「奥様、大変です。社長がトラブルを起こされました。ポルミエホテルまでいらしていただけませんか?」秘書の伊藤(いとう)からの電話を受けた時、九条美帆(くじょう みほ)は娘を寝かしつけたばかりだった。彼女は眠る娘の顔を一瞥すると、躊躇うことなく立ち上がり、コートを羽織って外へ出た。11月の東都(とうと)は、すでに凍えるような寒さだった。深夜ということもあり、外に出た途端に激しい寒暖差に襲われ、体が思わず震えた。美帆は急いでコートの襟元を合わせ、頭上の街灯を見上げた。雪が舞い散り、灯りに照らされてまるで綿毛のように宙を舞っている。電話口で伊藤は事の顛末を詳しく言わなかったが、美帆には大体見当がついていた。ここ数年、夫の九条旭(くじょう あきら)が外で起こすトラブルといえば、例外なく「女絡み」ばかりだった。彼がこれまでに作った女性関係のトラブルは数知れない。周りに群がる有象無象の女たちの数は、両手でも数え切れないほどだった。美帆もすっかりそれに慣れきっており、離婚を切り出したこともあった。だが、旭はどうしても首を縦に振らない。彼はいつも「お前が俺に借りがあるからだ」と言い張った。美帆のお祖母ちゃんも「美帆、あなたが旭くんに、そして我が長谷部家が九条家に借りがあるのよ」と諭すのだった。一体何を借りているというのか、美帆には全く記憶がなかった。わかっているのは、5年前に目を覚ました時、すでに自分が「九条の奥様」になっていたということだけだ。旭の妻でいることは本当に骨が折れる。次から次へと現れる愛人たちを処理し、彼の尻拭いをして回らなければならない。昼夜問わず、年中無休だ。仕方のないことだった。旭に弱みを握られているのだから。……「この泥棒猫、自分の身の程を知りなさいよ!私の男を奪おうなんて百年早いわ。私がデビューした頃、あんたなんてまだ鼻水垂らしてお砂場で遊んでたってのに!」「自分がおばさんだってこと、自覚してる?若い女の子の役ばかりやってるからって、本気で自分が永遠に花の年頃だとでも思ってるわけ?」「もう一言言ってみなさい!その口を引き裂いてやるから!」美帆が最上階のプレジデンシャルスイートに入ると、二人の女が激しく罵り合っている声が聞こえてきた。そのうちの一人の声にはとて
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