雪山の頂を目指すこの旅は、私、愛川真央(あいかわ まお)と日下部啓斗(くさかべ けいと)が前から約束していた、プロポーズのための旅だった。出発前夜のキャンプ地で、ガイドが装備を確認していたとき、予備の防寒具が一式余っていることがわかった。「日下部さん、予備が一式あります。どうしますか?」その場にいた全員の視線が、私に向いた。この登山が、私たちにとって特別なものになるはずだと、みんな知っていたからだ。けれど啓斗は、隅でしゃがみ込み、寒さに震えている後輩――南条未亜(なんじょう みあ)に目を向けた。啓斗の声は、あくまで穏やかだった。「未亜に渡してください。本格的な雪山は初めてでしょうし、まずは体を慣らしたほうがいい」未亜は頬を赤らめ、両手で装備を受け取ると、声を詰まらせた。「ありがとうございます、啓斗さん」ガイドは一瞬黙り込んだが、それ以上は何も言わなかった。親友の城島美咲(じょうじま みさき)から、衛星電話が入った。電話口の美咲は、ものすごい剣幕だった。「あんたたち、山頂でプロポーズする約束だったんでしょ?それなのに、なんで南条まで一緒なのよ!?」私は小さく笑って、込み上げかけた感情を押し込めた。「いいの。私は予定どおり登るから」山頂までは行く。そこで、啓斗が口にするはずだった言葉を待つ。最後まで彼が何も言わないのなら、そのときはもう、それでいい。未亜が装備を受け取った瞬間、目のふちがうっすら赤くなった。彼女は顔を上げ、啓斗を見つめた。「本当にいただいていいんですか?でも……真央さんは……」言いながら、未亜はおずおずと私のほうを見た。啓斗は気にも留めない様子だった。「真央はこのくらいの雪山なら3回登ってる。体力もお前よりずっとある。未亜は初めてなんだから、慣れるまでは見てやらないと」未亜は装備を胸に抱え、うつむいたまま小さく言った。「ありがとうございます」けれど、その声にはかすかな弾みがあった。そばにいたガイドが一度私を見たが、何も言わなかった。私はザックから予備の貼るカイロを取り出し、封を切ってお腹に貼った。たいして暖かくはない。それでも、しばらくはしのげる。啓斗はその後も、未亜のテントの前に残っていた。身をかがめて未亜の装備を整え、ベルト
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