目の前にカーヒーが置かれた。湯気がゆらりと立ちのぼる。本来なら、優雅なひと時を演出するはずの光景だった。馴染みのメイドが、卵白を泡立てて甘くしたメランジェを、わたくしのカーヒーにだけたっぷりと乗せる。いつもなら、親友のカタリンのカップにも同じように乗せるのに――ここはカタリンの屋敷だ。貴族学園の帰りに、どちらかの家へ寄ることは珍しくない。友人同士、気の置けない会話を楽しむのが常だった。けれど、わたくしはカップに手を伸ばさない。前回、この場所で。わたくしはこの飲み物を口にした。そして――倒れた。「どうしたの? いつもは遠慮せずに飲むじゃない」焦れた声音で親友が、そう勧めてきた。「ほら。早くしないとメランジェが溶けてしまうわ」甘く、可愛くお強請りするときの声で言われた。以前のわたくしなら、親友の勧めを断ることなどなかった。けれど、今は違う。「どうして、そんなに飲ませたいの?」「え?」カタリンの笑顔が固まった。「喉が渇いたろうと思って――」「そう?」わたくしはカップではなく、カタリンの顔を見る。「それなら、あなたも喉が渇いているでしょう?」「……私?」「ええ」わたくしは微笑んだ。「親友ですもの。一緒に飲みましょう?」前回のわたくしは、なんの疑いもなく飲んでしまった。そのことを思い出すだけで、口の中に苦い味が蘇るような気がする。「……そうね、飲むわ」 そう言って、カタリンはわたくしの顔から目を離さずに、自分のカップに口をつけた。 彼女は一口だけ飲むと、にこりと笑って見せる。「ほら、なんともないでしょう?」「……変な言い草ね。却って怪しく聞こえるわ」わたくしは彼女のカップに視線を落とした。カーヒーは同じモカポットから注がれた。だとすると、毒が入っているのはメランジェの方――「し、失礼ね!」カタリンが焦ったように言い返した。「それなら、わたくしのカップからも一口召し上がってくださる?」わたくしは自分のカップを彼女の方へ静かに差し出した。 「無理にブラックを飲む必要はありませんもの」わたくしの前に置かれたカップをソーサーごと持ち上げて、彼女の目の前に突きつけた。「ど、どうして……」「さぁ? あなたの協力者が寝返ったのかもしれない
Last Updated : 2026-07-21 Read more