暗闇の底で、一定の間隔を刻む音がしていた。 短く、乾いた電子音。 それに重なるように、どこか遠くで空調の低い唸りが続いている。消毒薬の匂いが鼻の奥へ刺さり、唇には乾いた血のような苦みが残っていた。 美琴は息を吸おうとした。 胸の右側に鋭い痛みが走る。 喉からかすかな呻きが漏れた。身体を動かそうとしても、右肩は硬く固定され、脇腹には重い板を当てられたような圧迫感がある。頭の後ろも鈍く疼き、瞼の裏では白い光が何度も明滅した。 何が起きたのか思い出せない。 雨。 荒れた海。 濡れた柵。 薬指から抜かれた結婚指輪。 一本ずつ、柵から外されていく指。 ――死んでくれ、美琴。 記憶が戻った瞬間、美琴の呼吸が乱れた。 電子音が速くなる。「美琴」 低い声がした。 左手に、温かなものが触れる。 美琴は瞼を開いた。 視界は白く滲んでいた。天井の照明が霧の向こうに浮かび、その手前で黒い影が動いている。 何度か瞬きをすると、輪郭がゆっくりと形を持った。 男がベッド脇の椅子に座っていた。 短く整えられた黒髪。深い灰色の瞳。頬から耳元へ薄く残る火傷の痕。黒いシャツの袖を肘まで捲り、長い脚を組むこともなく、前屈みになって美琴を見つめている。 若い頃より頬は削げ、目元には冷たい影が刻まれていた。 以前の冬真は、黙っていてもどこか不遜な笑みを含んでいた。世界中を敵に回しても、自分だけは退屈しないと言い切るような顔をしていた。 今、目の前にいる男には、その軽さがない。 刃物のように研がれた静けさだけがあった。「……冬真」 名が喉まで上がり、声にならずに消えた。 美琴は唇を震わせた。 そんなはずはない。 冬真は死んだ。 五年前、爆発事故で亡くなった。新聞にも、報道にも、はっきりと名前が出ていた。 崖の下で見た姿は、死の間際に脳が見せた幻だったのだ。 ここも病院ではないのかもしれない。 自分はまだ、枝へ身体を引っかけたまま、雨の中で意識を失っているのかもしれない。「ここは……」「九条総合医療センターだ」 男は即座に答えた。 声まで同じだった。 美琴は左手を引こうとした。 その手は男の掌に包まれている。指先へ伝わる皮膚の硬さも、体温も、あまりに鮮明だった。「触らないで」 掠れた声が出た。 男の眉がわずかに動く。「痛
Last Updated : 2026-07-28 Read more