社長との逢瀬、誰にも言えぬ

社長との逢瀬、誰にも言えぬ

By:  Hare RaIn-update ngayon lang
Language: Japanese
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「女は家にいるべきだ」 夫・栗原耕平(くりはら こうへい)のその一言で、栗原聖羅(くりはら せいら)は働くことを許されず、専業主婦としての日々を送っていた。 人生が埋もれていくような日々を過ごしていたある日、耕平の上司が自宅を訪ねてくることになった。 約束の時刻よりもずっと早く現れた来客を、聖羅は何の心構えもないまま、薄手のホームドレス姿で出迎えてしまう。しかし、その飾らない無防備な姿こそが、耕平の大物上司――立花祐樹(たちばな ゆうき)の目を激しく惹きつけたのだ。 そこから、聖羅の人生は狂い始める。祐樹からの専属秘書へのスカウトは、退屈な主婦業から抜け出すための扉であると同時に、決して後戻りの許されない甘い罠でもあった。 ただの息抜きのつもりで始めた仕事は、いつしか上司との禁断の関係へと彼女を引きずり込んでいく。 一方、あれほど妻が働くことに反対していた夫も、己の出世という野心のために、二人の関係を見て見ぬふりをするようになる。 良識と、抑えきれない欲望のはざまで。三人はやがて、家庭という土台そのものを揺るがす、ひどく危うい関係に囚われていくのだった。

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Kabanata 1

第1話

バンッ!

「仕事、仕事って、毎日毎日そればっかりじゃないか!」

栗原耕平(くりはら こうへい)は苛立ちを隠そうともせず、妻である栗原聖羅(くりはら せいら)を怒鳴りつけた。

拳を乱暴に叩きつけると、食卓に並べられた皿や茶碗、コップまでもがガタガタと悲鳴のような音を立てる。妻が毎朝のように「働きたい」とせがんでくることに、耕平はとっくに我慢の限界を迎えていた。生活に困っているわけでもないのに。

「でも……退屈なのよ、家にいるだけじゃ」聖羅はすがるように答える。

彼女の口から出る理由は、いつだって同じだった。家にいることに飽きた。ただそれだけだ。

「お前は働かなくていい!妻の役目は家を守ることだけだ!」耕平はますます声を荒らげた。

「でも……」

「行ってくる!」

聖羅の言葉をすぐに遮ると、耕平はカバンを掴み、足早に家を出ていった。

用意しておいた朝食には、結局ひと口も手を付けなかった。

聖羅は、夫の車が走り去ったあとをぼんやりと見つめ、それから手つかずの食卓へと視線を移した。

重いため息がこぼれ落ちる。胸の奥が、ちくりと痛んだ。働きたいなんて、言うべきではなかった――そう後悔してしまう自分がいる。

2年前まで、彼女はある会社でマーケティングのスーパーバイザーとして働いていた。けれど結婚と同時に、夫の望みで仕事を辞めたのだ。

最初のうちは、専業主婦としての生活も決して悪くないと思えていた。けれど時が経つにつれ、逃げ場のない退屈さが静かに心を蝕んでいった。

そのうえ耕平は、彼女が自分らしく過ごす余地さえ与えてくれない。美容サロンに行くことも、一人でカフェに腰を下ろすことさえ許してはくれなかった。

たまたま旧友たちと顔を合わせれば、誰もが誇らしげに自分のキャリアの話をする。それなのに、自分はどうだろう?

聖羅は大学も出ていて、まだ20代半ばだった。卒業後は1年ほど働いたものの、そのまま結婚という鳥籠に閉じ込められてしまった。

孤独は日を追うごとに深くなっていく。結婚して2年になろうとしているのに、子供にもまだ恵まれていない。もし子供さえいれば、この胸をふさぐ寂しさも少しは紛れるだろうに。

「はぁ……もっと早く気づくべきだったわ。仕事を辞めるべきじゃなかった」ひとりごちると、聖羅は力なくソファに身を投げ出し、ぼんやりとテレビをつけた。

そうやって、彼女はいつも空っぽの1日をやり過ごしているのだ。

――プルルル!プルルル!

突然、テーブルの上のスマホがけたたましく鳴り響いた。まるで「早く出ろ」と急かすような響きだ。

聖羅はけだるげにスマホを手に取り、画面に浮かぶ夫の名前を確認してから、緑色の通話アイコンをスワイプした。

「もしもし」

抑揚のない声で応じると、電話の向こうから耕平の低い声が返ってきた。

「今、家にいるか?」

「ええ、いるけれど」

「今夜、立花さんがうちに来る。うまい料理を用意して、家も隅々までちゃんと片付けておけよ。絶対にサボるなよ!」

まただ、と聖羅は思う。耕平の口から出るのはいつも命令ばかりで、まるで自分が家政婦にでもなったかのような気分にさせられる。

結婚する前の彼は、あんなに優しくて辛抱強い人だったのに。今ではすっかり別人のようになってしまった。

いまの彼にとって「良い妻」とは、料理も家事も夜の営みも完璧にこなし、そのうえ文句一つこぼさない都合のいい女のことらしい。

「聖羅、聞いてるのか?」すぐに返事をしない妻に、耕平が苛立った声で問いかける。

「ねえ、あなたの上司がうちに何しに来るの?」聖羅は意を決して尋ねた。

「いいから、言われた通りにしろ。余計なことは聞くな。俺に恥をかかせるなよ」

無機質な音を残し、電話は一方的に切られた。

聖羅は壁の時計に目をやった。時刻は午後2時だった。そろそろ掃除と料理に取りかからなければ間に合わない。

気を引き締めると、聖羅は台所に立ち、手際よく料理を作っていった。相手は夫の会社の上役だ。品数もそれなりに見栄えよく揃えなければならない。幸い、冷蔵庫の中身はまだ豊富にあり、わざわざ買い出しに走らずに済んだことだけが救いだった。

準備に追われるうちに額には汗がにじみ、気づけば全身がじっとりと汗ばんでいる。

なんとか料理を作り終えると、聖羅は着替える余裕もなく、薄手の白いホームドレス姿のまま大急ぎで家の掃除に取りかかった。

「もう、なんでいつも急に言うのよ」

食卓のテーブルクロスを新しいものに取り替えながら、聖羅は思わず愚痴をこぼす。

「耕平ったら、料理の準備がどれだけ大変か分かってないんだから。ほら見て、もう5時じゃない」

聖羅はほてった顔に浮いた汗を、ティッシュで軽く押さえるように拭った。

ピンポーン!ピンポーン!

まだ準備がすべて片付いていないというのに、不意に玄関のチャイムが鳴り響いた。

「あ、荷物が届いたのかな」

聖羅の頬が思わずゆるんだ。

2日前にネットで注文しておいたスキンケア用品が、ちょうど今日の夕方に届くはずだったのだ。夫から許しが出ないサロン通いの代わりに、彼女はせめてもの贅沢として、自宅でのスキンケアだけは欠かさず続けていた。

「はーい、いま開けます」

着ていたホームドレスの裾で無造作に手を拭い、台拭きを肩に掛けたまま、聖羅は作業の手を止めて玄関へと向かう。

家の中に縛られている彼女にとって数少ない楽しみである荷物の開封を心待ちにしながら、弾むような軽い足取りで歩いていった。

ギィ。

無防備にドアを開ける。

けれど、目の前に立っている人物の姿を捉えた瞬間、聖羅は息を呑み、その目を大きく見開いた。

見慣れた宅配業者ではない。そこに立っていたのは、隙のない身なりで、洗練された雰囲気をまとった大人の男だった。

夫の上司、立花祐樹(たちばな ゆうき)――しかも、夜に来ると言っていたはずなのに。どうしてこんな時間に?

あまりの驚きに、聖羅は思わずその場に縫い付けられたように動きを止めた。

「た、立花、さん……?」震える声で、聖羅がどうにか言葉を絞り出す。

しかし、玄関先に立った祐樹は何も答えない。彼は瞬きをすることさえ忘れたかのように、彼女の姿をただじっと見つめていた。

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第1話
バンッ!「仕事、仕事って、毎日毎日そればっかりじゃないか!」栗原耕平(くりはら こうへい)は苛立ちを隠そうともせず、妻である栗原聖羅(くりはら せいら)を怒鳴りつけた。拳を乱暴に叩きつけると、食卓に並べられた皿や茶碗、コップまでもがガタガタと悲鳴のような音を立てる。妻が毎朝のように「働きたい」とせがんでくることに、耕平はとっくに我慢の限界を迎えていた。生活に困っているわけでもないのに。「でも……退屈なのよ、家にいるだけじゃ」聖羅はすがるように答える。彼女の口から出る理由は、いつだって同じだった。家にいることに飽きた。ただそれだけだ。「お前は働かなくていい!妻の役目は家を守ることだけだ!」耕平はますます声を荒らげた。「でも……」「行ってくる!」聖羅の言葉をすぐに遮ると、耕平はカバンを掴み、足早に家を出ていった。用意しておいた朝食には、結局ひと口も手を付けなかった。聖羅は、夫の車が走り去ったあとをぼんやりと見つめ、それから手つかずの食卓へと視線を移した。重いため息がこぼれ落ちる。胸の奥が、ちくりと痛んだ。働きたいなんて、言うべきではなかった――そう後悔してしまう自分がいる。2年前まで、彼女はある会社でマーケティングのスーパーバイザーとして働いていた。けれど結婚と同時に、夫の望みで仕事を辞めたのだ。最初のうちは、専業主婦としての生活も決して悪くないと思えていた。けれど時が経つにつれ、逃げ場のない退屈さが静かに心を蝕んでいった。そのうえ耕平は、彼女が自分らしく過ごす余地さえ与えてくれない。美容サロンに行くことも、一人でカフェに腰を下ろすことさえ許してはくれなかった。たまたま旧友たちと顔を合わせれば、誰もが誇らしげに自分のキャリアの話をする。それなのに、自分はどうだろう?聖羅は大学も出ていて、まだ20代半ばだった。卒業後は1年ほど働いたものの、そのまま結婚という鳥籠に閉じ込められてしまった。孤独は日を追うごとに深くなっていく。結婚して2年になろうとしているのに、子供にもまだ恵まれていない。もし子供さえいれば、この胸をふさぐ寂しさも少しは紛れるだろうに。「はぁ……もっと早く気づくべきだったわ。仕事を辞めるべきじゃなかった」ひとりごちると、聖羅は力なくソファに身を投げ出し、ぼんやりとテレビをつけた。そ
Magbasa pa
第2話
「耕平くんは、もう帰ったのか?」祐樹が、聖羅に視線を注いだまま尋ねた。「ま、まだです……」聖羅はしどろもどろに答えた。どうしていいか分からない。目を逸らせば失礼だと思われるかもしれないし、見つめ返せば、挑発しているように捉えられてしまうかもしれない。夫の出世に響きかねないと思うと、迂闊な態度は取れなかった。祐樹は小さく頷いた。身長は175センチほど、鋭さと涼やかさを同居させた瞳。色白の肌に、サングラス。まるで俳優のような佇まいだった。体つきもがっしりとしていて、腕には引き締まった筋肉がついている。日頃からジムに通っているのだろう。聖羅はふと、耕平と祐樹を比べてしまう自分に気づいた。顔立ちだけなら耕平も引けを取らない。けれど、運動をしない耕平の腹筋は割れているどころか、最近うっすらと丸みを帯び始めていた。聖羅は、祐樹のことを元々知っていた。大学時代の先輩――新入生オリエンテーションで泣かされた記憶のある、あの先輩だ。当時すでに上級生だった祐樹は、それでも新入生をからかうのをやめなかった。「んっ」聖羅が突っ立ったまま固まっているのを見て、祐樹が小さく咳払いした。その視線は、彼女の全身を這っている。そこでようやく、聖羅は部屋着が薄く、しかも汗でしっとりと肌に張り付いていることに気づいた。白い生地の下に、赤いブラのラインがくっきりと浮かんでいる。聖羅はただ俯くしかなかった。もはや隠しようもない。とっさに腕で胸元を隠そうとしたが、無意味だった。祐樹はすでに、はっきりと見てしまっている。「上がらせてもらっても?」祐樹が改めて尋ねる。聖羅は頷くことしかできなかった。「どうぞ……」彼女が道を譲ると、祐樹は目元に笑みを浮かべ、その脇をすり抜けた。「どうぞ、お掛けください」「ありがとう。耕平くんと約束があってね。ちょうど近くまで来ていたから、寄らせてもらったんだ」祐樹はそう言いながら、リビングのソファに腰を沈めた。聖羅はただ頷くしかなく、何と返せばいいか分からなかった。「少々お待ちください。何かお飲み物をお持ちしますので」「悪いね、手間をかけて」「いえ、そんな……」聖羅は答えながら、奥へ下がろうと身を翻した。「耕平くんから聞いたよ。前は働いていたんだって?」祐樹が、まるで足止めするかのように尋ねる。
Magbasa pa
第3話
「本当か?」耕平が尋ねる。祐樹は、直接家に来ることを耕平に伝えていなかったのだ。「ええ、もう30分くらい前に」聖羅が答えた。耕平は慌てて中へ入る。祐樹はすでにリビングでくつろいで座っていた。「お待たせしてしまい、申し訳ございません」耕平が申し訳なさそうに言った。出迎えられなかったことが、ばつが悪いらしい。「気にしなくていいよ。連絡しなかった俺の方が悪い」祐樹は笑いながら答えた。「てっきり、夜にいらっしゃるものだとばかり」耕平が言いながら、祐樹の向かいに腰を下ろす。「たまたま近くにいてね。一度帰ってから出直すのも時間の無駄だと思って、そのまま寄らせてもらった」祐樹の視線は、時折ちらりと聖羅へ流れた。彼女はまだ、耕平のすぐそばに立っていた。聖羅は耕平に対し、どこか申し訳なさを感じていた。特に、さっきの祐樹の指先の感触が、まだ体のどこかに奇妙な余韻として残っている。短く、優しい手の触れ方だった。それなのに、消えてくれない感覚。「おい、料理の準備を進めてくれ」耕平が聖羅に言った。声を少し落として、上司の前で「良い夫」を演出しようとしているのが分かる。「はい、あなた」耕平は、妻と上司の間に何があったかなど微塵も疑っていなかった。聖羅が奥へ下がると、祐樹と耕平は真剣に話し込み始めた。会話は盛り上がっているらしく、時折、議論や笑い声が台所まで聞こえてきた。「集中しなきゃ」自分に言い聞かせるように呟きながら、聖羅は何度も手元を狂わせていた。「――離婚してるのよね、あの人」聖羅はふと呟いた。耕平から以前聞いたことがある。祐樹の元妻が浮気をして、それが原因で家を出て行ったと。祐樹は事を長引かせるつもりはなく、あっさり離婚に応じたのだという。二人に子供はいなかった。「だから何よ。変なこと考えないの」聖羅は自分自身に釘を刺すように続けた。料理の支度が整った後も、耕平と祐樹はまだ話し込んでいる。聖羅はその隙に、着替えを済ませることにした。膝丈の、赤いノースリーブのワンピース。体のラインにぴったり合っていた。薄めのメイクを施すと、聖羅の顔は美しく、はっとするほど艶やかに映った。鏡の前で何度も自分の姿を確かめる。少しでも隙のある格好をしていないか気がかりだった。「これは、耕平を喜ばせるため。恥をかかせたく
Magbasa pa
第4話
「どうかな?」しばらく経っても耕平が答えないのを見て、祐樹が尋ねた。その様子からは、簡単には断れそうにない圧が感じられた。信じられるだろうか。何年もの間、必死に働き、祐樹に取り入り、機嫌を窺い、時には媚びへつらうことすらしてきたのに――昇進の話など一度も来なかった。それなのに今回は、聖羅を働かせるのを許すだけで、マネージャーになれるという。「一度、聖羅に聞いてみます」「彼女がその気になったら、明日にでも直接会社に来てもらってくれ」祐樹が笑みを浮かべて答えた。「承知しました」一方、台所にいた聖羅は一人で戸惑っていた。祐樹の専属秘書になるべきなのだろうか。けれど、これは待ち望んでいたチャンスでもある。しばらくして、祐樹は帰ることにした。聖羅と耕平は、玄関先まで彼を見送った。「答えは明日聞かせてくれ」祐樹は耕平にそう言いながらも、視線の端では聖羅を捉えていた。「かしこまりました」耕平と聖羅の寝室。耕平の体は汗にまみれていた。ちょうど欲を満たし終えたところだった。一方の聖羅は、ただ黙って横たわっているだけだった。耕平は隣に寝転がり、息を荒くしていた。聖羅が絶頂に達していないことなど、彼にはどうでもいいことだった。自分さえ満足すれば、それで終わり。聖羅が満たされたかどうかなど、どうでもよかったのだ。「お前、立花さんから仕事を誘われたんだ」呼吸が落ち着いてから耕平が口を開いた。聖羅は布団を引き寄せ、露わになった体を隠した。「どんな仕事?」知らないふりをして尋ねる。実際には、先ほどの耕平と祐樹の会話を、聖羅は少し耳にしていた。「専属秘書だ」耕平がぶっきらぼうに答えた。「秘書ってこと?」聖羅が確認する。「そう、それだ。立花さんの秘書がちょうど辞めたばかりでな。今は代理を立てている状態だ。それに加えて、アシスタントも兼任してほしいそうだ」耕平が説明した。「そう」聖羅は短く答えるにとどめた。申し出には、まだ迷いがあった。あの尋常でない視線と、大胆な手の感触。この誘いは本当に仕事の実力を見込んでのものか、それとも――「お前、やりたいのか?」耕平が尋ねる。「どうせ、あなたが許してくれないでしょ。私がやりたいって言っても無駄よ」聖羅は力なく答えた。耕平は黙り込んだ。視線を真っ白な天井へ
Magbasa pa
第5話
「社長にお任せします」聖羅がそう答えた。祐樹は笑いながら、再び椅子に腰を下ろした。まもなく彼はスマホを取り出し、人事部に連絡を入れ始めた。聖羅を秘書として採用するための辞令を作成させるためだった。「明日から、出社してもらうよ」祐樹はそう言うと、必要書類を人事部に提出するよう聖羅に指示した。「ありがとうございます」聖羅は挨拶をして部屋を出ようとしたが、ドアへ向かう足を止めさせるように、祐樹が再び口を開いた。「今夜、食事に付き合ってくれ」「え?」聖羅は思わず立ち止まり、戸惑いを露わにした。明日から出社と言われたばかりなのに、今夜は食事の同席を求められるとは。「あの、明日からとおっしゃったのでは……」「ああ、忘れてた。友人から夕食に招かれていてね。君の歓迎会代わりだと思ってくれ」祐樹はすかさず言葉を挟んだ。聖羅は黙り込んだが、すでに働くことを承諾してしまった以上、断るわけにもいかず、小さく頷くしかなかった。祐樹は聖羅が部屋を出ていく後ろ姿を、満足げな笑みを浮かべながら見送った。夜になり、聖羅は膝丈のピンクのワンピースに着替えた。とても美しく見えた。「耕平が、また気を変えて反対しませんように」聖羅は鏡の前で身なりを整えながら呟いた。今夜、祐樹と外出することについては、すでに夫には伝えてあった。ちょうど耕平もまだ帰っておらず、残業で遅くなると連絡が来ていた。まもなく、祐樹が迎えに来た。車へと歩いてくる聖羅の姿を、彼は瞬きも忘れて見つめていた。「完璧だな」祐樹が小さく呟いた。夕食の場は、5つ星ホテルのレストランだった。そこにはすでに、一人の男が待っていた。「よう、祐樹。恋人を連れてきたのか」その男――和田大輔(わだ だいすけ)が、からかうように笑った。「彼女は俺の秘書だ」祐樹は聖羅を紹介した。「相変わらずだな。気軽な商談だと言いながら、ちゃっかり秘書を連れてくる。まあ、綺麗な人だからいいけどな」大輔はそう言いながら、聖羅に向かってウィンクしてみせた。聖羅は俯いた。この夕食が、単なる食事ではなく、祐樹と大輔の商談も兼ねていたのだと、ようやく理解した。「その方が話が早いだろ」祐樹が答えた。食事の間、大輔は何度も聖羅に流し目を送ってきた。そして極めつけに、聖羅が食事に気を取られている隙に、
Magbasa pa
第6話
「どうした?」祐樹が、気になる様子で聖羅を見つめた。聖羅はすぐに首を振り、スマホをバッグへしまい込んだ。「何でもないです」「耕平くんから、帰ってこいって?」祐樹が、様子を窺うように尋ねた。「いえ」祐樹は小さく頷くと、聖羅の手を取り、そっと撫でた。聖羅は驚いたが、拒まなかった。ただ黙って身を任せていた。こんなふうに気にかけてもらうことに、聖羅は思わず我を忘れそうになっていた。これまで耕平は、一度もロマンチックな態度など見せたことがなかった。まして車の中でなど、手を握るどころか、渋滞に苛立って文句をまき散らすだけだったのに。だが今夜、耕平が美咲と一緒に、あんなにも幸せそうに、優しげに振る舞っているのを見てしまった。こんな優しい扱いを受けると、聖羅はつい、我を忘れそうになる。チュッ。祐樹が聖羅の手の甲に口づけた。聖羅は慌てて手を引っ込める。祐樹は、動揺する彼女を見て、ただ微笑んでいた。まもなく、ふたりは映画館に到着した。すでに午後10時を過ぎていたが、観客はまだ多かった。祐樹がわざと選んだのかどうかは分からないが、ふたりが観ることになった映画は、ロマンス描写の多い、大人向けの恋愛映画だった。正直なところ、聖羅は映画の内容に集中できなかった。頭の中は、耕平の裏切りのことでいっぱいだった。「……面白いか?」祐樹が聖羅の耳元で囁いた。その息づかいに、聖羅は思わずぞくりとした。「は、はい」聖羅は動揺した。その気まずさを紛らわせるように、ポップコーンに手を伸ばす。指先が触れ合った瞬間、聖羅の心臓が跳ね上がった。祐樹はそっと聖羅の手を握った。そして、スクリーンの中の場面が親密さを増していく頃、聖羅を自分の方へと引き寄せた。それから、彼女の唇にそっと口づけた。祐樹は、先ほどからずっと自分を抑えていた。聖羅は驚いたが、拒まなかった。まるでそれが合図であるかのように、祐樹の口づけは次第に、深く優しいものへと変わっていく。もしかしたら、スクリーンの中の場面を真似ているのは、自分たちだけではないのかもしれない。周囲の席からも、ひそひそとした物音が聞こえていた。「口、開けて」聖羅が応えずにいると、祐樹が耳元で囁いた。聖羅はただ受け身だった。こんな展開になるとは、思ってもみなかった。けれど同時に、自分もそれを望んで
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第7話
聖羅の体がぞくりと震えた。祐樹の吐息を、すぐ近くに感じる。それでも、聖羅は身を引かなかった。ププーッ!巡回中の警備員たちのバイクのクラクションが、ふたりを驚かせた。祐樹はとっさに体を離した。聖羅もそれに続いた。「失礼します、社長」聖羅はそう言うと、急いで車を降りた。振り返ることなく、聖羅はそのまま家の中へと入っていった。一方、祐樹は聖羅の消えた先を見つめながら微笑んでいた。「魅力的な女だ」祐樹が小さく呟いた。その視線は、固く閉ざされた扉から離れなかった。もしかしたら聖羅がまた出てくるかもしれない――そんな期待を抱きながら。だが、何分経っても聖羅が姿を見せることはなかった。パチッ。不意に、玄関先の明かりが消された。祐樹は思わず笑った。「……本当に、調子を狂わされるな。なんでこんなに、彼女のことばかり考えてしまうんだろう」一方、聖羅はカーテンの隙間から外を覗いていた。祐樹の車が遠ざかっていくのを見て、胸を撫で下ろす。「やっと行ってくれた」……翌日。聖羅が正式に祐樹の秘書として働き始める初日だった。「あなた……」配車サービスの車を降りたところで、ちょうど出社してきた耕平の姿が目に入った。声をかけようとしたが、耕平が美咲と一緒にいるのを見て、思わず言葉を飲み込んだ。耕平は気づかないふりをした。実際、この会社で耕平の妻が誰であるかを知っているのは、祐樹だけだった。2年前に何度か他の社員と顔を合わせたことはあったが、社員同士でもなければ、覚えている者などいないだろう。美咲のことを聖羅が知っているのは、単に耕平がよく彼女の話をしていたからだ。一方の美咲は、聖羅が耕平の妻だとは知らない。「だから、会社では他人の振りをしろなんて言ったのね」聖羅は自分に問いかけるように呟いた。聖羅は自分の席へと向かった。昨日、人事部からすでに業務内容や責任範囲について説明を受けている。デスクは社長室の前にある、奥まった一角にあった。そこに、聖羅一人だけの専用デスクが用意されていた。「おはようございます、社長」祐樹が部屋に入ってきたところで、聖羅は挨拶をした。「おはよう。今日の予定は?」祐樹が尋ねた。聖羅は祐樹の後をついて、部屋の中へと入っていく。「今日は8時から、幹部陣とのミーティングです。それ
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第8話
「傷つけたりしないから」祐樹の手が聖羅の顎に触れ、その顔を自分の方へと持ち上げた。視線が絡み合い、聖羅の胸が激しく高鳴る。これが間違いだということは分かっている。それなのに、なぜ祐樹の眼差しは、こんなにも心を落ち着かせてくれるのだろう。とりわけ、今まさに傷つき、心が折れそうな彼女にとっては。祐樹が顔を近づけると、聖羅は反射的に身を引いた。「社長、ここは会社です」聖羅は立ち上がろうと身をよじりながら、拒絶の言葉を口にした。けれど、祐樹の手がそれを阻むように、彼女の体を引き留めた。「分かってる」「誰かに見られたら、変に思われます」「じゃあ、会社でなければ、君を俺のものにしていいのか?」祐樹が、期待を込めて尋ねた。聖羅の顔がかっと赤くなった。祐樹の言葉は、あまりにも露骨で率直だった。聖羅は首を振った。これは間違っている、してはいけないことだ。耕平が不倫していたとしても、自分まで同じ過ちを犯すわけにはいかない。今はそう自分に言い聞かせていた。「給料を上げよう」祐樹が続けた。彼の顔がさらに近づき、その手が聖羅の頭を支え、さらに引き寄せた。その息づかいがすぐそこに迫る。聖羅は逃げたいと思う一方で、心の奥では、その温もりを求めてもいた。祐樹の唇が触れた瞬間、聖羅は目を閉じた。コン、コン。不意のノックの音に、ふたりはハッと我に返った。聖羅はすぐに体を離し、身なりを整える。一方の祐樹は、意味ありげな笑みを浮かべているだけだった。聖羅は慌てて、祐樹のデスクの向かいの椅子へと座り直した。「入って」ガチャッ。人事部の若い社員が、至急の決裁書類を数枚抱えて入ってきた。「すみません、先ほど聖羅さんに電話したのですが、出られなくて」「こちらこそ、電話に出られなくてすみません。社長室で仕事をしていたものですから」聖羅はそう答えながら、タブレットで作業しているふりをした。若い社員は頷いたが、聖羅のシャツのボタンがいくつか外れていることに気づき、思わず目を丸くした。……夜になり、聖羅はちょうどお風呂から上がったところだった。バスタオルを身体に巻きつけたままのタイミングで、夫の車が帰宅する音が響いた。聖羅は重いため息をついた。耕平に問い詰めるべきか、それとも知らないふりをして、いつも通りに迎えるべきか
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第9話
「疲れたわ、あなた」聖羅が小さく呟いた。「それが働くってことだろう。ずっと働きたいってねだってたくせに、たった一日でもう音を上げるのか?」耕平が苛立たしげに言った。「でも――」「早く支度しろ!立花さんを怒らせるなよ!」耕平にとって大事なのは、自分の出世であり、祐樹の機嫌を損ねないことだけだった。妻の気持ちなど、二の次でしかない。祐樹の意図に気づいていないのか。それとも、すべては出世のためなのか。「どうしても行けそうになかったら、私から立花さんに連絡するわ」聖羅が答えた。「聖羅!」耕平が声を荒らげ、聖羅の手からスマホを奪い取った。聖羅は困惑した。耕平はどうしてしまったのだろう。そこまで祐樹を恐れているのか。「働き始めてまだ初日だろう。社長に逆らえば、お前の評価に響くんだぞ。それに、立花さんはただ夕食に付き合ってほしいだけだ。お前もさっき腹が減ったって言ってただろう。自炊するより、外で一緒に食べてきたほうがいいじゃないか」聖羅は重いため息をつくと、諦めて浴室へと向かった。一方の耕平は、スマホでのやり取りに夢中で、一人にやにやと笑みを浮かべていた。聖羅はTシャツにロングスカートを合わせ、上からカーディガンを羽織った。夜も更けていたので、暖かい格好にすることにした。自宅の前に車が停まる音がした。祐樹に違いない。助手席に座ると、聖羅は黙り込んだ。祐樹は瞬きもせず聖羅を見つめていた。化粧気のない簡素な装いだというのに、彼女はとても美しく見えた。薄く口紅を引いただけの顔でも、その美しさは十分だった。「何が食べたい?」祐樹が尋ねた。「何のお約束でしたっけ?」聖羅が逆に尋ねた。「約束?」「クライアントとの食事じゃなかったんですか?」祐樹は首を振った。「一人で広い部屋にいるのが退屈でね。外で一人で食べるのも味気ないから、君に付き合ってほしかった」「もう……」聖羅は呆れたように呟いた。「なんだ?嫌なのか?」「それなら、うちで食べればよかったじゃないですか、社長。今日は本当に疲れてて」聖羅は力なく答えながら、両手で顔を覆った。「もう料理はした?」祐樹が尋ねた。「今からなら作れます」「じゃあ、うちで作ってもらおうかな。俺も手伝うから」「え?」聖羅の返事を待たずに、祐樹は車の方向を変えると、その
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第10話
「社長……」聖羅は抗おうとしたが、それを遮るように、祐樹の唇が言葉を封じ込めた。祐樹の熱い口づけにすっかり夢中にさせられて、聖羅は思わず彼の首に回した腕に力を込めた。祐樹の寝室は、リビングよりも柔らかな灯りに満ちていて、真っ白なシーツの敷かれたキングサイズのベッドが整えられていた。祐樹は聖羅をそっとベッドへ横たえた。まるでガラス細工を扱うかのように、壊さないよう丁寧に。それでいて、口づけを止めることは一度もなかった。「君が欲しい、聖羅」祐樹は一瞬だけ唇を離し、息を継ぎながら囁いた。やがて祐樹の手が、聖羅のTシャツをゆっくりと、しかし確実に脱がせていく。露わになった胸は、黒いブラジャーに包まれていた。祐樹は聖羅の首筋に口づけを落とし、そのまま胸元へと唇を滑らせていく。カチャッ。背中のホックが、祐樹の指先ひとつで簡単に外された。今や、聖羅の胸は何にも覆われず露わになっている。その先端は、すでに小さく硬くなっていた。もう我慢の限界だった。祐樹は片方を口に含み、もう片方には指を這わせた。「あっ……社長」祐樹に吸われ、軽く歯を立てられるたびに、聖羅の唇から抑えきれない熱い声が漏れる。聖羅の胸元には、祐樹が所有を示すようにつけた赤い痕が、いくつも残されていた。「どうだ、気持ちいいか?」祐樹が尋ねた。聖羅は目を閉じたまま、ただ頷くことしかできない。両手で、祐樹の頭をさらに自分へと引き寄せていた。祐樹の手は、聖羅の肌のすみずみまでをなぞるように動く。ほんのわずかな場所さえ見逃したくないとでもいうように。「社長、待って!」祐樹がスカートに手をかけようとした瞬間、聖羅は声を上げた。慌てて身を起こし、シーツで肌を隠しながら、床に散らばった服をかき集める。「どうした?」祐樹が、熱を帯びた眼差しで尋ねる。「駄目です。これは間違っています。私には夫がいるんです」聖羅は掠れた声で答えた。「……そうか」祐樹は頭を抱えた。膨れ上がった欲望が、体を苛むように疼いている。彼は聖羅の手を掴もうとしたが、彼女はその手を振り払い、ダイニングテーブルへと逃げるように歩いていった。「食事にしましょう、社長」聖羅が言った。「ああ」祐樹は力なく答えた。これ以上無理強いはしなかった。無理に迫れば、彼女の心がますます離れて
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