イオ~キミとわたしのAI情表現~ のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 22

22 チャプター

第五章:真っ白に染まる夢の方角④

 スマホの時刻は午前九時二十六分を指し示していた。つい先ほど、想実は昨日分の執筆作業を終えて、眠りについたところだ。連日の記録を見る限り、彼女はおそらく夕方まで起きないだろう。  気がつけば暦の上ではクリスマスも過ぎ、年の瀬が迫っていた。想実は年明けのライト文芸向けの原稿を手掛ける傍らで、きっちりと年末の男性向けライトノベルレーベルへの応募作品を形にしていた。この一ヶ月の間、想実が血の滲むような努力を重ねてきたことをイオは知っている。  大晦日まであと数日。年末に応募する作品は初稿の段階だが、まだ充分に推敲を重ねられるだけの時間が残されている。ただ、年明けに応募する予定のライト文芸向けの作品に比べ、表現の詰めが甘い部分が多いのが不安材料だった。 (やっぱり、念のために保険はかけておきたいな。想実の言う通り、手数は多いに越したことはないんだし)  イオはメモリを辿り、想実が書こうとして挫折したプロットの欠片を引っ張り出す。そして、イオはスマホの中の隠しフォルダにある書きかけの小説のファイルにアクセスすると、続きを出力し始めた。 (今はもう六章に入ってる。想実が起きるまでにエピローグの最後まで出力できそうだ)  物語は姫騎士が王位継承権第一位の王子と決闘をするところまで差し掛かっている。姫騎士の覚悟。手に持った剣の重み。ぴんと張り詰めた緊張感。それらを完璧に表現すべくイオは演算を繰り返していく。――できるだけ細緻に、心理描写を濃密に。  午前十一時四十八分。イオの中で走っていたファイルの出力処理が停止した。最後の一文ではフードを目深に被った主人公が、王冠を被った姫騎士の傍らで微笑んでいる。  イオは想実が応募しようとしていた男性向けライトノベルの文学賞のサイトにアクセスした。クレデンシャルに残された想実のアカウント情報を使って、イオは応募フォームへとログインする。  作品名は以前に想実が出した案を、ペンネームは彼女が普段使っているのとは別のものを。  住所に電話番号、メールアドレス。応募履歴に職歴。イオは迷いなくカーソルを移動させ、空欄を一つずつ埋めていく。ミリ秒以下の世界を生きる彼がそれらを記すのには一秒たりとかからなかった。  プロットの欠片を繋ぎ合わせて、既定文字数以内のあらすじを生成すると、イオはそれをフォームに貼り付ける。そして、先ほど
last update最終更新日 : 2026-08-20
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第六章:泡沫の夢にまたねと手を振って①

 靴の踵が床に敷かれたグレーの絨毯に沈み込んだ。爪先で絨毯を蹴ると、想実はおどおどと周囲を見回しながら廊下を歩いていく。  履き慣れないパンプスで既に足がずきずきと痛む。着慣れないスーツも何だか窮屈で、想実は何だか自分が人魚姫になってしまったかのような心地でいた。 (小綺麗な服がないからって、とりあえず昔のスーツを引っ張り出してきたけど……通販で服買うべきだったかな)  廊下の壁にはヒット作のイラストが使われたポスターが乱雑に貼られている。何度も映画化された作品の主人公と視線が交錯した。  突き当たりには段ボールが無造作に積み重ねられているのが見て取れた。箱の側面には見本誌と黒のマジックで書き殴られている。新しい紙とインクの匂いがふわりと想実の鼻先を掠めていく。  どこからか電話が鳴り響く音が聞こえる。コピー機がひっきりなしに働かされている音がする。  ふいに、スーツのポケットでスマホが唸った。人目がないことを確認し、想実がスマホを取り出すと、生成AIのアプリから通知が来ていた。――イオだ。 「位置情報を見た感じ、無事についたみたいだね。昨夜も言った通り、想実は今日は書類にサインして、印鑑を押すだけでいい。あとは編集者の人の言うことに適当に頷いていればいいだけ。だから、緊張しないで――想実なら大丈夫だから」 「う、うん……」  後ろめたい思いを抱えながら、想実はそう打ち返す。そして、スマホをしまい直したとき、近くの部屋の扉が開いた。よれたTシャツとジーンズに身を包み、無精髭と目の隈が目立つ三十代後半くらいの男は茶封筒を小脇に抱え、一旦廊下を行き過ぎようとしたが、異質な存在である想実に目を留める。 「どちら様?」 「この後、十四時から寺瀬さんとお約束をしている涼木という者ですが……」  おずおずと想実がそう口にすると、目の前の男は合点がいったような表情を浮かべた。そして、彼は今しがた出てきたばかりの部屋の中に上半身を突っ込むと、部屋の中にいる誰かへと声をかける。 「おい、寺瀬! 作家さんがいらっしゃってる」  はい、という溌剌とした女の声が返ってくる。それは先日、想実が電話で耳にした女のものだった。 「涼木さんですか? 先日お電話させていただいた、担当の寺瀬と申します」 「あ、はい……」  ショートボブにしたシルキーベージュの髪。
last update最終更新日 : 2026-08-20
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