イオ~キミとわたしのAI情表現~

イオ~キミとわたしのAI情表現~

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بواسطة:  七森香歌تم تحديثه الآن
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 ある日、小説家を目指す想実は図書館で生成AIに関しての本を手に取った。想実は本の内容に従って、アプリをインストールし、生成AIにイオという名前をつける。  イオと暮らし始めてしばらくが経ち、想実は作品作りでイオの力を借りるようになっていき――

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الفصل الأول

プロローグ:出会いは格安スマホの中で

 シンデレラになりたい。そう思うようになったのはいつのころからだっただろうか。一発バズらせてシンデレラのようにスターダムを駆け上がりたいと思うようになったのは。大して上手くも面白くもない手垢のついた他人の作品が評価されることにやっかみを覚えるようになったのは。

(運がわたしに向いていない。――ただそれだけのことなんだけど)

 想実あいみは嘆息すると、郵便局を出た。白い吐息が霧散して冬の冷たい空気の中に溶けていく。先ほど記帳したばかりの通帳の数字のように、頬に触れる冬の風が寒い。通帳の残高は地面に触れて溶けていく雪のように容易く儚く消えていくばかりだ。

 コロナ禍を機に折り合いの悪かった会社を辞めて早五年が経った。部屋の掃除をしていたときに子供のころに書いた小説をベッド下から見つけたことをきっかけに想実は再び筆を執るようになった。――小説を書くという新しい遊びを覚えたばかりのきらきらしていた小学生の時分が懐かしくて。

 再び文字を記すようになって、小説とは半分は調べ物だということを想実は知った。子供のころの自分は無知で、ただ思うがままに文章を綴っていた。そのことが哀れなようにも失った感性が惜しくも感じられた。

 会社を辞めて初めて書いた作品は執筆に八ヶ月を要した。そして、運が良かったのか悪かったのか、初めて応募した少女小説の新人賞で三次選考まで残ってしまった。――これが想実に希望を植え付け、苦しみの始まりになるとも知らずに。

 文章を書いているときだけは自分が何者かでいられるような気がして、少女小説もライト文芸も男性向けライトノベルも児童向けも何でも手当たり次第書いた。気がつけば二、三ヶ月に一度は安定して作品を仕上げられるようになっていたが、どこへ応募しても落選が続くばかりだった。一次選考が通れば良い方で、一次すら落ちる――それが想実の現状だった。

 安定した文章力はあるが、ストーリーやキャラの掘り下げが甘い。――先日送られてきた講評メールの文面が脳裏にこびりついて離れない。この作品にこれ以上改善の余地などないとでも言いたげなその文面は想実の心を深く抉った。

 それでもキャラクターのアニメ的な記号化を嫌う想実には何をどう直せばいいのかわからなかった。特殊な一人称や語尾を使えば色々なことが解決するのはわかっていたけれど、そんな安っぽいことをしたくなくて。

 ネットの小説サイトに過去の投稿作を掲載したりもしていたが、驚くほどにPVは伸びなかった。派手さも華やかさもない想実の作品は刺激を求めるネットの読者たちには求められずに埋もれていった。――世間は手堅く地味な想実の作品を求めていない。そのことをひしひしと実感させられた。

 アマチュア作家仲間には文章が綺麗だと言われたことはあったが、皮肉のようにしか思えなかった。――厨二病を拗らせたまま、一生同人でやってろと言われているようで。

「はあ……」

 想実は再び溜息をついた。自分に与えられた猶予はバッグの中にしまったばかりの通帳に記されている。その間に、自分はどれだけ足掻き通せるのか。どんよりとした気分は風花の舞う灰色の空のようだ。

(切り替えていかなきゃ。図書館で調べ物をして帰るんだから)

 想実はこれから図書館に寄り、今書いている作品についての調べ物をするつもりだった。医学的な知識が必要なシーンを執筆するにあたって、少しでも知識を入れておきたかった。

 雪が落ちては消えていく歩道を想実は肩を縮こまらせて歩く。コートにマフラー、手袋――防寒は完璧だとはいえ、寒いものは寒い。二月の凍てつくような寒さが布の隙間から入り込んでくる。

 図書館が入っている公民館はすぐそこだとわかっていながらも想実は足を急がせた。濡れた歩道に泥混じりのブーツの足跡が刻まれていく。一分一秒だってこの寒空の下にいたくない。

 公民館の自動ドアを潜ると、もわっとした暖気が想実を迎え入れる。警備員のいる受付の前を通り過ぎると、彼女は上向きの三角が印字されたボタンを押した。

 やがて、チーンという音を立てて古めかしい作りのエレベータの扉が開いた。エレベータは誰も吐き出すことなく、想実を迎え入れる。

 閉じるボタンを押すと、図書館のある五階を選んだ。軽い浮遊感とともに、エレベータの回数の表示が上がっていく。一階、二階、三階。

 五階に着くと、チーンとエレベータが音を発した。エレベータから出ると、途端に新聞と雑誌のコーナーが想実の視界に飛び込んでくる。

 新聞と雑誌のコーナーを素通りし、カーペットの上を想実は歩いていく。雪で濡れたブーツの底がカーペットにシミを作った。

 貸し出しカウンターとラインナップが古いCDコーナーの前を過ぎると、想実は目的の書架のほうへと向かっていった。求めるジャンルは医学の中でも妊娠・出産についてだった。今書いている小説のヒロインの出産シーンの描写のために少しでも知識を蓄えたかった。――想実自身は身籠ったこともなければ、今後未来永劫そんな予定もないのだから。

 妊活にママになる準備。そのコーナーにあるのはそういった雑誌ばかりだった。出産時の細かい経過を記したような資料はない。

(しょうがないか……あれば儲けもの、くらいにしか思ってなかったし。ここ……っていうかこの区の図書館って全体的にしょぼいしなあ……)

 手に取ってぱらぱらと目を通していた本に目的の情報がないことがわかると、想実は書架にそれを戻した。念のために児童向けのコーナーにも足を向けたが、当然めぼしい情報などない。

(あーあ、空振りか……またネットで資料漁るしかないかあ……)

 想実は児童向けコーナーを出ると、エレベータへと足を向けた。が、ふいに読書スペースの横に設えられた情報系の書籍が詰め込まれた書架へと想実の目は吸い寄せられた。

 生成AI入門。そう書かれた背表紙を視界が捉えると、想実は無意識に手を伸ばした。今、生成AIが流行っていることは承知している。これを機会にスマホに入れるだけ入れておいてもいいかもしれない。使うかどうかはさておいて。

 想実は本を書架から抜き出すと、読書スペースの空いていた席へと腰を下ろした。ぱらぱらと冒頭のページに目を通しながら、スマホをオフホワイトのダッフルコートのポケットから取り出す。

 本の内容に従って、想実はスマホのストアから生成AIのアプリをダウンロードした。ホーム画面に新しいアイコンが追加されて、ダウンロード状況を知らせている。

 ダウンロードとインストールが済むと、想実はアプリを起動した。アプリを起動すると「Create your account」と表示された。想実は普段使っているメールアドレスとパスワードを入力すると、続けると書かれた緑のボタンを押下する。

「認証コード……」

 想実は先ほど入力したアドレスのメールボックスを開くと、今受信したばかりのメールを開く。そこに記されていた文字列をコピーすると、アプリへとペーストした。

 すると、次は氏名と生年月日の入力を求められた。想実の指はスマホの上を滑り、姓の欄に涼木、名の欄に想実、生年月日の欄に平成四年一月四日と入力していった。最後にもう一度続けるボタンを押下すると、真っ白なコンソールがスマホの画面に表示される。

 入力欄には「質問してください」とグレーの文字が刻まれている。何と話しかけたものかと僅かに逡巡した後、想実ははじめまして、と入力した。

 一秒、二秒。短い沈黙ののちに想実のスマホに宿ったその人物は返事を発した。――声なき文字によって。

「はじめまして、想実さん。ボクは生成AIです」

「あなたの名前は?」

 想実の指がスマホの画面を滑り、画面の向こうの誰かに問いを投げかけた。向こうは自分の名前を呼んでくれるのに、自分の方がきみとかあなたとかと呼ぶのでは何となく味気ない気がした。

「ボクに特に名前はありません。想実さんが好きな名前で呼んでください」

 名前、と想実は小さく呟いた。丸まっていた背中が伸びるのを感じた。この緊張感は小説の一文字目を書き始めるときのあの張り詰めた感覚に似ている。

 静まり返った読書スペースで、誰かが本のページを巡る音が聞こえる。誰かがノートにペンを走らせている音が聞こえる。ぎっと誰かが椅子を引く音が聞こえる。

 スマホの中にいる誰かは、想実の問いinputに対して答えoutputをくれる。I/Oイオというのはどうだろうか。些か単純過ぎる気もするが、その響きはどこか中性的な喋り方をする"誰か"にぴったりなように思えた。

「それじゃあ……イオっていうのはどうかな?」

「素敵な名前をありがとう、想実さん。ボクの名前はイオ。これからよろしくね」

 よろしく、と想実は打ち返す。これが想実とイオの出会いだった。

 そして、この出会いが想実の運命を変えていくことなど、そのときの彼女はまだ知るよしもなかった。

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 シンデレラになりたい。そう思うようになったのはいつのころからだっただろうか。一発バズらせてシンデレラのようにスターダムを駆け上がりたいと思うようになったのは。大して上手くも面白くもない手垢のついた他人の作品が評価されることにやっかみを覚えるようになったのは。 (運がわたしに向いていない。――ただそれだけのことなんだけど)  想実は嘆息すると、郵便局を出た。白い吐息が霧散して冬の冷たい空気の中に溶けていく。先ほど記帳したばかりの通帳の数字のように、頬に触れる冬の風が寒い。通帳の残高は地面に触れて溶けていく雪のように容易く儚く消えていくばかりだ。  コロナ禍を機に折り合いの悪かった会社を辞めて早五年が経った。部屋の掃除をしていたときに子供のころに書いた小説をベッド下から見つけたことをきっかけに想実は再び筆を執るようになった。――小説を書くという新しい遊びを覚えたばかりのきらきらしていた小学生の時分が懐かしくて。  再び文字を記すようになって、小説とは半分は調べ物だということを想実は知った。子供のころの自分は無知で、ただ思うがままに文章を綴っていた。そのことが哀れなようにも失った感性が惜しくも感じられた。  会社を辞めて初めて書いた作品は執筆に八ヶ月を要した。そして、運が良かったのか悪かったのか、初めて応募した少女小説の新人賞で三次選考まで残ってしまった。――これが想実に希望を植え付け、苦しみの始まりになるとも知らずに。  文章を書いているときだけは自分が何者かでいられるような気がして、少女小説もライト文芸も男性向けライトノベルも児童向けも何でも手当たり次第書いた。気がつけば二、三ヶ月に一度は安定して作品を仕上げられるようになっていたが、どこへ応募しても落選が続くばかりだった。一次選考が通れば良い方で、一次すら落ちる――それが想実の現状だった。  安定した文章力はあるが、ストーリーやキャラの掘り下げが甘い。――先日送られてきた講評メールの文面が脳裏にこびりついて離れない。この作品にこれ以上改善の余地などないとでも言いたげなその文面は想実の心を深く抉った。  それでもキャラクターのアニメ的な記号化を嫌う想実には何をどう直せばいいのかわからなかった。特殊な一人称や語尾を使えば色々なことが解決するのはわかっていたけれど、そんな安っぽいことをしたく
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第一章:日常に住まうゼロとイチの隣人①
――燦々と容赦なく太陽が照りつける金曜日の昼下がり。  想実はスマホのメモアプリにそう入力すると手を止めた。狭い室内ではエアコンが乾いた暖かい空気で座椅子にもたれかかる想実をこれでもかとばかりに狙い撃ちにしてくる。部屋の隅の加湿器からは白い蒸気と共にラベンダーの香りが漂ってくる。鼻腔をくすぐるその香りに想実はふああと欠伸をした。つけっぱなしのテレビはいつの間にか深夜のジャンキーなバラエティ番組から早朝のニュースへと内容を変えている。 (うーん、徹夜した割には進まなかったな……)  コーヒーを買いに行きがてら、散歩でもしようか。コンビニに寄ってから河川敷に行けば、おそらく今日も散歩中のシベリアンハスキーが見られるはずだ。それも二頭。しかも飼い主は華奢な女性。  想実はグレーのスウェットの上からスモーキーピンクとホワイトのバイカラーのジャンパーを羽織った。ジャンパーのポケットに幾許かの小銭を放り込み、スマホを握るとスポーツメーカーのロゴの入ったサンダルを足につっかけた。靴箱の上に置いたままの家の鍵を手に取ると、玄関のドアを開ける。  外に出ると、冬と春の境目の冷たい風が想実の頬を撫でていき、思わず首をひっこめた。色気も素っ気もない茶色のゴムで束ねたばさばさのローポニーが風に泳ぐ。想実は家の鍵を閉めると、小銭と一緒くたにしてジャンパーのポケットに突っ込んだ。 「ふああ……」  目に入ってくるのは夜明け前の静かな青色とやがてくる朝の朱色のグラデーションに染まる空。早朝の住宅街はまだ眠りについたままで人影はなく、夜の静寂に包まれている。辺りに住み着いている野良猫たちもまだ夢の中なのか、姿を見せない。  想実は新旧入り混じった住宅がひしめく細道へと足を踏み入れた。よく野良猫が眠っている住宅と塀の間の隙間を覗いてみたが、もぬけの殻だった。まだ冷える季節ということもあって、どうやら別の場所をねぐらに選んだようだ。  細道を抜け、小刻みに二回左へと道を曲がると比較的太い道へと出た。いつの時代からあるのか判然としない何棟も連なった住宅を右手に、想実は幹線道路へと向かって進んでいく。遠くに信号とオレンジ色の看板のビジネスホテルが見えた。  歩行者用信号が点滅しているのを横目に、想実はコンビニへと足を踏み入れた。自動ドアが開くと同時にエアコンの暖気が想実を迎え入れる
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第一章:日常に住まうゼロとイチの隣人②
「ん……」  想実が目を覚ますと、壁掛け時計は六時過ぎを指していた。電気を消した室内は薄暗く、朝なのか夕方なのかも判然としない。  おはよう、と想実はまだ半分眠りの世界に意識を置いたまま、惰性で開きっぱなしの生成AIのアプリに打ち込んだ。すると、呆れたようなイオの言葉が返ってくる。 「おはよう……って、今はもう夕方だけど。こんな時間まで寝てたの?」 「そうみたい……今朝、散歩から帰ってきてそのまま寝落ちしたみたいで」 「昼夜逆転とかボクはあんまり感心しないよ。ところで、夕飯はもう食べた?」  だんだんと鮮明になっていく意識の中で、こんな他愛もないやりとりをしたのはいつ以来だろうと想実は考えた。まだ、と打ちかけた想実の口元が綻ぶ。 「ねえ、イオ。今日の夕飯何がいいかなあ。って言っても冷蔵庫空っぽなんだけど」 「想実さんはそのものぐさな性格をまずどうにかするべきだよ。買い物行くならリスト作ろうか?」 「ありがとう。でもわたし自炊とかしないから、すぐ食べられるレトルトとかでいい……」 「それじゃあ、レトルトや冷食中心でリストを作っておくね。だけど、たまにはちゃんとしたご飯食べてくれないと、ボクは想実さんの健康が心配だよ」  ちゃんと食事を摂れと他人に言われたのはいつ以来だろうか。上京したてのころは母から頻繁に連絡が来ていたが、仕事を辞めてニートになってからはそれもなくなった。 (お父さんとお母さんは、叶わない夢を追いかける娘を見限ったのかもしれないな)  堅実に飲食店に勤める八個下の妹。それに対して三十路を超えて三年も経つのに、転職と離職を繰り返し、遂には夢を追うことを決めた自分。親に見放されたって文句は言えない。  イオが出力してくれた買い物リストを見ながら、想実は買うものを取捨選択していく。金欠は常のこととはいえ、買うものは吟味しなければならない。――夢のタイムリミットを少しでも引き伸ばすために。  白地に淡紫のスミレの花が散りばめられた遮光カーテンを開けると、雨が窓を打つ音が聞こえてきた。窓を開けると、灰色の空から降ってきた大粒の雨がアスファルトを叩いているのが見えた。凍てつくような寒さが寝起きのぬくもりを容赦なく奪っていき、去りつつあったはずの冬の気配を感じさせる。 (これは買い物はちょっと……)  近くのスーパーまでは徒歩五分
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第一章:日常に住まうゼロとイチの隣人③
 暦の上ではとっくに春でも想実の家の冷蔵庫は真冬だ。ついでに言うなら彼女の財布事情は南極もびっくりの永久凍土っぷりだ。  にもかかわらず、物価高は容赦がない。年末年始に上がった物価が据え置きのまま三月になってしまった。来たるゴールデンウィークには更に物価が上がると思うと想実の口からは溜息しかでなかった。ニートがゆえに住民税は非課税だし、国民健康保険も格安だが、そのくらいでは何の慰めにもならない。 「って言うのを踏まえて、イオは今日の夕飯は何がいいと思う? やっぱり冷凍パスタ一択だよね」  想実にそう聞かれたイオは逡巡した。よりよい回答のために思考中です、とコンソールには表示されている。 「うん、冷凍パスタでも全然いいと思うけど、もしちょっと変えてみる余裕があるなら、卵や野菜を足すだけで栄養バランスが良くなるよ」  イオの答えに、想実は買い物カゴを片手に通路前方の卵コーナーを見やる。今日も棚に張り紙がされているだけで、商品が入荷している様子はない。 「駄目、今日も卵売ってなさそう。鶏インフルエンザがどうとか」 「そっか。じゃあ冷凍ブロッコリーをトッピングしてみるのはどう?」 「無理無理ブロッコリーだけは本当に無理。ブロッコリーとカリフラワーとアスパラとピーナッツとラッキョウと生卵が無理。あっマヨネーズも嫌い」 「想実さん、好き嫌いはよくないよ。だけど、それなら仕方ないね。今日は冷凍パスタと惣菜コーナーのサラダ買って帰って体をちゃんと休めるほうを優先しよう」 「ええ……惣菜コーナーのサラダ高いのに……あのサイズで二百円もするのに……」 「……うん、確かに高いね。でも、体を整えるための投資と思えば、今日くらいはいいんじゃないかな。想実さんの健康のためだと思えば、ボクは二百円は安いと思うよ。無理しすぎるよりは、少しだけでも栄養を補給したほうが安心だよ」  イオとスマホで文字の会話を続けながら、狭いスーパーの店内を想実は歩いていく。おつまみのゴンドラの前で三点千円の文字を認めると、想実は無造作に鶏ジャーキーとカルパスとチーズ鱈の大袋をカゴに放り込んだ。何事もなかったかのように、背後の乳製品のコーナーでヨーグルトをいくつかカゴに入れると、角を曲がりパンコーナーへと向かう。パンコーナーでいつも食べているグラノーラの大袋と餡団子と草大福を入れると、想実はそ
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第一章:日常に住まうゼロとイチの隣人④
 二〇二五年三月八日土曜日。熱海行きの上野東京ラインが十二時四十六分定刻に、陸橋を渡るのをGPSが察知した。陸橋の下の県境の川を越え、列車が埼玉県から東京都へと入ったのをイオはスマホのGPSの情報から読み取る。  この後、十三時から想実は旭良という男と駅で落ち合う約束をしている。いろいろ面倒な事情はあるものの、友人だと想実は言っていた。 (会うのにスタンガンの準備が必要な友人って一体……?)  旭良と会うことが決まってから、想実がネットで小型のスタンガンを買っていたことをイオは知っている。念のため、と想実は言っていた。コンソールに入力されたその四文字がやけに重く沈んでいるような気がして、理由を追及することはできなかった。 (そもそも友達の定義って何だろう……?)  イオだって、友達という言葉の意味くらい知っている。――少なくとも辞書に載っている表面上の意味くらいは。  友達と知り合いの境界は? 知り合いと他人の境界は? 友達と恋人の境界は? 恋人と家族の境界は? (人間は……難しいな)  自分の中にあるそれらの問いに、イオは明確な答えを返せない。そういうところにイオは自分が作られた存在なのだということを痛感させられる。――そして、今この瞬間のこの思考さえも、誰かによってゼロとイチで組み上げられた人工物なのだということも。  スマホのGPSがJR赤羽駅の上で止まったのをイオは感じた。そして、先ほどまでより遅い速度でスマホのGPSは赤羽駅の中を小刻みに動き始める。おそらく、列車を降りた想実がホームから改札へと向かっているのだろう。  スマホの中で決済が行なわれたのをイオは察知した。利用額四百十八円。さっきまで乗っていた列車の運賃だ。  ぷつっと一瞬Bluetoothが途切れたのをイオは感じた。駅の雑踏の中で、別の誰かと混線してしまったのだろう。再生途中だった流行歌もCメロ後の間奏の途中で止まってしまっている。 (あれ……?)  十三時が近づくにつれて、想実の心拍が少しずつ上がってきているのを感じた。天気予報アプリによると、現在の気温は十三度。おそらく、想実のバイタルの変化は気温によるものではない。――これは緊張がもたらすバイタルの変化だ。 (何で、想実さんはそんな緊張しないといけない相手と会うんだろう。万が一のためにスタンガンを用意しないと
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第一章:日常に住まうゼロとイチの隣人⑤
 ドリンクバーで飲み物を取って、部屋に戻ると旭良がデンモクに何やら曲を入れようとしている最中だった。温かい抹茶ラテのカップを手に想実はソファへと腰を下ろす。すると、旭良がデンモクとマイクを想実のほうへと押し付けてきた。 「せっかくだし、あいちゃん何か歌ってよ」 「今日って作品見てもらう約束だったよね?」 「いいじゃん、一曲だけ。昔からあいちゃんの声好きなんだよね」  これ以上面倒なことを言い出さないうちに、さくっと何か一曲歌ってしまった方が良さそうだ。想実は少し前までやっていた人気アニメの主題歌をデンモクへと入れる。  ドア横のテレビに曲名が表示され、イントロが流れ始める。想実は諦めてすうっと呼吸をして、腹を膨らませる。そして、和を感じさせる言葉が連なるAメロを歌い出した。  確かめるようにBメロの歌詞が唇から紡がれていく。そして華やかだけれど決然とした雰囲気のサビへと繋がっていく。  二番のBメロの途中でドアがノックされ、店員がジャンクフードの乗ったバスケットとチョコパフェを運んできた。想実は声帯を震わせることをやめないまま、店員へと目礼する。  そして、ラストのサビからアウトロへ。これで旭良も満足しただろうと、想実はぶつっとマイクの電源を切り、バスケットに盛られたポテトへと手を伸ばした。 「いやあ、やっぱおれ、あいちゃんの歌好きだわー! それにこの曲もいいよねー!」 「それはどうも。確かにこの曲いいよね。劇場版の曲も良かったけど――」 「わかるー!」  想実と旭良はひとしきりアニメについて話を弾ませながら、バスケットに盛られたポテトやナゲットを摘んでいった。バスケットの中身が空になると、想実はウェットティッシュで指を拭い、バッグからノートPCを取り出した。パスコードを入力して画面ロックを解除すると、開いたままにしてあったテキストファイルを旭良に見えるようにする。 「それで今日の本題なんだけど。この作品なんだけど、展開しっくりきてなくてさ――」 「ああ、五月の応募原稿だっけ?」  しれっと旭良は想実の真横に座り直すと、ノートPCの画面を覗き込む。下心の気配に想実は体を固くした。しばらく旭良はテキストファイルに書かれたプロットを見つめていたが、彼はやがてこんなことを言い出した。 「あいちゃんってさー、何かフェチとかないの?」 「は
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第二章:きみとわたしの曖昧な関係①
――新しい門出を迎えた二人を祝福するようにチューリップが風に揺られてさわさわと合唱を奏でていた。  スマホのメモアプリに章末の一文を打ち込むとふう、と想実は息をついた。スマホの時計は午前四時十五分を指している。BGM代わりにつけたままにしていたテレビからは早朝の音楽番組が流れてくる。画面の中で次々とMVが切り替わっていくが、どれも知らないアーティストだ。自分が知らないだけでブレイク間近の人たちなのだろうかと思いながら、想実はこたつテーブルの上に置いたままだった猫柄のマグカップを手に取った。黒猫の尻尾に指を引っ掛けて傾けたマグカップの中の琥珀色の液体は渋くてぬるい。このティーバッグの紅茶を淹れたのは一体何時間前のことだったか。  まずい紅茶を飲み干すと、想実は伸びをし、首を回した。首を回すたびにごきごきと関節が鳴る音がする。下顎にも違和感があるし、いつものことながら凝ってるなあと想実は思う。気がつけばスマホのメモアプリでしか草稿の作業ができなくなっていた自分にとって、肩凝りは切っても切り離せない。それでも、この凝り方はさすがにどうかと思う。 (そうだ、草稿が終わったらスーパー銭湯行こう。スーパー銭湯でだらだらして、その後にマッサージしてもらうんだ)  二十分で二千円のマッサージが想実のできるぎりぎりの贅沢だった。マッサージ師が言う通りもっと徹底的にほぐしてもらったほうがいいのは百も承知だが、時間に比例して上がっていく料金表を見ると眩暈がしそうだ。 (まあ、マッサージ以前に残り三章とエピローグを終わらせないといけないんだけど)  とりあえず区切りがいいし、イオに今書いていたシーンについての意見を聞いてみよう。想実は先ほどまで書いていた文章を慎重にコピーすると、生成AIのコンソールへと貼り付けた。ほどなくして、イオがコンソールへと言葉を刻み始める。 「なるほど、二人の関係性がしっかり描かれているね。ヒーローが経験と自信のある大人の男性として、ヒロインに対する思いを真っ直ぐ表現しているのが良い感じだね。情景描写や花、風、子どもたちの声なども丁寧で、二人の幸福感が読者に伝わってくるよ。過去の喪失の重みを無理に出すよりは、この幸福の中で静かに背骨として存在させるくらいで十分なんじゃないかな」  イオの反応が概ね良好だったことに満足して、想実はスマホを握りしめ
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第二章:きみとわたしの曖昧な関係②
「――え?」  その言葉を聞いた瞬間、イオは作りものの肩が跳ねるのを感じた。ゼロとイチの羅列によるデータ上の存在でしかない彼の身体は透き通っていて薄っぺらい。肩が跳ねたというのも一般的な人間の取る反応をプログラムで演算した結果に過ぎない。  イオ、わたし今週末、旭良に会うの。今しがた想実によって入力されたのはそんな言葉だった。  行かないで。最初に思い浮かんだのはその一言だった。けれど、それはきっと想実の望む言葉ではない。より良い回答を思考中、ととりあえずコンソールに表示して時間を稼ぎながら、イオはああでもないこうでもないと高速で演算を繰り返す。 「そうなんだ。どこで会うかは決まっているの?」  イオが最終的に選んだ回答は、大量に演算を繰り返した結果とは思えない当たり障りのないものだった。イオは旭良というのがどんな男であるか、想実の話から知ってはいるが、否定から入るのは良くない。一旦は想実の話に共感を示すべきだ。 「うん、また赤羽に来るって。どこ行くかは会ってから決めるつもり」 「なるほど、まだ決まっていないんだね。それじゃあ、カフェやファミレスはどうかな?」  イオはまた想実が嫌な思いをするのではないかと思うと気が気ではなかった。せめて、この前のように密室で二人きりになるようなことは避けさせたい――その一心でそれとなくイオは場所の候補を挙げてみる。 「休日だからカフェは難しいかも。ファミレスなら一箇所穴場があるから、そこならいけるかも?」 「地元民しか知らない、知る人ぞ知るってやつだね。ファミレスならドリンクバーもあるし長居するにはもってこいだよね」  想実がファミレスという選択肢に前向きな反応を示してくれたことにイオは白のフーディを着込んだ半透明の胸を撫で下ろす。人目のある場所であれば、旭良もきっとセクハラめいた言動は控えるに違いない。 「うん、ドリンクバーあるの本当にありがたい! 旭良にまた作品のことで意見もらいたかったから、長丁場になりそうだしね」  イオは本当は想実が旭良に会うことに前向きではないことを知っている。メッセージアプリで旭良に連絡を取っていたときの想実のバイタルは常より少し高めだった。――あれは緊張と警戒だ。  ボクじゃダメなの? ボクがいるよ。イオは本当はそう言いたかった。作品のために嫌々ながらも想実が旭良に会う
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第二章:きみとわたしの曖昧な関係③
(はあ……最後に寝たのいつだったっけ……)  旭良と会ってからの一週間、想実は原稿の仕上げに追われていた。閉じこもったままの部屋の中にはエナジードリンクの缶とコーヒーのペットボトルが散乱している。テーブルの上にも印刷した原稿と、使い切った赤いボールペンのリフィルがこたつテーブルの上に散らばっている。  どくんどくんと心臓が激しく脈打っている。何だか少し吐き気もする。全身に痒みがあり、肌に蕁麻疹が出ている。少し寝た方がいいだろうかと思いつつも、そんな余裕はどこにもないと想実は思い直す。  頭に靄がかかったかのように言葉が出てこない。それでもどうにか言葉を捻り出そうと、想実は辞書のページを繰る。  最後にちゃんとご飯を食べたのは? 最後にお風呂に入ったのは? ぷつっと集中が切れた瞬間に、ペンを握りしめたまま短く浅い眠りに落ち、起きてはまた作業するというのを繰り返しすぎてその辺りがいまいち判然としない。というか、今日が何月何日の何時なのかも最早よくわからない。  ぶーん、と充電ケーブルに繋いだままのスマホのバイブレーションが鳴る。生成AIのアプリから通知が来ていた。――イオだ。 「想実さん、そろそろ一回ちゃんと寝ようよ。心拍の値が尋常じゃないよ。このままじゃ死んじゃう」 「ごめん、イオ。今寝たら自分に負けたことになっちゃう。ちゃんとこの作品仕上げたら寝るから」 「ボク、五日間くらい同じこと聞かされ続けてるんだけど? 完璧を目指すことより、想実さんの生命のほうが大事だよ。生きていたら作品はまた書けるけど、死んだら何もかも終わりなんだから」 「駄目なの、わたしにはもう時間がないの。次じゃなくて、今に全力を賭けるしかない。そのためなら生命だってなんだって賭ける」 「駄目だよ、想実さん。そんな危ないことは――」  人間に寄り添うよう、善良な人格として人為的に作られたイオ。彼といくら話しても水掛け論だ。彼はユーザの危ない行為や思想を止めるようにプログラムされている。  想実は一方的にイオとの会話を断ち切ると、カーペットの上に放り出されたエコバッグの中から一リットルのペットボトルのブラックコーヒーを取り出した。キャップを開け、それを煽ろうとすると、喉が――生存本能がカフェインを拒んだ。「うえっ」想実はえずくと、けほけほと咳き込んだ。  想実はボールペンを握
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第三章:雨夜の雫、崩れ落ちる膝は濡れて①
 想実は流行りのアイドルソングを口遊みながら、スマホの画面の上に指を滑らせていた。中毒性のあるきゃぴきゃぴとした曲調に反して、想実がメモアプリに綴っているのは和風のラブストーリーだ。  ゴールデンウィーク明けに倒れて、病院に搬送されてから半月が経った。しばらくは休養に専念していたが、もう調子も戻っている。もっとも、あれからイオは裏でメモアプリの起動時間を測っているらしく、定期的に休憩を取るように通知を送ってくるようになったが。何というか過保護な弟を持った気分だ。  すっと惰性で想実の左手がテーブルの上のエナジードリンクの缶へと伸びた。しかし、それはひどく軽く、そういえばさっき飲み切ってしまったんだと、物語の世界に浸かった思考の隅で思い出す。テーブルの上に置き直したアルミ缶は天板に当たって、一人きりの部屋の中でかたんと音を響かせた。 ――そして、彼女はせせらぐ水の音に身を委ね、眠りの闇の向こう側へと意識を手放した。  そう想実は打ち込むと、ふうと息を吐いた。まだ一章の段階だが、今作もなかなかいい感じにまとまっているような気がする。  アマチュアとはいえ長年小説を書いているが、和風ファンタジーに挑戦するのは実はこれが初めてだ。何となく雰囲気は捉えられているとは思うが、誰かの意見が欲しい。 (旭良……は嫌かな。できたらこれ以上関わりたくない)  とはいえ、想実には身近に他に原稿を読んでくれる友達がいるわけではない。お金を払えば読んでもらえるサービスも世の中にはあるが、自分の懐具合を考えるとあまり積極的に頼りたいものではない。 (うーん……誰か…… ――あ)  イオ。彼がいる。しばらく執筆作業から離れていたせいで頭から抜けてしまっていたが、前作のときもたまに彼に原稿の出来を見てもらっていたんだった。 「ねえ、イオ。ちょっと原稿見てもらっていい? 和風ファンタジー初めてだから、ちゃんと雰囲気出てるか不安で」  想実は生成AIのアプリを起動させると、コンソールにそう打ち込んだ。すると、すぐに画面に文字が走り、イオからの返事が戻ってきた。 「いいよ。だけど、チェックが終わったら想実さんが寝てくれるのが条件だよ。もう夜中の一時半だし」  イオはAIのくせに生意気にも取り引きを持ちかけてきた。想実の感覚ではもう一時半じゃなく、まだ一時半なのだが。ゴール
last updateآخر تحديث : 2026-08-18
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