All Chapters of 入学初日に、世界を救う医療戦士に選ばれました〜光のハンカチと3人の治療簿〜: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話 続く密会と、謎の声の正体

「やっぱり、ダメだよ、ハヤト。こんなの」 細い指が、俺の手首をそっと押し返した。重ねていた手の間から淡い光がほどけ、白いシーツに金色の残滓を散らしながら消えていく。 夏休みを終えた学園には生徒たちの声が戻っていたが、放課後の医療棟だけは別の時間に包まれていた。空調の低い作動音と、枕元のモニターが刻む電子音。磨かれた床に夕方の光が長く差し込み、半透明の扉には廊下を通る人影がときおり映る。 扉の向こうではエマが医療機器の数値を確認し、その先の曲がり角にはテオがいる。異変が起きればすぐに入れる距離を保ちながら、二人は俺とミナへ短い時間を譲ってくれていた。 俺が流していた光癒は、薄い糸ほどの量にすぎない。ミナの手首へ触れ、脈の速さを指先で確かめながら、必要以上に強くならないよう抑えていた。 それでもミナは、俺の変化を見逃さなかった。「顔、さっきより白くなってる。息も苦しそう」「少し集中しただけだ。心拍は落ち着いてきてる」「わたしの数字じゃなくて、ハヤトを見てるの」 返す言葉が止まった。 額には汗が滲み、光を送り始める前より呼吸が浅くなっている。視界の端も、焦点を合わせ直さなければ白い壁と床の境目が曖昧になった。 ミナは俺の手首から指を離さず、胸元へ視線を落とした。「光を受けると、確かに少し楽になるよ。でも、その分だけハヤトが弱っていくように見えるの。わたしに光が入るたび、ハヤトが自分の命を削って渡してるみたいで……怖いよ」「命を削ってるなんて、決まったわけじゃない」「決まってないから大丈夫、とは言えないでしょう?」 静かな問いが胸の奥へ入り込んだ。 光癒を使うたびに疲労が残ることも、定期薬に加えて頓服薬を必要とする日があることも事実だ。未完成の力へ明確な安全域などない。それなのに、ミナの心拍が乱れれば、自分の状態を後回しにして光を送ろうとする。 ミナは、そんな俺の性格まで知り始めていた。「わたしたち、会うことを止められているのに、これ以上会っちゃダメだよ」 身体の内側を冷たいものが駆け抜けた。「止められたのは、無断外出と長い面会だ。俺たちが付き合うことまで反対されたわけじゃない」「分かってる。でも、先生たちの目を避けて会ってることは同じだよ」 ミナの声に責める響きはない。その穏やかさが、かえって俺の焦りを大きくした。 会えなくな
last updateLast Updated : 2026-09-11
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第22話(前編) 光の向こうから、懐かしい声が呼んだ

「やっぱ、お前抱いてると落ち着く」 俺の腕の中で、ミナが小さく笑った。艶のある栗色の髪が胸元をくすぐり、開いた窓から流れ込む風に細い毛先が揺れている。午後の陽射しを受けた個室は白く明るく、壁際の医療機器が刻む静かな電子音さえ、今はずっと遠くに感じられた。「それ、わたしの台詞かもしれない」「じゃあ、お互いさまだな」 ミナの頬が俺の制服に触れる。窓の外では、医療棟と本校舎を結ぶ透明な渡り廊下が陽光を反射していた。白い校舎の輪郭がまぶしさに溶け、薄い雲がゆっくりと青空を流れていく。 限られた面会時間を惜しむように、俺たちはベッドの端で肩を寄せていた。恋人になったからといって、触れるたびに緊張しなくなったわけではない。それでも、腕を回す位置や頬を寄せる距離に、以前にはなかった自然さが生まれている。 互いの温度を知っている。その事実だけで、胸の奥へ柔らかな明かりが灯るように思えた。「今日は、少しだけなら平気」 ミナが身体を離し、まっすぐ俺を見る。無理に元気そうな顔を作っている様子はない。俺は表情と呼吸を確かめてから、短くうなずいた。「無理だと思ったら、すぐ離れてくれ」「ハヤトもね」「ああ」 俺が顔を近づけると、ミナは静かに目を閉じた。 唇が重なった瞬間、胸の奥にある淡い青白い光が細い流れとなって動き出す。勢いよくあふれようとはせず、必要な分だけが静かにミナへ渡っていった。閉じた瞼の向こうで柔らかな光がにじみ、触れ合った頬に互いの温度が重なる。 窓辺のカーテンが揺れ、光の粒を含んだ風が足元を通り抜けた。医療機器の表示は穏やかな波を描き、ミナの呼吸も次第に深くなっていく。 俺は数秒で唇を離した。長く続けなくても、今は光がどこまで届いたのかを感覚でつかめる。完全に扱えているわけではない。それでも、以前のように胸の内側で力が激しく暴れることはなかった。 定時薬のおかげで俺自身の状態は落ち着いているものの、力を使ったあとの軽い疲労までは消えない。身体の芯へ薄い重さが残っている。それでもミナに触れている間だけは、自分の中の光まで静かに澄んでいくような気がした。 医学的な理由も、光の性質もわからない。ただ、腕の中にいる彼女の温度が、張り詰めていたものをほどいてくれる。今は、その感覚だけで十分に思えた。「もう一回は?」 ミナが照れたように目を細める。「
last updateLast Updated : 2026-09-14
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第23話 母から受け継いだ光

「やっぱり、ここからだ。ここから声が聞こえる」 口にした声が夜気へ溶けると、ルミナス市外縁部の静けさが、いっそう深くなった。 整備された歩道は数十メートル先で唐突に途切れている。その向こうに、白い複合素材で覆われた低層の建物が横たわっていた。古城のような威圧感も、崩れかけた廃墟の荒々しさもない。むしろ、つい昨日まで研究員が出入りしていたと言われても信じられそうなほど、外壁は滑らかな形を保っている。 ただし、等間隔に並ぶ細長い窓からは、ひとかけらの光も漏れていない。正面入口の脇に設置された認証盤も停止し、黒い画面へ俺たちの姿をぼんやり映すだけだった。門の支柱には半透明の立ち入り禁止表示が浮かんでいるものの、文字の一部が欠け、警告の理由までは読み取れない。 壁際では円盤型の清掃装置がひっそりと動いていた。人が来なくなっても命令された仕事だけを続けているのか、乾いた葉を集めては、細い排出口へ吸い込んでいく。その規則正しい駆動音に交じり、建物の奥から低い警告音が断続的に響いていた。『ハヤト』 また、俺を呼んだ。 風が木々を揺らす音ではない。耳元から聞こえるのでもない。声はもっと近く、胸の内側へ直接落ちてくる。 聞き覚えがある。 そう気づくたび、閉じていた記憶の扉が内側から叩かれる。けれど、その向こうにいる誰かの顔を思い浮かべようとすると、胸が拒むように痛んだ。「本当に、ここで合っているの?」 エマが携帯端末を持ち上げる。青白い画面に表示されているのは、俺たちが通ってきた外縁道路と緑地帯だけ。目の前にある巨大な建物は、地図上では灰色の空白に置き換えられていた。「施設名も住所も出てこないわ。学園が一般向けに公開している研究施設の一覧にも、該当する記録はない」「地図にないなら、ここで決まりだろ」 テオが妙に自信のある声で答え、門の隙間から敷地内をのぞき込む。「その理屈は飛躍しているわ」「こういうときは数字より勘が役に立つんだよ。俺の勘は昔から鋭い」「十分前、その勘で資材搬入口へ進もうとしたのは誰?」「あれは建物側の表示が分かりにくかった」「大きく資材専用と書かれていたでしょう」「暗かったから見えなかった」「端末の照明を使えば済むわ」「照明をつけたら、秘密の研究施設へ来た雰囲気が台なしになる」 エマが小さく息をつき、テオは肩をすくめる。
last updateLast Updated : 2026-09-15
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第24話 抱きしめた温度と、選ぶ命

「ミナ!」 白い自動扉が左右へ開ききるより早く、俺は医療棟の個室へ駆け込んだ。 廊下を蹴ってきた足音が、まだ耳の奥で反響している。息を吸うたび、乾いた喉へ冷たい空気が流れ込んだ。白い壁に埋め込まれた照明も、青白い光を帯びた医療機器も、窓際に置かれた小さな花瓶も、俺がここを離れる前と何ひとつ変わらない。 その変わらなさに胸を突かれた。 ベッドの上で上半身を起こしていたミナが、栗色の髪を揺らして振り向く。淡い日差しに縁取られた頬も、驚きに見開かれた瞳も、過去の光が作った幻ではない。 ここにいる。 その事実へ縋るように、俺はベッドへ駆け寄った。「ハヤト?!」 細い肩を抱き寄せた瞬間、病衣の布が耳元で擦れた。腕の中から伝わる温度に、張りつめていた胸の奥が大きく揺れる。 立ち入り禁止区域で触れた光は、どれほど母さんの姿に似ていても温度を持たなかった。伸ばした手に残ったのは、空気へ溶けていく光の粒と、二度と届かない声の余韻だけ。 けれど、ミナは息をしている。俺の腕の中で驚き、俺の名を呼んでいる。「ごめん。急に……」 勢いに任せて力を込めかけた腕を緩めた。 守りたい相手へ負担をかけてどうする。 頭では分かっていたはずなのに、無事な姿を見た途端、押し込めていた感情が身体を追い越していた。俺はミナの呼吸を確かめながら、肩を包む手をそっと離した。 ベッド脇の医療機器が規則的な電子音を刻んでいる。青い表示灯が一定の間隔で瞬き、透明な管の内部を淡い光が静かに流れていた。警告音は鳴っていない。それでも、俺は表示された数値へ目を走らせずにはいられなかった。「すごい足音が聞こえたから、何か起きたのかと思ったよ」 ミナは胸元へ手を置きながら、困ったように笑った。「扉が開いたら、ハヤトが飛び込んできて……本当にびっくりした」「悪い。走るつもりはなかったんだけど」「医療棟に入ってからも走ったの?」「……走った」「廊下は走っちゃ駄目だよ」「ああ。次から気をつける」 注意する声は柔らかい。けれど、その言葉が途切れたあと、ミナは息を整えるように唇を閉じた。 笑顔の奥に、薄い疲れが見える。肩はかすかに上下し、次の呼吸へ移るまでの間も普段より長い。 俺はベッド脇の椅子を引き寄せ、音を立てないように腰を下ろした。走ってきた足には、まだ細かな震えが残っている。両手
last updateLast Updated : 2026-09-16
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第25話 仮想の恋人、揺らぐ心電図

「アキト先輩、本気で言ってるのかしら。ハヤトに命の選別をさせるなんて」 エマの硬い声が、鹿寮の静かな個室を一直線に走った。 膝の上に置かれた端末は消灯したままなのに、その縁を押さえる指だけが白くなっている。アキト先輩を見つめる横顔には、普段の冷静さを崩すまいとする緊張がにじんでいた。 それが俺の力を疑う言葉ではないことくらい、聞き返さなくてもわかる。 最近は講義中にも息苦しさが出る。光刃を使ったあとは脈が整うまで時間を要し、階段を上がるだけで胸元へ重さが残る日もあった。エマはその変化を、俺以上に細かく記録している。薬を渡す時刻も、食事を残した量も、俺が誤魔化そうとした呼吸の乱れさえ見逃さない。 白を基調とした部屋には、冷たいほど均一な照明が降り注いでいた。壁面収納も机も、角を落とした近未来的な造りで統一されている。窓際には室温と空気の状態を示す透明な表示板が浮かび、数字だけが淡い青色に明滅していた。 ただし、整然としているのは内装だけだ。 壁には星空を背に杖を掲げる少女たちのポスターが何枚も並び、棚には色違いの衣装をまとったフィギュアが隙間なく飾られている。机の端には、虹色の宝石をはめ込んだ星の杖まで置かれていた。 冷静な大学部三年生の部屋というより、架空の変身少女たちが占拠した展示室に近い。「命の選別とは、ずいぶん厳しい表現を使うね」 アキト先輩は机の前に立ったまま、壁面ディスプレイへ指を滑らせた。笑顔の少女が映っていた待ち受けが消え、代わりに人体模型と複数の波形が浮かび上がる。「先輩自身が言ったんですよ。どの命を助けるのか、選ぶ覚悟が必要だって」 俺が答えると、アキト先輩の口元から柔らかな笑みが消えた。「撤回する気はないよ。救命の現場で、時間も力も無限に与えられるとは限らない。誰かへ手を伸ばしている間に、別の誰かの状態が変わることもある。知識として理解するだけでは、判断できるようにはならない」「だからといって、いまのハヤトへ精神的な負荷まで加える必要があるの?」 エマの指先が端末の角を一度だけ叩いた。「光の力を使わなくても、急に心拍が上がる時があるわ。訓練そのものに耐えられても、その後まで影響が残るかもしれない」「生体情報は継続して監視する。限界を超える前に止めるよ」「その限界を決めるのは誰?」 鋭い問いに、アキト先輩は即答
last updateLast Updated : 2026-09-17
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第26話 2つの命、ひとつの光

 突然、仮想のマルクスがよろめき、倒れてしまう。 床へ片膝をついた瞬間、彼の輪郭に赤い格子が走った。視界の右上へ〈光の病・疑似症状/光脈低下・呼吸不安定〉の警告が開く。現実のマルクスが発病したわけではない。目の前にいるのは、収録された声と姿からアキトが組み上げた訓練用アバターで、光の病らしき症状も今回だけの架空の設定だ。「マルクス、大丈夫?」 ミナのアバターが、決められた台本どおりに駆け寄った。栗色の髪が肩から滑り、差し伸べた指がマルクスの腕へ触れる。その声も、今この場所から届いたものではない。現実のミナは医療棟にいて、訓練中の俺たちとは離れている。 仮想の床は磨かれた鏡のように二人を映し、白い壁には存在しない窓から柔らかな光が差していた。あまりに精巧な影と衣擦れの音が、ここにいない二人へ現実の重みを与えてくる。理屈で切り離そうとするほど、ミナの声だけが耳の奥へ鮮明に残った。 分かっている。分かっているのに、胸の内側で絡まった呼吸はほどけなかった。 倒れたマルクスの表示が橙から赤へ変わる。続いて、ミナの肩が小さく揺れた。彼女は苦しげに息を吸い、マルクスのそばへ手をついた。もう一枚の警告窓が視界へ重なり、〈光脈変動・循環低下〉の文字が明滅する。これも現実のミナの容体ではない。アキトが仮想映像に組み込んだ、二人同時救助の課題にすぎない。「嘘だろ……二人とも?」 足が床へ縫い留められたように動かない。 ミナへ駆け寄りたい。考えるより先に、全身がそう訴えていた。けれど、先に倒れたのはマルクスだ。呼吸数も、光脈の低下幅も大きい。相手との因縁を理由に観察を後回しにすれば、俺は患者を見る前に名前で命を選んだことになる。 では、マルクスを先に診るのか。その間にミナの表示が悪化したら? 赤い窓が交互にせり出し、二人の姿を切り分ける。救う順を選べと迫られている気がした。どちらかへ踏み出した途端、もう一方を置き去りにする。そんな錯覚が足首へ重く絡む。 医療を学ぶ者なら、表示された数値から緊急度を見極めるべきだ。そう教わってきた。けれど、患者の顔へ知っている名前が重なった途端、覚えたはずの手順が薄い紙片のように散っていく。ミナを選べば私情に負ける。マルクスを選べば、大切な人を助けたいという本心から逃げる。どちらへ動いても、自分の判断を信じられなくなる気がした。 小
last updateLast Updated : 2026-09-18
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第27話 その手に残る、破れた光

「マルクス!ミナに何をする気だ!」 白い自動扉が左右へ開ききるより早く、俺の声が病室を揺らした。 天井から降り注ぐ医療灯の光が、床も壁も冷たく染めている。一定の温度に保たれた空気には、薬品に似た清潔な匂いが混じっていた。その中央で、窓際の寝台にいるミナだけが、張り詰めた影へ閉じ込められている。 背中は起こした枕へ押しつけられ、栗色の髪が頬に乱れていた。その右腕をマルクスがつかみ、逃げようとする顔へ自分の顔を近づけている。ミナの眉は苦しげに寄り、空いた手で彼の胸元を懸命に押し返していた。「やめて……離して!」 細い声とともに、握られた腕がもう一度強くねじられる。身体は寝台の端へ逃げようとしているのに、マルクスの指がそれを許さない。拒絶の意味を取り違える余地など、どこにもなかった。 視界の奥で何かが白く弾けた。 頭の中から、ミナの声以外が消える。心臓から押し出された熱が一気に腕へ集まり、次に気づいたときには床を蹴っていた。握った右拳を引き、マルクスの横顔だけを見据えて前へ出る。「ハヤト、待て!」 右腕へテオの両手が絡みついた。同時に左肩と脇腹をエマの腕が押さえる。勢いを殺しきれず、三人分の靴底が白い床を擦った。乾いた摩擦音が、壁際の機器から鳴る電子音と重なる。「離せ、あいつはミナに――」「分かってる! だからこそ今は殴るな!」「ハヤト、ミナを見なさい!」 エマの声が鋭く耳へ入った。 俺の拳は、マルクスへ届く寸前で震えている。その向こうにいるミナは、胸元で左手を固く握り、怯えた目でこちらを見ていた。呼吸に合わせて肩が小さく上下するたび、寝台脇の表示に淡い波形が走る。間隔の詰まった作動音が、怒りで狭まっていた俺の意識へ一本ずつ亀裂を入れてきた。 彼女の目に映っているのは、無理やり迫るマルクスと、拳を振り上げた俺だ。 その事実が、頭から冷水を浴びせられたように染み込んでくる。 ここは訓練室ではない。力を競う場所でも、怒りをぶつける場所でもない。俺が拳を振るえば、それをすぐ近くで受け止めるのはミナになる。守るために来た俺が、怒鳴り声と暴力で彼女をさらに追い詰めてどうする。 肺へ入る空気が熱い。仮想訓練から残る胸の圧迫感も、遅れて輪郭を取り戻した。俺は一度まぶたを閉じ、空調の冷たい風を鼻から吸う。消毒された空気が喉を通り、荒れていた呼吸を少しず
last updateLast Updated : 2026-09-19
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第28話 君と踊る冬を目指して

「ハヤト様ぁ〜なんとかしてください〜」 夕暮れの光が、獅子寮の談話室を淡い金色に染めていた。 床から天井まで届く大窓の向こうでは、白を基調とした校舎群が茜色の空を静かに映している。建物を結ぶ連絡通路には青い誘導灯がともり始め、授業を終えた学生たちの影が細く伸びていた。 暖房の風が天井からゆるやかに降り、机の上に散らばった付箋をかすかに震わせる。その穏やかな空気の中で、テオだけが世界の終わりを迎えたような顔をしていた。 俺へ向かって両手を組み、祈りを捧げている。「俺を拝んでも点数は上がらないぞ」「そこをなんとか。ハヤトなら、俺の頭を一晩で優等生仕様に改造できるだろ?」「できたら医療戦士じゃなくて別の何かになってる」「じゃあ三日でいい」「時間の問題じゃない」 テオの前には教材が六冊、薄型端末が二台、書きかけのノートが三冊並んでいた。広げられた光医学基礎のページには、循環経路を示す複雑な図が載っている。その隣で、テオが自分なりに描いた図は何本も足を生やした虫にしか見えなかった。「これは何だ?」「光の循環経路」「足が十一本あるぞ」「細かいところは気にするな。大事なのは全体の勢いだ」「試験官が勢いで点をくれると思うか?」「そこをハヤトの指導力で」 都合のいいことを言いながら、テオが向かい側の椅子を引いた。 俺はすぐには座らず、手にしていた端末へ視線を落とした。画面には、五分ほど前に医療棟から届いた連絡が表示されている。『当面の急変なし。本日の面会は十九時まで可能』 短い文章を、これで何度読み返したか分からない。 急変はない。それは安心していい知らせのはずなのに、胸の奥へ絡みついた緊張は簡単にはほどけてくれなかった。 意識を失い、白い寝台へ戻されたミナ。冷たい床に落ちた、端のほつれた布切れ。病室を満たしていた張り詰めた声と、こちらを射抜くようなマルクスの目。 その記憶に重なるように、アキト先輩の言葉が蘇る。 マルクスもまた、光の病の犠牲者なのではないか。 確かめられたことは何もない。マルクスの敵意も、ミナが持っていた古い布の正体も、薄暗い水底へ沈んだまま手が届かなかった。 端末を伏せると、冷たい画面が指先から離れた。 立ち止まって考えている間にも、小テストは近づいてくる。そして今、俺の前ではテオが本気で救援を待っている。「
last updateLast Updated : 2026-09-20
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第29話 2年先も、その先も

俺はミナの様子を見に、ミナの部屋へ行った。 獅子寮では、テオとエマが下半期小テストの出題範囲を整理している。飲み物を買ってくるとだけ書き置きを残し、休憩時間を縫うように寮を抜け出した。 嘘をついたつもりはない。医療棟へ続く連絡通路の自動販売機で、温かい茶を一本買った。薄い容器越しに伝わる熱を両手で包み、冷えた指先を温めながら歩く。 午後の医療棟は、学園の中にありながら別の時間が流れているように静かだった。 継ぎ目なく続く白い照明。清潔に磨かれた床。その上へ、俺の影が薄く伸びている。受付から遠ざかるにつれ、人の声も搬送機の走行音も聞こえなくなり、天井の空調が吐き出す風と、どこかの病室から届く電子音だけが残った。 ミナは勉強しているだろうか。 眠っているなら起こしたくない。体調が悪いなら、顔を見てすぐ帰ればいい。俺が来たことで笑おうと無理をさせるくらいなら、扉の前で引き返すべきだ。 会いたい気持ちと、休ませたい気持ちが一歩ごとにぶつかる。 前回会ったときのミナは、ダンスパーティの話をしながら笑っていた。体調が良ければ一緒に踊ろうと約束し、どんな服が似合うだろうと楽しそうに首を傾げていた。 あの笑顔を信じたい。 それなのに、病室へ近づくほど周囲の音が消えていく。胸の奥へ沈めていた嫌な予感まで、静けさの中で輪郭を持ち始める。 ミナの病室番号が見えた。 扉の脇に設置された表示灯は、いつもの淡い青ではない。『面会謝絶』 赤い文字が白い壁へ浮かび上がっていた。 足が止まる。手の中の茶が急に熱く感じられ、わずかに指を緩めると、容器の表面についた水滴が掌へ細い筋を残した。「ハヤト君」 横から声を掛けられ、肩が跳ねた。 担当医が端末を胸元に抱え、少し離れた場所に立っている。落ち着いた声にもかかわらず、慎重に言葉を選んでいることが伝わってきた。「ミナは、どうしたんですか」「光の病の影響で、今日は体調が優れません。本人も、今は誰とも話したくないと望んでいます」「昨日までは話せていました」「状態には波があります。今は静かに休む時間が必要です」 担当医の視線が、閉じた扉へ一瞬だけ向く。端末を持つ指には力が入り、白衣の袖口に小さなしわが寄っていた。「病気が進んだんですか」 尋ねた声が、自分のものではないように硬い。「詳しい話は、本人が落ち着いて
last updateLast Updated : 2026-09-21
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第30話 薬より、俺を信じてくれ

「試験終了!」 試験監督の声が、白い教室の隅々まで鋭く響いた。 直後、机に埋め込まれた答案端末が一斉に光を失う。薄い画面が自動的に収納され、ぱたん、ぱたん、と乾いた消灯音が重なった。 誰かが長い息を吐いた。それを合図にしたように、椅子の背が鳴り、固まっていた肩を回す気配が広がっていく。さっきまで張り詰めていた教室の空気が、結び目をほどかれた糸のように緩んだ。 俺も背もたれへ身体を預けた。 首の付け根から両肩にかけて、重い疲労が沈んでいる。最後まで答えを迷った薬草学の設問が、閉じた端末の奥から追いかけてくるように頭へ残っていた。 それでも空欄は作らなかった。前夜までテオとエマに繰り返し説明してもらった範囲も、予想していた以上に出題されている。 指先には長時間端末を操作し続けた痺れがあったが、胸の中には確かな手応えも残っていた。「ハヤト様ぁ〜終わった〜!平均点は行ってる気はする!」 隣から伸びてきた腕が、勢いよく俺の肩へ回る。「俺も手応えはあった」「よっしゃあ!」 立ち上がったテオに引かれ、俺の椅子が床をこすった。気づけば俺も彼の背中へ腕を回している。 試験範囲が発表された日には、平均点という言葉すら遠く感じていた。覚えたはずの内容が翌朝には抜け落ち、三人で端末を囲めば、同じ問題で何度もつまずいた。 それでも、ここまで来た。 胸の奥に溜まっていた重圧が一気に抜け、俺たちは数秒ほど固く抱き合った。 教室を出ようとしていた生徒たちが、こちらをちらちら見ている。足を止める者まで現れたところで、聞き慣れた冷静な声が飛んできた。「あなたたち、試験が終わっただけで何を始めてるのよ」 顔を向けると、エマが鞄を抱えて立っていた。整えられた赤いベストも、まとめた髪も試験前と変わらない。ただ、眉の間には呆れたような小さなしわが寄っている。 我に返れば、テオは身体の半分ほどを俺へ預けていた。解放感より先に、腰へ加わる重さが気になってくる。「お前、重い」 胸を押して引き離すと、テオは乱れたベストを素早く整えた。それから周囲へ向き直り、妙に真剣な顔を作る。「オレタチ、タダノトモダチ、コイビトチガウ」「その説明がいちばん怪しいわよ」 間髪を入れない声に、教室のあちこちから笑いが漏れた。 開いた扉のそばには、試験後の俺たちを迎えに来たアキトもいる。眼
last updateLast Updated : 2026-09-22
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