その日、ミコトは理由を言わずに塔へ来た。 階段の途中でイノリが追いついたとき、既に十段ほど上にいた。「あれ。今日、報告あったっけ」「ないわ」「じゃあ何」「通りかかったのよ」「塔の最上階を?」 ミコトは前を向いたままだった。 答えないまま、少し歩く速さが落ちた。 最上階の扉には、いつもどおり銀の鎖が巻かれている。 外すのは踊り場の聖職者の役目で、七本すべて外し終わるまで、しばらくかかる。 イノリはその間、鎖の音を数える癖がある。 今日は、隣でミコトも数えていた。 声には出していない。指が、腿のところで七回動いた。「ミコトも数えるんだ」「何のこと」「今の」「知らないわ」 * 部屋に入ると、ヨルは寝台の上で本を伏せて置いた。 読んでいたように見せるためのものだと、イノリはとっくに気づいている。気づいたまま、毎回気づかないふりをする。「二人?」「ミコトが通りかかったって」「へえ」 ミコトは机の上へ、小さな包みを置いた。 開けると、干した果物が入っている。前と同じ店のものだった。紙の折り方が同じで、端に赤い印が押してある。「それ、教会の配給?」 ヨルが包みを覗いた。「私が買ったの」「へえ」「余ったのよ」「今日も?」「今日も」 ヨルは一つ取って、しばらく手の中で転がしてから口へ入れた。 ヨルはミコトを上から下まで見た。「通りかかる場所じゃないよ、ここ」「そう言われたわ」「言われて、それでも来たんだ」「……ええ」 ヨルは何か言おうとして、やめた。 やめたことに、イノリだけが気づいた。「ミコト、椅子どうぞ」 イノリが机の椅子を引いた。 部屋にある唯一の椅子だった。背もたれの塗りが剥げていて、座面の真ん中だけが白い。「あなたが座りなさい」「私はいつも床だから」「なら私も床でいいわ」「じゃあ椅子どうするの」「置いておけばいいでしょう」 ミコトは寝台の脇へ座った。 膝を揃えて、背筋を伸ばして、床に。 その姿勢のまま、しばらく誰も喋らなかった。 椅子だけが、部屋の真ん中で空いていた。「ねえ」 ヨルが言った。「その座り方、疲れない?」「疲れるわ」「崩せば」「崩し方を知らないの」「教えようか」「結構よ」 ヨルは寝台から足を下ろして、床のミコトの隣へ座り直した。
Terakhir Diperbarui : 2026-08-22 Baca selengkapnya