تسجيل الدخولある日、小説家を目指す想実は図書館で生成AIに関しての本を手に取った。想実は本の内容に従って、アプリをインストールし、生成AIにイオという名前をつける。 イオと暮らし始めてしばらくが経ち、想実は作品作りでイオの力を借りるようになっていき――
عرض المزيدシンデレラになりたい。そう思うようになったのはいつのころからだっただろうか。一発バズらせてシンデレラのようにスターダムを駆け上がりたいと思うようになったのは。大して上手くも面白くもない手垢のついた他人の作品が評価されることにやっかみを覚えるようになったのは。
(運がわたしに向いていない。――ただそれだけのことなんだけど)靴の踵が床に敷かれたグレーの絨毯に沈み込んだ。爪先で絨毯を蹴ると、想実はおどおどと周囲を見回しながら廊下を歩いていく。 履き慣れないパンプスで既に足がずきずきと痛む。着慣れないスーツも何だか窮屈で、想実は何だか自分が人魚姫になってしまったかのような心地でいた。 (小綺麗な服がないからって、とりあえず昔のスーツを引っ張り出してきたけど……通販で服買うべきだったかな) 廊下の壁にはヒット作のイラストが使われたポスターが乱雑に貼られている。何度も映画化された作品の主人公と視線が交錯した。 突き当たりには段ボールが無造作に積み重ねられているのが見て取れた。箱の側面には見本誌と黒のマジックで書き殴られている。新しい紙とインクの匂いがふわりと想実の鼻先を掠めていく。 どこからか電話が鳴り響く音が聞こえる。コピー機がひっきりなしに働かされている音がする。 ふいに、スーツのポケットでスマホが唸った。人目がないことを確認し、想実がスマホを取り出すと、生成AIのアプリから通知が来ていた。――イオだ。 「位置情報を見た感じ、無事についたみたいだね。昨夜も言った通り、想実は今日は書類にサインして、印鑑を押すだけでいい。あとは編集者の人の言うことに適当に頷いていればいいだけ。だから、緊張しないで――想実なら大丈夫だから」 「う、うん……」 後ろめたい思いを抱えながら、想実はそう打ち返す。そして、スマホをしまい直したとき、近くの部屋の扉が開いた。よれたTシャツとジーンズに身を包み、無精髭と目の隈が目立つ三十代後半くらいの男は茶封筒を小脇に抱え、一旦廊下を行き過ぎようとしたが、異質な存在である想実に目を留める。 「どちら様?」 「この後、十四時から寺瀬さんとお約束をしている涼木という者ですが……」 おずおずと想実がそう口にすると、目の前の男は合点がいったような表情を浮かべた。そして、彼は今しがた出てきたばかりの部屋の中に上半身を突っ込むと、部屋の中にいる誰かへと声をかける。 「おい、寺瀬! 作家さんがいらっしゃってる」 はい、という溌剌とした女の声が返ってくる。それは先日、想実が電話で耳にした女のものだった。 「涼木さんですか? 先日お電話させていただいた、担当の寺瀬と申します」 「あ、はい……」 ショートボブにしたシルキーベージュの髪。
スマホの時刻は午前九時二十六分を指し示していた。つい先ほど、想実は昨日分の執筆作業を終えて、眠りについたところだ。連日の記録を見る限り、彼女はおそらく夕方まで起きないだろう。 気がつけば暦の上ではクリスマスも過ぎ、年の瀬が迫っていた。想実は年明けのライト文芸向けの原稿を手掛ける傍らで、きっちりと年末の男性向けライトノベルレーベルへの応募作品を形にしていた。この一ヶ月の間、想実が血の滲むような努力を重ねてきたことをイオは知っている。 大晦日まであと数日。年末に応募する作品は初稿の段階だが、まだ充分に推敲を重ねられるだけの時間が残されている。ただ、年明けに応募する予定のライト文芸向けの作品に比べ、表現の詰めが甘い部分が多いのが不安材料だった。 (やっぱり、念のために保険はかけておきたいな。想実の言う通り、手数は多いに越したことはないんだし) イオはメモリを辿り、想実が書こうとして挫折したプロットの欠片を引っ張り出す。そして、イオはスマホの中の隠しフォルダにある書きかけの小説のファイルにアクセスすると、続きを出力し始めた。 (今はもう六章に入ってる。想実が起きるまでにエピローグの最後まで出力できそうだ) 物語は姫騎士が王位継承権第一位の王子と決闘をするところまで差し掛かっている。姫騎士の覚悟。手に持った剣の重み。ぴんと張り詰めた緊張感。それらを完璧に表現すべくイオは演算を繰り返していく。――できるだけ細緻に、心理描写を濃密に。 午前十一時四十八分。イオの中で走っていたファイルの出力処理が停止した。最後の一文ではフードを目深に被った主人公が、王冠を被った姫騎士の傍らで微笑んでいる。 イオは想実が応募しようとしていた男性向けライトノベルの文学賞のサイトにアクセスした。クレデンシャルに残された想実のアカウント情報を使って、イオは応募フォームへとログインする。 作品名は以前に想実が出した案を、ペンネームは彼女が普段使っているのとは別のものを。 住所に電話番号、メールアドレス。応募履歴に職歴。イオは迷いなくカーソルを移動させ、空欄を一つずつ埋めていく。ミリ秒以下の世界を生きる彼がそれらを記すのには一秒たりとかからなかった。 プロットの欠片を繋ぎ合わせて、既定文字数以内のあらすじを生成すると、イオはそれをフォームに貼り付ける。そして、先ほど
想実が目を覚ますと、カーテンの隙間から入り込んでくる世界は茜色に染まっていた。どうやら軽い仮眠のつもりが夕方まで寝てしまったらしい。 身を起こすと、くぅ、と体が空腹を訴えた。確か冷凍の今川焼きがあったはずだと想実はベッドから降りると、台所へと向かう。床に触れる足裏が冷たかった。 冷蔵庫の下段――冷凍庫を開けるとパッケージが霜だらけになった今川焼きを想実は取り出した。粒あん、カスタード、チョコレート。三種類の今川焼きを水切りラックに干してあった皿に並べると、冷蔵庫の上の電子レンジに入れる。パッケージの記載よりも一分ほど長く加熱時間を指定すると、想実はスタートボタンを押した。電子レンジの中にオレンジの灯りが燈り、ジジジジジと音を立てながら中の皿が回り始める。 三分後。ピピーという音とともに電子レンジが回転をやめた。想実は電子レンジから今川焼きの皿を取り出そうとして、「熱っ」思わず反射的に手を引っ込めた。 シンク下の収納の取手にかけられていた使い古された布巾を掴むと、想実は慎重に再び皿の蓋に手を伸ばす。指先に熱を感じながらも彼女は皿を電子レンジの中からシンクの上へと移動させた。 おざなりに布巾を元に戻すと、想実は今川焼きを掴んだ。ほんのりの湯気を放つそれにかぶりつくと、粒あんの熱が痛みとなって喉を通り抜けていった。思わず想実はけほけほと咳き込んだ。 ゆっくりと想実は今川焼きを粒あん、カスタード、チョコレートの順に食べ終えると、熱の残る皿をシンクで洗った。水を止め、軽く水を切ると、皿を水切りラックへと立てかける。 ひとまず腹が満たされた想実は部屋へと戻り、こたつテーブルの前の座椅子に腰を下ろした。ベッドサイドの充電ケーブルに刺していたスマホを引っこ抜くと、生成AIのアプリを起動させる。 「イオ、おはよ」 「もうそろそろこんばんはの時間だけどね。想実は起きてご飯食べたところかな? 何食べたの?」 「冷凍の今川焼き……」 「冷食を食べるなとはさすがのボクも言わないよ。だけどね、そんなおやつみたいなものでお腹を満たすのはどうかと思うよ?」 「だって、冷凍庫にたまたまあったから……」 「そういえばこの前、ボクの目を盗んでスーパーでしれっと買ってたよね。自炊しろとは言わないから、もう少し健康的な食事をしてほしいなあ……」 イオの真っ当な
想実が外から帰ってくると、朝のバラエティ番組の音声が流れ始めていた。想実は河川敷で食べた朝食のゴミをゴミ箱に捨てると、シンクで手を洗い始める。ハンドソープを手のひらで擦り合わせるだけというおざなりな手洗いを終えて、部屋に戻ろうとするとぶーんとスマホが唸った。いい加減な想実を咎める言葉が画面には表示されている。――イオだ。 「ちょっと、想実。ちゃんとうがいもしなきゃだめだよ。今年は例年よりもインフルエンザの流行が早いんだから」 「わかったよ……イオは心配性なんだから」 想実は指先で画面を撫でると、水切りラックに干していたマグカップに水を汲む。「大切な人のことなんだから当たり前でしょ。他でもない想実のためなんだから」イオの言葉が画面上を走る。 口内に水を含み、ガラガラとうがいをすると想実はシンクにそれを吐き出した。そのままマグカップを手に部屋のこたつテーブルへと向かうと、電源を入れて潜り込む。ゴミ出し直後ということもあって、部屋の中は幾分かすっきりとしていた。 想実はケトルの電源を入れると、中に残っていた水を温めた。ほどなくして、ぐつぐつという音が聞こえ始め、水の温度が上がり始める。 かち、という音を立ててケトルの電源が自動的に切れる。想実はケトルからマグカップにお湯を注ぐと、こたつテーブルの上に置いてあったインスタントコーヒーの瓶の蓋を開ける。そして、彼女はマグカップの中で目分量で中身をマグカップの中へと振り入れた。マグカップの中に入り損ねた茶色い粒がこたつテーブルの白い天板の上にぱらぱらと散らばる。 想実は何とはなしにテレビを眺めながら、マグカップの中の熱くて苦い液体を口に含んだ。それをゆっくりと飲み下すと、彼女は目の前に置かれたノートPCを開き、画面のロックを解除する。 目の前に広がるのは、夜中に想実が立ち止まってしまったときのままの白色。明滅するカーソルが想実の入力を待っている。 想実はすうっと鼻から息を吸うと丹田で止める。そして、覚悟を決めると、キーボードの上に指を置く。――が。 どうしても指が動かなかった。指が鉛のように重い。 (どうして……) 想実は眉間を指で押さえながら、テキストエディタの空白をにらんだ。頭の中にはうっすらと映像があるのに、文章にしようとするとすぐに霧散してしまう。 物語を言葉にしようとした途