祝福の拍手が起こるはずだった、その瞬間だった。「朝比奈小春。お前との婚約を破棄する」その声に、会場は水を打ったように静まり返った。小春はゆっくりと顔を上げる。目の前には婚約者である門倉悠真。悠真の手は、その隣に立つ小春の異母妹・朝比奈千夏の肩を抱いていた。千夏はお腹をかばうように両手を添え、震えている。「お姉様……ごめんなさい」小春と千夏の視線が絡む。千夏の瞳の奥には隠しきれない優越感が滲んでいた。(この計画があったから、こんな格好をさせたのね)小春は自分の着ているドレスを見る。今日のために新しく仕立てると聞いたとき喜んだ自分を愚かに思った。はしたないほど肌の見えるドレス。(これでは本当に"悪女"だわ)会場に集まった医療関係者や財界人たちがざわめき始める。「やっぱり悪女だったか」「千夏先生を虐めていた話も本当だったんだ」「御堂先生も被害者だな」その囁きに小春は何一つ言い返さなかった。言い返せないのではない。言い返してはいけないのだ。.「千夏のお腹には俺の子がいる」小春の沈黙を抵抗だと思ったのか、悠真が迷いなく言い放つ。「俺は愛する女性と、その子どもを守りたい」会場から感動のため息が漏れる。「なんて責任感があるの」「素敵……」「悪女より可憐な聖女を選ぶなんて当然よね」誰も彼もが悠真と千夏を称賛し、小春を蔑む。その様子を見ながら、小春は静かに微笑んだ。「分かりました」小春のその一言に、悠真は眉をひそめる。「引き留めないのか」「引き留める理由がありませんもの」虚無感に飲み込まれそうだ。悠真との婚約は小春が生まれてすぐ、政略的に結ばれたもの。恋だったのかは分からない。それでも、大切な婚約者だった。小春は千夏を見た。正確にはその腹部を。(子ども……)子どもがいる以上、男と女の恋情の話ではない。一つの命がかかわる問題だ。「どうぞ、お幸せに……」「……なんだ、その態度は」淡々と返した小春の言葉に、今度は朝比奈家の当主であり、小春の父・朝比奈崇道が怒鳴り声が被さる。「なぜお前はいつもそう千夏にきつく当たるんだ」会場中の視線が小春へ突き刺さる。「千夏に謝りなさい!」「はい」小春は何の迷いもなく頭を下げた
最後更新 : 2026-07-01 閱讀更多