裁判所の廊下は、会社の会議室よりも静かだった。 静かすぎて、靴音がよく響く。 東京地方裁判所。 午前九時四十分。 高瀬悠真は、代理人弁護士の矢島明彦、桐生麻衣、取締役CLOの大槻沙織とともに、民事部の法廷前にいた。 今日は、株式会社ネクストリンクが起こした損害賠償請求訴訟の第一回口頭弁論だった。 原告は、株式会社ネクストリンク。 被告は、高瀬美咲、桐谷健吾、西岡大輔、山城直人、小田切修、江藤真一。 請求額は、七千二百四十万円。 不正支出四千八百万円。 調査委員会費用一千四百五十万円。 外部専門家費用六百二十万円。 内部対応費等三百七十万円。 そして別事件として、高瀬悠真個人による離婚訴訟と慰謝料請求も進んでいる。 家庭の裏切りと、会社の損害。 同じ人間たちが起こした事件でも、法廷では別々の皿に分けられる。 それが裁判だった。 傍聴席には、数名の記者がいた。 経済系メディア。 IT業界紙。 週刊誌らしき記者もいる。 ネクストリンクは上場準備中の注目企業だった。 創業社長の妻である元専務が、不正支出とキックバック疑惑で解任され、会社から訴えられた。 世間が食いつかないはずがない。 だが、悠真は記者を見なかった。 この場で勝つべき相手は世間ではない。 訴訟だ。 法廷の扉が開いた。 矢島明彦が言った。「行きましょう」 悠真は頷いた。 法廷へ入る。 原告席に、矢島明彦、桐生麻衣、大槻沙織。 悠真は会社代表者として後方に座る。 被告席には、それぞれ代理人弁護士が並んでいた。 高瀬美咲は、黒いスーツで座っていた。 顔色は悪い。 以前の専務取締役としての華やかさは、かなり薄れていた。
Huling Na-update : 2026-08-05 Magbasa pa