Semua Bab 七つの悪夢を食べた魔女: Bab 11 - Bab 19

19 Bab

椅子が足りない

 その日、ミコトは理由を言わずに塔へ来た。 階段の途中でイノリが追いついたとき、既に十段ほど上にいた。「あれ。今日、報告あったっけ」「ないわ」「じゃあ何」「通りかかったのよ」「塔の最上階を?」 ミコトは前を向いたままだった。 答えないまま、少し歩く速さが落ちた。 最上階の扉には、いつもどおり銀の鎖が巻かれている。 外すのは踊り場の聖職者の役目で、七本すべて外し終わるまで、しばらくかかる。 イノリはその間、鎖の音を数える癖がある。 今日は、隣でミコトも数えていた。 声には出していない。指が、腿のところで七回動いた。「ミコトも数えるんだ」「何のこと」「今の」「知らないわ」     * 部屋に入ると、ヨルは寝台の上で本を伏せて置いた。 読んでいたように見せるためのものだと、イノリはとっくに気づいている。気づいたまま、毎回気づかないふりをする。「二人?」「ミコトが通りかかったって」「へえ」 ミコトは机の上へ、小さな包みを置いた。 開けると、干した果物が入っている。前と同じ店のものだった。紙の折り方が同じで、端に赤い印が押してある。「それ、教会の配給?」 ヨルが包みを覗いた。「私が買ったの」「へえ」「余ったのよ」「今日も?」「今日も」 ヨルは一つ取って、しばらく手の中で転がしてから口へ入れた。 ヨルはミコトを上から下まで見た。「通りかかる場所じゃないよ、ここ」「そう言われたわ」「言われて、それでも来たんだ」「……ええ」 ヨルは何か言おうとして、やめた。 やめたことに、イノリだけが気づいた。「ミコト、椅子どうぞ」 イノリが机の椅子を引いた。 部屋にある唯一の椅子だった。背もたれの塗りが剥げていて、座面の真ん中だけが白い。「あなたが座りなさい」「私はいつも床だから」「なら私も床でいいわ」「じゃあ椅子どうするの」「置いておけばいいでしょう」 ミコトは寝台の脇へ座った。 膝を揃えて、背筋を伸ばして、床に。 その姿勢のまま、しばらく誰も喋らなかった。 椅子だけが、部屋の真ん中で空いていた。「ねえ」 ヨルが言った。「その座り方、疲れない?」「疲れるわ」「崩せば」「崩し方を知らないの」「教えようか」「結構よ」 ヨルは寝台から足を下ろして、床のミコトの隣へ座り直した。
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-22
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名前のない弾

 朝、目が覚めたとき、右の肩が凝っていた。 寝台で寝ていない。塔の床で、寝台の枠へ肩を預けたまま眠ってしまったらしい。 最後に覚えているのは、灯籠が二つ上がったところまでだった。 寝台の上にヨルがいて、床にイノリが転がっていて、机の椅子は空いたままだった。 ヨルは片方の腕を寝台の外へ垂らしていて、その下でイノリが寝ている。指と髪の間に、拳一つぶんの隙間があった。それでも、垂らしている方の手だけが開いていた。 二人とも起きる気配がない。 ミコトは音を立てずに立ち上がって、上着の皺を伸ばした。 伸ばしても、皺は取れなかった。 扉を出るとき、鎖を掛ける聖職者と目が合った。「朝までいらしたのですか」「記録の確認です」 聖職者は何も言わずに、鎖を掛け始めた。 一本目が掛かる音を聞きながら、ミコトは階段を下りた。 七本目まで数えてしまったことに、踊り場で気づいた。     * 訓練場の端に、ナナセが座っていた。 武器は出していない。膝を立てて、そこへ顎を載せている。 イノリが人形を三体倒したところで、こちらを見た。「ミコト、最近どうしたの」「え」「数える回数、増えてる」 イノリは剣を下ろした。「数えるって」「弾。前は一日に二回か三回。昨日は八回だった」「見てたの」「見てるだけが取り柄だから」 ナナセは目を閉じた。「数えてる人は、だいたい何か抱えてる」「なんで教えてくれるの」「別に。言っただけ」 それきり、返事をしなくなった。 イノリは訓練場を出た。出るとき、ミコトの姿はもうなかった。     * 召集は、その日の午前に来た。候補者の同行は認められていない。 イノリには、報告書の提出とだけ伝えた。 本当のことだった。全部ではないだけで。 大聖堂の奥に、候補者が入れない区画がある。 聖画も窓もない。白い石壁から、装飾だけを削り取ったような廊下が続いている。 床の石が、他の区画より新しかった。継ぎ目が細く、角が欠けていない。人が通らない場所ほど新しく見えるのだと、ミコトは初めて知った。 案内の聖職者は途中で足を止めた。「ここから先は、私も」 ミコトは一人で歩いた。 途中で、年上の女とすれ違った。 同じ制服だった。監察役の徽章が襟についている。 右の袖が、肘のあたりで色が違っていた。焼けた布を切り
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-25
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八千二百四十一

 三日、命令書を読んだ。 読むたびに同じ長さで、同じことしか書いていない。 二日目の夜に、書き写してみた。 自分の字で書くと、少し長く感じた。長く感じただけで、意味は増えなかった。写した紙は燃やした。燃やしてから、燃やす必要があったのか分からなくなった。 四日目の朝、ミコトは監察部へ願い出た。「記録を読ませてください」「どの記録を」「私が読む段階にない、と言われたものです」 オルドはしばらく黙っていた。「今なら、構いません」「何が変わったのですか」「あなたが、自分から聞きに来ました」「前回は、あなたが呼びました」「はい」「同じ内容でも、順番が違えば別だと」「別です」 老人は立ち上がった。「読まされた者は、読んだことを他人のせいにできますから」     * 書庫は地下の三層目にあった。 棚が壁ではなく床から生えていて、通路が一本しかない。左右の棚のあいだは、人が一人通れる幅しかなかった。二人で入ると、後ろの人間は前の人間を追い越せない。 空気が乾いている。紙を保たせるためだと、案内の聖職者が言った。 喉の奥がすぐに渇いた。唾を飲もうとして、飲むものがなかった。 灯りは低い位置にある。棚の上の方は暗い。どこまで棚が続いているのかは、見えなかった。 オルドは一冊の帳面を抜き出した。 抜くとき、隣の帳面が倒れなかった。詰まっているのではなく、一冊ずつ支えが入っている。 表紙に日付が刻まれている。百年前、黒い月が満ちた年。「開きなさい」 最初の頁に、少女の肖像が貼られていた。 処刑台の上に立っている。 胸に、黒い花が七輪。 泣いているのだと思った。 よく見ると、口の端だけが上がっている。 絵の具が、そこだけ二度塗られていた。上から直した跡だった。「この子は」「リシア。候補者でした」「候補者が、なぜ処刑台に」「器になったからです」「器」「倒された大悪夢は、消えません」 オルドは頁の端を指で押さえた。「一人へ集まります。七輪咲けば、満ちる」「満ちたら」「終末の魔女と呼ばれるものになります」「それで、処刑を」「はい」「呼ばれるもの、という言い方をされますね」 オルドは頁から目を上げなかった。「なったところを、誰も見ていないからです」 ミコトは肖像から目を離さなかった。 七輪。数える
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-03
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正しい未来

 監察部の書庫には、失敗の記録しか残っていない。 持ち出せないので、ミコトは三日かけて書き写した。 写した紙を、また何度も読み返す。 七人へ分けた記録。剣へ封じた記録。海の向こうへ逃がした記録。 どれも、なぜ失敗したかは書いてある。 どこまで保ったかは、書いていない。 八日目に殺し合いが起きたなら、七日目までは何が起きていたのか。 十年後に風習が生まれたなら、一年目はどうだったのか。 誰も書いていない。「何読んでるの」 イノリが覗き込んできた。「書き写したものよ」「手伝う」「読めないわ。写しでも、字は監察部のものだから」「じゃあ、声に出して」 ミコトは少し黙ってから、頁の端を指で押さえた。「七人へ分けた記録」「うん」「八日目に、七つの町で殺し合いが起きた」「七日目までは?」 ミコトの指が、頁の上で止まった。「今、同じことを考えていたわ」「じゃあ合ってる」「合っているかどうかは、まだ分からない」「でも二人が同じこと考えたなら、私はもう合ってると思う」 ミコトは反論しかけて、やめた。「七日間、七人は普通に暮らしたわ」「じゃあ、七日はいけたんだ」「七日でも足りないの」「足りないけど、ゼロじゃない」「何日ならいいの」「分からないわ」「じゃあ、何日から数えるかは決められる?」 ミコトが顔を上げた。「どういう意味」「七日でだめだったなら、八日目に何があったか調べればいいでしょ」「八日目のことは書いてあるわ」「書いてあるのは、起きたことだけ?」「……ええ」「じゃあ、その日に誰が何をやめたのかは、書いてないんだ」 ミコトは頁へ目を戻した。 書いていなかった。 イノリは頁を覗き込もうとして、途中で手を引いた。「見ないよ。読めないんでしょ」「読めないわ」「うん」 三日読んで、結局は何も見つからなかった。 見つからなかったことも、ミコトは書き留めた。     * その夜、夢を見た。 白い大聖堂。何千人もの人が跪いている。「聖女ミコト」「世界を救った英雄」 跪いている人々の顔は、見えない。全員が床へ額をつけている。うなじだけが何千と並んでいて、どれも同じ角度で曲がっていた。 誰も顔を上げないので、誰が誰なのか分からない。 分からないまま、声だけが揃って上がってくる。 正面の祭壇
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-04
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天秤

「聖女ミコト」「世界を救った英雄」 跪いた人々が、顔を上げずに呼ぶ。 声は揃っている。息継ぎの位置まで同じだった。 祭壇の上のミコトは、こちらを見ていた。 夢装は着ている。ただ、袖の青が濁っていた。水で薄めたような色になっている。「来ないで」「行くよ」「これは私の悪夢よ」「だから来た」 イノリは階段を上ろうとした。 銃口が動く。「あなたたちがいるから、選ばされるの」 その言葉で、足が止まった。 ミコトは泣いていない。 ただ、弾倉を開けて閉じるのを、さっきから三度繰り返している。「ミコト」「何」「どれだけかかったの」「え」「扉を開けるまで」 イノリは口を開いて、閉じた。「……分かんない」「そう」 ミコトは、それきり聞かなかった。 聞かなかったが、弾倉を開ける手が四度目に動いた。     * 天井の高さが、急に決まった。 巨大な天秤が降りてくる。 鎖が太い。人の胴くらいある。それが天井の見えないところから四本、まっすぐ下りてきて、皿を吊っていた。 片方の皿に、イノリとヨル。 もう片方に、街が乗っていた。屋根も、煙も、洗濯物も、そのまま乗っている。「選びなさい」 大聖堂中から声が響いた。「正しい少女よ」 街の皿では、人々が動いていた。 赤ん坊を抱く母親。夕食を運ぶ老人。明日の約束をする子どもたち。 誰も、自分が皿に乗っていることを知らない。皿の縁の外を見ようともしない。 イノリは皿の縁を見た。石畳が途中で切れて、その先は何もない。切れ目のすぐ手前に、洗濯物を干している女がいる。籠を置いて、一枚ずつ広げて、留め具で挟む。手を伸ばすと、指先が縁から出る。出ても気づかない。 英雄の選択という言葉では見えない大きさで、生活が続いている。「もし本当に反対側なら」 ミコトが聞いた。「私が二人を撃てば何千人も助かるなら、どうするの」 イノリは、撃たせない、と言いかけた。 その言葉は、ミコトの答えを先に潰す。「私は、嫌だ」 代わりに、自分のことだけ言った。「撃たれたくない。ヨルも殺されたくない。でも、ミコトが何考えてるかは聞く」「聞いた後で、止めるでしょう」「たぶん」「結局、同じじゃない」「同じかもしれない。でも、最初からなかったことにはしない」「それに、何の意味が」「分かんない」
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-07
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引き金を預けない

「この悪夢は、捨てたくない」 ミコトは核から目を離さなかった。「壊せば終わるでしょ」 イノリが言った。「終わるわ」「じゃあ」「怖さまで消したら、私はまた迷わず撃てる人間に戻る」 黒い結晶の表面で、閉じた瞼が細かく震えている。 瞼の縁に、睫毛がある。閉じているのに、下から光が漏れていた。「封じる。私の銃へ」「そんなことできるの」「前例はあるわ」 ミコトは弾倉を開いた。「剣へ封じた記録。周りの人が眠るたび斬られる夢を見て、十年後に赤子まで殺す風習ができた」「それ、失敗した記録じゃん」「完全に封じようとしたからよ」「完全じゃなかったら、どうなるの」「漏れるわ」「漏れたら」「私が夢に見る」 ミコトは青い夢装の裾を裂いて、銃と自分の手首を結んだ。 結び方に迷いがない。何度も練習した手つきだった。「私の夢痕へ繋ぐ。漏れた分は、私が引き受ける」「ずっと悪夢を見るってこと」「そうなるわね」「だめ」 イノリが首を振った。「一人で背負うのと同じだよ」「違うわ」 ミコトは黒い核を見たまま言う。「これは私のよ。誰にも渡さない」「私に渡らないなら、いいと思うけど」 ヨルが言った。 イノリが振り返る。「よくないよ」「なんで」「ミコトが潰れる」「潰れる前に、こっちに来る」 ヨルは自分の胸へ触れた。「そうなったら、私がなんとかする」 言い方が軽かった。 軽かったので、イノリは一瞬何を言われたのか分からなかった。「一人では無理だよ」 ヨルが続けた。「反対?」「手伝う」 胸元へ手を当てる。包帯の下で、何かが動いた。「接続を三つに分ける。核から漏れた分を、ミコトだけじゃなく私とイノリにも少し流す」「ヨルに流したら意味がない!」「留めない。通すだけ」「通すだけって、何が違うの」「残らないってこと」 ヨルは指を二本立てた。「川に橋を架けるのと、桶で受けるのは違うでしょ」「架けておくのは、平気なの」「平気」 間がなかった。 イノリは、その間のなさを覚えていた。 覚えていたが、今は他に方法がなかった。「安全なの」「安全な方法があるなら、先に言ってる」 ヨルはイノリを見た。「嫌なら断って」 問われた。 以前の自分なら、即答で手を伸ばしていた。 イノリは想像する。 ミコトがレナを撃つ
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-10
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三日

 封印した夜を最後に、ミコトは眠らなかった。 三日が過ぎている。 目を閉じると、断罪弾を撃たなかった未来が始まる。 黒い水へ沈む町。助けを呼ぶ人々。燃える家の窓から、レナがこちらを見る。 ――今度も、扉を閉めるの? 起きている間も、銃の弾倉から小さな呼吸音がした。 吸って、吐く。人の間隔より少し遅い。合わせようとすると、自分の呼吸の方が乱れた。 一日目の朝に分かったのは、七歩の縛りがミコトとイノリの間にしか働かないことだった。 ヨルの側は夢鏡が保っている。鏡が開いている限り、距離は問題にならない。「じゃあ、外に出られる?」 イノリが聞いた。「二人でなら」 それ以来、ミコトはどこへ行くにもイノリを連れて歩いた。 正確には、イノリがミコトから七歩以上離れられなくなった。 廊下ですれ違う者が、二人を見て道を空ける。前は監察役の制服に道を空けていた。今は、二人ぶんの幅を空けている。「一時間だけでも寝て」 塔の廊下で、イノリが毛布を持って追いかける。「眠れば封印が弱まるわ」「起きたまま倒れたら同じでしょ」「計算では、あと十六時間は行動できる」「人を計算機みたいに言わないで」「計算できる部分を計算しているだけよ」「できない部分は」 返ってこなかった。 答えないまま、廊下の壁へ一度肩をついた。 ついたのは、ほんの一瞬だった。 三日目になると、瞬きの回数が減った。 乾くので、時々目を強く閉じる。閉じた瞬間に、燃える窓が見える。だからすぐ開ける。開けると乾く。 その繰り返しを、イノリは六歩後ろから見ていた。「ミコト」「何」「目、赤いよ」「知っているわ」「休んで」「休むと見るの」「起きてても見てるじゃん」 ミコトは足を止めた。 止めてから、また歩き出した。「起きているときは、私が見ているの」「違うの?」「見せられるのと、見るのは違うわ」     *「ミコト。銃を鏡の前へ」 夢鏡越しに、ヨルが言った。「何をするの」「接続を調べる。今度は勝手に触らないから、許可をもらう」「皮肉?」「半分」 ミコトが銃を置くと、夢鏡へ黒い波紋が広がった。 鏡は割れたまま繋がっている。破片を並べ直しただけの面に、無理やり映像が乗っていた。継ぎ目のところで、映るものが少しずつずれる。 閉じた瞼の紋様が一度開いて
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-14
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三輪目の銃口

 石室を飛び出した時には、核はもう地上へ抜けていた。 イノリが走る。三歩で振り返る。 ミコトが遅れている。三日眠っていない足が、階段で二度もつれた。 二度目は、手すりを掴んで持ち直した。三度目は掴めなかった。「先に行って!」「行けない!」 六歩。 この三日で身体が覚えた距離だった。 イノリは戻って、ミコトの腕を掴んだ。「舌噛むよ」「何を――」 抱えて走った。 軽かった。三日、ほとんど食べていない身体だった。 大聖堂を出ると、外は昼だった。 広場に人が集まっている。二十人ほど。誰も喋っていない。全員が同じ方向を向いて、片手を上げていた。指が二本立っている。銃の形だった。 子どもが混じっている。手が小さいので、指の形が上手く作れていない。それでも作ろうとしていた。 イノリは目を逸らさずに、その横を走り抜けた。 逸らさなかった。逸らせなかったのかもしれない。 階段は幅が狭い。二人ぶんの幅はないので、肩を壁に擦りながら上がった。制服の布が擦れて、途中で裂ける音がした。 途中の踊り場に、聖職者が二人立っていた。 道を空けなかった。 イノリは間を通った。通るとき、誰も止めなかった。止めない方が不自然だった。     * 塔の階段を上がりきると、扉が開いていた。 鎖は外れている。 切られていない。留め具が七つとも、きれいに外されて壁の鉤へ掛かっていた。「鍵で開けてあるわ」 ミコトが言った。 息が上がっている。それでも、見るところは見ていた。「誰が」「鍵を持っている者」「教会?」「他にいないでしょう」「なんで今」 ミコトは答えなかった。 答えなかったが、部屋の中を一度だけ見渡した。 まだ何も起きていない。それでも扉は開けてある。 部屋の中で、ヨルが窓辺に立っていた。「遅かったね」 息が上がっている。 夢鏡の表面が、内側から波打っていた。「ヨル、ミコトの銃から」「見えてる」「二十人に漏れてる」「一日ぶん飛んでるわ」 ミコトが言った。「二十人は、明日のはずだった」「核が出たから?」「たぶんね」「それも見えてる」 イノリは剣を呼んだ。「止める」「どうやって」 答えられなかった。「イノリ」「なに」「剣で止まるものだったら、私はとっくに何もしてない」     * ヨルは包帯の
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-18
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同じ部屋

 夜のあいだ、ヨルは何度も引き金を引いた。 眠ったままで、指だけが動く。 胸の三輪目も鳴っていた。ただし、指と同じ拍ではない。少し早い。ヨルの指が追いかけて、追いつけずにまた遅れる。 弾は出ない。撃鉄が落ちて、また上がる。それだけの音が、一晩に何十回も鳴った。 イノリは寝台の横に座って、それを聞いていた。 触ってよいと言われた手だけを握って、それ以上は何もしない。 握っている手も、時々動く。指が引き金の形になって、また戻る。 銃口は、ずっとイノリの方を向いていた。 イノリは位置を変えなかった。 変えたところで追ってくるのは、昼のうちに分かっている。 窓の外に、白い灯籠が上がっている。 三つ目の大悪夢が消えたことを、王都は知らされたらしい。 誰が知らせたのかは分からない。 三つ。 イノリは数えてから、数えたことを後悔した。 灯籠は、上がりきると見えなくなる。どこかへ落ちているはずなのに、拾ったという話を聞いたことがない。 夜が明ける頃には、三つとも見えなくなっていた。     * 空が白む頃、ヨルが目を開けた。「寝てないの」「ヨルも寝てないでしょ」「私は病人だから」「病人は寝るものじゃないの」「今日は例外」 イノリは握っていた手を離そうとした。 ヨルが指を絡め直す。「今は、離さないで」「うん」「でも、ずっとは嫌」「難しい注文だね」「私、人間だから」 ヨルは窓の方へ首を倒した。「花みたいに、一つの命令では動かない」「花は動くの」「動くよ。命令されたとおりに」 ヨルは自分の胸元へ目をやった。「誰が命令してるのかは、知らないけど」 イノリは何か聞こうとして、やめた。 昨日、二度目に答えてもらえなかったことだった。「ヨル」「何」「お腹すいてない?」「今それ聞く?」「聞くよ」 ヨルは少し黙ってから、答えた。「すいてない」「昨日から何も食べてないでしょ」「食べたよ」 言ってから、自分で口を閉じた。 イノリも、それ以上は言わなかった。 机の上に、干した果物の包みが置いてある。三日前のものだった。誰も片付けていない。誰も食べていない。紙の折り目が、少しずつ開いてきている。     * 朝、扉が開いた。 ミコトが立っている。教会の制服のままで、目の下が黒い。 右手の銃は、青白い
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