?」意外そうに目を瞬かせるラーシュにサラリアは頷いた。すると翌日には宮殿の一室が図書室に変わっていた。天井まで届く本棚には革張りの
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第8話 泡沫の幸せ(2)

ドラコニアに来たばかりの頃の自分を振り返ると、あまりにも非日常的なことに浮かれていたのだと分かる。神話のような風景と「愛している」と言ってくれる美しい男性。自分を大切に抱き締め、欲しいものを与え、笑えば嬉しそうに目を細める優しさも。読書に夢中になれば拗ね、本を閉じれば機嫌を直す可愛らしいところも。毎日のように愛を囁くあの甘い熱も。ラーシュがサラリアに与えてくれたあの全ては、サラリアが彼の番だったからなのだと今ではよく分かっている。.ドラコニアでの生活が長くなると、サラリアには少しずつ現実が見えてきた。 竜族。 誇り高き竜人の国ドラコニア。竜族は優しい種族ではなく排他的で、彼らは自分たちを至高の存在だと思っていた。それ自体は悪いことではないとサラリアは思っている。人族だってそうだ。 自分の国に誇りを持ち、自分の文化を愛する。それは自然な感情であるとサラリアは理解している。(けれど、自分たちを誇ることと他者を見下すことは別だわ)ドラコニアの竜人たちはその境界が曖昧だった。  『人族なんかが竜王陛下の番だなんて』ある日、偶然それを耳にした。使用人たちが仕事の合間にしていた雑談。気が抜けていたのだろうが、だからこそ正直な言葉だった。彼女たちもサラリアが近くにいるとは思わなかったのだろう。その声には露骨な侮蔑が滲んでおり、その音にサラリアは妙に納得してしまった。彼女たちの仕事は正確で丁寧だったが、彼女たちの笑顔の裏には薄い嫌悪があった。それに気づいても何も思わなかったのは、地上の後宮で見慣れていたものだったから。ただ嫌悪の意味ははき違えていた。彼女たちの竜王ラーシュに対する敬愛と思慕から、ぽっと出のサラリアにラーシュを奪われたという嫉妬めいた感情だとサラリアは思っていた。それもあるかもしれないが、根底は違った。それを教えてくれたのは「なんか」という言葉。そこに込められているのは明確な蔑み―――人族なんかが。
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第9話 泡沫の幸せ(3)

サリンドラ公爵家の令嬢であるシーラが初めて宮殿にやってきた日、サラリアは胸の奥に薄く冷たいものが落ちる感覚を覚えた。理由など説明できない。ただ本能が警鐘を鳴らしていた。目の前に現れたシーラはドラコニアという国に、ラーシュの隣に、あまりにも自然に馴染みすぎていたからだ。シーラは美しかった。銀青色の髪は陽光を浴びると淡く煌めき、透き通るような白い肌には一点の曇りもなく、額に浮かぶ繊細な鱗は芸術品めいていた。竜族特有の細く鋭い瞳孔は宝石のように美しく、見る者に畏怖すら抱かせた。姿勢、微笑み、声色、そのすべてが洗練されていて「理想的な竜人」という概念をそのまま人の形にしたようだった。.竜族の頂点に立つのはドラゴニス王家。ラーシュはその嫡流であり、ドラコニアそのものを象徴する存在だった。建国王ドラコニスは膨大な魔力で地上から大地を切り離し、この天空の浮島を創り上げたと伝えられている。空に浮かぶ王国ドラコニアは竜族の誇りそのものだった。そしてシーラの出身であるサリンドラ公爵家は、初代国王の盟友であった大魔法師サリンドラを祖に持つ名門中の名門。竜族の中でも特に高貴な血を受け継ぐ一族であり王家との繋がりも深い。そんなシーラをラーシュは穏やかな笑みと共に紹介した。「シーラはサリンドラ家の令嬢だが、祖母同士が姉妹で親戚でもある。幼い頃から共に育った幼馴染で、俺にとっては妹のような存在だ」その言葉を聞いた瞬間、サラリアの胸に小さな棘が刺さった。幼馴染という響きが嫌だった。同じ空を飛び、同じ文化の中で育ち、同じ景色を共有してきた者だけが持てる特別な時間を象徴する言葉。それはサラリアには決して踏み込めない領域だった。サラリアは人族で、空を飛べない。ラーシュには人と竜の二つの姿があり、サラリアは竜の部分の感覚を共有できない。でもシーラにはそれができる。シーラはラーシュと同じ場所に立てる存在で、シーラはそれを隠そうともしなかった。「昔、ラーシュ兄様ったら訓練が厳しいから飛んで
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第10話 偽者の番(1)

シーラはラーシュの前では可愛らしくて無邪気な姫だった。朗らかに笑い、ラーシュへ甘え、「兄様」と親しげに呼ぶ。幼い頃から大切に守られて育った名門令嬢そのものの彼女は誰が見ても愛らしく、誰からも好かれるような振る舞いをしていた。けれどサラリアには予感があった、シーラは自分を嫌っている。はっきりした根拠があるわけではないから誰にも言えなかったが、後宮という女の園で生きてきたサラリアには憎悪ともいえるその感情が感じ取れた。人は本当に嫌っている相手にほど優しく笑うことがある。そしてその予感は最悪の形で当たった。.その日、ラーシュは王城で開かれる会議へ出席していた。「すぐ戻る」と額への口づけを落として出かけるラーシュを見送ったあと、サラリアはいつものように図書室で本を読んでいた。静かな午後だった。窓の外ではいつも通り竜たちが空を飛び、風は庭で揺れる花の香りを届けてきた。  『シーラ様がいらっしゃいました』だからシーラが突然宮へやってきたときもサラリアは特に警戒しなかった。ラーシュが留守なことを知らずに来たのだろうとしか思わなかった。  『サラリア様に贈り物をお持ちしたのです』シーラはにこやかに笑っていた。彼女の後ろには大きな箱や袋を抱えた者たちが並んでいた。侍女たちかと思ったが纏っている簡素な白い衣からは独特の薬品臭。さらに中には男性の姿もあってサラリアは警戒した。警戒したところでサラリアには何もできなかった。「っ……!」突然腕を掴まれて後ろ手に回され、引き倒されたあとに複数人に押さえ込まれた。「な、何を――!」「ジッとしていなさい」シーラはいつも通り柔らかく微笑んでいたが声は冷え切っていた。サラリアは抵抗したが相手は竜族。力の差が違い過ぎた。「離して」と叫び、足を暴れさせても意味はなかった。彼らは慣れた手つきでサラリアを拘束し衣服を剥
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