「澪、本当に彼と別れたの?」私が湊の会社から出たその瞬間、親友の藤井咲(ふじい さき)から電話がかかってきた。「別れたわ」「あなたと湊は幼馴染で、付き合って9年になるじゃない。出張でバッグを買ってこなかったくらいで別れるの?」私は立ち止まった。「バッグだけの問題じゃないの」湊はフランシアへ7日間の出張に行っていた。出発前、私は彼に念を押した。私がずっと欲しがっていた誕生日プレゼントを、絶対に忘れないでと。彼はちゃんと約束し、絶対に忘れないと言っていた。帰ってくると、女性秘書から会社の警備員に至るまで、誰もが湊がフランシアから持ち帰ったお土産を受け取っていた。私に対してだけ、彼は手ぶらだったのだ。「ごめん澪。出張のスケジュールが詰まりすぎてて、うっかり忘れてた。次は絶対に買ってくるから」婚約してからのこの3ヶ月間、彼は私の言葉を17回も忘れている。1回目は、私が生理痛で苦しんでいた時、仕事帰りに痛み止めを買ってきてと頼んだ。彼はわかったと答えた。しかし、家に帰ってきた彼からはひどい酒の匂いがした。「クライアントから急に食事に誘われてさ。少し飲んだら忘れちゃった」私は怒らなかった。彼を休ませてから、自分のためにデリバリーを頼んだ。2回目は、私が開いている個人のアトリエに注文が殺到した時だった。私は目が回るほど忙しく、夜ご飯を届けてほしいと彼に頼んだ。彼はわかったと答えた。しかし、深夜の23時になって低血糖で倒れそうになっても、彼は来なかった。家に帰ると、彼はすでに一眠りしていた。「今日は仕事で疲れすぎて、帰ったらそのまま寝ちゃった。ご飯届けるの忘れてたよ」私は湊が着替えたパジャマ姿を見つめ、何も言わなかった。その後も3回目、8回目、17回目……私は何度も、彼のガサツさを気にしないように自分を説得し、何かをお願いする前に彼が「忘れる」心の準備をするのにも次第に慣れていった。偶然、新山胡桃(にいやま くるみ)のSNSアカウントを見つけてしまうまでは。そこには、彼女と湊との日常のシェアが溢れていた。
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