同じ頃、王都ルーメルンでは、春の祭礼を前にした準備が静かに進んでいた。 本来なら、王都の祭礼はもっと華やかなざわめきを伴う。 仕立屋は最後の縫い直しに追われ、王城の給仕たちは盆を持ったまま走り回り、諸侯の屋敷では贈答品の包みが積み上がる。 そうした忙しさは、王都にとってむしろ健全さの証だった。 だが今年の王都には、いつもの喧噪とは少し違う響きが混じっている。 人は動いている。 書類も回っている。 馬車も荷も止まってはいない。 なのに、どこかの継ぎ目が合っていない。 それは大きな破綻ではない。 けれど、小さな噛み合わせの悪さがあちこちに生まれ始めていた。 王城の一室では、エミリア・エーヴェルシュタインが祭礼準備の一覧を前に、珍しく本気で眉を寄せていた。 机の上には招待客の名簿、贈答品の目録、各家への使いの順番、祭礼後の小宴に関する席次案、王都へ入る商会の届け出一覧まで積まれている。どれも単体なら読める。意味もわかる。だが、全部をひとつの流れとして頭へ入れようとすると、途端に形が崩れた。「どうしてこんなに多いの……」 思わず漏らした呟きに、控えの侍女が返す言葉を失う。 本来なら、ここで誰かが “こちらを先に片づけましょう” “この家は贈答より順番が先です” “この商会は祭礼菓子に絡みますから早めに” と、整えて差し出してくれるはずだった。 だが今、その“誰か”はいない。 エミリアは視線を走らせ、ようやく一つの名簿へ指を止めた。「まず、贈り物を決めればいいのよね」「は、はい。ですが、その前に送り先の順序を……」「順序はあとでいいでしょう? 先に物が決まらないと」
Last Updated : 2026-08-26 Read more