心臓を見えない手にきつく掴まれ、そのまま放り出されたような衝撃を受けた。あとに残るのは、ぽっかりと穴が空いたような鈍い痛みだけだ。信じられないという思いと、裏切られたという怒り。そしてそれよりずっと深いところにある、自分でも認めたくないほどの不安が入り混じっている。彼女は、行ってしまった。ただ拗ねて家を飛び出したのではない。旅立つ準備はとっくに整っていた。彼女は、ずっと前からこの日のために動いていたのだ。振り返ることなく、彼のまったく知らない広い世界へと飛び立っていった。そして自分は、とんだ愚か者だった。彼女はほんの少し機嫌を損ねているだけだと、自分から離れられるはずがないと、いずれ戻ってくるはずだと、そう思い込んでただここにいたのだ。翌日。裕也は所長室の扉の前に立ち、深く息を吸ってから手を上げてノックした。「入れ」扉を開けると、所長は老眼鏡をかけ、書類を読んでいた。物音に気づいて顔を上げ、相手が彼だとわかると、いくらか意外そうな顔をする。「あぁ、裕也か。この時間、実験室にいるはずだろう。データは出たのか?」「まだです」裕也は机の前まで歩み寄り、立ち止まった。「所長、3日だけ、休みをいただきたいのですが」「休み?」所長は老眼鏡を外し、たちまち不快げに眉をひそめた。「今か?冗談だろう。プロジェクトは今、いちばんの正念場だぞ。一分一秒も無駄にはできない。お前はプロジェクトの中核だ。お前が抜ければ、進捗全体が止まってしまう!」「わかっています」裕也の声は穏やかだったが、注意深く聞けば、かすかな緊張がはっきりと滲んでいた。「3日だけです。私事があって、どうしても片づけなければなりません」「私事?」所長の眉間の皺がさらに深くなった。「このプロジェクトより大事な私事があるのか。お前はこれまで、そんなふうに優先順位を見誤る人間ではなかったはずだ」裕也は数秒黙り込んだ。「……妻のことです」自分の口からそんな言葉が出たことに、彼自身が驚いた。「妻が出ていきました。東雲に。私が迎えに行かなければなりません」所長は呆気に取られた。まるで初めて出会った見知らぬ人間を見るように、まじまじと見つめた。妻?あの、いつも静かで、存在感のひどく薄い早紀のことか?出ていった?「お前たち……喧嘩でもしたのか?」所長の口調
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