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第七話 納得がいかないマールトン

Penulis: 紡里
last update Tanggal publikasi: 2026-07-28 13:31:25

 俺は罪人として、魔術研究のモルモットにされている。

 新たな攻撃魔法を浴びせられ、骨折を治せるはずの魔法陣に乗せられ、体液を採取される。

ここには人権など存在しない。

まるで、マッドサイエンティストの巣窟だ。

時間だけは嫌と言うほどある。

だからこそ、過去の出来事を思い返し、あれこれと考えてしまう。

俺は、由緒あるヘーデルヴァーリ伯爵家で生まれ育ったマールトンだ。

――俺は何一つ罪など犯していない。

   ***

禁術を使ったのは、あのしけた魔道具屋の店員だ。

イロナを毒殺したのはカタリンであって、俺は何もしていない。

何も悪いことをしていないのに、俺は冤罪でこんな場所に閉じ込められている。

……なぜだ。

イロナ。

助けてくれ。

今度こそ、お前を大切にする。

ちゃんと愛してやる。

だから、まずはここから出してくれ。

父上、母上。

大切に育てた俺を、本当に見捨てるはずがありませんよね。

俺が心から反省すれば、「それでいいんだ」と頭を撫でてくれますよね。

魔術研究の他に、俺は騎士団の調査に協力している。

時間を巻き戻した魔術師を見つけ出すのだ。

あの男に、俺がイロナとやり直すためにどれだけ苦労したか、証言させる。

そうしたら、イロナも素直に俺の愛を受け入れられるだろう。

巻き戻りに協力した魔術師は、陰気な奴だった。背中を丸め、長いぼさぼさの髪で目元を隠し、不気味な雰囲気をまとっていた。

路地裏の小さな魔導具店の店員だ。

騎士団に命じられ、その店へ案内した。

だが、そこにいたのは、はきはきと話す爽やかな青年だった。

姿勢は良く、身なりも整っている。髪型もすっきり清潔感があり、とても同一人物とは思えない。

少しだけ、イロナが好きだと言っていた役者に似ていた。

他に店員はいない、小さな店だという。

「こいつじゃない……」

そうつぶやくと、騎士が鼻で笑った。

「――だろうな。念のために確認に来ただけだ」

どうやら騎士団の捜査にも何度か協力しているらしく、騎士が「この前は世話になったな」と気さくに話しかけている。

店員はちょっと緊張した面持ちで、俺の方を見た。

「こ、この人はヴァッシュ邸での毒殺未遂の関係者なんですか?」

と驚いたように尋ねてきた。

関係者というか……直接事件に関わったわけではないんだが。

しかし、そうか。

こいつがあの日、イロナを助けてくれた者の一人か。

「イロナを助けてくれて、感謝する」

と鷹揚に声をかけてやった。貴族の俺が、平民にわざわざ礼を言ってやる。

「ああん?」

男の雰囲気が一変した。

首を傾け、すごみのある声で、じろりと俺を睨みつけてくる。背筋がぞくりとするほどの威圧感だった。

「お前、余計なこと言うなよ」

騎士が俺の脇腹を気安く小突いた。

「こいつは、行き倒れてたところをイロナちゃんに飯食わせてもらって、一目惚れしたんだよ」

「その後からだろ。身だしなみにも気を遣うようになったの」

騎士たちは面白そうに、店員をからかっている。

「それで、毒殺計画も察知してしまうとは。愛の力は偉大だな」

店員は照れながら、頭をかいた。騎士と兵士たちが口々にはやし立てる。

「もう婚約者でもないくせに、婚約者面するから睨まれたんだよ」

この現場確認の責任者が、俺にそう耳打ちをした。

もう『婚約者ではない』という事実が俺を打ちのめす。

だから、それを覆すだけの愛を示さなければいけないのだ。

それなのに、証人になれるあの魔術師はどこにいる?

頭の中に、巻き戻しをした魔導師の姿を思い浮かべる。悔しいことに、日に日に記憶は曖昧になっていく。

ふいに、姿を消した魔導師がイロナを手に入れようとしたら……という疑惑が浮かんだ。

従順だし、二年後にセーケイ家は銀鉱脈を掘り当てて豊かになる。

まさかあいつが俺を出し抜いて、イロナといい仲になる?

そんな馬鹿げたことがあるものか。

だが、誘拐して言うことをきかせるという方法もある。イロナが狙われているかもしれない。

目の前のこの店員と、顔も思い出せない陰気な魔術師が同一人物なんてことはありえない。

短期間で、ここまで変わるはずがない。

どうしよう。イロナを狙っている男が、俺以外に二人もいるのか。

そう考えたときに、一つの可能性に思い至った。

「……もしかして、お前が俺の部屋に、毒薬の材料を仕込んだのか?」

だってイロナに惚れたなら、俺は邪魔な存在だ。

だから俺を陥れた――そう考えれば、全ての辻褄が合うように思えた。

それが証明されれば、俺は釈放される。

父上と母上に頭を下げて、もう一度イロナとやり直すんだ。

そう考えていると、どっと笑い声が上がった。

なぜだ。

何がおかしい。

「平民の僕でも、伯爵の屋敷に簡単に忍び込めるんです? そんな緩い警備で大丈夫ですか」

俺が平民に馬鹿にされた。顔が赤くなる。

駄目だ。

そんなことは、許されない。

手錠をかけられている俺は、腹立ちのままに魔術師を蹴り飛ばすことに決めた。

足に魔力を巡らせて、身体強化をかける。

次の瞬間。

メキョッ。

奇妙な音がした。

声も出せないほどの激痛が体を貫いた。

身体強化した俺の方が負けるとか、有り得ない。

「あーあ。このエプロンも高性能な魔道具なんですよ。魔導具が暴発しても耐えられるように作ったやつなんで」

魔術師は、けろりとした顔で言い放った。

「ちょうど、骨折を一瞬で治す魔道具の試作品があるんです。試してみます? 時間を無理やり短縮した反動で副作用が出ないか、まだ実験できてなくて」

「ふ、ふざけ……るな」

脂汗を流しながら、とんでもない提案を蹴る。

「でも、騎士様たちも困るんじゃないですか? 現場検証中に、容疑者が善意の協力者を害そうとしたって知られたら」

「……そうだな。気を抜いて第三者を守れなかったなど、あってはならない醜聞だ」

騎士が渋い顔でうなずいた。

「んじゃ、ここに座らせてぇ」

魔術師は、うきうきした様子で準備を始めた。

そして――

体中に雷が落ちたような衝撃が走り、俺は意識を失った。

気付け薬で目を覚ますと、足は動くようになっていた。

だが、痛みはしっかりと残っている。ピリッと引きつるような違和感もある。

「魔道具を始動させる前に、添え木で固定した方がよさそうですね」

魔術師は謝罪せず、反省する様子も見せず、淡々と改善点を挙げていく。

散々な現場検証は、大した成果もあげないまま終わった。

  ***

前回の俺は、家が傾きかけ、妻カタリンの裏切りに傷ついて、人生をやり直そうと決意した。

運が悪かっただけだ。

俺は、ごく普通の貴族だった。

……いや、普通よりずっと格好いい伯爵家の令息だ。

もしイロナが生きていて、結婚できていたら、家は豊かなままだったろう。

それどころか、彼女の実家が所有する銀山の恩恵まで受けられたかもしれない。

子どものことだって心配はいらない。

貞淑なイロナとの間に生まれる子どもなら、何一つ不安はなかったはずだ。

そう考えると、全ての不幸はイロナを失ったことから始まったのだ。

だからこそ、時間を巻き戻せば幸せを取り戻せると、疑いもしなかった。そのために自分の寿命まで犠牲にした。

それなのに、なぜだ。

どうして俺は牢に閉じ込められ、頭のおかしな連中の実験台にされている?

すぐ側で、魔術師どもが嬉々として物騒な内容を話し合っている。

扉の向こうから、男の叫び声が聞こえた。

……きっとカタリンの父親だろう。

おかしい。

こんな場所で震える未来なんか、ありえないんだ。

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