夏山家の家訓には、貧しい家の娘を跡継ぎの妻に迎えてはならないという掟があった。だが、社交界で名を馳せる夏山家の御曹司、夏山清輔(なつやま せいすけ)は、あろうことか魚屋の娘である伏見絵麻(ふしみ えま)と恋に落ちてしまう。彼女と一緒になるため、清輔は跡継ぎの座も家も捨てた。勘当を言い渡され、父に何度殴られても決意を曲げず、本家の仏間で3日3晩、正座を続けた。白いシャツを血で染めながらも、彼は笑ってこう言った。「絵麻、怖がるな。俺には君だけがいればいい」やがて夏山家もついに折れ、ふたりが家を離れて暮らすことを許した。ただし、家のために跡継ぎをひとりだけ残すという条件付きだった。それから、清輔が絵麻に最も多く口にした言葉は……「もう少し待ってくれ」彼は彼女を待たせた。自分が別の女を孕ませる、その日まで。……1度目、彼は絵麻に「待ってくれ」と言った。自分が別の女を孕ませるまで、と。そうして彼は草間知夏(くさま ちなつ)と何度も肌を重ね、彼女が子を宿すまで待ち続けた。2度目、彼はまた絵麻に待てと言った。生まれたのが娘であり、夏山家には男の跡継ぎが必要だから、と。そうして彼は再び知夏と数えきれないほど肌を重ね、彼女がまた身ごもるまで待ち続けた。ようやく報われる。絵麻がそう思い始めた矢先のことだった。清輔と知夏の娘が百日祝いを終えた直後、突然高熱を出して血を吐いたのだ。誰もが、それを絵麻の仕業だと決めつけた。知夏は狂乱して飛びかかり、爪で絵麻の顔を引っ掻きながら、身も世もなく泣き叫んだ。「恨むなら私を恨めばいいじゃない!どうしてあの子にまで手をかけるのよ!?」清輔の両親は激怒した。「これがうちの初孫だぞ、よくもそんな真似ができたな!」絵麻が服を剥ぎ取られ、マイナス20度の冷凍倉庫へ放り込まれたとき、清輔は扉の外に立っていた。霜の降りたガラス越しに、彼女はタバコに火を点ける彼の手が震えているのを見た。だが、かつて愛情に満ちていたはずのその瞳には、今はもう、骨まで凍らせるような冷たさしか残っていなかった。「もう少し待てと言ったはずだ」彼はタバコをもみ消し、失望の色を隠さずに言った。「なんで俺の子供に手を出した」――なるほど。「俺の」子供、か。絵麻は痛みに体を折った。心臓を生きたまま抉り取られるような痛みだった。ふと、脳裏によみがえる記憶が
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