Semua Bab 歩きスマホは即死刑: Bab 1 - Bab 10

10 Bab

1話

「歩きスマホは即死刑?」店の外から飛び込んだ声に、六車食堂の箸がいっせいに止まった。僕――神崎遼(かんざき りょう)は、奥の席で壁を背にしていた。向かいの佐伯翔(さえき しょう)は鯖のみそ煮を崩しながら、入口脇のテレビを見ていた。東央大学の南門を出てすぐ、細い路地の角にある古い食堂だ。油染みの残る壁に沿って4人掛けのテーブルが6卓並び、夕方は学生と会社員で埋まる。店主は厨房から顔を出し、カウンターの会社員も箸を止めていた。野球の試合が中断されたことに文句を言う人はいなかった。数分前、2039年4月27日の18時。野球中継が切れ、紺のスーツを着た鷹宮宗一(たかみや そういち)首相が映った。【首相緊急会見 国民の生命に関わる重要発表】「歩行中のスマートフォン操作による死傷事故は、看過できない水準に達しました」背後の画面に、スマートフォンを見た歩行者が女性へぶつかる映像と、雨の歩道で自転車が転倒する映像が流れた。どちらも、その後は映さなかった。次は通学路だった。赤い帽子が子どもの頭から外れ、車道へ転がる。画面は、帽子が白線を越えたところで切れた。【昨年の死者 82人・重傷者 2,400人】【年間推計損失 1兆8,000億円】集計方法も、「損失」に何を含めたのかも示されなかった。「政府は本日、歩行中携帯端末危険行為緊急措置特別法案を閣議決定しました。国会の審議を経て、明日公布、6月1日に施行する予定です」首相は、停止命令に従わず周囲の生命へ急迫した危険を生じさせた者には、AI巡視機が即時制止を行うと説明した。「即時危険制止とは、武器の使用を含みますか」「含みます」厨房で皿が割れた。その直後、店の外から「歩きスマホは即死刑?」という声が飛び込んだのだ。「停止命令に従わない歩行者を、AIがその場で撃つ可能性があるということですか」首相は質問を言い換えなかった。「周囲の生命を守るため、必要な範囲で制止します」いつ国会で審議するのか、誰が危険を判断するのか。記者の声が重なったが、司会者は次の質問者を指さなかった。「明日公布って、いつ審議するんだよ」翔は笑ったが、僕は笑えなかった。10分もたたず、ネット記事が出た。【歩きスマホは即死刑?政府、AI巡視機の武器使用を認める】「これ、本気でやるってことだよな」「今の説明どおりなら、6
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-04
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2話

翌朝、情報環境学部棟3階の実験室には、昨日と同じ黒いパネルが6枚並んでいた。「神崎、踏んでいいぞ」教卓の前から片桐誠(かたぎり まこと)教授が声をかけた。僕が片足を乗せると、靴を囲む青い輪が誘導線になって窓側へ伸びた。「光都ディスプレイの都市表示システム、シティレイヤーだ。本学も歩行者誘導の実証実験に加わる」片桐教授は眼鏡を拭き、学生たちを見渡した。「登録情報と現在地を読み取り、その人にだけ見える映像を返す。歩きスマホを禁じるなら、代わりの情報経路が必要になる」僕の足元に名前と予定が浮かんだ。【神崎遼 次の講義まで42分】「名前や時間割は、実験用に登録したんですか」「スマートフォンの公開IDと歩容で識別し、大学の連携システムから呼び出している」テスト用ではない。大学が持つ僕の情報が、そのまま使われていた。僕がパネルを降りると、入れ替わるように翔が乗った。「学食の空席まで出る。A定食、残り18食」僕の位置から見えるのは白い線の断片だけだった。翔の隣へ回り込むと、線は虹色に割れて別の形へ崩れた。「目の位置に合わせて光を振り分ける。同じパネルを見ても、表示は別々だ」片桐教授の説明を聞きながら、僕は翔に見えている文字を最後まで読めなかった。「本人の同意は取っていますか?」振り返ると、学生記者証を下げた高瀬凪(たかせ なぎ)がいた。長い髪を後ろでまとめ、紙のメモを胸に当てている。「公共の安全に必要な範囲は、区の条例と特別法の運用規則に従う。詳細は光都へ」片桐教授が答えると、凪はメモの角をそろえ、僕の足元を見て出ていった。……法案は未明までの審議で衆参両院を通過し、4月28日に公布された。【本日公布 6月1日施行】翌日から区内の舗装が剥がされ、朝には黒いパネルがはめ込まれていた。区の工事記録を調べると、前年から【老朽設備更新】の名目で電源線と固定枠が埋められていた。目の前で街が作り替えられたように見えても、準備は法案前に終わっていた。駅の壁、バス停、病院の廊下、大学の階段まで画面になった。歩く人の足元には、その人だけの矢印や予定が現れる。駅前には、スマートフォンを使うための白い区画もできた。導入直後は人が列を作ったが、2週目には短くなった。路面が遅延を教え、壁が家族からの連絡を読み上げ、店頭画面が本人だけの値引きを出したか
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-04
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3話

2039年6月1日、午前7時40分。 東央大学前交差点の南西角で、僕は旧型カメラを三脚へ固定した。横断歩道のパネル脇には、表示の輝度と保守情報を記録する大学の測定端末を置く。 背後にはシャッターを閉じた文具店、右手には大学の南門、道路の正面にはコンビニがある。朝の光が斜めに差し、横断歩道の半分だけを白く照らしていた。 カメラのふたつのスロットへ同じ映像を記録する設定を確かめ、録画を始めた。 信号待ちの人々は、誰もスマートフォンを持っていない。全員が足元の時刻や広告、青い矢印を見ていた。 スマートフォンをしまっても、視線は上がっていない。手の中の画面が、足元へ移っただけだった。 上空にはAI巡視機が3機いた。 午前7時48分、対岸に翔が現れた。配達バッグを背負い、自転車をラックへ留める。僕を見つけ、左手を上げた。 青信号まで、あと12秒。 翔の足元で白い表示が切り替わった。内容は読めない。 翔は僕を見たあと、ポケットのスマートフォンへ手を伸ばした。 信号が青になり、人波が動く。翔もスマートフォンへ目を落としたまま、横断歩道へ一歩出た。 巡視機の1機が高度を下げた。赤い点が翔の左肩から胸へ滑り、中央で止まる。 警告より先に、照準を合わせている。 「翔、止まれ!」 僕が横断歩道へ踏み出したとき、警告音が鳴った。 【停止してください。スマートフォンをしまってください】 翔が顔を上げた。僕と目が合う。その場で止まり、スマートフォンをポケットへ戻そうとした。
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4話

6月2日の午後、佐伯家の居間には白い花の匂いがこもっていた。 箪笥の上に、入学式で笑う翔の写真がある。僕は座卓へノートパソコンを置き、手元に残したカードをつないだ。 慣れないスーツの襟が少し曲がり、本人だけが気づかず笑っている。写真の脇には、警察から返された画面の割れたスマートフォンが置かれていた。 「公式映像から消された場面があります」 美紀はすぐに再生を求めなかった。 「見ると、何が変わる?」 「翔が命令を無視していないと証明できます」 「翔は戻る?」 答えられなかった。 「見たくない。でも、翔が何をしたのかは知りたい」 莉子も僕の隣へ座った。 映像の中で翔が通知を開き、巡視機が降下する。発射直前、美紀が足元を指した。 「これ、止まろうとしてる」 右足は白線の内側で踏みとどまり、左足のかかとだけが浮いていた。翔が止まるときの癖だった。 美紀は、その4秒を3度見た。 3度目が終わっても、画面から目を上げなかった。莉子は発射音の直前に顔を背け、両手を膝の下へ入れていた。 「この映像を、みんなに見せて」 莉子が言った。 「でも、遼さんまで撃たれたら、どうするの?」 美紀は翔の写真を見た。 「それでも、この子が誰かを殺しかけたことにされるほうが怖い」 僕は公開用の複製を作り、原記録には触れないことを
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-05
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5話

旧東央図書館は駅北口から徒歩12分の住宅街にあった。新館ができた2年前から、灰色の3階建ては資料保存庫として使われていた。館内にシティレイヤーのパネルはなく、携帯電波も弱い。表示に誘導されず、外から映像を見られる心配も少なかった。 6月11日の朝、凪は学内新聞の取材名目で、1階奥の閲覧室を借りた。右に書架、左に大窓。天井灯はつけず、白い朝の光だけが机の上へ伸びていた。 「最初に決める」 凪は【原記録】【作業用】【外部保管】と書いた3つの封筒を並べた。 「原記録には触らない。複製で作業して、誰が何時に触ったか紙に残す」 「僕を信用してるのか」 「してない。だから手順を決める」 凪は作業記録表に午前9時12分と書き、カメラとメモリーカードの番号も記した。手順のおかしい証拠は、内容までおかしいと攻撃される。 「ひとつの映像に、別々の角度から見た表示を入れる」 僕は小型カメラを固定し、その左右40センチに小型ミラーを置いた。凪が金属製のブックエンドで角度を固定する。左右の反射像を、同じ録画画面に並べる仕組みだった。 鏡が少しずれるだけで片方の表示が消えた。正午までかかって完成した装置は小学生の工作のようだったが、同じ時刻の異なる表示を1本の映像で比べられた。 …… 午後、僕らは駅の地下通路で録画を始めた。 大型広告パネルの正面に装置を固定し、床へ僕と凪の立ち位置を紙テープで示す。2枚の鏡には、同じ表示面が別々の角度から入った。僕らが入れ替わっても、カメラと鏡は動かさなかった。 左の鏡には、凪への旅行広告。右の鏡には、僕への警告記事。 【危険思想の拡散
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6話

6月21日、湾岸部の光都展示館は、海へ突き出した半円形の建物だった。正面階段の両側に水盤がある。 僕と凪が近づくと、水面に金色の道が現れた。 【高瀬凪様 お帰りなさい】 凪は足を止めた。 「帰ってない」 僕の側には、別の案内が出ていた。 【神崎遼様 奨学金特別面談はこちら】 「申し込んでない」 「ここは、同意前に登録される仕組みなの」 凪は水盤を見ず、中央の階段を上った。 征一郎は最上階の都市展示室で僕らを待っていた。曲面ディスプレイには10年後の東京が映っていた。 「神崎さん。孫がご迷惑をおかけしました」 「私は孫として来たんじゃない」 「もちろん。優秀な記者として招いた」 白い長机には、僕の入構権限停止通知、翔の公式記録、旧図書館の使用申請が並んでいた。昨日までの行動が、紙に印刷されている。 「監視していたんですか」 「公共設備の安全を確認しています。あなたはその設備に、強い関心をお持ちだ」 征一郎は椅子を勧めたが、僕らは座らなかった。原記録と測定端末は持ち込まず、胸元の小型カメラだけを入館前から回していた。 征一郎はレンズへ一瞥を送り、「記録はご自由に」と言った。外へ出せないと考えているようだった。 「翔の危険度を変えたのは、光都本社にある端末のはずです」 征一郎は銀色のカフスへ触れた。 
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-06
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7話

7月3日、東央区役所前の公衆電話は、庁舎の北壁に3台だけ残っていた。 僕は中央の受話器を取り、凪は2メートル離れた植え込みの脇に立った。頭上の庇には監視カメラがあるが、電話機の内側に画面はない。 10円玉を入れ、佐伯家の代理人になった田辺一樹(たなべ かずき)弁護士へ電話した。 「映像と記録を、紙の説明書と一緒に送ります」 「電子送信は?」 「相手ごとに違う警告が出ます。受け取れたかも確認できません」 「原本は手元に残してください。会って封印しましょう。複製は届いた時刻と封の状態を記録します」 受話器を置くと、硬貨が1枚戻った。 それから11日間、僕らは証拠を6系統に分けた。 6月1日の未編集映像原本は、田辺弁護士の目の前で封印し、そのまま預けた。検証用の複製は書留と別の運送便に分け、報道機関の記者にも直接渡した。合計6か所。受取人、時刻、封の状態、重量を紙に残した。 郵便局の壁面スクリーンは、【虚偽情報を含む記録媒体の送付は処罰される場合があります】と警告した。窓口の職員は禁制品でないことを確かめ、表示を伏せて消印を押した。 翌日、報道機関の1社から、封筒が空だったと電話が来た。こちらの控えには重量28グラムが残っている。田辺弁護士が計量記録を保全し、別便の受領も確認した。空の便は失敗系統として外し、同じ照合番号の複製を田辺弁護士の管理下で作り直した。別の報道社へ直接手渡し、受領時刻と封の状態を確かめて、最終的に外部6か所へ戻した。 征一郎はスクリーンを支配できても、手から手へ渡った6系統を一度には消せなかった。父の設計にある2つの監査保全庫とは別に、人が証拠を守る経路ができた。 7月13日の夜、美紀から固定電話があった。
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-07
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9話

7月14日の夕方、僕と凪は老人に教えられた道で駅へ向かう途中、パトカーで来た警察官に保護された。田辺弁護士へ連絡し、東央警察署へ同行した。 夜をまたいだ7月15日の午前2時、僕は署内の会議室にいた。 長机の片側に僕と凪、反対側に田辺弁護士と刑事がふたり。窓のブラインドは閉じられ、壁のスクリーンには白い布が掛けられている。 逮捕ではなく、保護と事情聴取だと説明された。 それでも廊下には制服警察官が立ち、僕らは自分の判断で外へ出られなかった。 「中継所への立入りは、正規鍵で承認されています」 田辺弁護士が書類を机へ置いた。 「佐伯美紀の緊急停止申請、片桐誠教授の保守確認、図書館の防災表示確認端末と中継所の操作記録。破壊された設備もありません」 刑事は黙ってページをめくった。 「ただし、目的外使用の疑いは残ります」 「人が撃たれる表示網を止める申請が目的外かどうか、先に調べてください」 凪の声は低かった。 僕は長机の木目を見ていた。63秒が終わってから、体の震えが止まらない。怖かったのだと、今になってわかった。 刑事のひとりが、白い布を少し持ち上げた。 「武器運用は、午前0時に全国で停止されました。今日から始まる予定だった屋外スマートフォン所持許可制も、施行凍結です」 「法律は?」 「残っています。凍結は廃止ではありません。政府が運用命令を止めただけです」 僕は顔を上げた。 「巡視機は撃たない?」 
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-08
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10話

11月3日の朝、大学前交差点を囲っていた白い工事幕が外された。 南西角の文具店は閉店し、シャッターに【長い間ありがとうございました】と書かれた紙が貼られていた。道路の向こうにコンビニ、右手に大学の南門。位置は6月1日と同じだった。 違うのは、足元だった。 路面ディスプレイは撤去され、横断歩道には白い塗料とざらついた舗装材が敷かれていた。停止線の手前には、スマートフォンを見るための四角い区画が3つ。表示ではなく、青い塗料で囲まれていた。 区画の脇には紙の案内板が立っていた。 【スマートフォンを利用する時は、ここで立ち止まってください。利用は任意です】 命令ではなく、使い方だった。 僕は南西角に立ち、大学から正式に借り直した旧型カメラを肩から下げていた。隣に凪、その向こうに美紀と莉子がいた。 「緊張してる?」 凪が聞いた。 「少し」 「渡らなくてもいい」 「渡る」 信号が赤から青へ変わった。 音響信号が鳴り、歩行者が動く。足元に矢印は出ない。残り秒数も、個人の歩幅も表示されない。 僕は1歩目を出した。 6月1日、翔が立っていた対岸を見る。 配達用の自転車も、手を上げる姿もない。 2歩目で、体が止まりそうになった。 美紀が僕を追い越さず、横に並んだ。莉子は反対側へ回り、凪は半歩後ろを歩いた。 誰も腕を引かなかった。 
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-09-09
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