高槻家の門をくぐるのは、久しぶりだった。迎えの車が玄関前に止まる。運転手がドアを開けるのを待ちながら、紗英は携帯電話を見た。佐伯からの返事は、まだない。美津子から呼ばれたことも、知らせておくべきだろうか。そう思ったときには、玄関の扉が開いていた。「奥様がお待ちです」促され、携帯電話をバッグへ戻した。通されたのは、一階の応接室。美津子は窓際の椅子に座っていた。その向かいに、男が一人いる。紗英が入ると、男はすぐに立ち上がった。見覚えがある。結婚式の会場で、美津子のそばにいた人だ。「失礼いたします」そう言って、部屋へ入る。「座ってちょうだい」返ってきたのは、それだけだった。紗英が腰を下ろすと、男も座った。五十歳前後だろうか。濃紺のスーツに、細い縁の眼鏡をかけている。「先日の式では、ご挨拶もできず失礼しました」男は名刺を差し出した。ヴァレストラ・ホスピタリティ・グループ。 海外ホテル部門 アジア支部部長 黒瀬修一「雅人さんには、生前、大変お世話になりました」聞き覚えのある声だった。「さっき……お電話をくださったのは、あなたですか」「はい。突然のご連絡で驚かせてしまったようですね」男は少しだけ眉を下げた。「電話ではお伝えしにくい話ですので、どうしてもお会いしたくて」それなら、電話口でもちゃんと名乗れば良かったのに。紗英は、そう思ったが、口にはしなかった。美津子へ視線を向ける。膝の上で手を重ねた美津子は、男をちらりと見た。「この方は、雅人が頼りにしていた方よ。話を聞いてあげて」男が、隣に置いていた薄い書類入れを開いた。「こちらを、ご覧いただけますか」テーブルに置かれたのは、携帯電話へ送られてきたものと同じ書類だっ
Última atualização : 2026-10-04 Ler mais