Todos os capítulos de 夫の葬儀で、私は愛人にされた ――すべてを奪われた私を救ったのは、亡夫の兄でした ――: Capítulo 21 - Capítulo 30

45 Capítulos

第21話 雅人の遺志

高槻家の門をくぐるのは、久しぶりだった。迎えの車が玄関前に止まる。運転手がドアを開けるのを待ちながら、紗英は携帯電話を見た。佐伯からの返事は、まだない。美津子から呼ばれたことも、知らせておくべきだろうか。そう思ったときには、玄関の扉が開いていた。「奥様がお待ちです」促され、携帯電話をバッグへ戻した。通されたのは、一階の応接室。美津子は窓際の椅子に座っていた。その向かいに、男が一人いる。紗英が入ると、男はすぐに立ち上がった。見覚えがある。結婚式の会場で、美津子のそばにいた人だ。「失礼いたします」そう言って、部屋へ入る。「座ってちょうだい」返ってきたのは、それだけだった。紗英が腰を下ろすと、男も座った。五十歳前後だろうか。濃紺のスーツに、細い縁の眼鏡をかけている。「先日の式では、ご挨拶もできず失礼しました」男は名刺を差し出した。ヴァレストラ・ホスピタリティ・グループ。 海外ホテル部門 アジア支部部長 黒瀬修一「雅人さんには、生前、大変お世話になりました」聞き覚えのある声だった。「さっき……お電話をくださったのは、あなたですか」「はい。突然のご連絡で驚かせてしまったようですね」男は少しだけ眉を下げた。「電話ではお伝えしにくい話ですので、どうしてもお会いしたくて」それなら、電話口でもちゃんと名乗れば良かったのに。紗英は、そう思ったが、口にはしなかった。美津子へ視線を向ける。膝の上で手を重ねた美津子は、男をちらりと見た。「この方は、雅人が頼りにしていた方よ。話を聞いてあげて」男が、隣に置いていた薄い書類入れを開いた。「こちらを、ご覧いただけますか」テーブルに置かれたのは、携帯電話へ送られてきたものと同じ書類だっ
last updateÚltima atualização : 2026-10-04
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第22話 信じたい人

「……今、この場でお返事はできません」紗英は、手にしていた案内を封筒へ戻し、黒瀬の方へと動かした。黒瀬は、静かに頷いた。「もちろんです。すぐに信じていただけるとは思っていません」それまでの話し方と少しも変わらない。紗英が協力することを、もう疑っていないようにも見えた。「ただ、今日のことは副社長にはお話しにならないでください」「どうしてですか」「あなたが私たちと接触したと知れば、彼は警戒するでしょう。そうなれば、あなたのお立場が悪くなるかもしれません」紗英は黒瀬を見た。「彼が私に……何かする、と思っているんですか?」黒瀬の笑みが、わずかに薄れた。「私には雅人さんからあなたを守って欲しい、という遺言がありますから」守る。私を?怜司もそう言っていた。「わかりました」黒瀬は、美津子の方をちらと見て、それ以上は何も言わなかった。紗英は立ち上がり、美津子へ頭を下げた。「今日は、失礼いたします」「その封筒は持っていきなさい」膝の上に重ねられた手は、最後まで動かなかった。「雅人が、あなたのために用意したものなのだから」紗英は、封筒を見下ろした。「……ありがとうございます」そう答えた自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。◇◇◇帰りの車に乗ってから、紗英は携帯電話を取り出した。応接室では確かめられなかった佐伯のメッセージを開く。『番号を確認いたしました。VHG海外ホテル部門、黒瀬修一のものです。雅人さまの担当案件に関わっていた人物です』続けて、もう一通。『先方から資料などが届いている場合は、そのまま保管してください。副社長も現地で確認を進めておりますので、ご自身での判断やお返事はお控えください』紗英は文字を読み直した。黒瀬修一。少なくとも、身元を偽っているわけではなかった。雅人と仕事をしていたことも、本当なのだろう。だからといって、今日の話が全部本当だということにはならない。紗英は返信欄に指を置いた。『黒瀬さんに、先ほどお会いしました』そこまで打って、止まった。佐伯に伝えれば、怜司にも伝わる。『今日のことは副社長にはお話しにならないでください』そう言った黒瀬の声が蘇る。その言葉を守ろうと思ったわけではなかった。それなのに、指が動かなかった。紗英は打ちかけた文字を消した。『確認ありがとうございます。書類
last updateÚltima atualização : 2026-10-05
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第23話 一目惚れという方便

電話の向こうで、怜司が黙りこんだ。その沈黙に、答えがある気がした。やがて、静かな声が返ってきた。「すべてをお話しできているわけではありません」怜司の声は、いつもと変わらなかった。「確かめている途中のこともあります。会社の経営に絡んだ内容は、お話しできませんから――」「私が、そんな意味で聞いたんじゃないことは、わかっていますよね」紗英は、テーブルの封筒を見た。黒瀬からは、怜司を信じてはいけない、と言われていたが、はなから、黒瀬を信じるつもりはなかった。怜司とは、互いに利益のある契約を結んでいる。少なくとも、その契約が続く間は、自分を陥れる理由はないはずだ。「今日、お義母さまから電話があって。高槻の家に行ってきました」「一人で?」「迎えの車を寄越すとおっしゃったので」電話の向こうで、息を吐く音がした。「嫌な思いをしませんでしたか」てっきり、責められると思っていた。どうして連絡しなかったのか。一人で行かないように言ったはずだと。そう言われたら、謝るしかなかった。けれど、怜司は続きを待っていた。「黒瀬修一さんという方がいました」「黒瀬か」初めて、声の調子が変わった。紗英は、携帯電話を持つ手に力を込めた。「その方から、雅人の話を聞きました」「どんな話……ですか」「雅人は、怜司さんが会社を自分のために利用するのを、止めようとしていたと」もう少し、オブラートに包んだ言い方をした方が良かったのかもしれない。そう思いはしたが、どんな言葉に置き換えても、伝えたいことは同じなので、ストレートに聞いたままを話した。「私の口座を使ったのも、怜司さんに見つからないように資金を動かすためだったそうです」怜司は、黙って聞いている。「雅人の遺志を継いで、会社の経営を取り戻すために、協力してほしいと言われました」電話の向こうで、怜司が小さく息を吐くのがわかった。苛立っているのか、呆れているのか。電話越しではわからない。「極秘に連絡を取り合いましょう、と」そこまで話すと、怜司が低く尋ねた。「何と答えたんですか?」「……今は返事ができないとお伝えして帰ってきました」「そうですか」紗英は、膝の上の指を握った。「今日のことは、怜司さんには話さないでほしいとも言われました」「それなのに、話してくれたんですね」その言い方には、
last updateÚltima atualização : 2026-10-06
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第24話 思いがけない相談者

翌日の昼過ぎ。紗英がキッチンでコーヒーを淹れていると、テーブルの上に置いていたスマートフォンが震えた。画面に表示された名前を見て、手が止まる。――高槻澄香昨日の美津子からの呼び出しのこともあり、一瞬、出るのをためらった。しかし以前の話では、澄香もまた、雅人の死によって明らかになった事実に大きな衝撃を受けていた。――怜司も、彼女は信頼できるって言っていたし、連絡先も自分から交換しちゃったし……呼び出し音が途切れる前に、紗英は通話ボタンを押した。「もしもし」『……紗英さんですか?』聞き慣れた澄香の声は、どこか硬かった。「はい」『突然すみません。今、お時間ありますか?』「大丈夫ですけど……」『少し、お話ししたいことがあって』澄香の方から、自分に? いったい何を?「どんなことですか?」『あの……近くにいるので、伺ってもいいですか?』思わず黙る。――今から?「電話では話しにくいことですか?」『……はい』間があった。『できれば、直接お会いしたくて』ただならない雰囲気に、紗英の指先に力が入った。「わかりました」『良かった』安心したような、柔らかな声が返ってくる。かなり、緊張して電話をかけてきたみたいだ。これが演技だとしたら、相当な女優だともいえる。澄香が言葉を重ねた。『マンションのすぐ下にいるので、急ですけどお願いします』その声には、ほんの少し焦りもあった。電話を切って、すぐにインターホンが鳴った。モニターに映った澄香を見て、紗英は少し驚いた。いつもきちんと整えられていた髪は、今日はひとつにまとめられているだけだった。服装も控えめで、化粧も薄い。玄関を開けると、澄香は小さく頭を下げた。「急にすみません」「いえ。どうぞ」リビングへ通し、紅茶を出す。澄香は両手でカップを包み込んだものの、口をつけようとはしなかった。しばらく、気まずい沈黙が落ちた。紗英から切り出す。「悠真くんは?」「さっき、塾に送ってきたんです。それで……運転手には、ママ友とお茶をすると言って帰ってもらって」「そうなんですね」「はい」そこで会話が途切れた。澄香はカップの中を見つめている。何から話せばいいのかわからないようだった。紗英は少し待ってから尋ねた。「あれから、悠真くんは……大丈夫ですか?」澄香の指がわずか
last updateÚltima atualização : 2026-10-07
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第25話 不思議な感情

その日。怜司が帰って来たのは、日付が変わってしばらくしてからだった。玄関の扉が開く音に気づいて、紗英はソファから立ち上がる。「おかえりなさい」「起きて待っていたんですか?」リビングに入ってきた怜司は、そう言いながら微かに微笑む。ネクタイを緩めながら、肩を一度大きく回している。「すみません。ご迷惑かとも思ったのですが、その……色々あって落ち着かなくて」疲れている怜司に、申し訳ないとは思ったが、少しでもこの数日あったことを直接話しておきたかった。「迷惑だなんてこと、ありませんよ」乱れた髪や緩めた首元の様子をみて、急に申し訳なさが込み上げる。「その……やっぱり、お休みになった方がいいかも」部屋に籠っていて、考え事ばかりをしていた。だからついつい怜司の帰りを待ってしまったが、さすがに非常識だったかも、と反省する。「いえ。私も少し話をしておきたかったので」そう言って怜司はソファに腰を下ろした。紗英は冷蔵庫から水を出して、グラスに注ぐ。「ありがとうございます」「疲れてるところ、ごめんなさい」怜司がグラスを置いた。「どうでしたか? 高槻の家は」紗英は向かいに座った。まず、昨日の高槻家での話をする。怜司は途中で口を挟まず、静かに聞いていた。「それから……今日、澄香さんが来たんです」そこで初めて、怜司の眉がわずかに動いた。「澄香さんが?」「はい」紗英は、昼間の出来事をできるだけ順番に話した。悠真が最近、夜中に目を覚ますようになったこと。澄香が高槻家を出たいと思っていること。そして……「お義母さまに、家を出るなら悠真くんは置いていけって言われたそうです」怜司の表情が変わった。「……そうですか」「驚かないんですね」紗英が言うと、怜司は少し黙った。「驚いていますよ」そうは見えなかった。怜司は、こうなることもあり得ると考えていたように見える。それが、なんとなく引っかかった。「澄香さん、かなり追い詰められている感じでした」「でしょうね」紗英は昼間の澄香の顔を思い出した。「でも、悠真くんのことは、絶対に譲らないって感じで」何を言われても、悠真だけは渡さない。絶対に。あの言葉だけは、迷いがなかった。「澄香さんらしいですね。昔からそんな感じで」怜司が何かを思い出して、表情を柔らかくする。「昔から?」
last updateÚltima atualização : 2026-10-08
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第26話 近すぎる距離

翌朝。紗英は、いつもより少し早く目を覚ました。昨夜のことが頭から離れず、あまりよく眠れなかった。怜司は、疲れているはずなのに、紗英の話を聞き、いつものように優しく接してくれた。自分に結婚を迫ったときは、彼のことをかなり強引な人だと思った。でも、思い返せば、そうでもしなければ、自分は今もあの騒動の中でもがいていたかもしれない。そもそも、彼はいつだって礼儀正しい。ただ、それだけのことだ。そう思おうとしても、昨夜の怜司の表情や、すぐ近くに感じた体温を思い出してしまう。「まったく、私は……何考えてるんだろ」小さく呟いて、紗英はベッドから抜け出した。朝食の準備をしようとキッチンへと向かう。冷蔵庫には、ハウスキーパーの作ったスープとサラダが用意されている。怜司はまだ起きていないらしい。いつもなら、紗英が起きる時間には、もう家にいない。さすがに疲れているのだ、当然だ。そう思いながら、紗英はキッチンに立った。「おはようございます」不意に背後から声がして、思わず肩が跳ねた。振り返ると、怜司が立っていた。「お、おはようございます。もう起きられたんですか?」「ええ。いつもより少し遅い時間ですが、今日はゆっくりでも良いので」怜司はそう言って微笑んだ。昨夜の疲れは、あまり感じられない。きちんと整えられた髪に、白いシャツ。ネクタイはまだ締めていなかった。いつもと変わらない姿なのに、なぜか今日は目のやり場に困ってしまう。「スープを温めますね。もう少し待ってくださいね」「自分でやりますよ」「でも、もうすぐですから」「じゃあ、飲み物の準備をしますよ」そう言って、怜司は当然のようにキッチンへ入ってきた。そして、黙ってコーヒーメーカーをセットする。「すみません。カップを取りますね」怜司が紗英の横から手を伸ばす。食器棚の扉を開けるために、彼の腕がすぐ目の前を通った。ふわりと、清潔な石鹸のような香りがした。「あ……」「どうかしました?」「い、いいえ。何でもありません」慌てて顔を背ける。紗英は、自分がいったい何に反応しているのかわからなかった。――やだ、もう。ひどく、心臓が落ち着かない。どうして今朝に限って、こんなに意識してしまうのだろう。「紗英さん?」「はいっ」思わず大きな声で返事をしてしまった。怜司が不思議そう
last updateÚltima atualização : 2026-10-09
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第27話 二人の食卓

「うーん……これでいいかな」紗英は、鍋の中を覗き込んで小さく呟いた。時計を見ると、午後七時を少し回ったところだった。怜司からは、午後八時過ぎにはマンションに帰り着く予定だと昼過ぎにメッセージが送られてきていた。朝、怜司に夕食を作ると約束してから、なんとなく落ち着かない一日を過ごしていた。ハウスキーパーの田所に食材の買い物を頼むと、少し驚いた顔をされた。『夕食でしたら、私がご用意いたしますが』『いえ、今日は私が作ろうと思って』そう答えると、田所は一瞬きょとんとしたあと、嬉しそうに笑った。『それは、副社長もお喜びになりますね』そうだろうか。冷蔵庫から材料を取り出しながら、紗英は何度もその言葉を思い出していた。メニューは、考えれば考えるほど正解がわからなくなりそうだったので、自分の作り慣れたもので失敗しないものを作ることにした。――別に、特別な料理を作る必要はないのよそう思わないと、緊張しすぎて普段しない失敗をしそうだった。結局、ビーフシチューに、サーモンと野菜のマリネ。それから、温野菜サラダと、オリーブオイルを塗って焼いたバゲットを用意した。カレーとシチューは、手間をかけようと思えばいくらでもかけられて、しかも失敗の少ない得意料理だ。雅人と暮らしていた頃も、料理はそれなりにしていた。彼は外食を好んだが、家で食べるときには、紗英の作った料理を喜んでくれていた。そんなことを思い出しかけて、紗英は手を止めた。今夜は、怜司のために食事を作っているのに、雅人のことを思い出すなんて、なんだか後ろめたく感じてしまう。「……よし」小さく気合いを入れ直して、シチューの味を確かめる。うん。悪くない。あとは、怜司の帰りを待つだけだ。そう思ったところで、玄関の方から扉の開く音がした。「ただいま」「えっ?」思わず時計を見た。まだ七時半にもなっていない。慌ててキッチンから顔を出すと、怜司がリビングへ入ってくるところだった。「お、おかえりなさい。早かったんですね」「会合が一つキャンセルになったので、早く帰れました」そう言って、怜司は微笑んだ。ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めながらキッチンの方へ歩いてくる。「いい匂いですね」「あ、はい。ちょうど出来上がるところです」「何を作ってくださったんですか?」「ビーフシチューです。あと
last updateÚltima atualização : 2026-10-12
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第28話 死後に動いた金

食事を終え、二人でリビングのソファへ移った。怜司はコーヒーを、紗英はいつものティーラテを手にしている。「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」怜司はカップを置き、少しだけ表情を改めた。「さて。昨夜の話の続きをしましょうか」紗英も背筋を伸ばした。そうだ。今夜、食事を作ろうと思ったのは、怜司とゆっくり話をしたかったからでもある。「シンガポールで、何かわかったんですよね?」「ええ。まだ調査の途中ですが、雅人が現地で何をしていたのか、少し見えてきました」怜司はそう言うと、テーブルに置いていたタブレットを手に取った。画面には、いくつもの会社名が並んでいた。「雅人は、シンガポールで複数の会社を使って、資金を動かしていたようです」「会社、ですか?」「ホテルの開発や改装に関わる会社です。現地の工事業者やコンサルティング会社として契約していました」怜司は画面を操作して、別の資料を表示する。「ヴァレストラから支払われた費用が、こうした会社を経由して、さらに別の会社へ送金されていました」それが普通のことなのか、異常なことなのか、紗英にはいまひとつピンとこない。「もちろん、正当な取引なら問題ありません。海外の開発案件では、複数の会社が関わることも珍しくないですから」怜司は、画面の一箇所を指で示した。「ただ、この会社は少し事情が違うんです」「どういうことですか?」「実体のない会社のようでした。営業形跡がないんです」「……営業していない?」「登記上は存在しています。住所も代表者も登録されています。でも、現地へ行ってみると、事務所として使われている形跡がない。従業員も確認できませんでした」紗英は画面に目を落とした。見慣れない英語の会社名と、いくつもの数字。「そんな会社に、お金が支払われていたんですか?」「ええ。紗英さん。あなたの口座のお金はすべてここに送られて
last updateÚltima atualização : 2026-10-13
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第29話 今も、嫌な男ですか?

「雅人の死後も……ですか?」紗英は、怜司の差し出したタブレットを覗き込んだ。画面には英語の会社名と、いくつもの数字が並んでいる。「これを見てください」怜司が指さしたのは、取引の日付だった。「この会社は、雅人が事故に遭った翌週にも、別の会社へ資金を移動させているんです」「……そんなことありえるんですか?」「もちろん、会社そのものは代表者が亡くなっても存続します。取引が継続すること自体は珍しくありません」怜司はそう言って、画面を切り替えた。「問題は、この会社には営業実態がなく、雅人の管理下にあったらしいということです」「管理下……?」「登記上の代表者は別人ですが、実際に資金の移動を指示していたのは雅人だったようなんです」紗英は、もう一度画面に目を落とした。「じゃあ、雅人が亡くなったあとも、その人が言われたとおりにお金を動かしていたってことですか?」「その可能性もあります。事前に送金を予約していたのかもしれませんし、別の人間が指示を出したことも考えられます」怜司は、そこまで説明するとタブレットをテーブルに置いた。「ただ、今回確認できた取引には、少し気になる点があるんです」「何ですか?」「事故のあとに、新たな送金先が登録されているんですよ」「新しい送金先?」「ええ。以前の取引記録にはなかった会社です」紗英は眉を寄せた。会社の経営について詳しいわけではない。それでも、怜司の言おうとしていることは、なんとなく理解できた。雅人が亡くなったあとも、誰かが彼の計画を引き継いでいる。少なくとも、そういう可能性があるということだ。「……雅人には、協力していた人がいたんでしょうか」「一人でできることではありませんからね」怜司は静かに答えた。「海外の法人をいくつも使って、これだけの資金を動かすには、現地で実際に手続きをする人間が必要です。日本側にも、関わっていた者がいるでしょう」「日本にも?」「ええ」紗英は、膝の上で両手を握りしめた。自分の名前で作られた口座。知らない間に行われていた多額の送金。偽造された婚姻届の受理証明書。思い返すと、何もかもが恐ろしいほど周到だった。「私の口座を管理していた会計事務所も……」「今、そちらも調べています」怜司はすぐに答えた。「貴女が雅人から紹介されたという会計事務所ですね」「
last updateÚltima atualização : 2026-10-14
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第30話 死者が遺した取引

「それで、怜司さん」紗英は、ほんの少し喉を潤して、改めて口を開いた。「その会社のお金は、結局どこへ行ったんですか?」「今、追っているところです」怜司は、再びタブレットを手に取った。「複数の会社を経由しているので、すべてを把握するには時間がかかります。ただ、いくつか気になる送金先があって」「気になる?」「ああ。シンガポールから、さらに別の国へ移された資金があります。それとは別に、日本国内へ戻っているものもある」「日本に?」「そうです」紗英は首を傾げた。「それなら、わざわざ海外へ送る必要があったんでしょうか」「いい質問ですね」怜司は、ほんの少し笑みを浮かべた。「資金を隠すために、複数の会社を経由させることはあります。ただ、今回の取引は、単純に海外へ資金を移すだけが目的ではなかったように見えるんです」「どういうことですか?」「日本に戻された資金が、何に使われたのか。そこがわかれば、雅人の本当の目的も見えてくるかもしれません」紗英は黙って頷いた。自分の口座を通ったお金が、海外へ渡り、また日本へ戻ってきている。まるで、何かを隠すために、わざと複雑な道を通っているようだ。「……雅人さんは、会社のお金が欲しかったんでしょうか」怜司は少し考え込んだ。「もちろん、それもあるでしょう。ただ、金を手に入れるだけなら、もっと簡単な方法もあったはずです」「じゃあ、何のために?」「そこが、まだわからないんです」怜司は静かに答えた。「ただ、これだけの準備をしていた以上、何か大きな目的があったと考えています」紗英は、窓の外に目を向けた。都心の夜景が広がっている。少し前まで、その華やかな世界のどこかに、雅人もいた。自分は、そんな彼の帰りをただ待っていた。彼を愛していると思っていたし、彼の愛に応えたいと思って
last updateÚltima atualização : 2026-10-15
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