Masuk俺は罪人として、魔術研究のモルモットにされている。
新たな攻撃魔法を浴びせられ、骨折を治せるはずの魔法陣に乗せられ、体液を採取される。
ここには人権など存在しない。
まるで、マッドサイエンティストの巣窟だ。
時間だけは嫌と言うほどある。
だからこそ、過去の出来事を思い返し、あれこれと考えてしまう。
俺は、由緒あるヘーデルヴァーリ伯爵家で生まれ育ったマールトンだ。
――俺は何一つ罪など犯していない。
***
禁術を使ったのは、あのしけた魔道具屋の店員だ。
イロナを毒殺したのはカタリンであって、俺は何もしていない。
何も悪いことをしていないのに、俺は冤罪でこんな場所に閉じ込められている。
……なぜだ。
イロナ。
助けてくれ。
今度こそ、お前を大切にする。
ちゃんと愛してやる。
だから、まずはここから出してくれ。
父上、母上。
大切に育てた俺を、本当に見捨てるはずがありませんよね。
俺が心から反省すれば、「それでいいんだ」と頭を撫でてくれますよね。
魔術研究の他に、俺は騎士団の調査に協力している。
時間を巻き戻した魔術師を見つけ出すのだ。
あの男に、俺がイロナとやり直すためにどれだけ苦労したか、証言させる。
そうしたら、イロナも素直に俺の愛を受け入れられるだろう。
巻き戻りに協力した魔術師は、陰気な奴だった。背中を丸め、長いぼさぼさの髪で目元を隠し、不気味な雰囲気をまとっていた。
路地裏の小さな魔導具店の店員だ。
騎士団に命じられ、その店へ案内した。
だが、そこにいたのは、はきはきと話す爽やかな青年だった。
姿勢は良く、身なりも整っている。髪型もすっきり清潔感があり、とても同一人物とは思えない。
少しだけ、イロナが好きだと言っていた役者に似ていた。
他に店員はいない、小さな店だという。
「こいつじゃない……」
そうつぶやくと、騎士が鼻で笑った。
「――だろうな。念のために確認に来ただけだ」
どうやら騎士団の捜査にも何度か協力しているらしく、騎士が「この前は世話になったな」と気さくに話しかけている。
店員はちょっと緊張した面持ちで、俺の方を見た。
「こ、この人はヴァッシュ邸での毒殺未遂の関係者なんですか?」
と驚いたように尋ねてきた。
関係者というか……直接事件に関わったわけではないんだが。
しかし、そうか。
こいつがあの日、イロナを助けてくれた者の一人か。
「イロナを助けてくれて、感謝する」
と鷹揚に声をかけてやった。貴族の俺が、平民にわざわざ礼を言ってやる。
「ああん?」
男の雰囲気が一変した。
首を傾け、
「お前、余計なこと言うなよ」
騎士が俺の脇腹を気安く小突いた。
「こいつは、行き倒れてたところをイロナちゃんに飯食わせてもらって、一目惚れしたんだよ」
「その後からだろ。身だしなみにも気を遣うようになったの」
騎士たちは面白そうに、店員をからかっている。
「それで、毒殺計画も察知してしまうとは。愛の力は偉大だな」
店員は照れながら、頭をかいた。騎士と兵士たちが口々にはやし立てる。
「もう婚約者でもないくせに、婚約者面するから睨まれたんだよ」
この現場確認の責任者が、俺にそう耳打ちをした。
もう『婚約者ではない』という事実が俺を打ちのめす。
だから、それを覆すだけの愛を示さなければいけないのだ。
それなのに、証人になれるあの魔術師はどこにいる?
頭の中に、巻き戻しをした魔導師の姿を思い浮かべる。悔しいことに、日に日に記憶は曖昧になっていく。
ふいに、姿を消した魔導師がイロナを手に入れようとしたら……という疑惑が浮かんだ。
従順だし、二年後にセーケイ家は銀鉱脈を掘り当てて豊かになる。
まさかあいつが俺を出し抜いて、イロナといい仲になる?
そんな馬鹿げたことがあるものか。
だが、誘拐して言うことをきかせるという方法もある。イロナが狙われているかもしれない。
目の前のこの店員と、顔も思い出せない陰気な魔術師が同一人物なんてことはありえない。
短期間で、ここまで変わるはずがない。
どうしよう。イロナを狙っている男が、俺以外に二人もいるのか。
そう考えたときに、一つの可能性に思い至った。
「……もしかして、お前が俺の部屋に、毒薬の材料を仕込んだのか?」
だってイロナに惚れたなら、俺は邪魔な存在だ。
だから俺を陥れた――そう考えれば、全ての辻褄が合うように思えた。
それが証明されれば、俺は釈放される。
父上と母上に頭を下げて、もう一度イロナとやり直すんだ。
そう考えていると、どっと笑い声が上がった。
なぜだ。
何がおかしい。
「平民の僕でも、伯爵の屋敷に簡単に忍び込めるんです? そんな緩い警備で大丈夫ですか」
俺が平民に馬鹿にされた。顔が赤くなる。
駄目だ。
そんなことは、許されない。
手錠をかけられている俺は、腹立ちのままに魔術師を蹴り飛ばすことに決めた。
足に魔力を巡らせて、身体強化をかける。
次の瞬間。
メキョッ。
奇妙な音がした。
声も出せないほどの激痛が体を貫いた。
身体強化した俺の方が負けるとか、有り得ない。
「あーあ。このエプロンも高性能な魔道具なんですよ。魔導具が暴発しても耐えられるように作ったやつなんで」
魔術師は、けろりとした顔で言い放った。
「ちょうど、骨折を一瞬で治す魔道具の試作品があるんです。試してみます? 時間を無理やり短縮した反動で副作用が出ないか、まだ実験できてなくて」
「ふ、ふざけ……るな」
脂汗を流しながら、とんでもない提案を蹴る。
「でも、騎士様たちも困るんじゃないですか? 現場検証中に、容疑者が善意の協力者を害そうとしたって知られたら」
「……そうだな。気を抜いて第三者を守れなかったなど、あってはならない醜聞だ」
騎士が渋い顔でうなずいた。
「んじゃ、ここに座らせてぇ」
魔術師は、うきうきした様子で準備を始めた。
そして――
体中に雷が落ちたような衝撃が走り、俺は意識を失った。
気付け薬で目を覚ますと、足は動くようになっていた。
だが、痛みはしっかりと残っている。ピリッと引きつるような違和感もある。
「魔道具を始動させる前に、添え木で固定した方がよさそうですね」
魔術師は謝罪せず、反省する様子も見せず、淡々と改善点を挙げていく。
散々な現場検証は、大した成果もあげないまま終わった。
***
前回の俺は、家が傾きかけ、妻カタリンの裏切りに傷ついて、人生をやり直そうと決意した。
運が悪かっただけだ。
俺は、ごく普通の貴族だった。
……いや、普通よりずっと格好いい伯爵家の令息だ。
もしイロナが生きていて、結婚できていたら、家は豊かなままだったろう。
それどころか、彼女の実家が所有する銀山の恩恵まで受けられたかもしれない。
子どものことだって心配はいらない。
貞淑なイロナとの間に生まれる子どもなら、何一つ不安はなかったはずだ。
そう考えると、全ての不幸はイロナを失ったことから始まったのだ。
だからこそ、時間を巻き戻せば幸せを取り戻せると、疑いもしなかった。そのために自分の寿命まで犠牲にした。
それなのに、なぜだ。
どうして俺は牢に閉じ込められ、頭のおかしな連中の実験台にされている?
すぐ側で、魔術師どもが嬉々として物騒な内容を話し合っている。
扉の向こうから、男の叫び声が聞こえた。
……きっとカタリンの父親だろう。
おかしい。
こんな場所で震える未来なんか、ありえないんだ。
今日、春期大競馬会が開催される。わたくしは、とても落ち着いてはいられなかった。きっと、マールトンが応援している騎手が優勝する。そうなれば――明日は、前回のわたくしが毒殺された日だ。授業を受けていても、まったく頭に入らない。授業が終わって馬車に乗り込むと、座席にはひしゃげた造花が置かれていた。魔術師ガーボルと初めて会った日に、彼が持って来た「色とりどりの花が咲く」魔道具だ。「魔道具を持って来てくれてありがとう。修理してもらいたいから、お店に寄ってくれる?」わたくしは平静を装いながら、御者にそう指示を出した。「ですが、あの辺りは馬車で入れませんよ」「フードを被っていくわ。少し待っていて」大通りで馬車を降り、わたくしは路地へ足を踏み入れた。こんな場所を歩くのは初めてだ。心臓がばくばくと音を立て、全身の血が熱くなるのを感じた。目的の店には、薄汚れた小さな看板が揺れている。窓ガラスは曇り、壁には苔が貼り付いていた。間違いないはずなのに、扉を叩くだけで勇気がいる。けれど、このまま立ち尽くしているのも恥ずかしい。思い切って、扉を叩いた。顔に熱が集まる気がする。心の中では「た、叩いてしまったわ」と、もう一人のわたくしがいるかのように、はしゃぎ回っていた。ところが、反応がない。もう一度、今度は強めに叩いた。カチャ。ドアノブが動く音がした。「え? イロナ様?」ガーボルが驚いた顔を見せた。初めて会ったときのようにだらしない姿ではないけれど、最近見慣れた爽やかな姿とも違う。シャツは少しよれていた。「嬉しいけど、人に見られたら……」「魔道具を壊して持って来ただけの、ただの客よ」わたくしは抱えていた魔道具を差し出した。「そ、そっか。じゃあ、そこに座って」ガーボルは背もたれのないスツールを勧めてくれた。「……不安になっちゃった?」ガーボルは手早く修理を進めながら、穏やかに話しかけてくれる。「そうなの。ごめんなさいね。明日の打ち合わせはもう終わっているのに……」そう、迎え撃つ準備は整っていた。マールトンの部屋に毒の材料を仕込んである。わたくしはただ心細いだけなのだ。カタリンにも今まで通りに接するよう心がけてきた。前回と同じように、優しげに聞こえるけれど、よく考えてみれば棘を含んだ言葉に耐え続けた。カタリンの苛立ち
時を巻き戻せた。学園でカタリンと出会う前まで戻れることを期待していたが、実際にはイロナが死ぬ一か月前だった。仕方ない。たった一月だが、生前に戻れたのだ。そう考えたところで、嫌な可能性に思い至った。もし巻き戻った先がイロナの死後だったら――背筋が冷たくなった。イロナが亡くなってから、時を巻き戻そうと思いつくまでに三年以上もの時が経っていたのだ。……危なかった。思わず冷や汗が出る。あの魔術師め。まあ、こうして生きているイロナに会えるのだから、文句を言っても仕方がない。これから先のことを考えよう。さて。この頃の俺は、カタリンと蜜月の関係になり、イロナを邪険に扱っていた。もっと前まで戻れていたら、普通に接することもできたのに……。今さら急に態度を変えるのも格好がつかない。しかし、久しぶりに学園に行くのは、少し楽しみだ。当時の勉強は面倒だったが、出された課題をこなせばすむ、ある意味では気楽な時代だった。卒業して家業を継ぐ勉強に入ると、正解のない問題ばかり突きつけられる。考えても答えが見つからず、父上も正解を知らないようだった。終わりが見えず、疲労感が果てしない。……まあ、俺が継ぐのはまだ先だ。真面目なイロナと、その実家の銀山があれば、俺の代になったら楽にやっていけるだろう。イロナなら、カタリンのように散財しないだろう。家計の心配をしなくて済むだけでも、気が楽だ。……おや?乗り込んだ馬車が、学園とは違う方向へ進んでいる。「おい。どこへ向かっているんだ?」御者に声をかけると、不思議そうな声が返ってきた。「はい? いつもどおりカタリン・ヴァッシュ様のお屋敷ですが」「……そうか」ああ、そうだった。この頃の俺は、婚約者のイロナではなく、カタリンと登下校していたのだった。今思えば、おかしなことをしていたものだ。これを機に、イロナと登下校するように変えたらどうだろう。きっと彼女は目を潤ませて喜ぶはずだ。だが、そのためにはカタリンを説得しなければいけない。そんなことを考え事をしているうちに、馬車はカタリンの屋敷へ到着した。「マールトン。おはよう」カタリンは馬車に乗り込むなり、さっそく俺の腕に絡みついてきた。柔らかな胸が腕に当たる。そうそう。行き帰りの馬車は、こうでなければ。登下校はこのままでいいだろう、うん。教室
カタリンに騙された。他の男との子どもなんか育てたくない。子どもが成長するにつれ、疑惑は確信へと変わっていく。俺が悩んでいる間にも、世間は動いていく。イロナのセーケイ家が、領地で銀の鉱脈を掘り当てた。これから豊かになるだろう。「娘の醜聞は忘れてあげよう」と恩着せがましく近づく連中が増えているらしい。俺の婚約者の家だぞ。俺を差し置いて、何を言っているのだ。イロナが命を投げ捨てるほど、狂おしく愛していたのはこの俺だ。――そう思っていたのに、門前払いを食らったのは俺の方だった。屈辱に耐えながら帰宅すれば……。カタリンの贅沢癖は、一向に治る気配がない。貧乏だった者が急に金を持って、舞い上がっているわけではない。あいつの実家は、唸るほど金を持っている平民だった。男爵位を購入しても、余裕があるほどの金持ちだ。あいつにとっての「普通の買い物」は、我が家ではとんでもない贅沢なのだ。そんなある日のことだった。母上が、何でもないことのようにさらりと言った。「あの女が失態を犯したら離婚して、再婚すればいいでしょう。あなたが三十歳になる前に、そうなればいいわね」「それは、どういう……」母上の意図を図りかねて、聞き返した。「これ以上、おかしな血筋の子どもを増やされたら困りますから。家政婦長に薬を盛らせているのです」母上は涼しげな顔で、悪びれる様子もなく告げた。「だから『次の子はまだか』なんて、一度も訊かなかったでしょう?」なんてことだ。俺が、第二子ができないと悩んでいたのを知っていたはずなのに……。いや、問題はそこではない。「離婚していいのなら、すぐにでもしたいです」「あの女に明確な非が無ければ、こちらが悪者にされてしまうでしょう? 子どもの父親が別人だと訴える手もあるけれど……イロナちゃんのお家の価値が上がっている今は、少し都合が悪いわ。貞操観念がない女に騙されたと、笑われたくはないでしょ」ああ……。穏やかで優しい母だと思っていた。けれど、この人もまた、貴族として家の利益を最優先する人間だったのか。「あいつの散財の勢いでは、私が三十歳になるまでこの家の財政が持つかわかりません」「あら、そうなの? そこは殿方たちで頑張ってくださらないと」母上は優雅にカーヒーを飲みながら続けた。「わたくしは家の中……血筋の管理をきちんとやっているの
わたくしは、ガーボルに水が入ったコップを手渡した。応接室のローテーブルには、修理したばかりの魔道具が置かれている。ガーボルは水を口に含み、火傷した口の中を冷やした。わたくしは時を巻き戻され、再び毒殺されないために対策を練らなければならない。魔術師のガーボルは、なぜか協力してくれそうなので、今はその厚意に甘えている。どう考えても、一人でどうにかできることではないから。彼は、時を巻き戻した結果を見届けたいだけなのだろうか。それとも、わたくしが苦しんでいるのを見て、罪悪感に駆られているのだろうか。「お嬢様。休憩になさいませんか」侍女がエステルハージトルテを持って来た。アーモンドメレンゲとバタークリームを幾重にも重ねたケーキだ。前回、毒が入っていたのは飲み物の方だとわかり、食べ物には普通に手を伸ばせるようになってきた。ガーボルは口の中を火傷したばかりなので、エルダーフラワーのシロップを水で薄めた飲み物を用意した。わたくしは、リスのぬいぐるみが淹れた紅茶を口にする。少し味が薄いけれど、色はきれいに出ていた。抽出時間が短めでも美味しく淹れられる茶葉は、どれだったかしら……。そんなことを考えていたら、ガーボルが「あの……」と声をかけてきた。「あの本は読みましたか?」ガーボルは、わたくしの反応を探るように見つめてくる。灰色の瞳に熱がこもっているような気がして、どきっと胸が鳴った。「まだ途中までですけど……」わたくしは、ガーボルがあの本を渡してきた意味を考えていた。もしかして、わたくしを『愛に囚われた女』だと思っているのだろうか。「違っていたら、すみません」ガーボルはそう前置きをしてから、話し始めた。「僕は、似たような女性を何人も見てきました。魔道具の実験の被験者の中には、謝礼金目当てで夫や恋人に連れて来られる女性もいるんです。相手の言いなりになっていて……殴られても『自分が悪い』とか『教育してくれてるだけだ』とか言うんですよ」その声には、同情とも諦めともつかない響きがあった。「いつもなら、口を出したら余計なトラブルになると思って黙っています。でも、今回は……口を挟んでもいいかなと思って」ああ。毒殺されなかったとしても、わたくしの人生そのものが、少しずつ壊されていたのか。「そういう人たちを見てきた僕からのアドバイス――」ガー
わたくしは毒殺され、一月前へ戻って来た。以前は気がつかなかった婚約者と親友の不貞に気づき、飲み物を口にすることさえ怖くなってしまった。時を巻き戻したという魔術師からは、マールトンを許すのか、それとも復讐するのか、自分で決めるようにと言われている。どうすればいいのだろう。悔しさは消えない。けれど、復讐など神がお許しにならない。そう思うのに、清らかな心は戻ってこない。胸に渦巻く靄も、晴れる気配がなかった。 ***今日は学園へ登校した。マールトンはわたくしとは口も効かないくせに、課題のノートだけはわたくしの机へ放り投げてくる。カタリンも「あら、ついでに私のも~」と笑いながら、自分のノートを差し出した。今までのわたくしは、断り切れず三人分の課題を黙ってこなしていた。教師も筆跡が同じだと気付いているはずなのに、何も言わず黙認している。わたくしが課題に追われている間、二人は先に帰って逢瀬を重ねていたのだ。なんて馬鹿らしい。わたくしは二人のノートに触れることすら嫌になり、そのまま机の上へ置き去りにして、教室を後にした。 ***そんなことよりも、今は考えなければいけないことがある。このままでは、わたくしは前回と同じようにカタリンに毒殺されてしまう。毒殺を回避することだけは、絶対に譲れない。そのために、あの魔術師に協力してもらえないか頼んでみよう。問題は、その先だった。婚約を解消し、二人と縁を切るだけでいいのか。「浅はかなことを考えるのはやめて」とカタリンに直接言う?「浮気をやめて」とマールトンに訴える?復讐なんて、そんな恐ろしいこと……神がお許しになるはずがない。けれど、裏切りには相応の報いを受けてもらい、教育すべきではないか?わたくしが味わった苦しみの、十分の一でもいいから……。心は揺れ動き、夜になっても答えは出なかった。 ***翌日、マールトンとカタリンは課題をやっていないことに気付くと、わたくしを責め立てた。同級生たちは、あまりにも身勝手な二人の言い分に、白い目を向けている。「あなたたち、自分で課題をやっていないと大声で言っていることに気付いている?」わたくしは静かに言い返した。心臓がばくばくしている。机の下の手も震えている。そこへ教師が教室へ入ってきた。二人は課題をやってこなかったことを
翌日は学園が休日だったため、部屋で考え事をすることにした。どうやら、毒殺されて時を遡ったのは、夢ではなく現実らしい……。考えを整理するため、ノートを取り出す。・一か月後にカタリンに毒殺される。トルタを食べる前だから、毒はカーヒーの中?・カタリンはどうやって毒を手に入れた?・殺害動機はマールトンの子を妊娠し、一刻も早く彼と結婚する必要があったから。・マールトンはどこまで知っていたか。妊娠は? 毒殺は?・誰が時を戻す魔導具を使ったのか?最初に浮かんだのは、マールトンだった。わたくしが死ねば、婚約解消で揉めることもなく、カタリンと結婚できただろう。彼にとっては望み通りの結末なのだから、時を戻そうとする理由はない気がする。では、彼の父親であるヘーデルヴァーリ伯爵?いいえ。我がセーケイ家との繋がりを重視するなら、もっと早い段階でマールトンを叱っていたはずだ。もしかして、結婚後にカタリンがおかしなことをしたのかしら?……わからない。頬杖をついてノートを眺めていても、答えは出ない。自分の死後のことなど、わかるはずもないのだから――思わずため息を吐いた、そのときだった。「お客様がお越しです」侍女に声をかけられ、わたくしは顔を上げた。「あら。先触れはあったのかしら?」「ございません。突然のご訪問でございます」まさかマールトンかと思ったが、どうやら違うらしい。訪ねてきたのは、魔術師だという。我がセーケイ家は魔導具の廉価版を製作している。そのため、オリジナルの魔導具を生み出す魔術師は、何より大切な存在だ。良い関係を築き、できれば我が家のパートナーになってもらいたい。わたくしはノートをしまうと、応接室へ急いだ。そこにいたのは、ぼさぼさの長い髪に、清潔とは言いがたい服をまとった男だった。身なりに頓着しない魔術師は珍しくない。前髪に隠れて目元は見えず、どこか胡散臭い雰囲気を漂わせている。だが、実力ある魔術師かもしれない。丁寧に応対するべきだ。「初めまして。魔術師のガーボル・ヴェレシュです」「お目にかかれて光栄ですわ。イロナ・セーケイと申します」ガーボルが差し出した手を取り、握手を交わした。手の甲に口づけを受けるのではなく握手というのが新鮮だ。パーラーメイドがガーボルの前にカーヒーを運び、わたくしにはハー







