――今日こそは、直人さんとお義母さんに赤ちゃんのことを伝えなければ。 乾 珠希(いぬい・たまき)は、今日で二十七歳になる。 同時に夫の直人(なおと)と一緒になって三年目の結婚記念日を迎えた。大学時代、同期として出会った彼と、まさかこんな未来を過ごすとは一度も想像したことがなかった。 そして――珠希の中には、いま、新しい命が芽吹いている。 けれど、その小さな命の存在を誰にも話すことができないでいた。 薄っすらと蝉の声が届く。窓から差し込む日差しが、瓶の中のオイルを光らせた。 ……白トリュフのオイル。 なんでも、乾家ではもう何年も前からサラダにはこの白トリュフのオイルを使っているのだと、結婚当初、義母が鼻を鳴らして言っていた。 この家に来たからにはマヨネーズなんてベタベタしたものを使わないでちょうだい、と一言添えて。「よし……急いで仕上げちゃお」 間に合わなければまた怒鳴られる。 珠希は台所で料理を進めながら時計を一瞥する。 十六時三十分。直人がルースの展示会から帰宅するのは十八時頃のはずだから、このまま順調に仕上げれば間に合う。サラダに白トリュフのオイルをかけ回しながら、小さく頷いた。 今日、珠希は仕事を休んで、普段よりも少し手の込んだ料理を作っていた。 誕生日だからではない。結婚記念日だからでも、ない。 そう、他でもない、やっと授かることができた子どものためにだ。 不妊治療は一年半続いた。直人はこの期に及んで医師の説明を鼻で笑っていたが、直人側の――男性不妊によって、人工授精を繰り返しても妊娠は一度も成立しなかった。 顕微授精まで進んで、ついに、赤ちゃんの心拍を確認することができたのだ。 お腹に手を当てると、少しだけ頬が緩む。 今日は、お腹に来てくれた赤ちゃんのために、腕を振るう。冷蔵庫を見ると、自然と目が細くなった。しかし珠希は、再びサラダボウルの中へ視線を落とす。 妊娠初期での流産のリスクは医師から聞いていたし、ぬか喜びをさせたくなくて、直人と義母に言い出せないでいた。 それでも、これ以上隠しておくのも厳しい。つわりが徐々に悪化してきているからだ。 そのとき、ガチャリ、と玄関の扉が開く音がした。 予定よりだいぶ早い帰宅に思わず肩が跳ねる。目を瞬かせる珠希は蛇口をひねって軽く手を洗った。 そして、パタパタ、とスリ
Huling Na-update : 2026-07-31 Magbasa pa