LOGIN夫・久瀬冬真の葬儀で、澪のもとへ死んだはずの夫から電話がかかってくる。「棺を開けるな。兄の朔也が俺を殺した」――しかし棺の中からは、冬真しか持たない携帯電話の着信音が響いた。偽装された死、消えた医療記録、財閥を支配する秘密。真実を追うため、澪は最も疑わしい男・朔也と期限付きの契約結婚を選ぶ。愛した夫は被害者か、それともすべての黒幕か。裏切りと疑念のなかで惹かれ合う二人を待つのは、久瀬家が八年間隠してきた命の代償だった。夫の嘘を暴くほど、新しい夫への想いが深まっていく、財閥復讐ロマンス・サスペンス。信じた愛が崩れるたび、澪は奪われた自分の人生を取り戻していく。
View More第8話 亡き夫も、新しい夫も、私を利用していました 胸を刃物で刺されたような痛みはなく、泣き崩れることも、画面へ物を投げつけたい衝動もなかった。代わりに、冬真と初めて会った日の光景が、古い監査資料を差し替えられたときのように、一枚ずつ別の意味へ置き換わっていった。 四年前、内部監査に関する研究会で、隣の席へ遅れて座った冬真は、久瀬製薬の副社長という肩書を名乗らず、休憩時間に私が落とした資料を拾い、数字の誤記を一つ指摘した。私が、拾ってもらった礼と、頼んでもいない確認作業への苦情を同時に述べると、彼は、あなたは礼を言いながら怒れる人なのですねと笑い、その三日後、研究会の事務局を通して食事へ誘ってきた。 あの出会いが偶然ではなかったのなら、隣の席も、資料を拾ったことも、誤記を指摘して会話のきっかけを作ったことも、全てが準備されていた可能性がある。冬真が私を愛した日を探そうとするより先に、どこまでが計画だったのか調べようとしている自分に気づき、私は、夫を亡くした妻ではなく、架空取引の範囲を確定する監査人へ戻らなければ呼吸さえできないのだと思った。『君と出会うため、俺は研究会の参加者名簿を事前に確認し、空席だった隣の席を取った。君が資料を落としたことは偶然だが、誤記に気づいても黙っていれば、話す機会を失うと思い、嫌われてもよいから声をかけた。その時点で俺が知りたかったのは、雨宮修司が亡くなる前、娘へ何を話し、どの遺品を残したかということだけだった』 まるで私の記憶へ返事をするように、映像の冬真が説明を続けたため、私は、喉の奥に上がってきた笑いを飲み込んだ。亡くなる三日前まで、彼は、私が最初に思い返す場面を予測できるほど私を理解していたのに、真実を聞けばどう傷つくかだけは、自分の都合よく理解しなかったことになる。『君の父親は、アウローラ計画の会計監査を担当し、治験費用の一部が、死亡した被験者の遺族へ口止め料として流れていることを発見した。父と会社は、修司さんが金を横領したように帳簿を書き換え、告発を止めたが、彼は改竄前の原本を複製し、どこかへ隠した。俺は、その原本が君へ渡されたと考えて近づき、交際を始めてからも、君が持
第6話 新婚初夜に、夫の棺が届きました 冬真の名前で届いた文章を読んだ朔也は、私が握り返していた手を振りほどくことも、安心させるために強く握り直すこともせず、そのままの力で支えながら、携帯電話の画面を椎名と真奈へ見える位置まで持ち上げた。「この写真は区役所の中で撮られているから、外で待っている記者が望遠レンズで撮ったものではないし、俺たちの契約内容だけでなく、株式の正確な割合まで知っている。警察へ連絡したあと、澪は真奈さんと別の車で移動し、今夜は俺と離れた場所へ泊まったほうがいい」「犯人から一人にするなと言われたから一緒にいる、という判断もしたくありませんけれど、脅迫が届いた途端に私を別の場所へ移し、あなた一人が囮になるというのも、契約で禁止したばかりの行動です。危険を説明したうえで選ばせると約束したのに、結婚から一時間もしないうちに、もう忘れたんですか」「忘れてはいないが、相手は次の棺を用意したと具体的に言っているし、俺が殺される可能性と、君まで巻き込まれる可能性を同じ重さで扱うことはできない」「自分が死ぬことだけを軽く扱う人は、相手の命を大切にしているのではなく、残される人間が何を背負うかを考えていないんです。冬真に黙って死なれたばかりの私へ、今度はあなたまで、守るために一人で死ぬと言うつもりなら、そんな結婚は今日中に終わらせます」「一人で死ぬつもりはないし、警備も警察も使う。ただ、君がそばにいなければ守れる可能性が上がると考えただけだ」「それなら、『別々に行動したほうが安全だと思うけれど、どうする』と尋ねてください。私が同じ結論を選ぶとしても、あなたが決めてから知らせるのと、私が選ぶのとでは意味が違います」 朔也は何かを言い返しかけたが、椎名から、契約違反第一号として記録される前に謝ったほうが安上がりだと告げられ、わずかに顔をしかめた。「分かったし、結婚した直後から君の意見を聞かずに決めようとしたことは謝る。俺は今夜、警備を入れた祖母の家へ移る予定だが、犯人が俺の居場所を知っている可能性もあるから、君には警察が用意する別の場所へ泊ま
第5話 亡き夫の兄と、今日、結婚します 私が返事をしないまま窓の外へ顔を向けると、車はホテルへ続く大通りへ入り、雨に濡れた街灯の光が、一定の間隔で朔也の横顔を照らしては消していった。十二日間考えればよいと言われても、翌朝には取締役会が開かれ、古い研究資料が消されるかもしれない状況では、考える時間を与えられたというより、追い詰められた場所へ時計だけを置かれたように感じた。「十二日間待つような言い方をしましたけれど、本当は、明日の取締役会までに返事が欲しいのではありませんか。期限を正直に言えば私を脅しているように見えるから、選ぶ時間を与えたふりをしただけなら、その時点で契約に必要な誠実さがありません」「明日までに結婚しろとは言わないし、君が断った場合に備えて、椎名には信託委員会への仮処分を準備させている。ただ、裁判所が動くまでに研究資料を別の名目で処分される可能性はあるから、俺が明日の返事を期待していないと言えば嘘になる」「それなら、最初から、明日までに決めてほしいと言えばよかったでしょう。自分は強制していないという形を残しながら、私が断れば証拠が消えるかもしれないと説明するのは、選択肢を与えることではなく、断った責任まで私へ背負わせることです」「君の言うとおりだし、俺は、自分が嫌われない形で必要な答えを得ようとした。冬真なら、君を守るためだと言って肝心な事情を隠したんだろうが、俺は、君に卑怯だと思われたくなくて、時間があるように見せかけたんだから、弟よりましな人間だとは言えない」「自分から卑怯だったと認めれば、それ以上責められないと思っていませんか」「思っているし、いま認めたことで、少しは許されたいとも思っている。人間は、自分の欠点を正確に説明できたからといって、その欠点を直したことにはならないのに、俺は昔から、言葉にすれば責任の半分くらいを払った気になるらしい」 朔也の言葉に腹が立ちながら、言い返す言葉を探しているうちに、車はホテルの車寄せへ到着した。入口にはすでに数人の記者が立っていたが、運転していた椎名は地下駐車場へ車を回し、今夜から自分が手配した警備員を廊
第4話 あなたを信じたわけではありません 認めなければならないことと、受け入れられることは同じではなく、写真の中で父の腕をつかんでいる朔也が本当に父を死へ追い込んだのか、冬真が私へ残した文章は警告なのか、それとも死後まで私の行き先を決めようとする命令なのか、どれ一つ答えを出せないまま、私は写真の端を強く握りすぎていた。「澪さん、写真にも封筒にも、これ以上触れないでください。すでに開封したあとで申し上げても遅いのですが、冬真さんの殺害と雨宮さんの死がつながる可能性がある以上、それは警察へ提出し、いつ、どこで、誰が発見したのかを記録してもらうべき証拠です」 高遠が差し出した手を見た私は、反射的に写真を胸元へ引き寄せてしまい、その露骨な拒絶に自分でも気まずくなったが、謝罪の言葉はすぐには出てこなかった。「あなたが証拠を隠すと思ったわけではありません。ただ、昨日までなら、高遠さんに預けておけば間違いないと考えたのに、いまは、間違いないと考えることそのものが怖いんです」「分かっています、と格好よく答えられればよいのでしょうが、正直に言えば傷つきましたし、冬真さんが亡くなった直後からあなたを支えてきたつもりの自分が、ほんの二日で疑われる側へ移ったことに腹も立っています。それでも、疑われたくないという私の感情と、証拠を適切に扱う必要は別ですから、相良さんへ連絡して、到着するまで誰も書斎へ入れないようにしましょう」「そういうふうに正しいことを言われると、疑っている私だけがひどい人間になったように感じますけれど、高遠さんは、私に罪悪感を持たせようとしているわけではないんですよね」「まったくその気がないと言えば嘘になります。私は弁護士である前に、疑われれば腹を立てる人間ですし、少しくらい申し訳なく思ってほしいという幼稚な気持ちもありますが、その気持ちに従って証拠を取り上げるほど、自分を見失ってはいません」 高遠は苦笑しながら携帯電話を取り出したが、その率直さに安心した自分まで、私は疑わなければならなかった。人は、嘘をつくときにすべてを偽るのではなく、相手が信じやすい程度の本音を混ぜ