静まり返っていた診察室に、私の淡々とした声が落ちた。くるみの妊娠の喜びに浸っていた慎は、その言葉を聞いて顔を上げる。そして、不愉快そうに眉をひそめた。「契約ってなんだよ?またそうやってヒステリーを起こして、俺の気を引きたいわけ?」――忘れているんだ。その事実に気づいた瞬間、デスクの縁を掴む手にぎゅっと力がこもる。息をするだけでも、胸の奥がチクチクと痛んだ。「……ヒステリーなんかじゃないわ。あなたの言う通りよ。これからはもう干渉しない。あなたが家庭に戻ろうが戻るまいが、もうどうでもいいの」私が言い終わるか終わらないかのうちに、慎は面倒くさそうにこめかみを揉んだ。両手を広げて診察用のパイプ椅子に深く寄りかかり、あからさまな苛立ちを顔に浮かべる。「俺たちの界隈じゃ、愛人の一人や二人囲うなんてごく普通のことだろ。鈴木社長だって、佐藤社長だってそうだ。あいつらの奥さんの誰が、お前みたいにいちいち嫉妬して騒ぎ立てる? 俺がお前に、金で不自由させたことが一度でもあったか?お前もくるみの半分でも物分かりが良ければ、ここまで俺に疎まれずに済んだのによ」この5年という月日の間で、同じようなセリフを千回は聞かされただろう。5年前、慎は周りの誰もが知るほど、熱烈に私にアプローチをしてきた。当時の私は、重い病気を患っていた母の看病があり、彼からの求愛を何度も拒み続けていた。しかし、母の病状が急変し、いよいよ危篤となった時。彼は1億円という大金と、高価な特効薬を最優先で回すことを条件に、私と婚前契約を結んだのだ。――それなのに。結婚してわずか一年で、母はこの世を去った。そしてその直後、慎はくるみと浮気に走った。よりによって、私がその裏切りの現場に踏み込んだのは、他でもない私たちの自宅だった。新婚気分のインテリアすら片付いていない寝室で。飾られていた結婚写真のフレームには、べったりと生々しい手形の跡が残されていた。他にも、吐き気がするほど下品な痕跡が、部屋のあちこちに散乱していて。あの日、私は家の中の壊せるものをすべて叩き壊した。でも、怒り狂う私を見て、彼はただ「つまらない女だ」「聞き分けがない」と冷たく言い放つだけだった。どれだけ泣いて喚いても、最後に返ってきたのはこの一言だけ。「自
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