アルプス山脈の麓。入学手続きを終えた真琴は、大学構内のベンチに腰掛けていた。楽しそうに行き交う学生たち。記念写真を撮っている観光客の姿もある。美穂から立て続けに届いていた音声メッセージは、20枚の写真を送った途端、ぱたりと止んだ。朔也も、別れを告げるメッセージを送ったあと、迷わず連絡先をブロックした。莉奈についても、真琴の学籍はすでに京華大学からなくなっている。これでもう、莉奈があの「入れ替わりごっこ」を続けることはできない。新しい生活を邪魔されないよう、電話番号も変えた。真琴は目を伏せ、スマホの待ち受けに表示された言葉を見つめた。【高梨真琴、自分を大切にすることを覚えて】胸の中は、これまでにないほど穏やかだった。真琴が顔を上げる。大学への入学資格も、人生も奪われ、実の両親から子どもを産むためだけの存在にされていた10年後の真琴が、空中にかすかに浮かんでいるように見えた。麻痺したように虚ろだった瞳には、再び光が宿っていた。笑っているようにも見えた。遠くから、真琴に語りかけているようでもあった。「できたね。もう一度、自分を救えた。おめでとう。私たちは、やっと新しい人生を始められる」18歳の真琴も笑った。けれどすぐに、現実的な問題が頭をよぎった。美穂と正典に返すと決めた養育費と、親子関係を清算するための金を少しでも早く払い終え、完全に縁を断つためには、まず仕事を見つけなければならない。そのとき、誰かに見られているような気配を感じた。真琴は反射的に周囲を見回した。すると、カメラを向けている人物がすぐに目に入った。真琴はわずかに眉をひそめた。写真を撮られるのは苦手だった。誕生日に家族写真を撮るたび、美穂は写真の中で笑えていない真琴を指さし、長々と叱りつけた。——いつも仏頂面で、家族の楽しい空気を台無しにする。——こんな子なら、産まなければよかった。いつも、そう責められてきた。真琴は立ち上がり、勝手に撮影している相手を止めようとした。けれど、相手のほうから先に歩み寄ってきた。マスクを外すと、愛らしい顔立ちの女の子だった。「ごめんなさい。さっき、笑った顔があまりにもきれいだったから、つい撮ってしまって」少女はカメラの画面を真琴に見せた。
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