All Chapters of 5年の嘘、私を失ったあなた: Chapter 1 - Chapter 10

13 Chapters

第1話

海外へ出稼ぎに出て5年、私は恋人の瀬戸蒼真(せと そうま)から教えられた住所を頼りに、私たちの新居となるはずの家を訪れた。だが、ドアを開けると、子どもを抱いた若い女がそこに立っていた。「どちら様ですか?」私、望月安奈(もちづき あんな)が驚きから我に返る間もなく、彼女は再び口を開いた。「夫の蒼真の同僚の方ですよね?あの人、また大げさに心配して、わざわざご飯を届けさせたんでしょう?二人目を妊娠したくらいで、そんなに興奮しないでって何度も言ってるのに」彼女は一歩下がって私を招き入れた。「上がっていきませんか?」彼女の幸せそうな様子を見つめながら、帰国したら結婚しようという蒼真の約束を思い出した。手のひらに爪が食い込んで血がにじむのを感じながら、私は涙まじりの笑みを浮かべて答えた。「ええ、お邪魔します」私と蒼真は、同じ児童養護施設で育った。彼はプライドが高く、口下手で、いつもいじめられていた。私が13年間彼を守ってきた。18歳の時、私たちはこっそり付き合い始めた。私が手作りの泥人形をペアで贈り、この人形が壊れない限り、ずっと一緒にいようと約束した。23歳になり、私たちは結婚してマイホームを買うことを決意した。その夢のため、私は海外へ出稼ぎに出て5年間、稼いだお金を一円残らず彼に送金した。そして半年前、ついに目標額が貯まり、私たちが25歳の頃に夢見ていた家を買ったと彼から報告があった。権利証の写真を見た日、私はA国の農場でチェリーを摘んでいた。1日9時間半働き、顔は日焼けで皮がむけていたが、心は甘く満たされていた。収穫期が終わると、私は一刻も早く彼に会いたくて、内緒で航空券を買って帰国した。彼を驚かせたかったのだ。まさか、彼の方から先に「サプライズ」を仕掛けられるとは思ってもみなかった。桜井莉乃(さくらい りの)が愛想よく道を譲り、私は中へ入った。壁には彼らの結婚写真が飾られ、ソファは私が選んだデザインで、ベランダには子どもの服が干されている。莉乃は抱いていた男の子を下ろし、私にウサギ柄のスリッパを出してくれた。「これ、履いてください。蒼真が新しく買ってくれたんです。あの人、私が単純で子どもみたいだと言って、いつもこういう子どもっぽいものを買ってくるんですよ。望月さん、嫌がらないでく
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第2話

手のひらに爪が食い込むほど拳を握りしめ、私は小さな声で尋ねた。「結婚して、どのくらいになるんですか?」莉乃は少し考える素振りを見せた。「もう4年近くになりますね。子どもも3歳ですし、たしか7月に結婚したはずです」彼女は照れくさそうに笑みを浮かべた。「蒼真がいるから、私、そういうの全然覚えないんですよ。望月さん、お茶はお好きですか?戸棚にジャスミン茶があったはずなので、淹れてきますね」彼女は立ち上がり、キッチンへと向かった。本棚の前を通り過ぎた時、寄り添い合うペアの泥人形が落ちてきた。床にぶつかり、無惨にも真っ二つに割れてしまう。莉乃はそれを拾い上げた。「あら、どうして落ちちゃったのかしら。これを見たら、蒼真、絶対に怒るわ」私はふと胸がざわついた。「彼、そんなにこの人形を大切にしているんですか?」莉乃は笑みを浮かべ、穏やかな声で言った。「彼、これをごみ箱に捨てようとしたんです。でも私が可愛いと思って、こっそり拾ってきたんですよ。蒼真はずっと気づいてないんです。望月さん、彼には内緒にしてくださいね。こんなに可愛い泥人形、作った人はきっと心を込めたんでしょうね。割れちゃって本当に残念です。望月さん、お茶、淹れてもよろしいですか?」彼女は微笑みながら私に尋ねた。私は立ち上がり、ふらつく足取りで玄関へと向かった。「……いいえ、結構です」私には、もっとやらなければならない重要なことがある。マンションを出た私は、そのまま市内で一番料金の高い探偵事務所へ直行した。「ある人を調べてほしいのです。お金ならいくらでも払います」2時間後、私の目の前には、大人の腰の高さほどもある資料の山が積まれていた。最初のページをめくると、そこにあったのは蒼真と莉乃の結婚写真だった。5年前の7月18日。私が出稼ぎのために出国した、わずか3日後だ。探偵が口を開いた。「私たちが調べた資料によると、瀬戸蒼真氏はかなり前から桜井莉乃氏と面識があったようです。彼女の父親は蒼真氏の上司にあたり、蒼真氏の方からアプローチしたとのことです。結婚から1ヶ月後、蒼真氏は昇進して、部門のマネージャーに就任しています」私は写真をじっと見つめながら、5年前、見知らぬ異国の地に降り立ったばかりの頃を思い出した。スマホは
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第3話

探偵は分厚い明細書を取り出すと、その1ページ1ページを淡々と読み上げ始めた。「4年前の3月、あなたはマイホーム資金として蒼真氏へ30万円を送金しています。ですが着金からわずか10分後、蒼真氏は莉乃氏の口座へその全額を送金し、『プロジェクトのボーナスが出た』と伝えています。3年前の7月。あなたは蒼真氏に46万円を送金しています。『体調を崩して、今月はあまり稼げなかった』と言い添えられています。蒼真氏はあなたに『ちゃんと薬を飲んでね』とだけ返信し、そのままこのお金で7日間の家族旅行を申し込んでいます。さらにその年の大晦日。あなたは蒼真氏に76万円を送金し、『家が恋しい』と伝えています。蒼真氏は『もうすぐだよ。あと600万貯まれば目標達成だから、一緒に頑張ろう』とあなたを慰めています。しかし翌年、彼は車を購入しています。乗り出し価格は560万円、ローンは一切組んでいません」ここまで読み上げると、探偵はひどく真剣な眼差しで私に尋ねた。「望月さん、あなたは一体、何のためにそこまで……」私は力なく、自嘲の笑みを浮かべた。本当に、何のためだったのだろう。私と蒼真は、親に捨てられた身寄りのない子どもだった。整った顔立ちをしていたけれど極端に口数が少なく、周りからいじめられても反撃することすらできなかった。私はそんな彼の静かな佇まいが好きで、彼がいじめられるたびに真っ先に飛び出して庇った。そうやって関わりを深めるうちに、私たちは互いに身を寄せ合って生きる、一番の親友になった。私の「安奈」という名前すら、彼がつけてくれたものだった。――「安らかに、穏やかな日々がいつまでも長く続きますように」と願いを込めた。18歳の時、私は彼から告白された。23歳。私たちは桜市の古くて狭いアパートに寝転がっていた。蒸し暑い夜だった。電気代を惜しんでエアコンをつけなかったため、狭い部屋にはうっすらと汗の匂いが充満していた。彼が私に尋ねた。「安奈。俺たち、いつになったらこの街で本当の家を持てるのかな」私は少し考えてから答えた。「マイホームを買えるくらいのお金が貯まった時……かもね」彼は唇を噛み締めた。「それって、あとどれくらい待てばいい?」「分からないけど……でも、二人で頑張ればきっと良くなるよ」蒼真
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第4話

蒼真は今日のためにしっかりと着飾っていた。グレーのオーダーメイドスーツに身を包み、手首には高級腕時計を覗かせている。その姿はどこからどう見ても洗練されたエリートそのものだった。5年前、あのうらぶれた安アパートに住んでいた彼とはまるで別人だ。「子どもは俺が抱くよ。妊娠中なんだから、体は大事にしないと」彼は莉乃を見つめて優しくそう言うと、彼女の腕から子どもを受け取った。周囲の人々からどっと笑いが起こり、口々にからかうような声が上がる。「蒼真くんは本当に愛妻家だねぇ。子どもを抱かせるのさえ惜しむなんてさ」「本当だよな。莉乃、今二人目をご懐妊なんだって?何から何まで順風満帆で、本当羨ましいわ」「修造、こりゃあ本当にいいお婿さんを捕まえたね!」誰かがグラスを掲げて、莉乃の父親、桜井修造(さくらい しゅうぞう)に声をかけた。修造は愉快そうに笑い、誇らしげに隣に立つ娘の手をポンポンと叩く。「全くだよ。蒼真は身寄りがないとはいえ、人柄は申し分ない。その上、莉乃のためならお金を惜しまないし、こうして新居まで買ってくれたんだからな。滅多にお目にかかれない最高の婿だよ。そうだろう、莉乃?」莉乃は頬を染め、蒼真の腕にしがみついた。蒼真は笑みを浮かべ、それを避けようともしない。絵に描いたような、睦まじい四人家族の光景。私は会場の隅の暗がりで、トレイを指の関節が白くなるほど強く握りしめながら、抑えきれない思考の渦に呑み込まれていた。――もしあの時、私のお腹の子を堕ろしていなかったら。今頃、あの子もこれくらい大きくなっていたのだろうか?ふいに、誰かが彼に尋ねた。「蒼真くん、今度の子は男の子?それとも女の子?名前はもう決めたのかい?」「女の子です」蒼真はそう言って、莉乃の少しふくらんだお腹へと視線を落とし、ほんの一瞬だけ言葉を切った。「……呼び名は『安奈』にしようと考えています」「安奈?」「はい。安らかに、穏やかに過ごせるようにと願いを込めました」莉乃の表情が、ほんの一瞬だけ強張った。だが、すぐにまた元の柔らかな顔つきに戻る。「蒼真、そろそろ時間よ。ステージに上がりましょう」彼女は優しく促した。蒼真が頷き、新居披露パーティーが正式に幕を開けた。莉乃はマイクを握り、蒼真がいかに家庭に尽くしてくれて
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第5話

私の声は決して大きくなかった。だがその瞬間、宴会場にいるすべての人の視線が、一斉に私へと突き刺さった。蒼真の表情が凍りついた。子どもを抱いていた腕が目に見えて強張り、まるで幽霊でも見たかのように顔をひきつらせている。莉乃もまた、その場に縫い止められたように動かない。彼女の握るマイクから甲高いハウリング音が鳴り響き、鼓膜を劈いた。「安奈?」蒼真は無意識のうちに私の名前を口走っていた。次の瞬間、ようやく事態を呑み込めたのか、彼の顔からスッと血の気が引いた。「どうして、お前がここに……?いつ帰国したんだ?」私は彼を見つめ返した。5年ぶりに見る彼は、ひどく変わっていた。体にぴったりと合った仕立ての良いスーツ。一糸乱れぬ髪。その体には、大人の男としての余裕すら漂っている。だが、私には一目でわかった。彼は怯えている。私が口を開くことを。彼が念入りに飾り立ててきたこの完璧な人生を、私がぶち壊してしまうことを。私は自嘲するように唇を歪めたが、目が熱くなった。「あなたの奥さん、何も教えてくれなかったの?」蒼真が弾かれたように莉乃を振り返る。莉乃の顔も、一瞬青ざめた。だが彼女はすぐにマイクを握り直し、張り付いたような笑みを作り出した。「望月さん、何をおっしゃっているのですか?私はあなたのことなど存じ上げません。今日は私たちの新居のお披露目パーティーなんですよ。もし騒ぎを起こすおつもりなら、どうぞお引き取りください」彼女はホテルの支配人の方へ振り返り、震える声で叫んだ。「警備員は!?この人を叩き出してください!」蒼真は子どもを下ろすと、大股で私に歩み寄ってきた。そして、私の手首を掴もうと手を伸ばす。「安奈、外で話そう」伸ばされたその手を見た瞬間、胃の底から激しい吐き気が押し寄せてきた。かつて、私はどれほど彼に手を引いてほしいと渇望したことか。異国の雨の夜、寒さに身体を震わせながら、私が求めていたのはいつだって彼の掌の温もりだった。だが今は違う。彼の指先が触れるより早く、私はその手を思いきり振り払った。「外で話す?」私は彼を冷たくねめつけた。「蒼真、何をそんなに慌てているの?」ゲスト席から、たちまちヒソヒソと私語が漏れ始めた。「あの女、誰だ?」「もしかして
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第6話

それでも莉乃は、すべてを平然と貪っていた。あまつさえ、いけしゃあしゃあと私に「お茶はいかが?」などと聞いてきた。「黙れ!」蒼真が突然、低く唸り声を上げた。その目に、ついに怒りの色が浮かび上がっている。「安奈、話があるなら外で聞く。今日はこれだけ人が集まっているんだ。どうしても俺の顔に泥を塗りたいのか!?」私は呆然と彼を見つめた。ああ……これほどの事態になってなお、彼が一番気にしているのは自分の体面なのだ。私がこの5年間、どんな思いで生きてきたかではない。彼にどれほど無惨に騙されていたかでもない。この「家」のために、爪が剥がれるまでチェリーを摘み、手首が腫れ上がるまで羊の毛を刈り、40度の高熱が出ても仕事を休むことすらできずに働きづめだったことでもない。彼にとって重要なのはただひとつ、私が大衆の前で彼に恥をかかせたということだけ。私は声を上げて笑った。笑って、笑って――やがて、ひと筋の涙がこぼれ落ちた。「何の権利があって?」私は静かに問うた。「蒼真。あなたは私を騙して5年も海外へ出稼ぎに行かせ、『帰国したら結婚しよう』と嘘をついた。私が血を吐く思いで振り込んだお金で、妻を養い、子どもを育て、あなたたちの新しい家を買ったのよ。それなのに、今更私に黙れですって?一体、何の権利があってそんなことを言うの?」莉乃は真っ青な顔でお腹を押さえ、後ずさりした。「警備員!」彼女はヒステリックな金切り声を上げた。「この女、狂ってるわ!早く追い出して!」数人の警備員が駆け寄ってくる。そのうちの一人の手が私の肩に触れようとした瞬間、人混みの後ろからひとりの探偵が歩み出て、私の前に立ちはだかった。一般の招待客と同じスーツ姿だが、その手にはファイルケースが握られている。「彼女に触れるのはおやめください」警備員が眉をひそめる。「お前、誰だ?」探偵は冷ややかに言い放った。「私は彼女の委任代理人の一人です。ここでのやり取りは、すべて録画しています。もし彼女に手出しをなさるなら、明日にはあなた方のホテルもニュースの標的になりますよ」警備員の動きがピタリと止まった。会場は、まるで蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。招待客たちが次々とスマートフォンを掲げる。興奮して立ち上がる者、「なんて厚
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第7話

「私はA国へ渡った。1年目はブルーベリーやチェリーを摘み、12人相部屋のトタン小屋で寝起きした。2年目は農場で羊の毛を刈った。手首が腱鞘炎になって、お箸すらまともに握れなくなった。3年目、40度の高熱を出した。真夜中に病院へ向かう車もなく、たった一人で布団にくるまって震えながら夜を明かした。4年目の大晦日。彼の温もりが恋しくて、私は彼に76万円を送金した。彼は言ったわ。『もう少しだ。あと600万あれば、俺たちの家が買える』って」私は蒼真を見据えた。「……なのに、結果はどう?私が出国したわずか3日後に、あなたは莉乃と籍を入れていた」ヒュッと、誰かが息を呑む音が響いた。次の瞬間、宴会場は爆発したようにどよめきに包まれた。「3日後だって!?」「えぐすぎるだろ、それ……」「元カノを騙して出稼ぎに行かせておいて、その裏で別の女と結婚してたってのか?」「あいつ、マジで恐ろしいな……」私は言葉を止めなかった。「4年前の3月、私はマイホーム資金として彼に30万円を送金した。そのたった10分後、彼はそのお金を莉乃の口座へ移した。『プロジェクトのボーナスが出た』と嘘をついた。3年前の7月私は体調を崩して思うように稼げず、46万円しか送れなかった。彼からの返事は『ちゃんと薬を飲んでね』の一言だけ。そして彼は、そのお金で莉乃と子どもを家族旅行に連れて行った。その年の大晦日、私は76万円を送金した。彼は『もうすぐだよ。あと600万貯まれば目標達成だから、一緒に頑張ろう』と返してきた。翌年、彼は560万円もする車を、ローンも組まずに一括で買った」莉乃の顔はますます真っ白になっていく。蒼真は目をきつく閉じ、ゴクリと生唾を呑み込んだ。私は探偵から資料の束を受け取ると、それを人々の前へ高く掲げた。「極めつけは、この家よ。彼はこれを、私たち二人の新居だと言っていた。けれど、不動産の権利書に記されている名義は『桜井莉乃』だった。今日帰国した私は、本当は彼にサプライズを仕掛けるつもりだったの。でも、玄関のドアを開けたのは、彼の妻だった。彼女は子どもを抱き、妊娠4ヶ月のお腹で私に『夫の蒼真の同僚の方ですよね?』と尋ねた。あまつさえ、家にあがってお茶でもどうかと勧めてきたわ」私は莉乃に視線を移した。「莉乃、本当に見
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第8話

私は莉乃をじっと見つめた。「あなたの家庭、ですって?」私はふっと、笑みをこぼした。「莉乃、あなたの家も、あなたが入った産後ケアセンターも、あなたの息子のオモチャも、あなたのお腹にいる子どものための栄養剤も、そのどれもこれも、私の血と汗と引き換えに手に入れたものじゃない?その恩恵をいい気になって享受していた時、私のことを悪辣だなんてこれっぽっちも思わなかったでしょう?」私の言葉に、莉乃はぐうの音も出ず絶句した。そこでようやく、蒼真が口を開いた。彼の声はひどく掠れきっていた。「安奈、すまない」そのたった一言を聞いた瞬間、私の胸に鋭い痛みが走った。5年。私はこの5年、幾度となく彼の弁明を待った。幾度となく彼の気遣いを待った。幾度となく「よく頑張ったね」という彼からの一言を待ち焦がれた。けれど、私が待ちわびた果てに見せつけられたのは、妻子に囲まれて何不自由なく暮らす、彼の順風満帆な姿だった。「謝るのはまだ早いわ」私は探偵から別のファイルを受け取ると、そのまま彼の顔面に向けて叩きつけた。バサッと音を立てて、紙の束が床一面に散らばる。送金記録、チャットのスクリーンショット、不動産の権利情報、カードの利用明細、SNSの投稿画面。その一枚一枚が、この5年間、私が骨の髄まで搾り取られてきたという確たる証拠だ。「これは提訴のための資料よ」私は彼を見据え、はっきりと言い放った。「蒼真、あなたが私から奪い取ったもの、全部、きっちり返してもらうから」翌朝、私はスマートフォンの激しいバイブレーションで目を覚ました。画面には無数の通知が溢れかえっている。見知らぬ番号からの着信。SNSのダイレクトメッセージ。ニュースのプッシュ通知。開いてみると、昨夜の新居披露パーティーの動画がネット上で爆発的に拡散され、大炎上していた。見出しはどれも目を刺すようなものばかりだった。【出稼ぎで5年、彼氏のためにマイホーム資金を貢いだ女性。帰国したら彼氏は妻子持ち】【リアル吸血鬼、元カノの金で妻子を養う】【新居披露パーティーが修羅場に。妻も共犯か】動画の中の私は、宴会場の中央に立ち、青白い顔をしながらも、事実を突きつけていた。誰かが比較画像を作ってくれていた。左側には、莉乃がSNSにアップし
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第9話

九条弁護士は顔を上げ、私をまっすぐに見据えた。「勝てます」力強い一言。それが、この5年間ギリギリのところで私を支えていた張りつめた糸を解き、私にようやく生きた心地を取り戻させてくれた。その後の数日間、私は蒼真と一切顔を合わせなかった。彼から何度も着信があったが、ただの一度も出なかった。やがて彼からメッセージが届いた。【安奈、話し合おう。お前が思っているような事じゃないんだ。俺が悪かったのは分かってる、でもあの時はどうしようもなかったんだ。とりあえずネットの動画を消してくれないか?会社からも呼び出されたんだ。莉乃の父にまで迷惑がかかってる】画面に並ぶその文字を見つめながら、私はただひたすらに滑稽さを感じていた。彼は今になってもまだ、私が彼の尻拭いをするべきだと思っているのだ。過去の何年間も、ずっとそうしてきたように。児童養護施設で彼がご飯を奪われた時は、私が代わりに喧嘩を買った。彼が試験に落ちた時は、徹夜で勉強に付き合った。彼が仕事で挫折した時は、「焦らずゆっくりやろう」と慰めた。彼が家を買いたいと言った時は、私が海外へ出稼ぎに行った。私はいつだって、彼の前に立って彼を守ってきた。だから彼は勘違いしているのだ。今回は彼自身がナイフで私を刺し貫いたというのに、それでも私が習性のように、彼をあらゆる雨風から庇い続けるのだと。私は彼に、たった一言だけ返信した。【蒼真。今日から、あなたに下る罰を、私はただ傍観させてもらうわ】送信ボタンを押すと同時に、私は彼のアカウントをブロックした。だが、蒼真への罰は、私が想像していたよりもずっと早く下った。3日目、蒼真は会社を懲戒解雇された。公式な通知には【個人の道徳的欠陥により重大な悪影響をもたらし、当社の価値観にそぐわない】と婉曲に書かれていたが、それが何を意味しているかは誰もが知っていた。修造もまた、勤務先から面談に呼び出されていた。彼は生涯、何よりも自分の名誉を重んじてきた人間だ。それなのに晩年になって、自分の娘と娘婿のせいでネット上に晒され、後ろ指を指される羽目になった。ネット上では、当時の蒼真の異例の昇進スピードが暴かれた。修造が職権を乱用して娘婿の出世の道を手引きしたのではないかという疑惑まで浮上している。決定的な証拠こそすぐに
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第10話

私は電話を切った。窓の外は雨が降っていた。絶え間なく叩きつける密な雨音。それはまるで、かつてA国の農場で耳にした、トタン屋根を打つあの音のようだった。ふと、5年前、異国に降り立った最初の夜を思い出した。言葉は通じず、スマホのバッテリーも切れ、空港の照明は氷のように冷たかった。私はトイレの個室にしゃがみ込み、スーツケースを抱きしめて泣いていた。あの時、私は蒼真にメッセージを送った。【怖いよ】3時間経って、ようやく彼から返信が来た。【泣き言を言うなよ。俺たちの家のことを考えろ】だから、私は涙を拭った。本当に、あの「家」のことだけを考え続けた。5年間、ずっと。なのに最後になってようやく知った。あの家には最初から、私の居場所など微塵もなかったのだと。開廷の日、天気は快晴だった。私は黒いコートを着て出向いた。九条弁護士が、冷静さを印象付ける色だと言っていたからだ。鏡を見た時、そこに映る自分と目が合った。酷く痩せている。目は落ちくぼみ、手の甲には長きにわたる肉体労働の荒れた痕が刻み込まれたままだ。けれど、私の瞳だけは異様に輝いていた。まるで、果てしなく長い悪夢からようやく目を覚ましたかのように。法廷に姿を現した蒼真は、別人のようにげっそりとやつれていた。スーツではなく、シワだらけの白いシャツを着ている。髭は剃り残され、その両目は真っ赤に血走っていた。私を見つけた瞬間、その瞳にすがりつくような光が不意に灯った。「安奈……」廷吏に静粛にするよう注意され、彼はうつむいた。莉乃は来ていなかった。聞くところによると、切迫流産の危機で入院したらしい。蒼真とは、凄まじい罵り合いになったそうだ。彼女は「あなたが私の人生を台無しにした」と蒼真を罵り、蒼真は「桜井家のコネ目当てじゃなきゃ、俺がこんな羽目になるか」と罵り返したという。互いに牙を剥き出しにして噛み付き合う様は、まるで干上がった浅瀬でもがく二匹の魚のようだったそうだ。だが、もう私には何の関係もない。裁判は、拍子抜けするほどスムーズに進んだ。証拠が一つずつ提示されていく。私と蒼真の長年にわたる交際の事実。結婚を約束していたメッセージ履歴。私が送金したすべての明細。「マイホームの資金がまだ600万足りない」「権
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