Todos los capítulos de 偽の妻は辞める。本物の令嬢は超大物に嫁ぐ: Capítulo 41 - Capítulo 50

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第41話

禮はゆっくりと視線を戻し、その店長をちらりと見た。その冷ややかな一瞥には、見えない圧のようなものがじわりと広がっていた。それは長く人の上に立つ者だけが持つ、独特の威圧感だった。店長の笑みが引きつる。そしてすぐに、目の前の男が並外れた大物であることに気づいた。店長は思わず頭を下げて軽はずみな言動を詫びようとしたが、禮は無表情なまま言い放った。「少し見回していただけだ」そう言うと、彼は背を向けてジュエリーショップを出て行った。すらりとした背中からは、人を寄せつけない冷たさがにじんでいた。ジュエリーショップを出た唯は、まっすぐ晴香のクリニックに向かった。白衣姿の晴香は唯が入ってくると見て、彼女を奥の部屋へ案内した。そして薬棚から密封された薬袋を取り出し、彼女に手渡した。「信頼できる先輩の医師にお願いして、一番体への負担が少ない漢方薬を選んでもらったよ。これを続ければ、体調もしっかり戻る。そうすれば、妊娠するチャンスも十分あるから」晴香の真摯な眼差しを受け、唯の胸には温かいものが込み上げたが、そっと薬袋を押し返した。「これ……今は、受け取れないの」唯は静かに首を振った。晴香はきょとんとした。「どうして?あなたは……」「晴香」唯は彼女の言葉を遮り、澄んだ瞳で言った。「あなたのところに……短時間でアレルギーみたいな症状が出る薬はない?たとえば、痛くもかゆくもない赤い発疹が出るけど、体には本当に害がないような薬」晴香の顔色が一瞬で変わった。彼女は警戒したように唯を見つめた。「何をするつもりなの?」「聞かないで」唯は自分の頼みが少し無茶だと分かっていた。でも、他に道はなかった。「ただ、この一回だけ助けてくれればいいの。それと、その薬ができたら、この薬袋に入れて。誰にも気づかれないようにね」不安を隠しきれない晴香だったが、結局は唯を信じるしかなかった。1時間ほどして、晴香は唯に薬袋を手渡した。中には、うまく偽装された漢方の丸薬が入っていた。夜、雅人が松尾邸に帰ってきた。主寝室に足を踏み入れると、空気中に強い漢方の匂いが漂っていた。彼は思わず眉をひそめた。そしてドレッサーの前に座っている唯へ視線を向けた。「どうした?具合でも悪いのか?」唯は手にしていたコップを置き、振り向いた。その顔には、ち
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第42話

唯の体からただよう漢方の匂いは、何時間も経っても、かなりはっきりしていた。彼女が二階からおりてきて、椅子を引いたその瞬間、椿はすぐにその匂いをかぎつけた。椿は不快そうに眉をひそめた。疑うような目で唯を上から下までながめ、いつもの調子でとがめた。「唯、その匂いは何よ。また何か怪しい薬でも飲んでるんじゃないでしょうね?」ダイニングテーブルにいたほかの人の目が、いっせいに唯に集まった。唯は椅子を引いて、腰をおろした。彼女は淡々とした口調で返した。「お義母さん、怪しい薬ではありませんよ。漢方の先生に、体質改善のための漢方薬を調合してもらったんです」そう言って、唯はあえて明里と陽太の方に視線を移すと、口角をかすかに歪めて不敵に付け加えた。「明里さんが毎日陽太くんの面倒を見ていらっしゃるのを見て、羨ましくなっちゃって。結婚して長いですし、私も雅人の子供を授かりたいなと思っているんです」カチャンという音がして、明里の手からスプーンが滑り落ち、皿の上で無惨な音を立てた。彼女の心に、思わず危機感がわいてきた。でも、何か言おうとするまえに、そばにいた陽太が突然さわぎ出した。彼は口の中でかんでいたスペアリブの肉をうつわにはき出した。よだれのついた骨をつかむと、唯のほうへ力いっぱい投げつけた。「こんな悪い女に赤ちゃんをうんでほしくない!」彼は顔を真っ赤にして、かん高い声で叫んだ。「赤ちゃんがうまれたら、パパはもう僕をかわいがってくれない。嫌いだ!」突拍子もない攻撃だったが、唯は予想済みと言わんばかりに体をわずかにかわし、軽く避けた。でも骨は、彼女の前にあった、よそったばかりのスープのうつわに落ちた。スープがあちこちにはねて、隣にいた雅人の頬にかかった。ダイニングの空気が、一瞬で凍りついた。使用人たちは怖くて、息もできないほどだった。誰もが、雅人が潔癖症であることを知っているからだ。こんなふうに無礼なことをされたら、いくら気立てがよくても、怒らずにはいられない。でも、雅人はゆっくりと顔のスープをぬぐっただけだった。そして優しく陽太に言った。「陽太、いい子だから、あばれちゃだめだ。俺は陽太が一番かわいい。誰もそのかわいさを奪ったりしないよ」隠そうともしないえこひいきは、唯につけこむ隙をあたえた。彼女は冷たい
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第43話

彼はさっと立ち上がって、椿が口を開く前にその場をとりなした。「もういいでしょ。陽太はわざとやったわけじゃない。まだ子供だし、最近ちょっと敏感になってるんだ。あまり厳しくしないでやってくれ」彼はそう言いながら、唯の手を引いて座るよう促した。しかし今日の唯は、どうしても引き下がる気にはなれなかった。彼女は雅人の手を振り払うと、明里を鋭く見つめ、詰め寄った。「今日ははっきりさせなきゃ気が済まないわ!明里さん、もう一度聞くわよ。陽太くんの父親は、一体誰なの?自分の子に、うちの夫のことを『パパ』って呼ばせるなんて。そんなこと恥ずかしくないの?」明里の顔が青ざめた。彼女は恨めしそうに雅人をちらりと見た。そして下唇を噛むと、みるみる目に涙をためた。ぎこちなくうつむいて、唯の視線を避けて、そして泣きそうな声で言った。「唯さん……私のこと、気に入らないのは分かっている。でも、どうしてそこまで私の傷をえぐるの?あの男とは、とっくに別れたのに……」それまで黙り込んでいた隆平が、重苦しい声で遮った。「いい加減にしろ!何を騒いでいる!静かに食事もできんのか?」雅人は、これ以上唯を騒がせるわけにはいかないと分かっていた。彼は手に力を込めて、唯を無理やり座らせた。そしてそばの使用人に言いつけた。「唯の、スープを新しく入れ替えてやってくれ」唯は、もう十分だと感じていた。だから、その流れに乗って腰を下ろした。彼女は箸を手に取った。そして、いかにも仕方ないという顔でため息をついた。「まあいいわ。子供のことだし、これ以上は言わないでおくわね。でもね……人を親と勘違いさせる癖は直さないと。もし私が自分の子供を産んだ後に、同じように他の人に『パパ』なんて言ったら、周りに何と言われるか分からないわ」彼女がそう言い終えると、使用人が新しいスープを運んできて唯の前に置いた。唯がふと目をやると、スープは少し濁っていて、トウキや黄耆のような漢方薬の欠片が浮いていた。彼女はすぐに眉をひそめ、スプーンで中身をかき混ぜて使用人に言った。「次から漢方の入ったものは持ってくる必要ないわ。今飲んでる薬、すごく効き目が強いの。先生からも、ほかのものと混ぜたらダメって言われてるのよ。相性が悪くて、効果が落ちるから」雅人は、彼女がどうしても子供を欲しがることで、もとも
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第44話

ダイニングテーブルで思いっきり言いたいことを言って、唯はだいぶすっきりした。彼女は涼しい顔で食事を終えると、周囲に座る人たちの思惑など眼中にないといった風に、そのまま自分の部屋へと向かった。ドアを閉め、だるそうにベッドに倒れ込み、スマホを手に取り、ふと昼間のジュエリーショップでのことを思い出した。彼女は禮にメッセージを送った。【結婚指輪のデザイン、決まりましたか?】でも、送っても返事はなかなか来なかった。唯は時間を見て、この時間ならゲームでもしていて手が離せないんだろうと思った。彼女はあまり気にしなかった。しょせん、これは政略結婚だ。スマホをベッドサイドテーブルにぽいと放り、立ち上がってバスルームへ向かった。唯が束の間の静けさを楽しんでいる頃、明里の部屋には雅人と隆平、椿の3人が次々と入ってきた。みんな、ひどく暗い顔をしていた。明里はすぐにドアを閉めた。顔に、ちょうどいい具合に不満そうで、おびえたような表情を浮かべていた。「唯が雅人の子を身ごもるなんて、許せない!彼女は何様のつもり?あの時、松尾グループにとって少しは利用価値があったからこそ、我が家に迎えてやったというのに!私は認めないわ!」真っ先に我慢できなくなったのは椿だった。どすんとソファに腰を下ろし、顔には嫌悪が滲んでいた。松尾家の嫁の肩書きを何年も名乗らせてきて、それだけでも十分すぎるわ!その上、子供まで産ませたら、私たち、盛沢市中の笑いものになってしまうわ!」それに対して、隆平は椿の騒ぎには目もくれず、雅人を射るような目で問い詰めた。「いったいどういうことだ?唯が妊娠できないよう、こっそり薬を飲ませていると言っていたのではないか?なぜ急に妊娠したがるようになった?」隆平に問い詰められ、雅人の顔に一瞬、ばつの悪そうな色がよぎった。彼は苛立たしげにこめかみを押さえ、疲れた様子で言葉を絞り出した。「きっと、俺がプロポーズをやり直すと約束したせいだ。それで、何かおかしな期待でもしたんだろう」椿はその言葉を聞いて、また爆発した。「だから言ったのよ、あんなばかげた約束、するべきじゃなかったって!唯みたいなみなしごで、うちに嫁げただけでも御の字なのに!たとえ形だけの妻でも、外では十分に顔を立ててやって、何年もいい思いをさせてきたのよ。それでもまだ、何が
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第45話

でも、夕飯のときの唯の自信ありげな顔を思い出すと、明里はまた不安でたまらなくなった。明里は雅人のそばに寄り、ぐったりと体を預けた。そして心配そうに言った。「雅人、あなたの計画はとても素晴らしいわ……でも、もし唯さんが本当に体を治して、プロポーズを取り消す前に妊娠しちゃったらどうするの?」彼女は涙で潤んだ瞳を上げ、いかにも哀れっぽく雅人を見つめた。「雅人はこんなに優しいから、彼女に子供をおろせなんて、そんな残酷なこと絶対できないでしょ。でも、もし子供が生まれたら、私と陽太は……」彼女はそれ以上言わなかった。声を詰まらせると、涙が目にじわりと浮かんだ。「明里の言うとおりだわ!」椿はすぐに認めた。「これは確かに大きな問題ね!唯って女は、腹の底が知れないの。もし本当に子供でも産んで、松尾家に居座って、毎日子供を切り札に使ってきたら、それこそ後々まで面倒なことになるわ!彼女の思いどおりになる前に、その気持ちを完全にへし折ってやらないと!」ちょうどそのとき、明里が絶妙なタイミングで提案した。「実は……唯さんの気持ちをくじくのは、そんなに難しくないの。彼女があの薬をそんなに信じてるなら、いっそ飲んでる薬に細工をすればいいのよ。たとえば、うまく彼女の薬をすり替えるの。あるいは、害はないけど薬の効き目をなくすものを少し混ぜるとか。そうすれば、いくら飲んでも妊娠できないわ。時間が経てば、彼女も自然とこの薬が全然効かないって分かる。そうなれば、もう友達がくれた薬なんて信じなくなるはずよ」その提案は、陰険だが、直接的で効き目があった。隆平と椿は顔を見合わせた。互いの目に、賛成の色が浮かんでいた。「その手はいいわ!それでいこう!唯に無駄骨を折らせて、それでもまだ騒ぐか見ものね!」隆平もうなずいた。「悪くない。でも、どうやってやる?唯は昔から用心深い。誰にも気づかれずに手を加えるのは、簡単じゃないぞ」彼らは肩を寄せ合い、唯の薬をすり替えるための具体的な手順を小声で話し始めた。その間ずっと、雅人は脇に座っていた。両親と明里の密談を聞きながら、ほとんど口を挟まなかった。彼の指先は無意識に何かをなぞっていた。頭の中には、唯が赤ちゃんの話をしたときの、あの目の奥で輝いていた期待が、勝手に浮かんできた。彼の心に、わずかなためらいが生
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第46話

雅人が渋るのを見て、明里はすぐさま自分が計画のもう一つの手綱を引くことを申し出た。「お母さんと雅人は、安心して。薬のことは私に任せて」彼女は素直で気配りのある態度を見せた。「腕のいい漢方の先生を知ってる。何より口が堅いから、そっくりなものを作れるって保証するわ」そのあと、みんなの視線が雅人に集まった。彼の最後のうなずきを、待っていた。雅人は喉仏を何度も上下に動かした。葛藤する雅人に、明里は身を寄せ、その肩に頭を預けて悲しげな声でささやいた。「雅人……唯さんにあまりきつくできないのは分かってる。でも陽太はまだ小さいの。パパを取られるなんて、陽太にとってどれだけ残酷なことなの……」二つを天秤にかけ、雅人の心の中に答えが出た。彼が目を開けると、先ほどまでの迷いは消え失せていた。「わかった」椿と明里は目を合わせた。互いの瞳に、企みが成功した喜びを見つけた。雅人は、自分で唯の薬を取り替えると約束した。でも話がまとまったあと、白々しく明里に念を押した。「君が見つけたその漢方の先生には、穏やかな薬を作らせてくれ。変なものは絶対に入れるなよ。本当に唯の体を傷つけたら困る」唯を気遣うような口調だったが、その実、罪悪感から逃れたいだけだった。唯を害するのではなく、あきらめさせたいだけだと、自分に言い聞かせようとしていた。頭の回転が速い明里には、その滑稽な偽善などお見通しだった。彼女は優しく雅人の腕にすがり、純粋な表情を浮かべて寄り添った。「雅人、安心して。本当に唯さんを害するなんて、あるわけないでしょ」明里の仕事は、驚くほど早かった。たった一日で、偽の薬ができあがり、雅人の手に渡された。夜。雅人は主寝室の掃き出し窓の前に立っていた。手には冷たい薬瓶を強くにぎりしめ、手のひらには冷や汗がにじんでいた。バスルームから、ざあざあと水の音が聞こえてくる。唯が中でお風呂に入っている。これが、彼が手を下す一番のチャンスだった。彼は足音を忍ばせて、唯のドレッサーの前まで歩いた。素早く唯の薬瓶を開けた。ベッドサイドの暗い灯りの下では、2種類の薬は色も大きさも、ほとんど違いがわからなかった。細かく考えるひまもなく、入れ替え終えると、急いでふたを閉め、元の場所に戻した。わずか十数秒の出来事だったが、彼には、一世紀く
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第47話

「松尾様、こんばんは。夜分に失礼いたします。お電話したのは、先日ご依頼いただいたジュエリーの件です。奥様がデザインをお決めになり、ご希望どおり、大急ぎで制作を進めております……」店長は、唯が選んだデザインの細かいところを、くわしく伝えようとしていた。ちょうどドライヤーで髪を乾かしていた唯は手が滑ったのか、ガチャンと音を立ててドライヤーを床に落としてしまった。唯は思わず声を上げた。「説明はもういいです」雅人はいらだった様子で、店長の話をさえぎった。「彼女の言うとおりにやってください。いくらでも、俺の口座から払います!」そのまま通話を切ってしまい、店長の言い分を遮断した。何かを取り繕うように、彼は足早に唯のもとへ行き、床のドライヤーを拾い上げた。「俺が乾かしてやるよ」ドレッサーの前に座っていた唯は、鏡越しに雅人を見た。その瞳には、すべてがお見通しだという冷徹な光が宿っていた。唯は拒絶もせず、口元に笑みを浮かべると静かに尋ねた。「どうして急に優しくなったの?何か私にやましいことでもして、後ろめたいんじゃない?」軽口のような響きだったが、その言葉一つひとつが雅人の痛いところを正確に突いていた。ドライヤーを握った雅人の手がピクリと止まり、心臓が大きく波打った。彼は反射的に視線を逸らした。鏡の中に映る唯と目を合わせる勇気はなく、心を見透かされた焦りを隠して作り笑いを浮かべた。「何言ってるんだ?変な勘繰りはやめろ。昔もこうして髪を乾かしてやっただろ?」ドライヤーのあたたかい風が唯の髪を撫で、雅人の指先が髪のあいだをすり抜けていく。しかし、彼が演じるその優しさは長くは続かなかった。気のせいだろうか。彼はふと、お風呂上がりの唯から、あの濃い漢方の匂いが、いつもより強くただよっている気がした。ボディソープの香りと混ざり合った薬草の匂いは、容赦なく雅人の鼻腔に入り込んできた。彼はこの匂いが、ひどく嫌いだった。雅人の手が、思わず止まった。唯の髪がまだ乾ききらないうちに、彼は慌てて言い訳を見つけた。「そういえば、あとで会社の会議があるんだ。あとは自分で乾かして、俺は書斎に行くよ」そう言い終わるやいなや、彼はドライヤーをドレッサーに置き、寝室を出ていった。雅人の慌ただしい背中を見つめながら、唯は濡れた毛先を指先
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第48話

翌朝早く、唯はこっそり晴香のクリニックへ向かった。「どうしたの?こんなに朝早くから。顔色もひどいわね」晴香はお茶を入れながら、唯の暗い表情を見て、何かあったのだと察した。唯はバッグから、昨夜飲まなかった2粒の薬を取り出して、ティーセットのトレイの上に置いた。「これ、ちょっと見てほしいの。この薬、ちょっとおかしいと思う」晴香は手を止めた。彼女は薬を1粒つまみ、鼻先に近づけて軽くにおいをかいだ。そして、かすかに眉をひそめた。それから、きれいな白い皿にその薬をのせ、薬研で軽く潰すと、薬は簡単に粉々になった。その粉末を指先に少し取り、よく観察した。ほんの30秒ほどで、まじめだった晴香の顔に、急に皮肉な笑みが浮かんだ。「ふん」彼女は指の粉をティッシュでぬぐった。「これ、前に私があなたに渡した薬なんかじゃない」唯の心は、すっと沈んでいった。予想はしていたものの、証拠を突きつけられて、胸の奥に刺すような冷たさが広がった。「私が出した薬は、これといった効き目はないの。でも嗅いだら、匂いがすごく強いはずよ。でもこれ……匂いを嗅ぐ限り、ただの体を冷やす作用の強い漢方の絞りカスみたいね」やはり松尾家の人たちは、自分が体を整えて雅人の子を身ごもり、陽太の立場をおびやかすのを、本気で恐れているのだ。唯の顔色は、少しずつ暗くなっていった。彼女はその粉を見つめて聞いた。「この薬……毒は入ってるの?」晴香は首を横に振った。「効き目とにおいから見て、たぶん入ってない。よくある体を冷やす薬ばかりで、害もないけど、いいこともないわ。でも、詳しい成分は研究所で調べないと分からないけどね」彼女は少し間をおいて、思わず言った。「まさか、松尾家の連中が、あなたに毒を盛ったとでも思ってるの?」「そうじゃない」松尾家の人たちが、毒入りの薬で自分を殺すほど、馬鹿ではないと分かっていた。ただ、徐々に逃げ場を奪うようにして、希望を打ち砕き、心身を削っていきたいだけなのだ。そこまで考えると、唯の口元に、ふと意味ありげな冷たい笑みが浮かんだ。「でもね」彼女は顔を上げ、静かに晴香を見た。「この薬、毒入りに変えることもできるのよ」晴香の心臓が、どきりと跳ねた。唯の底知れぬ瞳を見て、少し不安そうに聞いた。「何をするつもり?」「なんでもな
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第49話

目の前のガラスケースの上に、少し古びたパッケージのゲームソフトが置かれていた。しばらくして、禮のスマホが鳴った。「あとどれくらいかかる?渋滞だと?やり方はどうでもいい。10分以内に現金を持ってこい!」唯は、なるほどと思った。うっかり忘れていた。盛沢市は、電子決済が当たり前の深津市とは違う。こういう個人経営の小さな店では、まだ現金しか受けつけないところが多いのだ。どうやら、この何千億もの資産をもつ禮は、たった数千円の現金にてこずっているらしい。電話を切ると、禮の顔つきはさらに険しくなった。腕時計をちらりと見て、いらだたしげに舌打ちした。ちょうどそのとき、リュックを背負った若い男が店に入ってきた。ひと目でケースの上のソフトに目をつけ、嬉しそうに言った。「店長!この初版ソフト、まだ在庫ある?これがほしいんだ!」店長は、入口にしゃがんでいる、迫力たっぷりの禮をこわごわ見た。「お客さん、すみませんね。このソフトは……こちらの方が先に目をつけてまして」「でも、まだ金払ってないんでしょ?」若い男は引き下がらない。「いらないなら僕がほしいよ!店長、現金で払うから!」そう言って、財布から何枚かの札を取り出した。会話を聞き逃さなかった禮がゆっくりと腰を上げた。大柄な体が醸し出すプレッシャーが、狭い店内を支配する。彼は冷ややかに店長を一瞥した。何も言わなかったが、その目には十分な警告がこもっていた。店長はその視線に、額に冷や汗をにじませた。思い切って若い男に事情を説明し、他のを見てもらおうとしたその時、唯が店に入ってきた。「店長、これはおいくらですか?」店長はきょとんとして、思わず答えた。「2万円です」唯はうなずくと、バッグから財布を取り出し、きれいに揃った1万円札を2枚抜き取って、ガラスのショーケースの上にそっと置いた。「この方の分を払いに来たんです」若い男はぽかんとした。禮が振り返り、現れたのが唯だと悟ると、漆黒の瞳に驚きの色がよぎった。唯は盛沢市に長く住んでいて、盛沢なまりもうまかった。でも、声にはやっぱり深津市特有のやわらかさが残っていた。聞く者の心に、甘くそよぐような風を送る。けれど、禮は礼も言わなかった。彼は黙って手を伸ばし、ガラスケースからそのゲームソフトを取り上げた。そして
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第50話

もちろん、こんなこと唯は口には出さない。「そんなことないですよ」唯は探るような禮の視線を、落ち着いた顔で受けとめた。「ただ、私のせいですから、桐生さんにはちゃんと説明しなきゃと思っただけです。あの日、私が先に帰ったのは、雅人が彼の妻の名前で、あのジュエリーショップに宝石を特注していたんですが、私宛じゃなかったからんです。店長が、私を彼の奥さんだと勘違いして、デザインの確認をしようとしたのですよ。だから私が代わりに対応しました。でも、あなたと一緒にいたらバレちゃうから、言い訳して先に帰るしかありませんでした」禮は、少しきょとんとした。彼は、目の前の唯をじっと見た。きちんとしたスーツに、丁寧な薄化粧。背筋をぴんと伸ばした彼女は、強くて余裕のある人に見えた。まるで今の話が、自分の「結婚」のみじめな話じゃないみたいだった。でも、そう見えれば見えるほど、思ってしまう。その静けさの下には、とんでもなく大きな波が隠れているのだと。禮の、ゲームソフトを握る手に、思わず力が入った。彼はしばらく黙ってから、もう一度口を開いた。「じゃあ、俺を助けたのは……俺の機嫌を取るためか?」唯の目元が、ぴくりと動いた。まさか、彼がそんなふうに受け取るとは思わなかった。機嫌を取る?その言葉は、あまりにも微妙だった。まるで親しい間柄のような響きがあって、よそよそしかった二人の距離を、一気に縮めてしまった。彼女は息を深く吸い込んで、なぜか込み上げてくる笑いを無理やり押さえた。そして顔を上げ、少しからかうような目で言った。「じゃあ、桐生さんはゲームソフト一本で機嫌が直る男ですか?」禮は彼女を見て、ざわめく街の中で、真面目な顔でうなずいた。「そうだ」そのあまりの落差に、唯はきょとんとした。そんな空気を打ち破るように、禮のスマホが鳴り響いた。彼は画面を見ると、不機嫌そうに眉をひそめ、応答をスワイプした。声には、うんざりした気持ちがにじんでいた。「なんだ?」電話の向こうで、誠の声は今にも泣きそうだった。「社長、今着いたんですけど、ゲームショップ・ウエダの前にいます。社長はどちらに?」「もういらない」禮は冷たく遮ると、少し先に停まった唯の車をちらりと見た。「先に会社で待ってろ」そう言うと彼は電話を切り、まっすぐ唯の車に歩いていっ
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