柏原律哉(かしわばら りつや)は、原則を重んじ、時間を厳守し、決して例外を作らないことで有名な男だった。だが、婚姻届の提出に関しては、水瀬一花(みなせ いちか)との約束を8回もすっぽかしていた。1回目は、海外に8年間留学していた大学の後輩、白石琴葉(しらいし ことは)が帰国したため、彼が空港へ迎えに行ったからだ。2回目は、琴葉が料理中に誤って指を火傷して赤くしたというだけで、彼は一花を途中で置き去りにし、琴葉に薬を塗りに行った。3回目は、琴葉の息子である悠真(ゆうま)が熱を出し、慌てて病院へ連れて行ったためだ。……そして今回が8回目。またしても彼は現れず、「急用ができた。遅くなる」と電話をかけてきただけだった。一花はただ呆然としていた。やがて、窓口の職員が彼女に向かって言った。「彼氏さんはまだ来ないんですか?もうすぐ窓口が閉まる時間ですよ」一花がもう一度電話をかけようとした時、律哉から先にメッセージが届いた。【今日の午後はもう間に合わない。また別の日にしよう】そのメッセージを見て、一花の胸の奥に言葉にできないほどの切なさが込み上げた。スマホをしまって帰ろうとした時、ふと琴葉の最新のSNSの投稿を目にして、彼女は硬直した。写真には楽しそうに笑っている琴葉と、その隣で悠真を抱きかかえ、甘やかすような視線を琴葉に向ける律哉の姿が写っていた。添えられた文章には【悠真が遊園地に行きたいって言うから、先輩に丸一日付き合ってもらっちゃった。大感謝!】とある。写真を見つめる一花は息を呑み、声を発することさえままならなくなった。なんと、今回の彼の「急用」とは、琴葉の息子を遊園地へ連れて行くことだったのだ。胸が締め付けられるように痛み、悔しさと怒りで全身が小刻みに震えた。すぐに電話をかけて律哉を問い詰めようとしたが、コメント欄で彼女と律哉の共通の友人たちが冷やかしているのが目に入った。【何年経っても、律哉は相変わらず琴葉に激甘だな】琴葉はすぐにその下へ長文の返信をしていた。【先輩は最高!朝7時に待ち合わせしてたのに私が寝坊しちゃって、先輩はマンションの下で3時間も待っててくれたの。私たちが起きた時にお腹が空かないようにって、事前にドラ焼きを買っておいてくれて、そのあとは豪華な海鮮鍋を食べに連れて行っ
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