洗い物を終えて居間に戻る途中、凛寧は「ノートと鉛筆、取ってくる」と心なしか足早に階段を上がって行った。 それに返事をしてから一人で居間の戸を開けると、途端に酒の匂いが鼻を刺激した。「だからさあ、狐はやっぱりロクでもないんだよ」「んふふ、まあ飲めよぅ」「店主、隠神そっちじゃないよ。……あっ、お帰り成海。お皿洗いありがとう」 振り向いた伊織の手にもコップが握られている。ほんのり顔が赤いから、おそらくその中身は水ではない。「あれ、凛ちゃんは?」「未成年は今から料理研究の時間だ。こいつら出来上がるの早くねぇ?」 こいつら、とは当然のごとく、壁に向かって話し続ける店主と、狐の悪口を延々と語る隠神だ。「あはは……。まあ、天狗仕込みの霊酒だからね。度数は結構キツいんじゃないかな」 そう言いながら水を飲むかのように酒を流し込む伊織。俺はまだ酒が飲めないからよく分からないが、祭りの時にそんな飲み方をしてぶっ倒れた大人を見たことがある。 店主たちが弱いのか、伊織が強いのか。答えは明らかに後者だ。「……お待たせ」 後ろから声が掛かる。凛寧は俺の後ろから室内を覗き込んで、その目がすっと冷めた。「……二階、行こ。酔ってる隠神はちょっと面倒」 名指しで言われるあたり、相当なんだろう。凛寧にダル絡みする隠神の姿がめちゃくちゃ想像できる。 俺は居間の隅っこに置いた学生鞄を手に取ると、戸をそっと閉め、並んで二階へ向かった。 トン、トン、と音を立てながら上がっていくが、その時ふと違和感に気付いた。「あれ?」「……どうしたの?」「この階段、こんな低かったか……?」 昨日、階段を上がった時よりも足を上げる感覚が違うような気がする。心なしか段差も多いような。気のせいだろうか。 しかし凛寧はそんな俺の違和感を笑うことなく頷いた。「……多分、私の足に合わせてくれてる」「合わせてくれるって、何が?」「奇縁堂が」「……は?」 また、主語がおかしい。玄関の開け閉めといい、まるで建物が勝手に操作しているかのような言い方だ。 ……いや、ちょっと待て。そういえば今朝もおかしかった。泊まった部屋の広さが夜と朝で違っていたような違和感も、もし違和感でなかったのだとしたら——。「……そうだよ。この家もアヤカシなの。奇縁堂って名前の、迷い家のアヤカシだよ」「い、家がア
Last Updated : 2026-08-03 Read more