美月が最後の文字を選び終えたとき、病室にいた誰も、すぐには高遠を責める言葉を口にできなかった。彼女が八年間受けたことを思えば、怒りや嫌悪を表すのは難しくないはずなのに、ここで私たちが大声を上げれば、本人の証言が、別の人間の感情を満足させるための材料へ変わってしまうように思えたからだった。 相良は、人物写真と文字盤を証拠として保全し、質問の順序、医師の立ち会い、心拍数の変化まで記録すると説明したうえで、美月へ、今の言葉を高遠と警察へ伝えてよいか尋ねた。美月の視線はゆっくり右へ動いたが、高遠本人と直接話したいかという問いには左を向き、そのあと、奈緒の映る画面を見た。「私が代わりに怒るとは言いませんし、あなたの言葉を、自分が許されるため使わないとも約束しました。ただ、敬吾さんが、知らなかった、医師に騙されたと話しているなら、あなたが三年前から伝えられなかったことを、私は警察で証言します。私も八年前、患者を守ると言いながら記録を書き換えたので、守るという言葉の中へ、隠したい気持ちや、自分が正しい人でいたい気持ちが混ざることを知っています」 奈緒がそう話すと、美月の指が一度だけ動き、画面から目をそらした。その反応が、信じるという意味なのか、まだ許さないという意味なのかは分からなかったが、奈緒は、自分に都合のよい答えへ置き換えず、次に会うときまでに、投薬へ関わった人間と薬剤の記録を全て思い出すと伝えた。 医師が休息を求めたため、私たちは病室を出た。扉が閉まった直後、朔也は、壁へ拳を打ちつけかけ、途中で止めた手を強く握り、何度も呼吸を整えた。「殴りたいなら、高遠さん本人へ会ったとき、自分が傷害の責任を負う覚悟で殴ってください。病院の壁を壊し、施設へ修理費を払うことで怒りを
Última actualización : 2026-08-20 Leer más