All Chapters of 冷酷なCEOが溺愛するのは「悪女」: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話 悪女は作られた

「お嬢様、お体が冷えてしまいます。そろそろお部屋にいきましょう」橘に声を掛けられ、小春は名残惜しそうに子猫の頭を撫でた。「また来るね」子猫は「にゃあ」と短く鳴くと、植え込みの中へ駆けていく。その姿を見送りながら、小春は自然と頬を緩めた。「可愛らしい」橘が穏やかに言う。「そうですね」小春は同意するように応えたが、橘が可愛らしいと言ったのは子猫でなく小春である。このくらい気負わない自然の微笑みだった。「次はカメラを持ってまいりましょう」そこまで気に入ったのか。思わず笑い声が出て、小春は自分が笑っていることが照れ臭くなった。視線を逸らす。笑うのに慣れない。朝比奈家では笑うことさえ忘れていた。笑えば「悪女が媚びている」と嗤われる。それで笑わないでいると「可愛げがない」と怒られる。いつしか感情を表に出さないことが当たり前になっていた。「戻りましょう」橘に促され、屋敷へ入ろうとした。そのとき、一台の黒い車が門を潜ってきた。小春は反射的に身を固くする。朝比奈家からきた車かもしれない。そう考えると胸が締めつけられた。「お嬢様」背中に温かい手の感触。顔を上げると橘が優しく笑っていた。視線を車に向けると、いつの間にか来ていた柳沢が運転手から分厚い封筒を受け取っていた。「部屋に行きましょう」「あの……」「私たちの自信作ですので、ぜひ」◇◇◇「失礼します」柳沢は分厚い封筒を持って樹の書斎に入った。そして深く頭を下げる。樹はすぐに察した。「何があった」柳沢を見る。柳沢は不注意で小春を怯えさせてしまったことを詫びる。「朝比奈家の迎えだと思ったか」樹は顔をしかめる。「彼女を守れ。何があろうと朝比奈家には渡さない」柳沢はしっかり頷いた。「朝比奈家の資料です」朝比奈総合病院の経営状況。朝比奈崇道の人脈。夏美や千夏の交友関係。「朝比奈小春を『悪女』などと言っているのは社交界だけだ」小春は小学校から高校までずっと公立校に通っていた。学生時代の成績は常に上位。素行にも問題は見当たらない。むしろ教師からの評価は高く、ボランティア活動にも積極的だった。「……なぜだ?」樹の視線が一枚の資料で止まる。先日の小春の婚約発表のSNSの投稿。婚約中に不義を働いた男とその浮気相手の妹を『真実の愛』と褒めそやし、
last updateLast Updated : 2026-07-03
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第12話 自分の名前

翌日。小春は橘に案内され、ある部屋へと向かっていた。「こちらです」中に入るとそこは応接室というより、小さな執務室だった。机の上にはいくつもの書類が並んでいる。机の傍にいた柳沢が一礼する。「あの……」「自己紹介が遅くなりました。私は社長秘書の柳沢と申します」「……朝比奈、小春です」「朝比奈様。お身体はいかがでしょうか」「大丈……」大丈夫と言いかけて、小春は言葉を止める。「だいぶ楽になりました。ありがとうございます」小春は橘を見た。橘は首を縦に振る。小春が橘を信頼する様子を見て、柳沢は安心したように頷いた。「本日は朝比奈様の生活を取り戻すためのお手伝いをさせていただきます」「生活……ですか?」小春は首を傾げる。「具体的に言いますと」柳沢は机の上の書類を一枚ずつ示した。「運転免許証や銀行の通帳など、生きていくのに必要なもののことです」小春は机の上へ並ぶ書類を見つめた。運転免許証や銀行の通帳などは朝比奈家に置いてきてしまった。「朝比奈家へ、取りに行くのでしょうか?」その問いに柳沢は首を横へ振る。「朝比奈家へ戻る必要はございません」「……え?」柳沢が穏やかに微笑む。「再交付や登録内容の変更など手続きは必要ですが、私が代理人として進められる手続きはすべて進めます」「代理人……」「はい。朝比奈様には必要な確認だけお願いできれば十分です」「それで……できるのですか?」「できます。こちらで責任を持って進めます」小春は小さく息を吐いた。仕事を探したり、家を借りるには身分証や銀行口座が必要だ。そのために朝比奈家へ戻らなければならないかもしれない。それがずっと不安で、心のどこかで怯えていた。
last updateLast Updated : 2026-07-04
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第13話 樹さん

小春は窓から差し込む柔らかな朝日を浴びながら、部屋で静かに本を読んでいた。前回よりもかなり読み進められたことに満足する。身体はまだ本調子ではないものの、調子を取り戻していることが分かる。  コンコン「失礼いたします」ノックの音がして、入ってきたのは橘だった。「樹様がお見えです」「え……?」返事をする間もなく、開いた扉の向こうから樹が姿を現す。「体調はどうだ」低く落ち着いた声。小春は本を閉じ、慌てて姿勢を正した。「はい。だいぶ良くなりました。ありがとうございます、篠原社長」樹は小さく頷いたものの、そのまま黙り込む。何か考えるような沈黙のあと、静かに口を開いた。「君に一つ、頼みがある」「はい」頼み。ここにいるだけだったことに気まずさを覚えている小春には嬉しいことだった。「なんでしょう、篠原社長」「それだ」「……え?」それと言われても、分からない小春は戸惑う。「篠原社長ではなく、樹と呼んでくれ」小春は目を丸くした。「そんな……」「君は俺の部下ではない」「ですが……」「それにここは会社ではなく家だ」短い言葉。言っていることは分かる。家でまで“社長”と呼ばれては落ち着かないかもしれない。でも。(樹って……名前でお呼びするの?)小春は返す言葉を失う。橘が嬉しそうに微笑んだ。「お名前は大事ですものね」橘は強く頷く。「樹様だけ名字で、しかも堅苦しく肩書きで呼ぶのは」橘は小春を見る。「不公平かもしれません」「不公平……ですか?」小春が戸惑ったが、樹は当然のように頷いた。「不公平だな」樹は
last updateLast Updated : 2026-07-04
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第14話 樹さんの日常

案内された屋敷は想像以上に広かった。高い天井が続く廊下。陽光が差し込むサンルーム。季節の花々が飾られた応接室。どの部屋も隅々まで手入れが行き届いている。「素敵なお屋敷ですね」小春の言葉に橘は嬉しそうに微笑んだ。「ですが、私が小春様に一番お見せしたいのはここで働く者たちです」「え?」「みんな、小春様に興味津々なんです」橘は仕方がないというようにため息を吐く。「チラ見せしながら期待値を上げてバーンッと紹介したかったのですが」「や、やめてください」そんな紹介をされたら心臓が止まってしまいそうだ。「小春様はそう言うのが苦手そうだなと思い」その通りだと小春は頷く。そんな小春に橘は納得したように頷き、巾着袋を小春に差し出した。どこに持っていたのか小春には分からなかった。「ここには場所の名前が書かれた紙が入っています」「はい」「ここから二枚引いてください。今日はそちらのスタッフを紹介します」「分かりました」ゲームのようで楽しい。小春は心を弾ませながら巾着袋に手を入れた。そして止まる。四角く折りたたまれた紙が入っていると思っていたが。「いろいろな紙が、いろいろな形で入っているのですが」「各部署の意気込みということで」複雑な形の折り方や高級そうな紙は避けることにした。期待値が高そうで、自分を見たらがっかりさせてしまいそうだ。.「それではまず庭で、次に厨房へ行きましょう」庭に行くと、庭師が作業の手を止めてくれた。「熊のような人相ですが、噛まないので安心してください」「……おい」庭師が橘を睨んだので、小春は慌てて間に入る。「よ、よろしくお願いします」「こちらこそ気を使わせて
last updateLast Updated : 2026-07-05
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第15話 悪女ですから

――そうか。それは納得するような声音だったが、樹が黙ってしまったことに小春は気まずくなる。「冷酷、と恐れられていてもか?」小春は少し困ったように笑う。そんなことはないと否定することは簡単だ。実際に小春は樹を冷酷などと思っていない。(先ほどの男性だって……)冷酷だと思っているなら恐れ、相談などしないだろう。でも。(冷酷だと感じる人もいるだろう)感じ方は人それぞれ。小春は病院でそれを見てきた。ある先生に命を助けられた人は名医と称え、同じ先生に助けてもらえなかった人はヤブ医者と貶められる。淡々とした話し方を冷たいという人もいれば、理路整然で分かりやすいという人もいる。(樹さんの“冷酷”と言うのは……)小春は樹の顔を見る。とても整った顔立ちで、美形だ。黙って立っているだけで迫力がある。自分は悪女のような服を着ているのだから“仕方がない”と自分を慰めることができた。だが生来の顔立ちとなると、上手い慰めもない。だから、小春に言えるのはただ一つ。「私は怖いと思っていません」その言葉に樹の視線が小春へ向く。「そうか」樹の口元が緩むのが小春には見えた。「俺も」樹が言葉を続ける。「小春を悪女などと思っていない」「それは……」作られたイメージ。悪女として振る舞わなければ罰を受けた。「……あ」否定しようとした言葉が止まる。朝比奈家。勘当された。戻れない。(でも今は)仮でも住む場所ができた。現金なものだと自覚している。
last updateLast Updated : 2026-07-05
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第16話 会いたいか

「朝比奈崇道院長が、朝比奈小春さんの居場所を探しているそうです」柳沢の報告に廊下の空気が張りつめた。小春の顔から血の気が引く。身体が震えはじめた。(……どうして)そう思った瞬間、苦笑してしまう。父親の気まぐれは今に始まったことではない。「要らない」と言われたから捨てたのに、あとになって「どうして捨てた」と怒られたことが何度もある。(あれと同じ)「……そう、ですか」ようやく絞り出した小春の声は掠れていた。「社長、先方にはどう対応いたしますか」柳沢の質問に樹はすぐには答えず、小春へ視線を向けた。「小春」小春はゆっくりと顔を上げる。「会いたいか?」それは短い問いだった。しかし、その一言には小春の意思を尊重するという明確な意思が込められていた。「私は……」脳裏に父親の声が蘇る。――お前はもう要らん。――体を売れば生きていけるだろう。胸が締めつけられた。呼吸が浅くなる。「無理に答えなくていい」樹は静かに言った。(でも、私がここにいたら樹さんたちに……)「余計なことを考えるな」小春の頭の中でグルグル回っていたものが止まる。「誰かの都合を考える必要はない」「でも……お父様が……」反射的にそう口にした小春を見て樹は小さく息を吐く。「お前は、まだ朝比奈崇道を父親として心配しているのか」「心配……というより……」言葉が見つからない。朝比奈崇道は自分を捨てた。それでも、小春にとってはたった一人の父親だった。「私がいなくなったことで、ご迷惑をお掛けしているなら……」「お前は追い出された」樹が静かに遮る。「間違えるな。自分の意思で家を出たわけじゃない。そして追い出したのは朝比奈崇道だ」小春は何も言えなかった。「柳沢」「はい」「朝比奈家はうちだけに連絡をしているのか?」「違います。あの夜のパーティー参加者全員に連絡をしているようです」「手あたり次第か」樹の声は冷え切っていた。「朝比奈家のご令嬢はここにはいないと回答しておけ」「承知しました」柳沢は一礼する。しかし小春は慌てて顔を上げた。「待ってください」「どうした」「嘘は……駄目です」樹は小春を見つめる。「嘘はついていない。朝比奈崇道はお前を勘当した。それならば彼が“娘”と呼べる朝比奈家のご令嬢は朝比奈千夏だけだ」「……あ」「そ
last updateLast Updated : 2026-07-06
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第17話 時間がない

「お答えできません、だと……?」朝比奈崇道は受話器を睨む。篠原樹との電話は一方的に切られていた。叩きつけるように崇道は受話器を電話に戻した。「篠原樹……!」苛立ちのまま机を拳で叩く。(この俺に対して……)まさか自分が話の途中で電話を切られるとは思ってもいなかった。そんな無礼は許されることではなかった。「お父様?」千夏が驚いたような顔をして執務室に入ってきた。「どうしたの?」「篠原樹だ」崇道は苦々しく吐き捨てた。「篠原……ああ、お姉様は見つかった?」「『教えない』の一点張りだ。プライベートだから答える義理はないなどと言いおった」「本当は知らないんじゃない?」千夏が首を傾げると、崇道は首を横に振った。「そんなはずがない」あの夜、小春らしき女性が篠原樹の車へ乗せられたという情報は複数の人間から上がってきていた。だからこそ直接電話を掛けたのだ。「だが証拠がない。女を乗せたという情報だけで、小春と決めつけるわけにはいかない」「篠原グループの総帥を無理やり調べたりはできないもんね……」千夏も難しい顔をする。朝比奈総合病院の内情を知っていれば、どれだけ篠原グループから恩恵を得ているかは分かる。「どうして彼がお姉様なんかを……」「篠原については分からないことのほうが多い。十年ほど前に仕事の話を持ち掛けてきたときもそうだ。特に関りがあったわけでもないのに、こちらの都合のいい条件で契約を持ちかけてきた」最初は疑心暗鬼だった。だが約十年間、篠原グループが表に出て力を求めることはなかった。息子である篠原樹の代になっても変わらない。ただ朝比奈家に恩返しでもするかのように篠原グループは人や金を提供した。そうしているうちに病院の経営の、特に財政的な部分は篠原グループに依存するようになってしまった。「それがここにきて、どうして……」いつもなら従順に「諾」としか言わない男が。本人は電話にも出ず、秘書に自分を突き放させた。(秘書ごときが……)――お答えできません。「くそっ」崇道は苛立たしげに椅子へ腰を下ろした。「時間がない」皆川隆盛が目を覚ました。彼は先代医院長の親友。朝比奈家の、特に朝比奈家の直系ではない崇道の後見のような存在。彼を小春から遠ざけるために『悪女』の噂をも利用した
last updateLast Updated : 2026-07-07
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第18話 任せたい

「小春は俺が守る」樹の静かな一言に柳沢は深く頭を下げた。「承知しました」「表立って連れ戻すことはしないだろう。娘とはいえ、二十五歳の女性が自分の足で家を出ている」「警察は動かさないということですね」それならどのような手段を使うか。おそらく力づくになるだろう。そう考えて、柳沢の柔和な顔立ちが歪む。しかし、樹は静かに笑った。「朝比奈家がすでにこちらを疑っているなら丁度いい」「社長?」「大々的に屋敷の警備を強化できる。警備会社に連絡しておけ」「畏まりました」柳沢が書斎を出ると、樹は一人になった。机の上には朝比奈家についてまとめられた調査資料が並んでいる。その中から一枚の書類を手に取った。【朝比奈小春 二十五歳】無表情で写る証明写真。その瞳は諦めを宿している。「お前は、いつからそんな目をするようになった」あの日の少女とは違う目。あの日。諦めていたのは樹のほうだった。――あなたも来て!そんな樹に決意のこもった目を向け、樹の腕を強く引っ張って立ち上がらせた少女。自分の腕が折れているのに、痛くないという顔をしていた。あの目を、あの顔を――樹は忘れたことがない。  コンコン。静かなノックが響く。入ってきたのは橘だった。表情に焦りがある。「樹様、小春様がお部屋にいらっしゃいません」「何?」樹は勢いよく立ち上がる。「屋敷の中は探しました。いま庭を見ておりますが、通用門が開いておりまして」「まさか……」先ほどの会話。――ご迷惑をお掛けしているなら。不安そうな小春の顔が樹の頭に浮かぶ。(まさか、朝比奈家に戻ったのか?)樹は後悔し
last updateLast Updated : 2026-07-08
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第19話 病院が好きだった

小春は庭に咲く花々を眺めながら、樹に任された空いた区画を何で埋めようか考える。樹はそんな小春を見ていた。東屋を心地よい風が吹き抜ける。小春は息を詰めていたことに気づき、小さく息を吐く。「ここは、本当に静かですね」「当時の当主は偏屈で、街の喧騒が届かないところで暮したかったらしい」「でも、それからずっと、樹さんもここで暮らしているんですよね?」「俺も偏屈ということなのだろう」樹は庭へ視線を向けた。「家でくらい、仕事を忘れてのんびりしたい気持ちはよく分かる」「樹さんでもそんな風に思うんですね」樹が小春を見た。「俺はそんなに仕事ばかりしているか?」「そんな感じはします」「仕事のほうが家にまでやって追っかけてこられる時代になったからな」「病院でもオンライン診療とかありますからね」小春は納得したように微笑んだ。その横顔を見つめながら、樹はふと口を開く。「小春」「はい」「一つ聞いてもいいか」「もちろんです」少しの間を置いて、樹は静かに尋ねた。「病院の仕事は好きか」小春はその質問に戸惑った。そんなことを聞かれるとは思っていなかったからだ。「好き……だった、というほうが正しいです」寂しそうな笑みが浮かぶ。「子どもの頃は、お母さんみたいなお医者さんになりたいと思っていました」「そうか」小春は懐かしそうに空を見上げる。「お母さんは医師という職業に誇りを持っていました。診察が終わっても、お話だけ聞きに病室へ行ってしまうような先生で……」小春は小さく笑う。「友だちや先生に、私はよく可哀そうだって言われたんです」「なぜ?」「授業参観や運動会。学校のイベントには誰も来てくれなかったので」「小春の両親が医者だということも知っていただろうに」「そうですよね」困ったように小春は笑う。「確かに学校のイベントには来てくれなかったけれど、時間があるときはいつも私の傍にいてくれました」その表情は今まで見たことがないほど柔らかかった。「お母さんは私も大事にしてくれてるって分かっていたので」「そうか」「私はそんなお母さんが自慢だったんです」樹は何も言わず耳を傾ける。「でも、お母さんが亡くなってからは……色々変わってしまいました」新しい家族だと、父が愛人である夏美と、彼女との間にできた異母妹の千夏を連れてきた。母の部屋
last updateLast Updated : 2026-07-09
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第20話 時間を稼ぐ

「庭のことも任せたが、無理はしないでほしい。まずは体を治せ」「はい」小春は素直に頷いた。そして、そんな自分に驚く。以前の自分なら、こんな返事はできなかっただろう。休むことに罪悪感しかなかった。しかし樹と過ごすうちに、『休むことも必要なのかもしれない』と少しずつ思えるようになっていた。.「失礼いたします」柳沢が東屋へ姿を現した。「社長、お時間よろしいでしょうか」「何だ」「新しい報告が入りました」柳沢が小春をちらりと見た。その申し訳なさそうな目に口元が軽く上がる。「あの……私がいると、お仕事のお話がしにくいですよね」「気にするな」「でも……」小春は困ったように微笑む。柳沢の申し訳なさが増した表情を見て心が温かくなる。邪魔だと思われていないことは分かっている。(だって、お父様が私に向ける目とは違うもの)邪魔だと突き放す目ではない。だから、気にしないでほしいという気持ちを込めて笑う。「少しお庭を歩いてきます」そう言って一礼すると、東屋を後にした。その後ろ姿を樹は見送った。見えなくなったところで樹は目を柳沢に戻す。「申し訳ありませんでした」「気にするな。急ぎなのは分かる」柳沢は頷くと、周りに聞こえないように声を落とした。「朝比奈院長が小春様を探している理由が分かりました」「なんだ?」「皆川隆盛様です」「彼がどうした?」篠原グループは朝比奈総合病院の支援をしている。そのため樹は皆川隆盛を知ってはいたが、特に興味はなかった。興味どころか、どこか失望に近い感情を抱いていた。皆川隆盛は親友である先代、小春の祖父から朝比奈家を任されていたはずだ。親友の娘である小春の母親のことは可愛がっていたと聞いている。(しかし小春については、優秀な医者を婚約者に宛がったくらいで何も……)樹は考えを止めた。そして。「なるほど……」小さく呟く。「社長?」「思えばおかしかった。小春を保護したことで忘れていたが、小春の婚約は解消された。あの元婚約者が小春の異母妹を孕ませたからな。当然だと思っていたが……そうだ。皆川隆盛。彼の性格ならば黙っているはずがない」実直。皆川隆盛の性格を言葉で表すなら、その言葉しか浮かばないほど彼は道理を重んじる。その彼が黙っていた。つまりそれは。「病院にいるのか?」「はい。調べ
last updateLast Updated : 2026-07-10
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