All Chapters of 偽装死した元彼と親友。私を騙した全員を破滅へ: Chapter 1 - Chapter 10

13 Chapters

第1話

大照寺の回廊で、雷に打たれたような衝撃を受け、全身を震わせながら私が駆け寄ろうとしたその時。突然、背後から伸びてきた手に、回廊の奥にある暗がりへと力任せに引き込まれた。愛する人とそのお腹の子を失い、悲しみに暮れているはずの、私の実の兄の真也だった。疲れ切っている私の顔を見つめる真也の目には、いたわりの色など微塵もなく、隠そうともしない警戒心だけが浮かんでいた。「彼らを邪魔するな」私は口を開いたものの、声が出なかった。真也は私の肩を強く押さえつけ、責め立てるような口調で言った。「あの時、お前があそこまで彼らを追い詰めなければ、彼らだって死んだことにして逃げるなんて必要はなかったんじゃないか?お前を避けるために、彼らは今まで身を隠すのにずいぶんと苦労をして、今やっと落ち着いたんだよ。もう3年も経ったんだ、月子、諦めろ」冷たい風が肺まで入り込み、喉の奥には濃い血の味が広がった。「月子、頼むから彼らの平穏な日常を壊しに行かないでくれ」真也は凄まじい力で、私を古びた壁に押し付けた。彼は、長年の巡礼で歩き続け、傷が化膿するほどぼろぼろになった私の足にさえ、目を落とそうとはしなかった。かつて私の好物を用意してくれ、辛いことから守ってくれた彼は今、自らその手で力いっぱい私を押さえつけ、コントロールしようとしていた。そのどこか慣れ親しんだはずなのに、今では赤の他人のように思える顔を見つめながら、私は喉から掠れたガサついた声を絞り出した。「平穏な日常?」そうやって絞り出した一文字一文字に、まるで血の滲むような思いが込められていた。「私が江原市から神嶺市まで、長い巡礼の道を歩き続け、傷だらけになりながら祈りを捧げていた時、あなたたちは平穏な日常を過ごしていたっていうの?」真也は視線を泳がせたが、その口調は相変わらず当たり前のように平然としていた。「自分で勝手に巡礼を始めたんだろ?俺は止めたのに、お前が聞かなかったんだ」彼は片手を離すと、もがきによって乱れた私の服を整えてくれた。「菜緒は当時つわりが酷くて、お前が毎日マンションでヒステリーを起こすのに耐えられなかったんだ。だから、悠太は彼女の気持ちに配慮して、ああやって身を隠すしかなかったんだよ。責めるなら俺を責めろ。計画から実行まで手伝ったのも
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第2話

「悠太、あの時斎場で、あなたの死を信じて泣き崩れる私を見て、気が済んだのでしょうね?」悠太の顔がわずかに青ざめた。けれど、その口から出た謝罪の言葉には、相変わらず白々しさが滲んでいた。「月子、ごめん。でも、あの時の菜緒の状況は本当に危険だったんだ。医者にも刺激を与えちゃいけないって言われて……最初からこんなに長く騙すつもりじゃなかったんだ。ただ、後になって……どう切り出せばいいのか分からなくなっちゃって」それを聞いて、菜緒も身を乗り出し、声を詰まらせて言った。「月子、全部私が悪かったの。だから、私を殴ろうと、罵ろうと構わないわ。でも陸には罪はないよね?この子まだ2歳なの。怖がらせないであげて、お願い」口では謝罪しながらも、彼女は陸をもっともらしい言い訳にした。真也はすぐに振り向き、彼らと私の間に立ちはだかって眉をひそめた。「いい加減にしろ、月子。今のお前、頭がおかしくなったみたいに取り乱してるぞ。この話は帰ってから、家でゆっくり話そう。ここで騒いで、周りに恥を晒すような真似はやめろ」恥を晒す。悠太と菜緒の死に罪悪感を抱き、3年もの間巡礼を続けてボロボロになった私を見ても、それを恥だなんて思わなかった。なのに今、私がすこし問いただしただけで、それが恥晒しになるのか?私が手を差し出すと、指先はあかぎれになって傷だらけだった。「帰る?」私は冷たく真也を見つめた。「私たちに、これ以上何を話すことがあるの?警察に行って、あなたたちがどうやって死を偽装したのかについて話すの?」「警察」という言葉を聞いた瞬間、悠太の目に動揺が浮かんだ。真也の顔色も一気に険しくなった。彼は差し出した私の手首を強く掴んだ。その力はあまりにも強く、治りかけのあかぎれが再びひび割れてしまった。「月子、お前はみんなを追い詰めないと気が済まないのか?」彼は私の耳元で声を潜め、口調には警告を込めた。「ここで見つかった以上、はっきり言っておく。今すぐ黙って俺についてこい。事を大きくするな」真也は私に反抗の隙を与えなかった。彼は有無を言わせず私の腕を引っ張り、大照寺の入口付近に停めてあった黒いSUVへ強引に押し込んだ。ドアがロックされる音が響き、閉ざされた車内でやけに耳についた。長年の巡礼でこわばっ
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第3話

「いいわ。今すぐ警察署へ行って、あなたたちが当時、どうやって死を偽装したのか全部話して」それを聞いて、悠太の顔色が瞬時に変わった。彼は思わず大きく息を吸い込んだ。「月子、どうしてもそうやって蒸し返さなきゃ気が済まないのか?僕たちには今、家庭も仕事もある。陸だってそろそろ幼稚園に入るんだぞ。僕たちの生活を壊して、君にどんな得があるっていうんだ」すでに悠太と入籍をした佐々木菜緒(ささき なお)も今の生活を台無しにしたくなかっただろう。彼女はかすかにすすり泣きながら私の手を握ったが、血の付いたひび割れは巧みに避けていた。「月子、お願いだから、昔のよしみだと思って見逃して……あの時は私も悪かったわ。自分の気持ちを抑えきれずに悠太を好きになってしまって……でも、恋愛に先着順なんてないじゃない。真也だって、私たちが結ばれるのを認めてくれたし、そのために色々手を尽くしてくれたわ。あなたも真也さんみたいに、もう少し寛大な気持ちで受け入れてくれないかしら?」今にも泣き出しそうな彼女の顔を見ていると、私は胃の奥から吐き気が込み上げてきた。彼女は3年前、妊娠を告げてきた時も、そんな表情で申し訳なさそうにしていた。あの時もこうして私の手を握り、子どもをおろして悠太を私に返すと言っていた。だがすぐにところ変わって、彼らはあの悲惨な転落事故を企てて、親戚中を騒がせたのだ。そう思うと、私は力任せに手を引っ込ませた。菜緒はその拍子に体勢を崩し、車のドアにぶつかった。それに驚いた陸がすぐさま怯えて泣き出し、車内には甲高い泣き声が響き渡った。「月子、何をするんだ!」真也は急ブレーキを踏み、振り向いて私を鋭く睨みつけた。「菜緒は下手に出て話してくれているだろ。なんで手を出すんだよ!今の自分のトゲトゲしい姿を見てみろ。どうみても精神的に正常な人間にはみえないじゃないか?」彼はシートベルトを外し、ティッシュを1枚引き抜いて菜緒に手渡した。「大丈夫か?どこかぶつけなかったか?」菜緒に向けるその優しい姿は、私が記憶している真也とは完全に別人のそれだった。その光景を見ていて、私はあまりの理不尽に呆れ果てた。「真也、あなたは一体何のためにこんなことをしてるの?」私は冷ややかな視線を彼に向けた。「自分から矛盾だらけ
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第4話

「月子、まずはお茶でも飲んで体を温めて。上の部屋で使用人にお風呂の準備をさせておいたから」悠太はいつもそうだ。優しい素振りで、最も傷つけるようなことをしてくる。私はそのお茶を受け取らず、ただ部屋の中へと視線を巡らせた。壁には彼ら家族3人の写真が飾られており、どれも眩しいほどの笑顔を見せていた。テーブルの上に置かれたマグカップすら、お揃いのファミリー仕様だった。この3年間、私が雨や風に打たれながらひもじい生活を送っている時、彼らはこの整えられた和やかな場所で幸せな日々を過ごしていたのだ。「私をいつまで閉じ込めておくつもり?」私は視線を戻し、冷ややかな目を彼らに向けた。真也はソファに腰を下ろし、余裕に満ちた仕草でお茶を淹れた。「閉じ込めるなんて大げさなものじゃない。頭を冷やすために、しばらくここにいてもらうだけだ。お前が現実を受け入れて騒がなくなったら、またお前の社会復帰を考えてやる」彼はコップを手に取り、ゆったりとした様子で飲んだ。「月子、お前はもう25だ。いい加減、現実を受け入れることを覚えろ。今や俺たちが、神嶺市で満足な暮らしを手に入れただけじゃなく、両親だって俺がしっかり面倒を見ている。毎月の仕送りも、お前が稼いだ金だって言って、送金しているんだ。両親は人に会う度に『うちの娘は立派だ』と自慢している。もしお前が今こんな姿で戻って真実をぶちまけたら……打たれ弱い両親が耐えられると思うか?」そう言われ、私は歯を食いしばり、あかぎれでひび割れた手のひらに爪を深く食い込ませた。彼は私の致命的ともいえる弱みを、握っていたのだった。3年前、両親は親戚に殺人犯だとまで責められ、頭が上がらなかったからこそ、私は故郷をやむなく離れることを選んだのだ。今、彼は再び両親の安否を引き合いに出し、私を脅している。その時、菜緒があやして落ち着かせた陸を抱き、階下へ下りてきた。「月子、真也もあなたのためを思って言っているよ。この3年で、あなたは自分をこんな惨めな姿にまでして」彼女は私の前に歩み寄ると、ため息をついた。「本当はね、ネットでずっとあなたの動画を見ていたの。巡礼を記録したあのアカウント、悠太が裏でずっとレコメンドに載るよう手配してあげていたんだよ」それを聞いて、私ははっと顔を上げ
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第5話

そして、真也は私をテーブルの上に叩きつけた。コップが床一面に砕け散り、その破片が私の頬に突き刺さった。「月子!何を暴れているんだ!」真也は激怒し、膝を私の背中に押し当てた。「悠太が親切心でお前のために善行を積んでやってるってのに、お前は恩を仇で返す気なのか!この3年、どうやら、ほっつき歩いていたせいで精神まで病んでしまったようだな!」一方、菜緒は悲鳴を上げ、陸の目を覆いながら脇へ逃げた。悠太はテーブルに押さえつけられている私を眉をひそめて見つめ、その目の奥に嫌悪の色を走らせた。「真也、今の彼女の精神状態はどう見ても普通じゃないよ。安全のためにも、前に話していたプラン通りに進めた方がいい」真也はうなずき、私を押さえつける力を更に強めた。「療養センターの医師にはすでに連絡しておいた。今日の午後にでも、月子をそこへ連れて行こう」真也は私を見下ろした。その眼光は、つめたく、もはや何の感情も浮かんでいなかった。「お前がおとなしくできないなら、専門家に教えてもらうまでだ」……神嶺西療養センター。ここの空気には、鼻をつく消毒液の匂いがいつも漂っていた。私は病衣に着替えさせられ、四方がクッション素材で覆われた病室に閉じ込められた。毎日決まった時間に看護師が様々な薬をトレーに乗せて入ってきて、私がそれを飲み込むのを見届けた。薬を飲むのを拒むと、二人の体格のいい男性介護士が入ってきて、抑制帯で私の手足をベッドに縛りつけ、口にチューブを差し込んで無理やり飲ませていた。それらの薬のせいで私は連日高熱にうなされ、意識が朦朧とし、さらには幻覚すら見え始めた。こうして、私は次第に現実と思い出の境界が分からなくなっていった。3年前の斎場で悠太の母親が私の鼻先を指さして人殺しと罵る姿が見えたかと思えば、大照寺の前で菜緒たち家族3人が見せた笑みが浮かぶ。真也たちのやり口は徹底していた。私の診断書には【重度の妄想型統合失調症であり、激しい自傷行為および他害傾向を伴う】と鮮明に記されていた。彼らは私から、正常な人間として声を上げる権利を完全に奪い去ったのだ。ここで、私が口にするすべての真実は、精神疾患を患っている障碍者のたわごととして扱われていた。入院して7日目、菜緒が私に面会しに来た。彼女は一
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第6話

私は全身を強張らせ、歯を食いしばって黙り込んだ。菜緒は身をかがめ、私の耳元に顔を近づけた。その声はまるで甘い愛の言葉でも囁くかのように軽やかだった。「だって、それも真也があなたを傷つけるために選んだ方法なんだから。あなたは知らないでしょうけど、大学2年であなたが悠太と付き合い始めた頃、真也は私に連絡してきたことがあったの」彼女の一言一言がまるでナイフのように、私の最後の信念をじわじわと切り裂いていった。「真也は、言っていたよ。本当は昔からあなたのことが大嫌いだったって。あなたが生まれたせいで親の愛を独り占めされた、いつでも一番可愛がられるのはあなただったって。それで、彼はずっとあなたに嫉妬していたそうよ。だから、私が悠太を好きだって知った時、真也は自分から協力するって言ってきたの」その真実に、私は目を見開き、息も荒くなり、胸を見えない手に鷲掴みにされたかのようだった。「そんなの……嘘よ……」私が必死に首を振ると、抑制帯が手首に食い込み、赤く血が滲んだ。それを見た菜緒は体を起こし、哀れむような視線を私に向けた。「嘘をついてどうするの?私ひとりであなたの部屋に隠しカメラを何個も仕掛けて、生活リズムを完璧に把握できたとでも思っているの?悠太とケンカするたび、どうして私がタイミングよく現れて彼を慰められたと思う?全部、真也が仕組んだことよ。あなたが絶望に沈んでいくのを、みんなから見捨てられるのを横目で見て、彼は心の底からスカッとしたらしい」彼女の言葉は耳元でこだまし、重い鉄拳のように、私のこれまでの25年の人生を完全に粉砕した。結局、兄妹の絆なんてどこにもなかった。彼は庇ったり、守ったりしようとしたことはなかった。最初から、私は彼らが共謀して、陥れようとした獲物でしかなかったのだ。「だから、月子、もう悪あがきはやめなさい」菜緒は立ち上がり、私を見下ろして言った。「あなたのことを気にする人間なんてこの世にいないのよ。あなたは生きてるだけでも十分笑いものよ」そう言って、彼女はスープジャーを持ち上げ、身をひるがえして病室を出て行った。そして、ドアが外からカチャリと施錠された。残された私は冷たいベッドに横たわり、ただ天井で白々と光る蛍光灯を見つめた。この3年間におけるあらゆる光景が、
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第7話

身体が急速に落ちていく感覚は、ほんの一瞬しか続かなかった。ドスンという鈍い音とともに、私は柔らかく弾力のある何かに激しく叩きつけられた。激しい衝撃に体の奥まで揺さぶられ、喉の奥に生々しい血の味が込み上げた。視界が暗転し、私は完全に意識を失った。再び目を覚ました時、視界に入ったのは白い天井でツンとする消毒液の匂いがした。療養センターのような匂いではなく、まっとうな病院の匂いだった。指先をかすかに動かすと、激痛が左足から全身へと駆け抜けた。「気がつきましたか?」凛とした女性の声がベッドの脇から聞こえた。なんとか首を動かしてみると、白衣をまとい、短髪をすっきりと整えた若い女医がカルテを手にして私を見つめているのが目に入った。「命拾いしましたね。療養センターの一階にある食堂がちょうど屋根の葺き替え中で、厚手の防音クッションが何層も積み上げられていたんです。そこに落ちたおかげで、足一本と肋骨二本の骨折で済みました」彼女の口調は淡々としており、精神的に壊れた人間を見るような恐れも、憐れみも少しもなかった。私は口を開いたものの声は出ず、かすれた呼吸が漏れるだけだった。女医はカルテを置くと、ドアのところまで行って様子を窺い、戻ってきて声をひそめた。「私は柏木といいます。この病院でのあなたの主治医です。あなたの転院記録に目を通し、血液サンプルも検査しました」柏木智子(かしわぎ ともこ)は白衣のポケットから小型のボイスレコーダーを取り出し、手の中で軽く転がした。「血液中の抗精神病薬の濃度は驚くほど高いのに、神経反射の結果を見る限り、あなたの意識は驚くほど正常です。あなたは統合失調症などではありません」その言葉を聞いた瞬間、私は目を見開き、彼女を睨むように見つめた。智子は椅子を引いて腰を下ろした。その眼差しは鋭かった。「あなたを連れてきたあの3人ですが、さっきも廊下で院長と話し込んでいました。怪我の経過を見て、またあなたをあの療養センターへ送り返すつもりです。あなたの兄を名乗る人物は、メディアの前で涙ながらに芝居をしていましたよ。あなたが長年の心の病で思い詰めて飛び降りたそうです。それに対し、家族として心を痛めている、とも言いましたね」それを聞いた瞬間、私は怒りで全身を震わせた。そのわずかな動きですら
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第8話

真也はその言葉を聞くと、瞳の奥に隠しきれない安堵の色を浮かべた。「では、大体いつ頃退院できますか?彼女をまた療養センターに連れ戻して、治療を続けさせたいのですが」「こういう大きなケガは回復に時間がかかります。少なくとも2週間は入院してもらいます」智子はカルテを閉じると、病室を出て行った。すると、病室には私たち3人だけが残された。その瞬間、真也の顔から悲しみの色が消え去り、彼は先ほど私に触れた手を、汚れを払うように嫌そうに拭った。「まったく、しぶとい厄介者だな。こんな高い所から飛び降りて死なないなんて」悠太は椅子を引いて腰を下ろし、苛立たしげにネクタイを引いた。「死ななかったなら、それでいいさ。むしろ今みたいに何も分からない状態になったおかげで、こっちの手間が省けて助かる」彼は私を見下ろし、隠そうともしない蔑みを言葉に込めた。「ここ数日、ネット上の世論がどれだけ盛り上がっているか知ってるか?『罪を償う女』、うつ病で飛び降り――っていう話題が広まって、僕たちのアカウントのフォロワーが一気に50万人も増えたんだよ。投げ銭の収益だけで、神嶺市にもう一棟不動産が買えるくらいだ」私はベッドに横たわったまま、何も分からないふりをした虚ろな笑みを浮かべていた。だが、布団の下に隠した手は、そっとボイスレコーダーの録音ボタンを押した。……精神障碍者の振りをして過ごすこの数日間は、私の人生で最も吐き気のする日々だった。その間、真也と悠太が毎日見舞いにかこつけて病室にやって来ては、好き勝手に私を利用してどうアクセス数を稼ぐか、どうやってかつて行った違法な工作を正当化するかについて語った。私はそれを必死で堪えなければならなかった。真実味を出すため、私は彼らの前で食事を体にぶち撒け、手で掴んで口に運びさえした。菜緒が来たのは一度きりで、私のこの有様を見るなり、病室に足さえ踏み入れることなく、鼻を押さえながら立ち去っていった。「悠太、今の月子、気味が悪すぎるわ。誰が誰かも分からないんでしょう?陸を近づけないで」去り際、彼女はドアの外で甘えるように文句を言った。悠太は優しく彼女をなだめた。「わかった、これからは君を連れてこないよ。彼女の骨折がもう少し良くなったら、すぐに療養センターへ送り返すから」そして私はベッドに
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第9話

「この中には、あなたがこれまでの間に録音したすべての音声のバックアップと、私が知り合いに調べてもらった、彼らが事故を偽装して保険金を騙し取った初期の証拠が入っています」智子は俯き、低い声で言った。「来週の彼らの記者会見は絶好の機会です。けれど私は直接表に出て手助けすることはできません。病院の監視カメラが多すぎますから。私にできるのはここまでです」私はそのUSBメモリを強く握りしめた。力が入って指先が白くなるほどだった。「ありがとうございます」これが、この2週間で私が意志を持って口にした唯一の言葉だった。それから、神嶺西療養センターに戻った後、私の「症状」はさらに悪化したように見えた。一日中部屋の隅で丸くなり、空に向かって独り言を呟き、介護士が薬を飲ませに来ても抵抗せず、素直に飲み込んだ。次第に、彼らは私への警戒を緩めていった。抑制帯で縛られることもなくなり、病室のドアに鍵をかけない時さえあった。彼らの目には、身の回りのことすらできない狂人が逃げ出したところで、どうせホームレスと間違われて連れ戻されるだけだと映っていたからだ。そして、記者会見の前夜。神嶺市全体に激しい雨が降り注ぎ、雷鳴が轟いていた。療養センターの廊下には薄暗いセンサーライトだけが点灯しており、当番の介護士は宿直室でテレビを見ながら居眠りをしていた。私は舌の裏に隠していた錠剤を吐き出した。ギプスの巻かれた左足を引きずるようにして、私はベッドからゆっくり起き上がった。ベッドの下には、この2週間爪で少しずつほじくり出したネジが隠してあった。私はそのネジを使って、病室のドアの古びた鍵をこじ開けた。雨音が私の足音を完璧に消し去ってくれた。監視カメラの死角をかいくぐりながら、一階の洗濯室にある排気口から外へ這い出た。泥水で病衣が一瞬にして濡れ、冷たい雨粒が傷口にしみたが、痛みは感じなかった。私の心の中では、すべてを焼き尽くすほどの炎が燃え盛っていたからだ。この勝負、彼らは3年もの間勝ち続けて来た。今度は、私が覆す番だ。……神嶺グランドホテルの記者会見の会場。スポットライトがステージを眩しく照らし出し、客席は招待されたメディア関係者や観光業界の同業者で埋め尽くされていた。大画面のスクリーンには、私がこの3年間
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第10話

左足のギプスは雨水でふやけて柔らかくなっており、私はどこで拾ったとも知れない木の枝を杖代わりに突きながら、まるで地獄から這い出てきた修羅のように立ちはだかっていた。会場全体が、死んだように静まり返った。私は一歩一歩、痛む足を引きずりながら、最も光の眩しい場所に向かって歩を進めた。本来なら華やかであるはずのレッドカーペットの上に、私の足元から滲み出た泥水と血の混じった跡が刻まれていく。「警備員!警備員はどこだ!なんでこんな正気じゃない奴を中に入れたんだ」真也が真っ先にはっと気づき、顔色を一変させると、トランシーバーに向かって怒鳴り散らかした。その指示で、数人の警備員がすぐさま駆け寄り、私を取り押さえようとしてきた。だが、私は抵抗しなかった。ただ声を張り上げ、かすれた声を広々とした会場に響かせた。「悠太!私を探してたんじゃないの?本人が目の前にいるのに、なんで顔を見ることもできないのよ!」それを聞いた瞬間、会場の記者たちは一斉にざわめいた。「これって動画に出てた、あの巡礼の女の子じゃないか?」「なんであんな格好をしてるんだ?どこから逃げてきたんだよ?」「早く撮れ、撮るんだ!」これで悠太が被っていた愛情という名の仮面は割れてしまった。彼は血相を変え、マイクを握る指の関節が白くなるほど力が込められた。「月子……どうして君がここに?療養センターにいるはずじゃ……」そう言った途端、口を滑らせたことに気づいた彼は、慌てて取り繕って叫んだ。「病気がまだ治っていないのに、どうして勝手に抜け出してきたんだ?」彼は大股でステージから飛び降りると、自らの体でカメラのレンズを遮ろうとした。「皆様、申し訳ありません。元恋人は長年のうつ病のせいで精神的に病んでしまって……現在、私たちは必死で彼女の治療をしようとしているんです……」「精神を病んでいる?」私は冷笑を漏らし、ありったけの力を込めて警備員の手を振り払った。そして私は濡れそぼった病衣のポケットから、智子から渡されたボイスレコーダーを取り出し、高く掲げた。「本当に私が精神的に病んでいるのか、それともただ私を監禁するために、あなたたちが裏で手を回して診断書を偽造させただけなのかしら?」それを見た真也は狂ったように躍りかかり、私の手にあるボイスレコーダーを奪
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