Todos los capítulos de 偽の妻は辞める。本物の令嬢は超大物に嫁ぐ: Capítulo 31 - Capítulo 40

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第31話

雅人は思わず眉をひそめた。「新しい車を買ってやっただろう?」明里は自分の髪を撫でながら、困ったように言った。「あの車、ちょっと調子が悪くて。ハンドルが時々きかなくなるから、修理に出したの」「わかった。じゃあ支度して、あとで一緒に行こう」雅人は深く考えず、軽く答えた。それを聞いて、唯は思わず笑い出しそうになった。この車の前の持ち主のすごい経歴を明里が知ったら、怖くてお寺へお参りに行くんじゃないかしら。唯が高みの見物を楽しんでいると、隆平がふいに口を開いた。「唯、今日は君も会社に行きなさい」唯はきょとんとした。隆平は何食わぬ顔で説明した。「明里は君の仕事を引き継いだばかりで、まだ慣れていないことも多いだろう。何日か教えてやって、いまの仕事の流れや大事なプロジェクトをきちんと引き継いでくれ」隆平は唯の性格をよく知っていた。その場で怒って協力しないのを恐れ、口調をやわらげてこう付け加えた。「みんな家族なんだ。明里だって妹のようなものだろう。少し大目に見てやりなさい。すべては会社のためなんだから」唯の目の奥に一瞬、皮肉が走った。だが顔を上げたときには、素直そうな笑みを浮かべていた。「お義父さんの言うとおりですね」彼女はあっさりと引き受けた。「ちゃんと協力します」どうやら、約束したプロポーズが、ずいぶんと機嫌取りに効いたらしい。雅人はほっと息をついた。会社へ向かう道中、三人は同じ車に乗った。明里は後ろの席に座っていたが、自分をアピールし続けた。道中、ずっと会社のことを雅人に話していた。雅人は運転しながら、やさしく相づちを打った。唯は部外者のように窓の外を見て、口出しはしなかった。彼女はスマホの明るさを一番暗くして、禮から送られてきた動画を開いた。動画の中では、明里が二人の店員に支えられていた。涙の跡がまだ乾いておらず、みじめなのに怒りをこらえるしかない様子だった。唯は声を出さずに笑い、その動画を消した。松尾グループの本社ビルに着き、三人は一緒に会社へ入った。受付や通りかかる社員たちが、次々と視線を向けてきた。雅人は形だけ、唯と明里をマーケティング部へ連れて行った。みんなの前で、事務的にこう告げた。「唯、明里は来たばかりだ。いろいろ面倒を見てやって、早く仕事に慣れさせてくれ」そう言うと
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第32話

彼女は甘えるような声で「唯さん」と呼ぶ。その声は甘ったるいのに、まるでこう告げているようだった――私こそがここの真の支配者なのだと。周囲の同僚たちは耳をそばだてながら仕事のふりをしていたが、実際は横目で二人の「戦い」をのぞき見ていた。唯はゆっくりと視線を戻すと、明里に落ち着いた微笑みを向けた。「もちろん、そんなことしないわ。仕事なんて楽しいものじゃない。急いでやることないでしょ」それから唯は、本当に指導役になったかのように尋ねた。「明里さん、部署の重要なプロジェクトを説明してあげるね?それとも、具体的な仕事の流れで、聞きたいことはある?」明里は、唯がこんなに落ち着いているとは思っていなかった。用意していた挑発の言葉が、喉につかえてしまった。明里はフンと鼻を鳴らし、背筋を伸ばした。そして自信たっぷりの笑みを浮かべた。「今のところ大丈夫。私、前に演技のためにいろんな職場ものの脚本を研究したの。プロの経営コンサルタントにも教わったから、経験は豊富なのよ。こんなの、私には難しくもなんともないわ」彼女は手を振った。「唯さん、あなたは自分の席でスマホでもいじって休んでいなさい。分からないことがあれば聞きに行くわ」そのそっけない態度は、まるで唯が、いてもいなくても構わない暇人だと言っているようだった。唯の表情は少しも変わらなかった。ただうなずいて「わかった」と言った。彼女は隅のあの席に向かった。振り返る瞬間、何かを思い出したように、こう伝えた。「そういえば、前の四半期に契約したあの大口のお客さん、そろそろ次の取引の進め方を話し合う時期だと思うわ」これは善意の忠告だった。でも明里の耳には、唯が自分の能力を疑っているように聞こえた。彼女の顔色はさっと曇った。口調も高慢になった。「わかってるわ。どうすればいいかなんて、あなたに言われなくても平気よ!」そう言うと、彼女は偉そうにドアを押し開けて、部長室に入っていった。彼女がいなくなると、マーケティング部全体の空気が、ようやく少しゆるんだ。普段から唯と一番仲のいい同僚、葉山葵(はやま あおい)がこっそり近づいてきた。困った顔で、声をひそめて唯に愚痴をこぼした。「唯さん、やっと来てくれました!あなた知らないでしょう、あの一ノ瀬さん、部長として来たっていうより、まるで大奥の御台所気取り
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第33話

唯は画面の文字を見て、思ったとおりだと感じた。彼女はこのプロジェクトの進み具合を思い返した。元々の予定では、そろそろマーケティング企画書を提出する頃だった。このプロジェクトは、彼女が辞める前に自ら手掛け、初稿の企画書を仕上げていたものだ。ただ、まだ正式に取引先へは出していなかった。数分もしないうちに、照史からまたメッセージが届いた。ファイルの圧縮データも一緒だった。【先ほど、あちらが送ってきた企画書です。目を通してもらえますか?】唯がファイルを開き、目次と冒頭の内容をさらった瞬間、確信した。目の前にあるのは、間違いなく自分が作り上げた企画書そのものだった。どうやら明里は自分のオフィスを乗っ取っただけでは飽き足らず、パソコンの中のデータまで丸ごと受け継いだらしい。唯は辞めるとき、わざとこれらの資料を消したり移したりはしなかった。一つには必要ないと思ったから。もう一つは、明里の性格と能力なら、人の成果に頼る近道を選ぶと分かっていたからだ。ゼロから作り出すのはつらくて大変だ。でも、人の成果を横取りするなら、コピペを一回するだけでいい。明里が真面目にプロジェクトを研究するはずがなかった。彼女がほしいのは、自分の出来上がった成果を横取りすることだった。唯の瞳に、かすかな光がよぎった。そしてこう返信した。【それこそ、あなたの腕の見せ所じゃないかしら?】唯は送り終えるとスマホを置いた。そして落ち着いた様子で椅子にもたれかかった。すぐに明里は取引先に突き返された企画書を持ってきて、手直しという厄介ごとを自分に押しつけてくるだろうと、彼女は思った。だが、どれほど時間が経っても、明里のオフィスは静かなままだった。少し予想外のことだった。明里にしては珍しく、改心でもしたのだろうか?自分で手直しするつもりなの?唯はつい笑ってしまった。自分で作り上げた企画書には、はっきりとした個性と専門性があった。素人が、当たり障りのない言葉を少しいじったところで、ごまかせるわけがなかった。それから30分ほど経った頃、ようやくオフィスのドアが開いた。明里が中から出てきた。彼女はまるで唯が空気であるかのように無視して、まっすぐ給湯室の方へ歩いていった。ただ、その表情はあまり良くなかった。こうして
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第34話

唯は、はっと気づいた。明里が一日中オフィスにこもって、自分を無視していたのは、本気で一人で企画書を直そうとしていたからじゃない。ここで待ち構えて、この大きな責任を自分に押しつけるためだったのだ。でも、唯が口を開く前に、隣に座っていた雅人が先に眉をひそめた。彼は唯をかばうように口を開いた。「まさか。唯の作る企画に、ミスなんてほとんどないだろう」彼は、唯の仕事ぶりを心から認めていた。この数年、会社の難しいプロジェクトは、どれも唯の企画のおかげで、うまくまとまってきたのだから。明里は目を潤ませ、うつむいてか細い声でつぶやいた。「雅人、唯さんがずっとすごい人なのは分かっている。会社にたくさん貢献してきたことも知っている……」彼女は鼻をすすった。「でも、今日、吉野グループの担当者が、すごくきついことを言ってきて。うちの出した企画は全然プロっぽくないって。まるで新卒があちこちから寄せ集めて作ったみたいだって。時間を無駄にするな……って」吉野グループだと!?それを聞いて、雅人と隆平の顔色が、同時に変わった。吉野グループとの提携は、松尾グループにとって今年後半で一番大事なプロジェクトだった。彼らが狙っていたのは、このコラボの目先の利益だけじゃない。この提携をきっかけに、深津市の吉野グループ本社とつながりを作り、向こうから戦略的な出資を引き出すことだった。深津市の吉野グループといえば、国内でも指折りの巨大企業なのだ。もし吉野グループの出資を得られれば、会社は間違いなく、大きく飛躍する。だからこそ、このプロジェクトは絶対に失敗できない。隆平の顔色は、たちまち真っ青になった。彼は箸をテーブルに叩きつけ、鋭い声で怒鳴った。「唯!これはいったいどういうことだ?!マーケティング部長の座を明里に渡したから、腹を立ててるのか?それでわざとこんなひどい企画を作って、この提携を潰そうとしたんだろう?なんて心の狭いやつだ!」唯が弁解しようと口を開いたが、雅人が先手を打った。彼は唯を見つめ、諭すように言った。「唯、いったいなぜなんだ?埋め合わせに、盛大なプロポーズをするって、もう約束しただろう?なのに、どうして仕事で明里の足を引っ張るような真似をするんだ?」それを見た明里は、また静かに付け加えた。「雅人、唯さんを責めないで。きっと
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第35話

明里は自分にとって都合のいい筋書きを描き、取引先からの難癖を全て唯のせいにしようとした。こうすれば、明里は自分の責任をきれいに消せる。そのうえ、無能のレッテルを唯に貼り付けられるというわけだ。唯は、明里がそんなにまでして出しゃばりたいなら、あえてそれに乗ってみるのも悪くないと考えた。そこで唯は刺々しい態度をひっこめ、ため息をついてわざとらしく言った。「深津市の吉野グループは、元々仕事に厳しいの。前に私が作った企画は、多分本当に気に入らなかったんでしょうね」彼女は少し間をおいた。そして顔を上げ、いかにも誠実そうな目で明里を見た。「それなら明里さん、あなたが新しく企画を作って送ってみたらどうかしら?前に経験があるって言ってたよね。思い切って全く違うアプローチで企画を立て直せば、かえって新しい突破口になって、向こうもうなるかもしれないわよ」明里はきょとんとした。彼女は元々、唯の企画をまず全部だめだと否定して、修正という面倒な仕事を唯に押しつけ、残業で作り直させるつもりだった。取引先に責められた腹いせもできるし、自分の存在感も見せつけられる。それなのに、まさか逆に切り返されるとは。「ばかを言うな!」雅人が真っ先に反対した。彼は眉間にしわを寄せ、厳しい口調で言った。「吉野グループへの提出期限まで、1週間もないんだぞ!今から人を替えて作り直して、もし失敗したらどうする?唯、このプロジェクトは君が自分で深津市の本社まで行ってまとめてきたものだ。君以上に取引先のことを理解している人なんていない」隆平も顔をこわばらせ、唯の提案にまったく賛成しなかった。彼は冷徹な口調で言った。「どんな手を使ってもいい。3日以内に、相手が満足する企画を作り直せ。でなきゃ、容赦はしないからな!」父子そろって強く迫られても、唯はただ静かに両手を広げ、負けを認めるように力なく笑った。「無理です。私にはできません。3日どころか、7日、いえ1ヶ月もらっても、もう作れません」彼女はみんなの驚いた視線を受けながら、ゆっくりと言った。「前の企画で、このプロジェクトへのひらめきは全部使い果たしました。でも今、私の努力は無価値だと言われました。これ以上いいものは、本当に作れないんです」「君……」隆平が今にも怒りを爆発させようとしていた。そんな緊迫した空
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第36話

唯は内心せせら笑ったが、表向きは嬉しそうに、すぐ話を合わせた。「よかった。じゃあ、お願いね、明里さん」彼女はまるで重い荷物を下ろしたように、ほっと肩の力を抜き、上機嫌で続けた。「あなたは仕事に集中してね。私はちょうど、ドレスの試着に行けるから」「ドレス?」明里の笑顔が少しこわばった。彼女は思わず聞いた。「なんのドレス?」唯は目をぱちくりさせ、わざと無邪気なふりで、隣の雅人を見た。「もちろん、プロポーズで着るドレスよ」唯は当然のように言った。「雅人が、盛大なプロポーズをしてくれるって約束したでしょ?だったら、世界で一番きれいなドレスを着なきゃね」明里は、言葉に詰まった。自分は必死になって、仕事で唯を打ち負かそうとしていて、自分の方が優秀だと証明したかったのだ。でも唯は、華やかなドレスを選び、本来なら自分のものだったプロポーズを味わおうとしている。さっき自分から完璧な企画を作ると言い出した自分が、まるでピエロのようだった。選べるものなら、こんな面倒なマーケティング部長の座なんか、端から欲しくもなかった。ただ、みんなに羨まれる雅人の妻になりたかった。唯は、明里のころころ変わる表情を、しっかり目に焼き付けた。そしてわざと、その傷口に塩を塗った。彼女はうっとりした顔で続けた。「ドレスだけじゃないの。合わせるアクセサリーもね。ダイヤにするか真珠にするか、じっくり選ばなきゃ。あ、それに会場もね。海辺の芝生か、それとも市街地の最高級ホテルの宴会場か……」「もういい!」椿がうんざりした様子で遮った。「たかがプロポーズでしょ?世界中に知らせるつもり?」椿の目からすれば、唯のそんな器の小さい浮かれようは、見ていられないほど泥臭く、およそ見栄えのするものではなかった。「そういうつもりですよ」唯は真剣にうなずいた。「これは雅人が自ら約束してくれたことなんです。そうでしょう、雅人?」最後の問いかけを、彼女はわざと甘えるように言った。その難題を、まっすぐ雅人の前に突きつけた。雅人は、唯の瞳に浮かぶ期待の光を見て、思わず心が揺らいだ。妻という立場のことでは、確かに唯に負い目があると彼は認めていた。今や、妻の座を明里に渡してしまった以上、盛大なプロポーズで唯に埋め合わせるのは、当然のように思えた。なにしろ、唯はこんなにも
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第37話

松尾邸も、中にいる人間もまとめて吹き飛ばしてでも、雅人にもう二度と触れさせたくなかった。唯がタオルを巻いてバスルームから出てきた。湯気で目元がぼやけて、瞳の奥の感情もすべて隠されていた。ベッドサイドテーブルのスマホを手に取ると、禮から新しいメッセージが届いていた。【どんな結婚式がしたい?】もちろん唯は、これが恋愛経験の浅い禮が、駿に知恵を借りて送ったものだとは知る由もなかった。女はみんな盛大な結婚式に憧れる。望みを叶えてやれば、きっと心を掴めるはずだ、と。だが唯は、5分たっても返事をしなかった。禮は電話の向こうで、駿のアドバイスがハズレだったかと疑い始めた。このメッセージを見て、唯は何とも言えない気持ちになった。むしろ、意味が分からなかった。自分と禮は、家同士の利益のために結ばれた道具でしかない。政略結婚の式なんて、いつも双方の親が全部仕切って、決まった流れをこなすだけじゃないの?自分たちが気にすることなんて、あるだろうか?唯は少し考えて、こう返した。【明日会って話しましょう】ほどなくして、寝室のドアが開き、雅人が戻ってきた。明里の香水の匂いに唯が気づかないよう、彼は一直線にバスルームへと向かった。中から水しぶきの音が響き始める。唯はパジャマに着替え、淡々とした表情で雑誌を開き、ベッドに腰を落ち着けた。雅人がバスルームから出てくると、ランプの明かりに照らされた唯の横顔は、信じられないほど穏やかで優しく見えた。雅人は心拍数が上がるのを感じ、欲情を募らせて唯にすがりつこうとした。だが彼が肩に手をかけようとしたその瞬間、まるで後ろに目がついているかのように、唯はさりげなく体をよけ、静かに彼を押し返した。「だめ」雅人の動きがこわばった。少し不機嫌そうに眉をひそめる。「どうした?」「生理が来たの」唯は淡々と言った。雅人はきょとんとした。「あれ、この時期じゃなかったよな?早まったのか?」唯は手にしていた雑誌を置き、顔を上げて彼を見た。暖かい灯りの下、彼女の顔色は少し青ざめて見えた。声も沈んでいた。「私もよく分からない……最近、ストレスが溜まっていて、体調が良くないのかも」そう言って、彼女はわざと手を下腹に当て、そっと押した。「お腹も少し痛いの。明日、お医者さんに診てもらっ
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第38話

空が白み始めた頃、雅人はようやく明里の部屋を出て、音を立てずに主寝室へと戻った。この時間なら唯はまだ深く眠っているだろうし、昨晩戻らなかったことは気づかれないはずだと、彼はそう思っていた。ドアを開けて中に入り、明かりを点けずに着替えようとしたその時、スイッチに触れたとたんに雅人は全身を凍りつかせた。ベッドの上で、唯は眠気を湛えた澄んだ目を瞬かせ、不思議そうに彼を見上げていた。「どこ行ってたの?なんでこんな時間に帰ってくるの?」雅人はびくっとした。彼は思わずあとずさった。すぐに、強い後ろめたさがこみ上げてくる。「俺は……」彼は目をそらし、唯と目を合わせられなかった。「会社で急に仕事ができてな。部屋でパソコンを開いたら邪魔になると思って、書斎に行ってたんだ。ドアの音で起こしちゃったか?」唯は彼の演技を静かに見つめながら、心中は氷のように冷え切っていた。書斎?よくそんな言い訳を思いつくものだ。でも、彼女はあえて突っ込まなかった。彼女は何事もないように首を振った。そのまま布団をめくって起き上がると、淡々と言った。「ううん。ちょうど私も起きようと思ってたところ」そう言うと、彼女はベッドを下りてバスルームへ入った。雅人とすれ違うように、うまく距離をとった。……午前中、禮との約束の店に到着した唯は、疲れ果てた様子だった。禮はすでに先に来ていた。彼は下を向き、熱心にスマホでゲームをしている。ドアを開ける音を聞いて顔を上げた彼は、唯の明らかに顔色の悪い様子を見ると、手を止めた。スマホを置き、少し眉をひそめて尋ねた。「具合でも悪いのか?」「ううん」唯は彼の向かいの椅子を引いて座った。「ちょっと寝不足なだけです」禮は納得したように頷き、それ以上は聞かなかった。彼は脇から可愛らしいお菓子の箱を取り出し、唯の前に差し出した。彼女の目が、ぱっと明るくなった。思わず、こう聞きそうになった。「なんで私が甘いものが好きだって知っているんですか?」でも、言葉が出る前に、禮のほうが答えを口にした。彼はまたゲームに戻りながら、さらっと言った。「友達がS国に出張して買ってきたんだ。俺は甘いのが苦手でな。置いといても無駄だから、ついでに持ってきた」唯はお礼を言った。そして、レモンイエローの飴を一つ開けて
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第39話

目を覚ますと、窓からの日差しは穏やかで、体もすっかり軽くなっていた。禮はもうゲームを終えていた。椅子の背にもたれて、窓の外を飛びまわる蝶を、ただぼんやりと眺めていた。彼女は気持ちよく伸びをした。そこでやっと、今日の用事を思い出した。「そういえば……」と彼女は口を開いた。「昨日の夜に送ってきたあのメッセージ、どういう意味なのですか?」禮はゆっくりと視線を戻した。こちらを向いて、静かな目で言った。「言葉のとおりの意味だよ。唯さんがどんな結婚式を望んでいるか、聞きたくてね。準備できる時間はあと1か月ある。今から始めれば、まだ間に合うよ」唯は首を横に振り、淡々と答えた。「特にこだわりはありません」これまでの人生で、結婚式という言葉は、少女の頃の彼女にとって一番甘い夢だった。でも現実は違った。表向きは雅人の妻という立場だったのに、ちゃんとした式なんて一度もあげてもらえなかった。かつての彼女は、雅人を深く愛していた。だから、彼のためにいくらでも言い訳を探せた。彼はただ目立つのが苦手で、派手なことを好まないだけ。何もかも簡単にすませるのも、仕方ないこと。そう自分に言い聞かせていた。今になって、彼女はやっと気づいた。雅人はきっと、あの頃おおげさな式をあげて、雅人の妻という自分の立場を、世間に強く印象づけたくなかっただけなのだ。そうすれば、いつか自分を退かせて本当の妻の座を明里に返すときも、明里が不倫女の汚名を着せられずに済むからだ。禮は、彼女の目に浮かんだ寂しさに気づかないふりをして続けた。「ちょうどいい。俺も経験がないんだから、一緒に一から準備しよう。ジュエリーショップに原石を預けてあるんだ。祖母が、未来の妻の結婚指輪をつくるためにって、わざわざ残してくれたものだ。今、時間ある?一緒に行って、デザインを決めよう」桐生家については詳しいわけではないけれど、禮の話ぶりを聞いているだけで、そこが松尾家のように厳格な掟や打算に縛られた家ではないことが感じ取れた。桐生家のほうが、ずっと頭が固くないみたい。そのことに、彼女はふと疑問を覚えた。普通に考えれば、こういう家に生まれた人は、大抵結婚相手を自由に選ぶ権利を持っているはずだ。それなのになぜ、これほどハイスペックな禮のような男性が、ビジネスの政略結婚など選ぶ必
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第40話

アルバムを開くと、最初のページには一枚の写真があった。写っていたのは、とても大きな原石のダイヤモンドだ。そばにいた店長が、丁寧に説明した。「松尾様が先日お持ち込みになり、奥様との結婚記念日のために準備されたものなのです。ですが、このダイヤをどう分けて、どんなデザインにするかは、まだ決まっておりません。奥様がお忙しいので、お時間ができたら、ご自身で最終のデザインを決めてほしいと」唯は、すべてを察した。このジュエリーは、雅人が本物の妻である明里に贈るためのものだ。でも、思いがけないことに、今は誰もが、自分こそが雅人の妻だと思っている。だからジュエリーショップの店長も、相手を間違えたのだ。「奥様……」店長は説明を終えると、また尋ねた。「今、何かお考えはございますか?」唯は顔を上げて店長を見た。口元が、ゆっくりと意味ありげにつり上がる。「もちろんです」唯は指を伸ばし、アルバムの大きなダイヤの写真をそっと押さえて、軽く言った。「私たちの結婚記念日の贈り物なら、二つに分けてしまいましょう。一つはネックレスにします。メインのダイヤは、12.16カラットにします。この日付は、私にとってとても大事なのです。もう一つは指輪にします。カラットは……そうね、6.28カラットにします。ちょうど私の誕生日なのです。デザインは凝ったものより、私の大好きなモクレンをモチーフにしてください」店長は彼女の言葉を細かく書き留め、夫婦仲が良さそうだと的外れなお世辞を添えた。「かしこまりました、奥様。ご要望はすべて承りました。松尾様と本当に仲がよろしいですね。のちほど松尾様のほうへデザインの細かい点を確認いたします。問題がなければ、すぐにカットと製作に取りかかります。この手の込み具合ですと、1週間ほどかかるかと」「分かりました」唯は淡々と返事をすると、立ち上がって帰ろうとした。このジュエリーが最後に自分の希望どおりに作られてもされなくても、雅人と明里をしばらく嫌な気持ちにさせるには十分だった。店長に自分の行動を怪しまれないように、唯はまっすぐジュエリーショップの入り口に向かって歩いた。ちょうど入り口まで来たとき、車を停め終えた禮が中へ入ってきた。彼は唯が急ぎ足で出ていくのを見て、片方の眉を少し上げた。口を開く前に、唯のほうが
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