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社長との逢瀬、誰にも言えぬ のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

30 チャプター

第11話

「あなた、私……」「何だよ。今すぐ言え、何が欲しいんだ」耕平は鋭い目つきで聖羅を睨みつけながら尋ねた。「何もないわ、あなた」耕平は舌打ちすると、乱暴に聖羅の顔を払いのけた。「お祝いなんて何もしない。俺は忙しいんだ!」「分かったわ……」耕平の車は、タイヤを軋ませながら走り去っていった。聖羅は涙を拭い、崩れた化粧を整え直した。「おはようございます、聖羅さん」出社したところで、同じタイミングで出勤してきた数人の社員が声をかけてきた。今日も配車サービスを使って通勤してきた聖羅は、すれ違う社員一人一人に、いつも通りの穏やかな笑みを返す。「聖羅さんって、感じいいよね」社員たちがひそひそと囁く。「しかも美人だし」「社長とお付き合いしたらお似合いなのにね」それを耳にした聖羅は、ただ重いため息をついた。もし自分が耕平の妻だと知られたら、彼らは一体どう思うのだろう。エレベーターの中は、始業時間が近いこともあってかなり混み合っていた。誰もが急ぎ足で乗り込んでくる。聖羅もその中の一人だった。そしてよくあることだが、化粧室と並んでエレベーターも、噂話に絶好の場所だった。フロアに着くまでの時間を潰すのにはうってつけなのだ。聖羅は今朝も、いろいろな話を耳にした。中でも、美咲が秘書に抜擢されたという話が耳に残った。しかも、よりによって美咲は耕平の秘書になったのだという。聖羅の唇に、乾いた笑みが浮かぶ。耕平と美咲の関係は、もはや社内の公然の秘密だった。社員たちは皆それを知っていながら、目の前で繰り広げられる不倫を見て見ぬふりをしている。彼らにとって、職場での関係など、退屈な日常を紛らわせるだけの遊びに過ぎないのだろう。「聖羅、部屋に来てくれ」内線越しに、祐樹の声が聞こえた。「はい、社長」夫への苛立ちがまだ胸の中にくすぶっていたが、聖羅はそれでもプロとして振る舞おうとした。祐樹は、聖羅がスカーフを巻いているのを見て、思わず口元に笑みを浮かべた。「寒いのか?」祐樹が尋ねた。「いいえ」「じゃあ、何でそれを?」「何でもないです、社長。ただのおしゃれです」祐樹は笑った。本題に入る前に、少し彼女をからかう余裕があった。「じゃあ、そのスカーフをたくさん用意しておいた方がいいな。俺はこれから毎日、あの赤い
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第12話

「耕平が働くのを許してくれたんですよ、お義母さん」聖羅は自分を弁護するように言った。「それとも、あなた不妊なんじゃないの?」涼子が尋ねた。ドクン。その言葉を聞いた瞬間、聖羅は思わず振り返った。胸が痛んだ。子供が欲しくない人などいるだろうか。けれど、授かるかどうかは、こればかりはどうしようもないことだ。「検査は受けてます。異常はありませんでした、お義姉さん」聖羅はきっぱりと答えた。聖羅の視線は、甥っ子に千円札を何枚も渡している耕平へと向いた。大輝が「ゲーム機を買いたいから」とお小遣いをねだっていたのだ。実のところ、問題があるのは耕平の方だった。検査結果によれば、耕平の精子の大半に異常があり、運動能力も極めて低く、受精にたどり着くまでの動きが非常に緩慢だという。医師によれば、聖羅が妊娠できる可能性は2パーセント未満とのことだった。だが、不可能というわけではない。妊娠は、急いでどうにかなるものでもない。「言い訳でしょ。耕平が不妊だとでも言いたいの?」涼子が皮肉っぽく尋ねた。「そんなこと言ってません」「耕平から全部聞いてるのよ。あなたの方が妊娠しにくいって。しかも毎日愚痴ばかり言っているそうじゃない!」聖羅は黙り込んだ。ただ首を横に振るしかなかった。まさか耕平が、家族の前で自分に責任をなすりつけているとは思ってもみなかった。「黙るってことは、耕平の言う通りってことね」「お義姉さんの好きなように思ってください」聖羅は大輝のそばへ行き、「誕生日おめでとう」と声をかけた。今日が大輝の誕生日だということさえ、聖羅は初めて知った。耕平は何も言っていなかったのだ。「おばちゃん、プレゼントは?」大輝が手を差し出しながら尋ねた。聖羅は困ったように頭をかいた。「ごめんね。急いで来たから、プレゼントを買う時間がなくて」「遅れて来た上に、プレゼントもなし?何しに来たのよ、ここに」涼子の声が、再び聖羅の耳に突き刺さった。耕平の家族は、最初から耕平と聖羅の結婚に反対していた。聖羅が貧しい家庭の養女だったからだ。実の両親がどこにいるのかさえ、聖羅は知らなかった。養母によれば、聖羅は村の入口近くで泣いているところを発見されたという。前夜からの寒さで体が青ざめるほど冷え切っていて、翌朝ようやく見つけられたのだそうだ。養
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第13話

「ねえ、話があるの」聖羅が言った。ちょうどお風呂から上がったばかりだった。空腹感はいつの間にか消えていた。それでも、聖羅にはどうしても確かめたいことがあった。家族の前で、なぜ自分が妊娠しにくいと嘘をついたのか。耕平の口から、正直な答えが聞きたかった。けれど――すー、すー。ベッドの方を振り返ると、夫はすでに眠りに落ちていた。まるで何の罪悪感もないように。「さっき、寝ないでって言ったのに」聖羅は髪を拭きながら小さく呟いた。話す機会は失われた。平日は、耕平はいつも遅くまで帰ってこない。昇進してからは特に、忙しいという言い訳が増えるばかりだった。週末は?それも期待できない。耕平は一日中実家に入り浸る。もしかしたら、それも口実で、美咲と過ごしているだけかもしれない。「どうして私の結婚生活は、こんなことになってしまったんだろう」聖羅は自問した。他に選択肢もなく、夫の隣に体を横たえるしかなかった。聖羅は耕平の寝顔を見つめる。かつてこの人は、自信に満ちた姿で現れた。愛と幸福を約束してくれて、聖羅は心を許し、彼の望むことすべてに従ってきた。けれど、時が経つにつれ、すべてが変わってしまった。真夜中――大きな手が、聖羅を抱き寄せた。耕平の手だった。聖羅はそのままにしていた。こんな温もりを、久しく感じていなかったから。耕平が目を覚まし、すぐに聖羅に口づけてきた。いつもとは違う、優しい口づけだった。求めるようでありながら、触れ方は丁寧だった。手は聖羅の胸元をそっと這う。「あなた」聖羅が呼びかけた。「俺を満足させてくれ」耕平が答えた。耕平は聖羅の服を、まるで壊れ物でも扱うかのように、丁寧に脱がせていく。その手は、聖羅の肌のあらゆる曲線をなぞるように動いた。これまでとは違う、優しい仕草に、聖羅はつい流されそうになる。こんな丁寧な扱いを受けるのは、本当に久しぶりだった。体を重ねながら、耕平は荒い息を吐き、快楽に声を漏らした。「お前は本当に、最高だよ……美咲、愛してる」聖羅の体が凍りついた。高まりかけていた欲望が、一瞬で消えていく。夫は、自分を抱きながら、別の女を思い浮かべていたのだ。「あぁ……」耕平は絶頂に達すると、再び目を閉じて眠りに落ちていった。腕の中では、聖羅が声を殺して泣いていた。聖
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第14話

「お前、いい加減にしろよ!適当なこと言うな!」耕平は苛立った様子で立ち上がり、聖羅を残して部屋を出ていった。「適当なことなんて言ってない。本当に、昨夜あなたはその名前を呼んだのよ」聖羅が答えた。「俺たち夫婦のことに、他人を巻き込むな!」耕平は挨拶もなく家を出ていった。会社に着くと、聖羅は耕平と美咲が、市内のプロジェクト現場へ資材の視察に出発する準備をしているのを目にした。数日前のミーティングで、資材不足についていくつか苦情が出ていたためだ。「おはようございます、聖羅さん」美咲が愛想よく挨拶した。「おはよう」聖羅は柔らかい微笑みで応じた。胸の中は粉々に砕けそうだったが、それでもプロとして振る舞い続けた。少し離れたところで、祐樹がエレベーターの前で待っていた。「顔色、どうした?」祐樹が尋ねた。聖羅は俯いたまま歩いていた。涙をこらえ、表に出さないように必死だった。ここは職場だ。私事を持ち込むわけにはいかない。逆に、仕事を私生活に持ち込まないようにも努めてきた。「社長?」「誰だと思った?耕平くんか?」祐樹が笑いながらからかった。「面白くないです、社長」「俺は芸人じゃないんだが?」聖羅は遅刻寸前で出社していた。化粧を直す必要があったからだ。昨夜泣き腫らした目には、少し手を加える必要があった。今、エレベーターの中には誰もいない。ふたりだけだった。「耕平くんに、傷つけられたのか?」祐樹が聖羅の顔に手を添えながら尋ねた。どうしてこんな細部まで、祐樹には見えてしまうのだろう。彼はじっと聖羅の目を覗き込んだ。「君も、泣いてたんだろう」聖羅は鼻を鳴らして顔をそむけた。「社長、私の家庭のことに首を突っ込まないでください」「でも、あいつ、君に乱暴したんだろう!」祐樹はそう言いながら、両手で聖羅の頬を包み込んだ。「……手を離してください。誰かに見られます」だが祐樹は聞き入れず、むしろ唇を聖羅の唇へと近づけていった。チン!エレベーターの扉が開いた。目的の階に着いたのだ。祐樹はもう一度扉を閉めようとしたが、聖羅は素早くエレベーターを出て、何事もなかったかのように自分のデスクへと向かった。祐樹は微笑みながら、聖羅の後をついていく。社員たちの挨拶には、軽く頷いて応じていた。先ほどまで秘書に手
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第15話

「何でこっちに来たんですか?」聖羅は不思議そうに尋ねた。祐樹の運転する車が、会議の場所とは違う方向へ向かっていたからだ。「別に」「会議があるって、嘘だったんですか?」聖羅が尋ねた。この社長は、本当に予測がつかない。さっきは運転手に送らせるのを断って自分で運転したかと思えば、今度は勝手に行き先まで変えている。「いや、会議は1時間後だ。時間を変えただけだ」「じゃあ、何しにここへ?」聖羅は不思議に思って尋ねた。車は今、ショッピングモールの駐車場にいた。祐樹が何をしたいのか、見当もつかない。もともと10時だった会議は、11時に延期されたという。まだ1時間の余裕がある。「サロンだ」「え?社長がサロンに行くんですか?」聖羅は驚いて尋ねた。「君がだ」「どうして私が?」「顔色が悪い」聖羅は思わず、車の鏡で自分の姿を確認した。薄くパウダーをはたいただけの肌。そういえば、今朝はコンシーラーとファンデーションを持ってくるのを忘れていた。化粧を落とした後、薄いパウダーだけで済ませていたのだ。「私、そんなにひどい顔してますか?」聖羅は小さく尋ねた。「いや、すごく綺麗だよ。だが、人と会うには顔色が冴えない」「社長、それ――」祐樹はすぐさま聖羅の唇に口づけ、言葉を遮った。聖羅は祐樹の胸を押し返したが、口づけはますます求めるように深まり、気づけば祐樹の手がシャツのボタンを外し、胸元へと滑り込んでいた。「あっ」聖羅の唇から、思わず声が漏れた。「続きはまた今度な」祐樹はそう言って口づけを離した。「社長のエッチ」聖羅は服を整えながら小言をこぼした。「君を見てると、我慢できないんだ」「でも、これは間違ってます、社長。私は人妻なんです」「また文句か。もう一度キスするぞ」聖羅は素早く車を降りた。呆気に取られた祐樹が、思わず笑い出す。聖羅の仕草が、彼の目には可愛くてたまらなかった。メイクをしている間も、聖羅は辛抱強く待つ祐樹の方をちらちらと見てしまう。彼の魅力は、ますます頭から離れなくなっていく。「旦那様ですか?」サロンのスタッフが尋ねた。「え?」聖羅は驚いた。「ずっとこちらを見てらっしゃるので」聖羅はただ微笑んだ。夫――耕平が自分をサロンに付き合わせてくれることなど、これまで一度もなかったし、こ
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第16話

「立花さんに俺を責めないよう伝えてくれるだけでいいだろ!」耕平がまた声を荒らげた。聖羅は耕平に背を向けたまま横になった。これ以上言い争う気力すら残っていなかった。「おい、聞いてるのか?」耕平が聖羅の体を引き寄せ、自分の方へ向けさせる。「あなたの仕事には口を出さないわ。立花さんに何か言うつもりもない。ちゃんと手順どおりにやれば済む話でしょ。不備があったなら、叱られるだけよ」聖羅は重いため息をつきながら答えた。「自分の夫を助けるくらい、何がいけないんだよ!」「忘れたの?私たちが夫婦だって、誰にも知られたくないって言ってたのはそっちよ」「立花さんは別だろ!もうお前が俺の妻だって知ってるんだから。俺がその気になれば、お前を会社から追い出すことなんていつでもできるんだぞ。辞めさせてやる!」耕平は引き下がろうとしなかった。「好きにすれば」耕平は信じられないという顔で聖羅を見つめた。妻がここまで言い返してくるとは思っていなかった。ところが今度は逆に、聖羅が本当に辞めてしまうのではないかと不安になっている自分がいた。「冗談じゃないぞ、聖羅」「私も、冗談じゃないわ」耕平は結局黙り込み、再びスマホをいじり始めた。しばらくすると、ベッドから起き上がった。「友達の部屋に泊まる。口答えばかりするお前の顔なんて見たくもない!」そう吐き捨てると、ジャケットを掴み、車の鍵を手に出て行った。聖羅は言葉を返す間もなかった。夫はそのまま夜の闇へと消えていった。聖羅は重いため息をつく。行き先が美咲のところだということくらい、分かりきっていた。自分が相手をしてやらなければ、美咲のところへ行くだけのこと。翌朝、まだ早い時間に耕平が慌てて帰宅した。「聖羅、出張の荷物はちゃんと用意したのか?!」耕平が怒鳴るように尋ねた。「これよ」聖羅は、すでに用意してあったスーツケースを示しながら答えた。昨夜、耕平が出て行った後、聖羅は夫の荷造りを済ませていた。腹立たしさと怒りを抱えながらも、良き妻であろうと努めていた。「よし。俺が出張中は、俺から連絡しない限り、絶対に電話してくるなよ」耕平はそう言いながら服を脱ぎ、浴室へと向かった。朝一番の便に乗るため、ひどく急いでいる様子だった。聖羅はふと、耕平の体にいくつかの赤いキスマークがあるのに気づいた。
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第17話

「なんでこの金額なの?」聖羅は再び呟いた。耕平から振り込まれた金額を、聖羅は何度も確認した。だが、間違いはなかった。念のため確認のメッセージを送ってみたが、間違いではないという返事が返ってきただけだった。「君、給料少ないのか?」祐樹が、先ほどからずっと聖羅の様子を気にしながら尋ねた。ちょうど社員食堂で昼食を取っている最中だった。社長と一緒に昼食を取れる聖羅には、周囲から羨望の視線が注がれていた。しかも祐樹が何度も聖羅に微笑みかけるものだから、なおさらだった。普段は滅多に見せない笑顔だった。聖羅は慌てて首を振った。「いいえ。そういうことじゃないんです」「じゃあ何だ?」「何でもないです」聖羅はそう答えながら、スマホをブレザーのポケットへとしまい込んだ。家に帰ってから、耕平に直接確かめるつもりだった。「もし足りないなら、来月は増やしておくよ」祐樹が言った。「十分です、社長」給料日はいつもそうだが、耕平は今日も普段よりずっと遅く帰ってきた。今回は、夜の11時を過ぎてからだった。聖羅はまだ起きて待っていた。リビングに座り、スマホを手にしたままだった。だが、チャットをしているわけでも、SNSを眺めているわけでもない。耕平から振り込まれたお金を、家計簿と照らし合わせ、生活費を振り分けている最中だった。「あなた……」帰ってきた夫の姿を見て、聖羅が呼びかけた。「疲れた。もう休む」耕平はそう答えた。聖羅は構わず、寝室へと歩いていく耕平の後をついていった。シャツからは、女性の香水の匂いが漂ってくる。「あなた、振込額、間違ってない?」耕平が振り返った。「間違ってないって。さっきも答えただろ、間違いじゃないって」「これじゃ普段より少ないわ。昇進してマネージャーになったのに、どうしてお金が減るの?」聖羅が尋ねた。耕平は苛立たしげに鼻を鳴らし、聖羅を睨みつけた。「何が減ってるんだよ。お前も働いてるだろ」「あなた、これじゃ住宅ローンと光熱費と管理費だけでいっぱいいっぱいなの」聖羅は、あらかじめ用意していたメモを見せながら言った。減っているというより、家計に渡す生活費が、これまでの半分にまで削られていた。水道代やインターネット代といった、決まった支払いにさえ足りないほどだった。「じゃあお前の金を使えばいいだろ。それが働く意味
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第18話

聖羅が出社しようとしていたところ、突然綾子が訪ねてきて、聖羅を驚かせた。「お義母さん……」聖羅が声をかけた。「もう出社するところなの?」綾子が尋ねた。「ええ、そうです」「耕平はどこ?」「耕平は、ちょうど出張に出かけたところです」聖羅は何度も腕時計に目をやりながら答えた。綾子は勝手に上がり込み、まるで自分の家のようにリビングに腰を下ろした。聖羅がもう出かける支度をしていることは明らかなのに。しばらくして、綾子が口を開いた。「お金は?」聖羅は眉をひそめた。「何のお金ですか?」「耕平に電話したのよ。涼子のバイク購入費の足しにしてほしいって。あと10万円が足りないの」綾子が言った。聖羅は言葉を失った。昨夜のことといい、初めての給料日は、あまりにも散々なこと続きだった。「耕平が、お金はあなたが持ってるって言ってたわよ」綾子が続けた。「私、持っていません」聖羅が答えた。「よくもそんな平気な顔で言えるわね。働いてるのは私の息子なのよ」「お義母さん、耕平は毎月3万円お渡ししてるじゃないですか。もうこれ以上の余裕はないんです。私たち、たくさん支払いがあって」聖羅は説明しようとした。「あなた、私に恩着せがましいことを言うつもり?誰が耕平を産んで育てたと思ってるの?あなたは大人になってから転がり込んできた他人のくせに、よくも耕平の稼ぎでのうのうと暮らせるわね!」聖羅は目を閉じた。耕平は毎月、両親のために仕送りをしていた。それに加えて、しょっちゅう緊急費用だと言っては無心されている。それなのに今度は10万円だという。「耕平のお給料がいくらか、お義母さんはご存知ですか?」聖羅が尋ねた。「耕平の給料は多いはずよ。まして今はマネージャーなんだから。あなたがお金を管理してて、ケチケチしてるだけでしょう」「すみません、お義母さん。私にはお手伝いできません。お金がないんです」「耕平に電話するわ!」綾子はそう吐き捨てると、聖羅と耕平の家を後にした。聖羅は慌てて出社の準備を整えた。遅刻してしまう。会社に着くと、すでに始業時間を過ぎていた。皆それぞれのデスクで忙しく働いている。聖羅はほっと胸を撫で下ろしながら、急いで歩いてきたせいで汗で崩れた化粧を直した。「すみません、社長。遅刻しました」聖羅は報告書を祐樹のデス
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第19話

【最低女!】そのメッセージを目にした瞬間、聖羅は心臓が止まりそうな衝撃を受けた。たった10万円を渡さなかっただけで、夫からこんな言葉を投げつけられるなんて。しかも、何か急を要する事情があるわけではない。涼子が新しいバイクを買うため、その購入資金の足りない分を出せというのだ。すでにバイクも車もあるというのに。それだけではなかった。聖羅は十数万円にもなる後払い決済の請求まで肩代わりしていた。すべて払い終えた今、手元に残っている金は数万円にも満たない。それなのに義母は、さらに10万円を出せというのか。「まだ落ち込んでるのか?」施設で数時間を過ごし、昼休みになって外へ出たところで、祐樹が尋ねた。「ううん、別に」聖羅は無理に笑ってみせた。「もう少しドライブするか?」「お任せします」祐樹はそのまま車を走らせ、さらに郊外へ向かった。しばらくすると、車はリゾートエリアへと入っていった。やがて祐樹に連れられて着いたのは、海辺だった。まだ少し距離があるというのに、すでに波の音が聞こえてくる。「海ですか?」答えなど分かりきっているのに、聖羅はそう尋ねた。「ああ。思いきり叫んでもいいし、泣いてもいい」祐樹が小さく笑う。「私をからかってます?」「まさか」だが、ふたりが車を降りるより先に、突然激しい雨が降り出した。「これじゃ仕方ないな。ヴィラを借りよう」祐樹はどこか意味ありげに笑った。本当は、聖羅もとっくに彼の意図に気づいていた。何しろ、目の前には「PRIVATE VILLA RESORT」(プライベート・ヴィラ・リゾート)と書かれた看板が掲げられている。一般客がふらりと立ち寄り、海だけ楽しんで帰れるような場所ではない。それでも、聖羅は何も言わなかった。耕平から送られてきた言葉を思い出すたび、胸の奥がずきずきと痛む。もう、まともな判断もできなくなっていた。このあと何が起きても、どうでもいい。そんな投げやりな気持ちになっていた。「ひとまずヴィラで休もう。雨がやんだら海に出ればいい」「はい」ヴィラに着くと、バトラーが扉を開け、ふたりを中へ案内した。そこは洗練された佇まいのヴィラだった。大きなガラス張りの窓の向こうには、そのまま海へ続く庭が広がっている。ゆったりとうねる波。絶え間なく響く潮騒が、自然のBG
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第20話

「聖羅……まだこんなに狭いんだな」祐樹が満足そうに囁いた。聖羅は何も答えなかった。カーテンは開け放たれたまま。彼女は窓の外に広がる海と雨をぼんやりと見つめていた。背後から、祐樹の腕が回る。その手が聖羅の胸を包み込み、ゆっくりと揉んだ。指先が先端を掠める。たちまちそこが硬くなる。聖羅は思わず脚を閉じた。今日すでに二度も絶頂を迎えているというのに、祐樹に触れられただけで、また身体が熱を帯びてしまう。聖羅はただ黙って、祐樹の腕の中に身を預けていた。耳元に男の温かな吐息を感じる。指先はあまりにも優しかった。胸を揉み、尖った先端を弄びながら、まるで肌の隅々まで慈しむように触れてくる。祐樹は決して急がなかった。壊れ物に触れるかのように丁寧に、聖羅の身体を愛撫していた。「聖羅」耳元に低い声が落ちる。「もう一度だけ、いいか?」その声には、長い間抑え続けてきた感情が滲んでいた。聖羅は目を閉じた。近すぎる距離。重なる体温。まるで広い部屋が少しずつ狭まり、世界にふたりきりしかいなくなったようだった。祐樹に触れられるたび、身体の奥から温かな波が生まれ、ゆっくりと全身へ広がっていった。やがて聖羅は振り返った。ふたりの視線が重なる。「でも……こんなの、間違ってます」聖羅がぽつりと言った。「何が?」「私たち、こんな関係になるべきじゃない」「どうして?」祐樹は聖羅を見つめた。「耕平のことを考えてるのか?あいつは君のことなんて何も考えてない。会社で夫婦だってことまで隠して、あの女のために君を犠牲にしてるんだ」その言葉に、聖羅は唇を噛んだ。祐樹は彼女を引き寄せ、温かく抱きしめる。しばらくすると、聖羅の呼吸が少しずつ落ち着いていった。静かな部屋には、ふたりの微かな吐息と、まだ速い鼓動だけが響いている。「何も間違ってない」祐樹が低く言う。「聖羅には、幸せになる権利がある。俺が君を幸せにする」祐樹はそっと髪を撫でた。聖羅は何も言えなかった。祐樹は赤く染まった彼女の顔を見つめ、指先で優しく髪を梳く。その目には、まだ消えきらない熱と、隠しようともしない独占欲が宿っていた。手放したくない。その気持ちが、言葉にされなくても伝わってくる。祐樹はゆっくりと顔を近づけた。ふたりの間に残っていたわずかな距離が消える。そして、何度も重
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