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第2話

Author: スイート団子
翌朝。

甲高い着信音が、美帆を深い眠りから引きずり起こした。

昨夜、旭が彼女の手を死に物狂いで握って離さなかったため、どうすることもできず、彼女はコートを着たままベッドの端で丸くなって眠ってしまったのだ。

「奥様、今どこにいらっしゃるんですか?

奥様がいらっしゃらないので、寧々(ねね)お嬢様はどうしても泣き止まないんです」

美帆は頭痛を覚えたが、無理やり体を起こして気力を振り絞った。

「電話を寧々に代わって。私から話すわ……

寧々、いい子だから聞いてね。ママは少し用事があって出かけているの。

もうすぐ帰るから、お手伝いのおばあちゃんの言うことを聞いて、いい子にご飯を食べるのよ」

美帆はできるだけ優しく小さな声で語りかけた。

言い終えた後、受話器の向こうからカチャッと電話が切れる音が聞こえた。

それで安心し、彼女は電話を切った。

寧々はとても賢く利発な子だが、残念ながら言葉を話すことができなかった。

一歳の頃から、美帆は寧々を連れて数え切れないほどの名医を訪ね歩き、海外の病院まで足を運んだ。

だが、何年経っても一向に回復の兆しは見えず、どの医者からも「先天的なものです」と告げられるだけだった。

美帆は仕方なく、幼い頃から手話の先生をつけて指導を仰いだ。それから丸5年が経ち、娘とうまくコミュニケーションを取るために、美帆自身も手話を習得した。

「お前はここで何をしてる?」

目を覚ました旭が、殺気立った目で美帆を睨みつけていた。

彼の漆黒の瞳は、まるで底なし沼のように深く暗かった。

「昨夜、あなたがこのホテルに泊まっていたことを、どういうわけか小野寺咲が嗅ぎつけたのよ。ここに乗り込んできたら結衣がいて、修羅場になった。

下にはマスコミが群がっていたから、伊藤さんから私に事態の収拾を頼まれたの」

美帆は淡々と答えた。

旭の「二つの顔」には、彼女はとっくの昔に見慣れていた。

彼が彼女に対して少しでも優しくなるのは、泥酔している時だけだ。普段は彼女を仇のように憎み、殺してやりたいとすら思っているのだから。

「呼ばれたら尻尾を振ってやって来るのか?美帆、お前は本当に底なしの卑しい女だな!」

旭は美帆を睨みつけ、容赦なく毒を吐いた。

「そうだな、下賤でなければ、どこの馬の骨とも知れない男と寝て、あのガキを作れたわけだ」

「寧々はあなたの娘よ!」

いくら旭の最悪な態度に慣れているとはいえ、その言葉を聞くと美帆は眉をひそめずにはいられなかった。

旭はプライドが高いから、言葉を話せない寧々を疎ましく思う気持ちは理解できなくもない。

だが、旭が寧々を自分の子供だと認めないことだけは、どうしても受け入れられなかった。

「そして寧々は……」

美帆がさらに何かを言いかけようとした瞬間、旭が突然激昂した。

「黙れ!

いいか美帆、お爺様がお前をかばっているからといって、俺がお前に手を出せないとでも思っているのか?」

「なら離婚しましょう」

美帆は淡々に言った。

彼女もこれ以上、旭と泥沼の争いを続け、終わりの見えない地獄を生きるつもりはなかった。

人生はまだ長いのだ。

しかし、その言葉を聞いた旭は喜ぶどころか、さらに激怒した。

彼はギリッと歯を食いしばり、額に青筋を立てて怒鳴り散らした。

「ふざけるな!俺と離婚して、そのガキを連れてあの男のところへ行くつもりか?

夢でも見てるのか、一生逃がさないからな!」

美帆は不思議に思って尋ねた。

「あの男って一体誰のこと?」

旭がいつもそう言うものだから、言われすぎて彼女自身も「本当に自分は不倫したのではないか」と信じ込んでしまいそうになる。

だが、過去の記憶や思い出の品をいくら探っても、彼女の人生に深く関わった男は、九条旭、ただ一人だけなのだ!

いつものように、旭は答えなかった。彼はさらに言葉で美帆をさんざん侮辱し、怒りに任せて立ち去ってしまった。

いわれのない罵声を浴びせられた美帆は、自分を惨めなままにしておくつもりはなかった。

ホテルを出た後、そのままデパートへ直行し、数百万円もするブランドバッグをいくつも一気買いした。

旭の後始末をするたびに、彼女はいつも高級ブランドの買い物を楽しんで自分を慰めていた。そして、両手いっぱいに荷物を抱えて九条家へと帰った。

美帆が家に入ると、使用人がすかさず温かいスリッパを差し出し、彼女の手から様々なブランドのバッグを受け取ってクローゼットへと運んでいった。

「奥様、お帰りなさいませ」

使用人が寧々を抱きかかえて、階段のほうから姿を現した。

寧々は美帆の姿を見るやいなや、使用人の腕から滑り降りて一目散に彼女の前に駆け寄り、手話をした後、両手を広げて抱っこをねだった。

「ママ、抱っこして」

黒くて丸い寧々の大きな瞳に見つめられ、美帆の心はたちまち柔らかくなった。

彼女はゆっくりとしゃがみ込み、ひょいと寧々を抱き上げた。

寧々は今年で五歳になるが、細身の体系で、実の年齢よりもずっと幼く見えた。

雪のように白く柔らかな肌に、くりくりとした大きな瞳。ちょこんとした愛らしい鼻に、さくらんぼのような小さな唇。

その愛らしい顔立ちは、華やかで凛とした美帆にも、冷徹なまでに端正な旭にも似ていなかったが、美帆が寧々を溺愛する気持ちに、いささかの揺らぎもなかった。

「昨日の夜、寧々が寝ちゃったあと、ママはパパのお世話をしに行ったから、伝えるのを忘れちゃったの。

次は出かける時にちゃんと教えるって約束するから、ね?」

美帆は寧々の小さな頬を撫でながら、優しい声で言った。

幼い寧々はとても臆病で、常に何かに怯えているようだった。その主な原因は、過去に一度、見捨てられた経験があるからだ。

一年前、旭は寧々を外に連れ出したまま、家に連れて帰ってこなかった。

その後、美帆が警察に通報し、丸一日かけてようやく見つけ出したのだ。

それ以来、美帆は二度と旭のことを信じなくなった……

そして寧々自身もそれがトラウマとなり、心の底から旭を拒絶するようになった。

家の中で旭に出くわそうものなら、まるで蛇に睨まれた蛙のように怯えすくんだ。

旭は最初、そんな寧々の態度にひどく苛立ち、誰のおかげで飯が食えているかも分からない、恩知らずなクソガキだと忌み嫌っていた。

その後、旭はますます家に寄り付かなくなり、たまに帰宅したところで、寧々のことなど最初からそこにいないかのように無視し続けた。

そうして徐々に寧々も落ち着きを取り戻し、今では彼のことを、ただの他人として受け流せるようになっていた。

「奥様、大奥様がお呼びでございます」

美帆が寧々を抱いて二階へ上がろうとした時、背後から使用人が声をかけた。

大奥様というのは、旭の母親である九条薫(くじょう かおる)のことだ。

薫は長年、仏門に帰依しており、九条家のことにはほとんど口出ししない。会社の経営もすべて美帆に一任しており、徹底して俗世の煩わしさから身を引いていた。

そんな彼女が、突然自分を呼ぶなんて、美帆が驚くのも無理はなかった。

何しろ、薫は人に邪魔されることを最も嫌い、相手が美帆であればなおさらだったからだ。

「分かった。着替えてからいく」

美帆は少し考えを巡らせた。おそらく、昨晩の件が原因だろう。

旭の絶えない女性スキャンダルは、少なからず会社のイメージに悪影響を及ぼしていた。

会社は最近、ある一等地の入札をめぐって激しいコンペの渦中にあり、その利権を狙う並み居る競合他社が、虎視眈々と好機をうかがっているのだ。

それから十分後、美帆は薫の居所に到着した。

「美帆と話し合いなさい。あの子が承諾するのなら、好きにすればいい」

「あいつが何様だって言うんだ。俺の事にあの女の許可なんているかよ」

部屋に入る前から、リビングからは、薫と旭の話し声が忍び込んできた。

旭の声は気だるげで、その口調だけで彼がいかに傲慢で不遜な男であるかが容易に想像できた。

「あの子はあなたの妻よ。あなたが外で何人愛人を作ろうと構わないけれど、美帆があなたの妻である以上、あなたは彼女のことを尊重しなければならないわ。

あのしがないモデル風情ごときが、九条家の敷居をまたぐなど分不相応というものよ」

美帆が声をかけようとしたその時、思いがけず薫が自分を庇う言葉を口にし、耳を疑った。

彼女はわずかに眉をひそめ、その瞳に驚きの色を浮かべた。

旭は……咲を娶るつもりなのか?

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