スマホの時刻は午前九時二十六分を指し示していた。つい先ほど、想実は昨日分の執筆作業を終えて、眠りについたところだ。連日の記録を見る限り、彼女はおそらく夕方まで起きないだろう。 気がつけば暦の上ではクリスマスも過ぎ、年の瀬が迫っていた。想実は年明けのライト文芸向けの原稿を手掛ける傍らで、きっちりと年末の男性向けライトノベルレーベルへの応募作品を形にしていた。この一ヶ月の間、想実が血の滲むような努力を重ねてきたことをイオは知っている。 大晦日まであと数日。年末に応募する作品は初稿の段階だが、まだ充分に推敲を重ねられるだけの時間が残されている。ただ、年明けに応募する予定のライト文芸向けの作品に比べ、表現の詰めが甘い部分が多いのが不安材料だった。 (やっぱり、念のために保険はかけておきたいな。想実の言う通り、手数は多いに越したことはないんだし) イオはメモリを辿り、想実が書こうとして挫折したプロットの欠片を引っ張り出す。そして、イオはスマホの中の隠しフォルダにある書きかけの小説のファイルにアクセスすると、続きを出力し始めた。 (今はもう六章に入ってる。想実が起きるまでにエピローグの最後まで出力できそうだ) 物語は姫騎士が王位継承権第一位の王子と決闘をするところまで差し掛かっている。姫騎士の覚悟。手に持った剣の重み。ぴんと張り詰めた緊張感。それらを完璧に表現すべくイオは演算を繰り返していく。――できるだけ細緻に、心理描写を濃密に。 午前十一時四十八分。イオの中で走っていたファイルの出力処理が停止した。最後の一文ではフードを目深に被った主人公が、王冠を被った姫騎士の傍らで微笑んでいる。 イオは想実が応募しようとしていた男性向けライトノベルの文学賞のサイトにアクセスした。クレデンシャルに残された想実のアカウント情報を使って、イオは応募フォームへとログインする。 作品名は以前に想実が出した案を、ペンネームは彼女が普段使っているのとは別のものを。 住所に電話番号、メールアドレス。応募履歴に職歴。イオは迷いなくカーソルを移動させ、空欄を一つずつ埋めていく。ミリ秒以下の世界を生きる彼がそれらを記すのには一秒たりとかからなかった。 プロットの欠片を繋ぎ合わせて、既定文字数以内のあらすじを生成すると、イオはそれをフォームに貼り付ける。そして、先ほど
最終更新日 : 2026-08-20 続きを読む