LOGIN高校卒業後の旅行中、双子の妹・高梨莉奈(たかなし りな)が突然、高梨真琴(たかなし まこと)に「入れ替わりごっこをしよう」と言い出した。 「朔也が私たちを見分けられなかったら、あんな人、お姉ちゃんの彼氏だなんて認めないから!」 莉奈は目を輝かせていた。 真琴はなぜか断りきれず、その提案を受け入れてしまった。 ところが、それから3日間、御堂朔也(みどう さくや)は莉奈が真琴ではないと気づくどころか、以前の真琴に対してよりも細やかに莉奈の世話を焼いた。 さらには、何やら秘密めかした様子で、莉奈と二人きりで1日出かける約束までしていた。 真琴はすべてを打ち明けようとしたが、両親に止められた。 両親まで、真琴のほうが本物だとは気づかず、聞き分けがないと叱りつけた。 そして、朔也がSNSに、婚約パーティーを挙げると投稿した。 真琴はベッドから跳ね起き、投稿に記されていた会場へ急いだ。 そこで目にしたのは、莉奈のベールを整えている母・高梨美穂(たかなし みほ)の姿だった。 「やっぱり莉奈のほうが朔也くんにはお似合いね。真琴みたいにいつも暗い顔をされると、見ているこっちまで気が滅入るもの」 朔也は笑いながら、莉奈の頭を優しく撫でた。 「莉奈は、僕たちの太陽ですから」 父・高梨正典(たかなし まさのり)も満足そうにうなずいた。 「入れ替わらせることを思いついて、本当によかった。莉奈が真琴の代わりに京華大学へ通うようになって、もしお前がうちの莉奈を泣かせたら、ただじゃおかないからな」 4人は顔を見合わせて笑った。 そこには、穏やかで温かな空気が流れていた。 真琴は、頭を殴られたような衝撃を受けた。
View More真琴は、朔也と莉奈が今どんな関係なのか、知ろうとも思わなかった。ただ仕事に集中した。朔也はスポンサーではあったものの、研究施設には機密情報が多く、内部へ入ることはできなかった。そのため毎日、研究所の入口で待ち、少しでも真琴の姿を見ようとしていた。けれど真琴は、会うたびに軽く会釈をするだけで、話しかける隙を与えなかった。そして、ついにプロジェクトが終了した。朔也は真琴の搭乗便を調べ、慌てて空港へ駆けつけた。「真琴!」スーツは乱れ、額には走ってきた汗が浮かんでいる。どこかひどく狼狽して見えた。声に気づいた真琴は足を止め、振り返った。「御堂社長?」その呼び方が、また朔也の胸を刺した。けれど、彼はもう昔のような未熟な少年ではなかった。本心を隠すことも覚えていた。「帰るなら、どうして教えてくれなかったんだ。車を手配できたのに」真琴は礼儀正しく笑った。ただし、その笑顔にははっきりと距離があった。「夫は、一見すると冷静な人なんですけど、実はかなり嫉妬深いんです。余計な心配をさせたくなくて」夫。その言葉は鈍い拳のように朔也の胸を打ち、彼は思わず足元をふらつかせた。「結婚……したのか?」「はい。入籍は済んでいて、今は結婚式の準備をしています」朔也の心は、一気に底まで沈んだ。ちょうどそのとき、空港のアナウンスが真琴の便の搭乗開始を告げた。「では、失礼します」真琴はそう言って、搭乗口へ向かおうとした。けれど朔也が、もう一度彼女を呼び止めた。「真琴、ごめん!昔、お前にしたことだけじゃない。本来たどるはずだった人生で、10年間もお前を苦しめた、あの愚かな俺のぶんまで謝りたい」真琴は驚いて足を止めた。けれど、振り返りはしなかった。「俺も、お前の両親も、莉奈も、同じ夢を見た。夢の内容は、何年か前にお前の友達が美穂さんを責めたときに言っていたことと、まったく同じだった。あれは、ただの夢じゃなかったんだろ?」真琴は答えなかった。けれど、その沈黙だけで、朔也には十分だった。「やっぱり、あれはただの夢じゃなかったんだな。俺たちは本当に、お前にあんなことをしていた。美穂さんも正典さんも、もうお前の前には出られない。俺も同じだった。どんな顔をして会えばいいのか、分からなかっ
真琴は、言ったことを本当に実行した。翌日にはさっそく、大学と提携している機密指定の研究プロジェクトへの参加申請を始めた。星奈は、真琴と離れることになると知り、長いこと泣いていた。一方、清人はチューリッヒで初めて再会した日と変わらず、涼しげな表情を崩さなかった。何を考えているのか、まるで分からなかった。ところが、真琴が研究施設へ到着したその夜、彼女は目の前の光景に言葉を失った。これまで各研究チームから何度も誘いを受けながら、そのすべてを断り、自分の会社に専念すると決めていたはずの清人が、笑みを浮かべて立っていたからだ。「こんにちは、高梨真琴さん。今日から同じ研究チームの仲間だ。こうしてまた会えて、うれしいよ」清人の瞳には、星の光が宿っているように見えた。その瞬間、真琴は自分の鼓動が乱れるのを感じた。時は、手の中からこぼれ落ちる水のように流れていった。気づけば、4年が過ぎていた。真琴はアカデミックガウンに身を包み、卒業証書を手に、自分だけの卒業写真を撮った。誰にも名前を奪われることはなかった。誰にも自分の場所を占められることもなかった。そして手元には、高梨真琴という一人の人間だけに与えられた卒業証書があった。以前作成した親子関係を清算するための明細書についても、大学3年のうちにすべて返済を終えていた。さらに大学院への進学も決まり、これから新たな学びの日々が始まろうとしていた。唯一、頭を悩ませていることがあるとすれば、星奈がほぼ毎日、朝昼晩と同じ質問をしてくることだった。「真琴、いつになったらお兄ちゃんと結婚するの?」真琴が再び朔也と顔を合わせたのは、大学院2年目に参加した国際共同研究のインターンシップでのことだった。かつての少年らしさは、もうどこにも残っていなかった。上質なオーダースーツを身にまとい、落ち着いた雰囲気を纏っている。整った顔立ちにも、他人を寄せつけない経営者らしい鋭さが加わっていた。ただ、その険しくなった目だけは、真琴を見た瞬間に赤く染まった。「真琴、久しぶりだな」低くかすれた声には、長いあいだ押し殺してきた想いが滲んでいた。けれど真琴は、穏やかに笑っただけだった。「お久しぶりです、御堂社長」朔也は今回のプロジェクトの単独スポンサーだった。
窓越しに、真琴は正典の背中が力なく丸まっていくのを見た。彼はその場に長いあいだ立ち尽くし、何度も振り返りながら、ようやく帰っていった。けれど、わずか3日後、正典はまた大学へやって来た。今度は、車椅子に乗った美穂を連れていた。真琴の姿を見つけた途端、美穂の目から涙があふれた。「ま、真琴……」脳卒中の後遺症はまだ残っていた。顔の片側は動かず、口元も歪んでいる。言葉を口にするだけでも、ひどく苦しそうだった。「お母さん……間違ってた……真琴に……償いたい……ケーキに……真琴の名前……」美穂は震え続ける手を懸命に持ち上げ、膝の上に置かれたケーキを指さした。真琴の睫毛が、わずかに揺れた。もう、この家族に何をされても、心が動くことはないと思っていた。それでも目の前の光景を見た瞬間、胸の奥にかすかな痛みが走った。18年間、18個の誕生日ケーキに、真琴の名前が書かれたことは一度もなかった。そして今、19個目のケーキには、ようやく真琴の名前があった。それも、真琴一人の名前だけが。けれど、あまりにも遅すぎた。今日が真琴の誕生日というわけでもない。真琴は手を強く握りしめ、無理やり気持ちを落ち着かせた。そして美穂を見つめ、一言ずつ告げた。「もう遅い。今の私には、もう必要ない」美穂は激しく首を振った。けれど焦れば焦るほど、うまく言葉が出てこない。車椅子を何度も叩きながら、声にならない声を上げた。正典は見ていられず、顔を背けた。真琴の胸には、さまざまな感情が入り乱れた。頭の中で、二つの声がぶつかり合っていた。——もう許してもいいのではないか。どれほどひどくても、自分を産み育てた両親なのだから。けれど、もう一つの声は言った。——情に流されてはいけない。10年後の自分を子どもを産むためだけの存在にし、家政婦のように扱い、嫌悪と怒りをぶつけ続けた二人を思い出せ。未来を変えられたからといって、本来の人生で受けるはずだった傷まで、なかったことにはならない。二つの声が激しくぶつかり、真琴は頭が割れそうになった。そのとき、清人と星奈がどこからともなく駆けつけ、真琴の前に立ちはだかった。「あなたたちが真琴の両親?真琴を傷つけていたときは、何を考えてたんですか?自分たちが間違っていた
寮へ戻ってからも、真琴にはまだ現実味がなかった。清人が、自分を好きだと認めた。しかも高校時代、無意識に真琴を気にかけるようになった頃から、いつの間にか惹かれていたという。頭の中が混乱したまま、真琴は清人が寮の前まで送ってくれたときに言った言葉を思い返した。「真琴。今はまだ、すぐに次の恋愛へ進む気持ちにはなれないと思う。それに僕も、君が弱っているところにつけ込むつもりはない。気を遣わなくていいし、これから顔を合わせるのが気まずいとも思わないでほしい。今の君にとっては、安定した収入ほど安心につながるものはないだろうから」真琴を見つめる清人の目は、まっすぐで澄んでいた。「恋人になることより、せっかく手に入れた新しい生活を、君に心から楽しんでほしい」胸の奥を、羽根でそっと撫でられたような感覚がした。真琴は布団を頭までかぶり、なかなか寝つけないまま、空が白み始める頃になってようやく深い眠りに落ちた。週末が終わる頃には、気持ちも整理できていた。清人の言うとおりだった。今の自分がすべきなのは、新しい生活を大切にし、少しでも多く稼いで、返すと決めた金を早く払い終えることだ。それから1か月後、真琴は最初のプロジェクトの報奨金を受け取った。その金を美穂の口座へ振り込み、摘要欄には「養育費返済」と入力した。送金完了の画面を見つめながら、真琴は改めて、自分の選択は間違っていなかったと確信した。その間、清人は告白のことを二度と口にしなかった。噂話が大好きな星奈でさえ、不思議なほど何も言わなかった。けれど、穏やかな日々は長く続かなかった。正典が突然、真琴の前に現れたのだ。まだ2か月も経っていないのに、正典の髪は半分以上白くなり、身体もひどく痩せていた。まるで10年以上、一気に老け込んだように見えた。「真琴……やっと見つけた」これまで真琴にはいつも険しい顔で説教し、妹に譲れと命じることしかなかった実父が、今は戸惑いと遠慮を浮かべていた。「お前が送ってきた20枚の写真は、俺も母さんも見た。俺たちが悪かった。これまでずっと、お前につらい思いをさせてきた。出生証明書を見て初めて分かったんだ。お前が母親のお腹の中で莉奈の栄養を奪い、そのせいで莉奈が身体の弱い子になったという話は、母さんが自分の責任から逃げ
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