All Chapters of 離婚したので会社ごと追い出しました。: Chapter 1 - Chapter 10

37 Chapters

第1話 証拠はそろった

 高瀬悠真は、怒鳴らない男だった。 それは優しいからではない。 怒鳴る前に、数字を見るからだ。 東京都千代田区。 丸の内の高層ビル群を見下ろす二十七階に、株式会社ネクストリンクの本社はあった。 法人向けクラウド管理システム、営業支援AI、企業内データ連携プラットフォーム。 十年前、六畳一間の古いマンションで始めた会社は、いまでは従業員三百十二名、年商百八億円の中堅IT企業になっていた。 上場準備にも入っている。 銀行も、監査法人も、証券会社も、ネクストリンクを「次に伸びる企業」と見ていた。 その会社の創業社長が、高瀬悠真だった。 三十五歳。 黒髪を短く整え、余計な装飾を嫌い、いつも白いシャツに濃紺のスーツを着ている。 派手な経営者ではない。 メディアで夢を語るより、契約書の一文を直す方を好む男だった。 そして、ネクストリンクの議決権の七十八%を保有する、絶対的なオーナーでもあった。 その日も、悠真は朝七時半には出社していた。 役員フロアの社長室。 ガラス越しに見える東京の朝は、妙に澄んでいた。 机の上には、三つの資料が並んでいる。 一つは、月次売上報告書。 一つは、上場準備に関する監査法人からの確認事項。 そしてもう一つは、封をされた茶色の調査報告書だった。 差出人は、青葉総合調査事務所。 悠真が二週間前に正式契約した、探偵事務所である。 悠真はその封筒にはまだ触れなかった。 先に売上報告書を開いた。 第一事業部、前年比一二八%。 第二事業部、前年比一一六%。 営業本部、新規案件獲得数は多い。 だが、利益率が落ちていた。 特に営業本部長である桐谷健吾が決裁した案件に、妙な接待費と旅費交通費が増えている。 偶然ならいい。 だが、偶然が同じ方向に三度続けば、それは数字の悲鳴だ。 悠真は赤ペンで資料の端に小さく丸をつけた。 その時、社長室のドアが控えめにノックされた。「社長、よろしいでしょうか」 入ってきたのは、秘書室長の神谷玲奈だった。 三十二歳。 長い髪を後ろでまとめ、薄いグレーのジャケットを着ている。 秘書という肩書きだが、実質的には社長室の番人だった。 予定管理、社外調整、役員会資料の確認、株主対応の下準備までこなす。 悠真が創業五年目に採用した人材で、会社の裏側を誰よりも冷静に見
last updateLast Updated : 2026-07-14
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第2話 取締役会

「それでは、臨時取締役会を開始します」 高瀬悠真の声が、役員会議室に落ちた。 午前十時。 株式会社ネクストリンク本社、二十七階。 普段なら新規事業や上場準備、採用計画、資金調達、主要顧客との契約更新などを話し合う場所だった。 だが、今日だけは違う。 会議室の空気が、妙に重い。 ガラス張りの壁の向こうには、いつも通り東京の街が広がっている。 車は流れ、人は歩き、ビルの窓は光を返していた。 世界は何も知らない顔で動いている。 その一方で、ネクストリンクの中枢では、会社の内臓に刃を入れる会議が始まろうとしていた。 長い楕円形のテーブル。 議長席には、高瀬悠真。 その右隣に、副社長の七瀬蒼真。 二十九歳。 悠真より六歳若い。 創業五年目に入社した天才肌のプロダクト責任者で、現在は開発・事業戦略を管掌している。 黒いジャケットに白いシャツ。 表情は柔らかいが、目は鋭い。 悠真が外部交渉と経営全体を見るなら、七瀬蒼真は会社の製品を未来へ引っ張るエンジンだった。 その隣には、取締役CFOの水城莉央。 三十一歳。 元外資系投資銀行。 上場準備、資金繰り、銀行交渉、資本政策を担う女性取締役だ。 数字に強く、余計な情緒を嫌う。 美咲が財務・人事管掌の専務として社内管理を見ていた一方、水城莉央は資本市場と金融機関に向き合う役割を担っていた。 左側には、専務取締役の高瀬美咲。 今日も美しかった。 白いブラウスに淡いベージュのジャケット。 落ち着いた髪。 役員としての笑顔。 十年近く、会社の顔の一人として振る舞ってきた女の顔だった。 悠真はその横顔を見ても、何も言わなかった。 そのさらに隣に、取締役CHROの宮園千晴。 三十三歳。 人事
last updateLast Updated : 2026-07-15
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第3話 空席を埋める者

 ネクストリンクは、止まらなかった。 翌朝八時。 高瀬悠真は、いつも通り本社二十七階の社長室にいた。 昨日、臨時取締役会で専務取締役・高瀬美咲の一部職務権限停止が可決された。 営業本部長・桐谷健吾には自宅待機命令が出された。 社用端末は回収。 会社アカウントは停止。 経費精算、契約、外注先選定、出張申請、チャットログ、メールボックス、ファイル共有履歴は保全された。 普通なら、会社中が凍る。 だが、会社は生き物だ。 誰かが倒れた瞬間、血流を別の道へ逃がさなければ、全身が腐る。 悠真は、社長室のモニターに表示された全社向けメッセージを確認していた。 文面は短い。 余計な感情はない。 だが、社員が一番知りたいことだけは入れてある。⸻社員各位昨日開催された臨時取締役会において、一部役員および幹部社員に関する調査体制の設置を決議しました。調査の公平性と事業継続を確保するため、当面の間、一部業務分掌と権限を変更します。顧客対応、開発、導入支援、サポート、採用、給与支払い、取引先支払いに影響はありません。社員の皆さんには、不確かな情報に基づく憶測や個人攻撃を避け、通常業務を継続してください。内部通報者、関係社員、調査協力者への不利益取り扱いは一切認めません。会社は、事実に基づき、適正な手続きで対応します。代表取締役社長高瀬悠真⸻ 悠真は最後まで読み、神谷玲奈へ視線を向けた。「これで出してくれ」「承知しました」 秘書室長の神谷玲奈は、すぐに配信予約を入れた。 八時十五分。 全社員にメール。 社内ポータルに掲示。 管理職向けには、別途説明資料。 顧客対応部署には想定問答。 人事部には相談窓口の増設。 情報システム部に
last updateLast Updated : 2026-07-16
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第4話 見て見ぬふり

 不正は、突然生まれない。 最初は、小さな違和感だった。 金額が少し大きい。 相手先の名前が曖昧。 添付された資料が薄い。 承認が早すぎる。 誰も質問しない。 誰かが目を逸らす。 そして、ある日からそれは会社の空気になる。 ネクストリンクの特別調査委員会が設置されてから、一週間が経った。 第二会議室の窓には、朝からブラインドが下ろされていた。 テーブルの上には、紙資料、ノートパソコン、番号付きファイル、付箋、外付けストレージ、調査メモが並んでいる。 そこはもう会議室ではなかった。 帳簿とログを解剖する、無菌室のような場所だった。 委員長の三枝義人は、老眼鏡をかけ直し、手元の一覧表を見た。「対象データ、三千八百十二件。そのうち、一次抽出で異常値ありとされたものが二百十七件」 水城莉央が頷いた。「経費、出張、接待、外注費、研修費、販促費。名目は散っていますが、承認経路に偏りがあります」 大槻沙織が資料をめくる。「桐谷健吾申請、高瀬美咲承認。この組み合わせが多い。さらに、営業管理課長の西岡大輔、営業第二課長の山城直人、経理課長の小田切修、経理管理課係長の江藤真一。この四名が複数の案件に絡んでいます」 外部公認会計士の榊原徹が、低い声で言った。「典型的ですね。主犯がいて、承認者がいて、現場側で形を作る人間がいて、経理側で通す人間がいる」 若手会計士の村瀬絢が画面を拡大した。「K-Bridge Consulting関連だけでなく、接待費の水増し、出張費の目的不明、研修費への付け替えもあります。金額はまだ確定できませんが、現時点の疑義額は少なくとも六千万円台に乗ります」 会議室に、紙をめくる音だけが響いた。 六千万円。 中小企業なら、それだけで資金繰りが傾く金額だ。 ネクストリンクにとっても、軽い金ではない。 社員の給与。
last updateLast Updated : 2026-07-17
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第5話 金の行き先

 不正調査は、長引かせるほど腐る。 高瀬悠真は、それを知っていた。 だから特別調査委員会の二回目の全体会合で、最初に期限を切った。「最終報告書は、一か月以内に出してください」 第二会議室の空気が、少しだけ張った。 委員長の三枝義人が、老眼鏡の奥から悠真を見た。「一か月ですか」「はい」 悠真は頷いた。「もちろん、刑事告訴や民事訴訟に向けた追加調査は続くでしょう。ですが、会社として役員解任、懲戒処分、損害賠償請求、株式買い取り、監査法人・金融機関への説明を止めたままにはできません」 水城莉央が資料を閉じた。「妥当です。上場準備企業として、調査中という状態を何か月も続けるのは危険です」 外部弁護士の桐生麻衣も頷く。「一か月以内に事実認定の骨格を作る。その後、刑事告訴用の資料を精緻化する。流れとしては自然です」 外部公認会計士の榊原徹が、腕を組んだ。「では、十営業日以内に中間報告。二十営業日以内に最終報告案。二十五日目までに役員向け説明資料。三十日以内に正式報告書。これでどうでしょう」「それでお願いします」 三枝義人が静かに言った。「承知しました。本件は、調査を長引かせて関係者に逃げ道を与える案件ではありません。金の流れを追います」 金の流れ。 それが、今日の核心だった。 不倫写真は入口にすぎなかった。 経費水増しは煙だった。 架空成果物は焦げ跡だった。 火元は、金がどこへ行ったかにある。 ネクストリンクからK-Bridge Consultingへ。 K-BridgeからRaven Worksへ。 さらに別口座へ。 そして誰の手元へ戻ったのか。 そこを押さえなければ、不正はただの疑惑で終わる。 疑惑は人を騒がせる。 証拠は人を裁く。 特別調査委員会は、三班体制から五
last updateLast Updated : 2026-07-18
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第6話 報告書

 報告書は、紙の束ではなかった。 それは、会社が自分の傷口を数えた記録だった。 調査開始から二十七日目。 株式会社ネクストリンク本社、第二会議室。 午前九時。 ブラインドを下ろした会議室の中央に、厚いファイルが十冊並べられていた。 表紙には、黒い文字でこう記されている。 株式会社ネクストリンク 特別調査委員会 最終報告書 本文百八十二ページ。 別紙資料四百六十七ページ。 ログ一覧、経費一覧、資金移動図、ヒアリング記録、メール復元結果、契約書写し、請求書写し、成果物検証表、内部通報関連資料。 それは、桐谷健吾と高瀬美咲が隠したつもりだったものを、数字と文字で縫い上げた棺だった。 会議室には、特別調査委員会の十名が揃っていた。 委員長の三枝義人。 取締役CFOの水城莉央。 取締役CLOの大槻沙織。 社外取締役の黒須怜司。 社外取締役の佐伯真琴。 外部弁護士の矢島明彦。 外部弁護士の桐生麻衣。 外部公認会計士の榊原徹。 外部公認会計士の村瀬絢。 情報システム部長の成瀬葵。 記録補助として、秘書室長の神谷玲奈も壁際に座っている。 高瀬悠真は、まだいない。 最終会合は、まず委員会だけで行われる。 社長は報告書を受け取る側であり、調査の結論を作る側ではない。 三枝義人は、机の上の報告書に手を置いた。「最終確認を行います」 声は静かだった。 しかし、全員の背筋が伸びた。 この一か月弱、彼らはほとんど休んでいなかった。 経費データを洗い、契約書を読み、メールを復元し、チャットログを照合し、ヒアリングを重ね、支払いの流れを追った。 その結果が、ここにある。 水城莉央が最初の章を開いた。「第一部、調査の目的
last updateLast Updated : 2026-07-19
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第7話 株主総会

 臨時株主総会の日、ネクストリンク本社の大会議室には、いつもと違う静けさがあった。 怒号はない。 泣き声もない。 誰かが机を叩く音もない。 ただ、紙をめくる音と、受付で名前を確認する声だけが淡々と流れていた。 会社の修羅場は、家庭の修羅場とは違う。 感情で殴るのではない。 議案で切る。 決議で終わらせる。 午前十時。 株式会社ネクストリンク本社、二十七階大会議室。 正面には長い議長席が置かれていた。 中央に、代表取締役社長の高瀬悠真。 その右に、副社長の七瀬蒼真。 左に、取締役CLOの大槻沙織。 少し離れて、取締役CFOの水城莉央、取締役CHROの宮園千晴、取締役CTOの篠原航、取締役COOの白石琴音、取締役CMOの一条拓海が並ぶ。 社外取締役の佐伯真琴と黒須怜司も出席していた。 監査役席には、常勤監査役の三枝義人、社外監査役の相沢芽衣、藤堂圭介。 顧問弁護士の矢島明彦、外部弁護士の桐生麻衣も、手続き確認のために同席している。 事務局席には、秘書室長の神谷玲奈。 その横に、総務法務部の若手社員が二名。 会場後方には警備担当も立っていた。 威圧のためではない。 混乱を防ぐためだった。 今日の議題は、軽くない。 株主構成は明確だった。 高瀬悠真。 議決権七十八%。 高瀬美咲。 議決権五%。 桐谷健吾。 議決権二%。 その他株主。 合計十五%。 その他株主には、創業期からの少数株主や、役員持株会に近い形で株を持つ元幹部、初期投資家が含まれている。 元CTO顧問の折原圭一。 初期投資家の蓮見慎吾。 元人事顧問の橘由梨。 エンジェル投資家の望月康平。 元開発
last updateLast Updated : 2026-08-01
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第8話 請求書と新体制

 株主総会の翌朝、ネクストリンク本社には奇妙な静けさがあった。 嵐が去った後の静けさではない。 次の工事が始まる前の静けさだった。 高瀬美咲は、もう取締役ではない。 桐谷健吾は、営業本部長としての権限を失っている。 株主総会では、全議案が賛成九三%、反対七%で可決された。 反対したのは、高瀬美咲の五%と、桐谷健吾の二%だけ。 その他株主は全員、会社側についた。 それは当然だった。 会社の金を流し、社員を黙らせようとした役員を、株主が守る理由などない。 午前八時。 社長室には、六人が集まっていた。 代表取締役社長、高瀬悠真。 副社長、七瀬蒼真。 取締役CFO、水城莉央。 取締役CLO、大槻沙織。 取締役CHRO、宮園千晴。 秘書室長、神谷玲奈。 机の上には、三種類の書類が並んでいる。 離婚訴訟関連書類。 損害賠償請求書。 刑事告訴状案。 悠真は、それらを一枚ずつ確認していた。 表情は静かだった。 だが、指先には一切の迷いがなかった。 大槻沙織が説明する。「まず、民事です。会社としては、高瀬美咲氏、桐谷健吾氏を主たる対象として、七千二百四十万円の損害賠償請求を行います。内訳は、不正支出四千八百万円、調査委員会費用一千四百五十万円、外部専門家費用六百二十万円、内部対応費等三百七十万円です」 水城莉央が続ける。「K-BridgeからRaven Works等を経由した約千七百万円の還流疑義については、不当利得返還請求も別立てで請求します。ただし、損害賠償との重複部分は訴訟上整理します」 悠真は頷いた。「桐谷側は、ほぼ逃げるでしょうね」 大槻沙織は淡々と答えた。「逃げるでしょう。だから仮差押えも検討します。口座、不動産、保有株式、退職金相当債権があれば押さえる準備をしま
last updateLast Updated : 2026-08-02
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第10話 第二創業

 会社は、止まった瞬間に腐る。 高瀬悠真は、それをこの一か月で嫌というほど思い知った。 不正は、動いている会社の隙間に入り込む。 会議の後回し。 承認の省略。 付き合いだからという言い訳。 役員案件だからという沈黙。 そういう小さな穴から、金も信用も流れ出す。 だからこそ、ネクストリンクは止まらないことを選んだ。 刑事告訴。 民事訴訟。 離婚訴訟。 損害賠償請求。 不当利得返還請求。 それらをすべて始めながら、同時に買収を進め、支社を作り、人を採り、取締役会を強化する。 守りながら攻める。 その両方をやれない会社は、上場など目指せない。 午前九時。 ネクストリンク本社二十七階、大会議室。 正面には、三つの契約書が置かれていた。 東海クラウドシステム株式会社。 北日本セキュリティソリューション株式会社。 瀬戸内デジタルラボ株式会社。 三社買収の最終契約書だった。 会議室には、ネクストリンクの新経営陣が揃っている。 代表取締役社長、高瀬悠真。 副社長兼COO、七瀬蒼真。 専務取締役兼CFO、水城莉央。 取締役CHRO兼人事・コンプライアンス本部長、宮園千晴。 取締役CTO、篠原航。 取締役COO補佐兼事業運営担当、白石琴音。 取締役CMO、一条拓海。 取締役CLO、大槻沙織。 社外取締役兼技術監査担当、相良美琴。 さらに今日、新たに取締役会へ加わる予定の五名も同席していた。 三浦健一。 六十八歳。 元大手総合商社専務。 海外事業、M&A、投資案件に強い。 銀髪を短く整えた、重厚な雰囲気の男だった。 立花恭介。 六
last updateLast Updated : 2026-08-03
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第10.5話 崩れ始めた日

会社は、すでに次の段階へ進み始めていた。 三社の買収を決定し、それぞれの拠点と人材、顧客基盤をネクストリンクへ統合する。従来の本社中心体制を改め、全国八支社体制へ移行するための組織再編も動き出していた。 急激に広がる会社を一部の役員だけで支配できないよう、取締役会の監督機能を強化する。執行部門と監督部門を切り分け、社外取締役や監査部門の権限を拡大し、内部通報制度も根本から作り直す。 買収した三社の従業員とは別に、百五十名規模の新規採用も予定されている。 営業、開発、経理、法務、内部監査、人事、支社管理。 これまでのネクストリンクには足りなかった人材を一気に補い、二度と特定の役員や本部長に権限が集中しない会社へ変えていくための採用だった。 その一方で、不正に関与した者たちへの追及も止まっていない。 刑事告訴。 民事訴訟。 損害賠償請求。 取締役としての責任追及。 虚偽の外注契約を利用して会社資金を流出させた者、成果物のない請求を承認した者、不正を知りながら隠蔽に加担した者、内部からの指摘を握り潰そうとした者。 誰が、いつ、何を知り、どの決裁に関与したのか。 電子決裁ログ、メール、社内チャット、入退室記録、外注先との契約書、請求書、納品データ、銀行口座の送金履歴まで洗い直されている。 会社だけではない。 高瀬悠真個人の離婚手続きも、すでに代理人弁護士を通じて進められていた。 それらの言葉は、社内報告書やニュースサイトの見出しのように、整然と並べられている。 けれど、高瀬美咲にとって、そのすべては遠い世界で起きている出来事のように感じられた。 ほんの少し前まで、美咲はその会社の中枢にいた。 ネクストリンク専務取締役。 創業者であり代表取締役社長でもある高瀬悠真の妻。 六歳になる高瀬凛の母親。 経営会議や取締役会に出席し、各本部から上がってくる資料へ目を通し、会社の将来を左右する決裁書に印を押していた。営業本部長の桐谷健吾
last updateLast Updated : 2026-08-04
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