歩きスマホは即死刑

歩きスマホは即死刑

last updateÚltima atualização : 2026-09-09
Por:  AmyEm andamento
Idioma: Japanese
goodnovel4goodnovel
Classificações insuficientes
10Capítulos
220visualizações
Ler
Adicionar à biblioteca

Compartilhar:  

Denunciar
Visão geral
Catálogo
ESCANEIE O CÓDIGO PARA LER NO APP

「歩きスマホは即死刑?」 ある日、首相は「来月から歩きスマホをAI警察が射殺する」と宣言する。施行初日、大学生の神崎遼は、親友・翔が警告に従おうとしたのに撃たれる瞬間を撮影した。

Ver mais

Capítulo 1

1話

「歩きスマホは即死刑?」

店の外から飛び込んだ声に、六車食堂の箸がいっせいに止まった。

僕――神崎遼(かんざき りょう)は、奥の席で壁を背にしていた。向かいの佐伯翔(さえき しょう)は鯖のみそ煮を崩しながら、入口脇のテレビを見ていた。

東央大学の南門を出てすぐ、細い路地の角にある古い食堂だ。油染みの残る壁に沿って4人掛けのテーブルが6卓並び、夕方は学生と会社員で埋まる。

店主は厨房から顔を出し、カウンターの会社員も箸を止めていた。野球の試合が中断されたことに文句を言う人はいなかった。

数分前、2039年4月27日の18時。野球中継が切れ、紺のスーツを着た鷹宮宗一(たかみや そういち)首相が映った。

【首相緊急会見 国民の生命に関わる重要発表】

「歩行中のスマートフォン操作による死傷事故は、看過できない水準に達しました」

背後の画面に、スマートフォンを見た歩行者が女性へぶつかる映像と、雨の歩道で自転車が転倒する映像が流れた。どちらも、その後は映さなかった。

次は通学路だった。赤い帽子が子どもの頭から外れ、車道へ転がる。画面は、帽子が白線を越えたところで切れた。

【昨年の死者 82人・重傷者 2,400人】

【年間推計損失 1兆8,000億円】

集計方法も、「損失」に何を含めたのかも示されなかった。

「政府は本日、歩行中携帯端末危険行為緊急措置特別法案を閣議決定しました。国会の審議を経て、明日公布、6月1日に施行する予定です」

首相は、停止命令に従わず周囲の生命へ急迫した危険を生じさせた者には、AI巡視機が即時制止を行うと説明した。

「即時危険制止とは、武器の使用を含みますか」

「含みます」

厨房で皿が割れた。その直後、店の外から「歩きスマホは即死刑?」という声が飛び込んだのだ。

「停止命令に従わない歩行者を、AIがその場で撃つ可能性があるということですか」

首相は質問を言い換えなかった。

「周囲の生命を守るため、必要な範囲で制止します」

いつ国会で審議するのか、誰が危険を判断するのか。記者の声が重なったが、司会者は次の質問者を指さなかった。

「明日公布って、いつ審議するんだよ」

翔は笑ったが、僕は笑えなかった。

10分もたたず、ネット記事が出た。

【歩きスマホは即死刑?政府、AI巡視機の武器使用を認める】

「これ、本気でやるってことだよな」

「今の説明どおりなら、6月1日からだ」

「歩いてる間だけ、しまえばいいのか」

翔はスマートフォンをポケットへ入れた。僕にも一瞬、簡単な規則に見えた。

テレビの下へ新しい文字が流れた。

【本日19時、東央大学前でAI巡視機の公開実演】

僕らは食べかけの定食を片づけ、大学前へ向かった。

交差点は白い規制柵で囲まれ、報道カメラと学生が歩道を埋めていた。僕と翔は南西角の規制線の外側に立った。

少しでも実演を見ようと、何本もの腕がスマートフォンを頭上へ掲げている。歩きスマホを禁じる制度の実演を、全員がスマートフォン越しに見ようとしていた。

頭上から、空気を細かく切る低い羽音が降りてきた。灰色の機体が街路灯より低い位置で止まる。下面には半球形のカメラと黒い筒が並んでいた。

四つの回転翼を含めると、幅は1メートルを少し超える。黒い筒は短く、遠目にはセンサーにも見えた。銃だと説明されなければ、通り過ぎていたかもしれない。

「あれが銃?」

「たぶん。発射部は隠してる」

僕は研究室の旧型業務用カメラを構えた。街頭スクリーンのちらつきを測る課題に使う、今どき珍しいほど重い機材だった。

黄色いベストの実演役が、スマートフォンを見ながら横断歩道へ出た。

巡視機の黒い筒が、彼の胸を追う。液晶を拡大すると、針先ほどの赤い点が胸元を横切っていた。

巡視機は、まだ警告していない。

次の瞬間、電子音が鳴った。

【停止してください。スマートフォンをしまってください】

職員が従うと、白い誘導光が安全区画まで伸びた。観客から拍手が起きる。

最前列の人が手を叩くと、後ろの学生たちも周囲を見てから拍手を始めた。

「警告に従うだけで、市民を安全な場所まで誘導します」

担当者は白い誘導光を指したが、赤い照準には触れなかった。報道カメラも、安全区画へ移動した職員だけを追っていた。

僕は映像をコマ送りにした。赤い点が胸を横切ったのは、警告より約1秒早い。

「翔、見た?」

「ちゃんと止まったじゃん」

「その前に狙ってた」

再生画面を見た翔の笑いが消えた。

係員が柵を動かし、僕らは後ろへ下がった。大型スクリーンから実演映像が消え、笑顔の親子へ切り替わる。

【見上げれば、安全な未来】

その下を、東央区のロゴが入ったトラックが大学の搬入口へ入っていった。

僕は車列を追った。

「遼、どこ行くんだよ」

「見てくる。先に帰ってて」

半分開いたシャッターの奥で、作業員が細長い箱から薄い黒色のパネルを出していた。表面には滑り止め、縁には路面固定用の金具がある。

まだ電源はつながっていない。真っ黒な表面に、天井灯だけが油膜のような虹色を浮かべていた。

梱包ラベルへカメラを向けた。

【光都ディスプレイ 東央区シティレイヤー計画・第1期】

【製造年月 2038年11月】

法案の発表より5か月も前だった。

今日決まった制度のための設備が、去年の秋に作られている。将来の需要を見込んだだけなのか、それとも今日の発表を知っていたのか。ラベルだけでは決められなかった。

「学生さん、そこ立入禁止」

作業員に呼ばれ、僕は立ち上がった。若い作業員が、小声で「倉庫には冬からあった」と教えた。

奥から年配の作業員に呼ばれ、彼は口を閉じた。台車の車輪が床の継ぎ目を越え、黒いパネル同士が鈍くぶつかった。

通りへ戻ると、公開実演を終えた人々が駅へ流れていた。

別の画面には会見直後の投票が出ていた。

【特別法を支持しますか 賛成73%】

誰が、いつ、何人に聞いた数字なのかはない。

女性リポーターにマイクを向けられた父親が、子どもの肩を抱きながら答えた。

「危ないときに巡視機が止めて、安全な場所まで誘導してくれるなら安心です」

隣では大学生が笑った。

「本当に撃つわけないって。ただの抑止力ですよ」

周囲の学生も笑ったが、その声はすぐ人の波に消えた。

母から着信があった。僕は人の流れを外れ、歩道の端で止まってから応答した。

「ニュース見た? 大学の前でしょう」

「実演も見た。法案より前に作られたパネルが運び込まれてる」

数秒の間、電話の向こうのテレビだけが聞こえた。

「でも、それだけじゃ何も分からないでしょう。危ない人を止める法律なんだから、遼が首を突っ込むことじゃないよ」

通りを行く人々は、もうスマートフォンをしまい、顔を上げていた。安全になったというより、監視されているときの振る舞いを覚え始めているように見えた。

電話を切ると、別の街頭画面で賛成率が67%と出ていた。数歩進んだ先では73%。更新時刻も母数もなく、同じ夜の街で数字だけが食い違っていた。

翔からメッセージが届いた。

【俺は先に帰る。遅くなるなよ】

僕は【わかった】と返した。

顔を上げると、実演を終えたはずの巡視機が搬入口の上空にいた。黒い筒がこちらを向き、赤い点が僕の胸を横切って消える。

僕はスマートフォンを持ったまま、歩道の端から動いていなかった。それでも機体は僕を狙い、何の警告も出さずに上昇した。

街頭スクリーンが切り替わった。

【施行まで35日】

法案は、まだ国会で審議すらされていない。

それでも街は、施行までの日数を数え始めていた。

Expandir
Próximo capítulo
Baixar

Último capítulo

Mais capítulos
Sem comentários
10 Capítulos
1話
「歩きスマホは即死刑?」店の外から飛び込んだ声に、六車食堂の箸がいっせいに止まった。僕――神崎遼(かんざき りょう)は、奥の席で壁を背にしていた。向かいの佐伯翔(さえき しょう)は鯖のみそ煮を崩しながら、入口脇のテレビを見ていた。東央大学の南門を出てすぐ、細い路地の角にある古い食堂だ。油染みの残る壁に沿って4人掛けのテーブルが6卓並び、夕方は学生と会社員で埋まる。店主は厨房から顔を出し、カウンターの会社員も箸を止めていた。野球の試合が中断されたことに文句を言う人はいなかった。数分前、2039年4月27日の18時。野球中継が切れ、紺のスーツを着た鷹宮宗一(たかみや そういち)首相が映った。【首相緊急会見 国民の生命に関わる重要発表】「歩行中のスマートフォン操作による死傷事故は、看過できない水準に達しました」背後の画面に、スマートフォンを見た歩行者が女性へぶつかる映像と、雨の歩道で自転車が転倒する映像が流れた。どちらも、その後は映さなかった。次は通学路だった。赤い帽子が子どもの頭から外れ、車道へ転がる。画面は、帽子が白線を越えたところで切れた。【昨年の死者 82人・重傷者 2,400人】【年間推計損失 1兆8,000億円】集計方法も、「損失」に何を含めたのかも示されなかった。「政府は本日、歩行中携帯端末危険行為緊急措置特別法案を閣議決定しました。国会の審議を経て、明日公布、6月1日に施行する予定です」首相は、停止命令に従わず周囲の生命へ急迫した危険を生じさせた者には、AI巡視機が即時制止を行うと説明した。「即時危険制止とは、武器の使用を含みますか」「含みます」厨房で皿が割れた。その直後、店の外から「歩きスマホは即死刑?」という声が飛び込んだのだ。「停止命令に従わない歩行者を、AIがその場で撃つ可能性があるということですか」首相は質問を言い換えなかった。「周囲の生命を守るため、必要な範囲で制止します」いつ国会で審議するのか、誰が危険を判断するのか。記者の声が重なったが、司会者は次の質問者を指さなかった。「明日公布って、いつ審議するんだよ」翔は笑ったが、僕は笑えなかった。10分もたたず、ネット記事が出た。【歩きスマホは即死刑?政府、AI巡視機の武器使用を認める】「これ、本気でやるってことだよな」「今の説明どおりなら、6
last updateÚltima atualização : 2026-09-04
Ler mais
2話
翌朝、情報環境学部棟3階の実験室には、昨日と同じ黒いパネルが6枚並んでいた。「神崎、踏んでいいぞ」教卓の前から片桐誠(かたぎり まこと)教授が声をかけた。僕が片足を乗せると、靴を囲む青い輪が誘導線になって窓側へ伸びた。「光都ディスプレイの都市表示システム、シティレイヤーだ。本学も歩行者誘導の実証実験に加わる」片桐教授は眼鏡を拭き、学生たちを見渡した。「登録情報と現在地を読み取り、その人にだけ見える映像を返す。歩きスマホを禁じるなら、代わりの情報経路が必要になる」僕の足元に名前と予定が浮かんだ。【神崎遼 次の講義まで42分】「名前や時間割は、実験用に登録したんですか」「スマートフォンの公開IDと歩容で識別し、大学の連携システムから呼び出している」テスト用ではない。大学が持つ僕の情報が、そのまま使われていた。僕がパネルを降りると、入れ替わるように翔が乗った。「学食の空席まで出る。A定食、残り18食」僕の位置から見えるのは白い線の断片だけだった。翔の隣へ回り込むと、線は虹色に割れて別の形へ崩れた。「目の位置に合わせて光を振り分ける。同じパネルを見ても、表示は別々だ」片桐教授の説明を聞きながら、僕は翔に見えている文字を最後まで読めなかった。「本人の同意は取っていますか?」振り返ると、学生記者証を下げた高瀬凪(たかせ なぎ)がいた。長い髪を後ろでまとめ、紙のメモを胸に当てている。「公共の安全に必要な範囲は、区の条例と特別法の運用規則に従う。詳細は光都へ」片桐教授が答えると、凪はメモの角をそろえ、僕の足元を見て出ていった。……法案は未明までの審議で衆参両院を通過し、4月28日に公布された。【本日公布 6月1日施行】翌日から区内の舗装が剥がされ、朝には黒いパネルがはめ込まれていた。区の工事記録を調べると、前年から【老朽設備更新】の名目で電源線と固定枠が埋められていた。目の前で街が作り替えられたように見えても、準備は法案前に終わっていた。駅の壁、バス停、病院の廊下、大学の階段まで画面になった。歩く人の足元には、その人だけの矢印や予定が現れる。駅前には、スマートフォンを使うための白い区画もできた。導入直後は人が列を作ったが、2週目には短くなった。路面が遅延を教え、壁が家族からの連絡を読み上げ、店頭画面が本人だけの値引きを出したか
last updateÚltima atualização : 2026-09-04
Ler mais
3話
2039年6月1日、午前7時40分。 東央大学前交差点の南西角で、僕は旧型カメラを三脚へ固定した。横断歩道のパネル脇には、表示の輝度と保守情報を記録する大学の測定端末を置く。 背後にはシャッターを閉じた文具店、右手には大学の南門、道路の正面にはコンビニがある。朝の光が斜めに差し、横断歩道の半分だけを白く照らしていた。 カメラのふたつのスロットへ同じ映像を記録する設定を確かめ、録画を始めた。 信号待ちの人々は、誰もスマートフォンを持っていない。全員が足元の時刻や広告、青い矢印を見ていた。 スマートフォンをしまっても、視線は上がっていない。手の中の画面が、足元へ移っただけだった。 上空にはAI巡視機が3機いた。 午前7時48分、対岸に翔が現れた。配達バッグを背負い、自転車をラックへ留める。僕を見つけ、左手を上げた。 青信号まで、あと12秒。 翔の足元で白い表示が切り替わった。内容は読めない。 翔は僕を見たあと、ポケットのスマートフォンへ手を伸ばした。 信号が青になり、人波が動く。翔もスマートフォンへ目を落としたまま、横断歩道へ一歩出た。 巡視機の1機が高度を下げた。赤い点が翔の左肩から胸へ滑り、中央で止まる。 警告より先に、照準を合わせている。 「翔、止まれ!」 僕が横断歩道へ踏み出したとき、警告音が鳴った。 【停止してください。スマートフォンをしまってください】 翔が顔を上げた。僕と目が合う。その場で止まり、スマートフォンをポケットへ戻そうとした。
last updateÚltima atualização : 2026-09-04
Ler mais
4話
6月2日の午後、佐伯家の居間には白い花の匂いがこもっていた。 箪笥の上に、入学式で笑う翔の写真がある。僕は座卓へノートパソコンを置き、手元に残したカードをつないだ。 慣れないスーツの襟が少し曲がり、本人だけが気づかず笑っている。写真の脇には、警察から返された画面の割れたスマートフォンが置かれていた。 「公式映像から消された場面があります」 美紀はすぐに再生を求めなかった。 「見ると、何が変わる?」 「翔が命令を無視していないと証明できます」 「翔は戻る?」 答えられなかった。 「見たくない。でも、翔が何をしたのかは知りたい」 莉子も僕の隣へ座った。 映像の中で翔が通知を開き、巡視機が降下する。発射直前、美紀が足元を指した。 「これ、止まろうとしてる」 右足は白線の内側で踏みとどまり、左足のかかとだけが浮いていた。翔が止まるときの癖だった。 美紀は、その4秒を3度見た。 3度目が終わっても、画面から目を上げなかった。莉子は発射音の直前に顔を背け、両手を膝の下へ入れていた。 「この映像を、みんなに見せて」 莉子が言った。 「でも、遼さんまで撃たれたら、どうするの?」 美紀は翔の写真を見た。 「それでも、この子が誰かを殺しかけたことにされるほうが怖い」 僕は公開用の複製を作り、原記録には触れないことを
last updateÚltima atualização : 2026-09-05
Ler mais
5話
旧東央図書館は駅北口から徒歩12分の住宅街にあった。新館ができた2年前から、灰色の3階建ては資料保存庫として使われていた。館内にシティレイヤーのパネルはなく、携帯電波も弱い。表示に誘導されず、外から映像を見られる心配も少なかった。 6月11日の朝、凪は学内新聞の取材名目で、1階奥の閲覧室を借りた。右に書架、左に大窓。天井灯はつけず、白い朝の光だけが机の上へ伸びていた。 「最初に決める」 凪は【原記録】【作業用】【外部保管】と書いた3つの封筒を並べた。 「原記録には触らない。複製で作業して、誰が何時に触ったか紙に残す」 「僕を信用してるのか」 「してない。だから手順を決める」 凪は作業記録表に午前9時12分と書き、カメラとメモリーカードの番号も記した。手順のおかしい証拠は、内容までおかしいと攻撃される。 「ひとつの映像に、別々の角度から見た表示を入れる」 僕は小型カメラを固定し、その左右40センチに小型ミラーを置いた。凪が金属製のブックエンドで角度を固定する。左右の反射像を、同じ録画画面に並べる仕組みだった。 鏡が少しずれるだけで片方の表示が消えた。正午までかかって完成した装置は小学生の工作のようだったが、同じ時刻の異なる表示を1本の映像で比べられた。 …… 午後、僕らは駅の地下通路で録画を始めた。 大型広告パネルの正面に装置を固定し、床へ僕と凪の立ち位置を紙テープで示す。2枚の鏡には、同じ表示面が別々の角度から入った。僕らが入れ替わっても、カメラと鏡は動かさなかった。 左の鏡には、凪への旅行広告。右の鏡には、僕への警告記事。 【危険思想の拡散
last updateÚltima atualização : 2026-09-06
Ler mais
6話
6月21日、湾岸部の光都展示館は、海へ突き出した半円形の建物だった。正面階段の両側に水盤がある。 僕と凪が近づくと、水面に金色の道が現れた。 【高瀬凪様 お帰りなさい】 凪は足を止めた。 「帰ってない」 僕の側には、別の案内が出ていた。 【神崎遼様 奨学金特別面談はこちら】 「申し込んでない」 「ここは、同意前に登録される仕組みなの」 凪は水盤を見ず、中央の階段を上った。 征一郎は最上階の都市展示室で僕らを待っていた。曲面ディスプレイには10年後の東京が映っていた。 「神崎さん。孫がご迷惑をおかけしました」 「私は孫として来たんじゃない」 「もちろん。優秀な記者として招いた」 白い長机には、僕の入構権限停止通知、翔の公式記録、旧図書館の使用申請が並んでいた。昨日までの行動が、紙に印刷されている。 「監視していたんですか」 「公共設備の安全を確認しています。あなたはその設備に、強い関心をお持ちだ」 征一郎は椅子を勧めたが、僕らは座らなかった。原記録と測定端末は持ち込まず、胸元の小型カメラだけを入館前から回していた。 征一郎はレンズへ一瞥を送り、「記録はご自由に」と言った。外へ出せないと考えているようだった。 「翔の危険度を変えたのは、光都本社にある端末のはずです」 征一郎は銀色のカフスへ触れた。 
last updateÚltima atualização : 2026-09-06
Ler mais
7話
7月3日、東央区役所前の公衆電話は、庁舎の北壁に3台だけ残っていた。 僕は中央の受話器を取り、凪は2メートル離れた植え込みの脇に立った。頭上の庇には監視カメラがあるが、電話機の内側に画面はない。 10円玉を入れ、佐伯家の代理人になった田辺一樹(たなべ かずき)弁護士へ電話した。 「映像と記録を、紙の説明書と一緒に送ります」 「電子送信は?」 「相手ごとに違う警告が出ます。受け取れたかも確認できません」 「原本は手元に残してください。会って封印しましょう。複製は届いた時刻と封の状態を記録します」 受話器を置くと、硬貨が1枚戻った。 それから11日間、僕らは証拠を6系統に分けた。 6月1日の未編集映像原本は、田辺弁護士の目の前で封印し、そのまま預けた。検証用の複製は書留と別の運送便に分け、報道機関の記者にも直接渡した。合計6か所。受取人、時刻、封の状態、重量を紙に残した。 郵便局の壁面スクリーンは、【虚偽情報を含む記録媒体の送付は処罰される場合があります】と警告した。窓口の職員は禁制品でないことを確かめ、表示を伏せて消印を押した。 翌日、報道機関の1社から、封筒が空だったと電話が来た。こちらの控えには重量28グラムが残っている。田辺弁護士が計量記録を保全し、別便の受領も確認した。空の便は失敗系統として外し、同じ照合番号の複製を田辺弁護士の管理下で作り直した。別の報道社へ直接手渡し、受領時刻と封の状態を確かめて、最終的に外部6か所へ戻した。 征一郎はスクリーンを支配できても、手から手へ渡った6系統を一度には消せなかった。父の設計にある2つの監査保全庫とは別に、人が証拠を守る経路ができた。 7月13日の夜、美紀から固定電話があった。
last updateÚltima atualização : 2026-09-07
Ler mais
9話
7月14日の夕方、僕と凪は老人に教えられた道で駅へ向かう途中、パトカーで来た警察官に保護された。田辺弁護士へ連絡し、東央警察署へ同行した。 夜をまたいだ7月15日の午前2時、僕は署内の会議室にいた。 長机の片側に僕と凪、反対側に田辺弁護士と刑事がふたり。窓のブラインドは閉じられ、壁のスクリーンには白い布が掛けられている。 逮捕ではなく、保護と事情聴取だと説明された。 それでも廊下には制服警察官が立ち、僕らは自分の判断で外へ出られなかった。 「中継所への立入りは、正規鍵で承認されています」 田辺弁護士が書類を机へ置いた。 「佐伯美紀の緊急停止申請、片桐誠教授の保守確認、図書館の防災表示確認端末と中継所の操作記録。破壊された設備もありません」 刑事は黙ってページをめくった。 「ただし、目的外使用の疑いは残ります」 「人が撃たれる表示網を止める申請が目的外かどうか、先に調べてください」 凪の声は低かった。 僕は長机の木目を見ていた。63秒が終わってから、体の震えが止まらない。怖かったのだと、今になってわかった。 刑事のひとりが、白い布を少し持ち上げた。 「武器運用は、午前0時に全国で停止されました。今日から始まる予定だった屋外スマートフォン所持許可制も、施行凍結です」 「法律は?」 「残っています。凍結は廃止ではありません。政府が運用命令を止めただけです」 僕は顔を上げた。 「巡視機は撃たない?」 
last updateÚltima atualização : 2026-09-08
Ler mais
10話
11月3日の朝、大学前交差点を囲っていた白い工事幕が外された。 南西角の文具店は閉店し、シャッターに【長い間ありがとうございました】と書かれた紙が貼られていた。道路の向こうにコンビニ、右手に大学の南門。位置は6月1日と同じだった。 違うのは、足元だった。 路面ディスプレイは撤去され、横断歩道には白い塗料とざらついた舗装材が敷かれていた。停止線の手前には、スマートフォンを見るための四角い区画が3つ。表示ではなく、青い塗料で囲まれていた。 区画の脇には紙の案内板が立っていた。 【スマートフォンを利用する時は、ここで立ち止まってください。利用は任意です】 命令ではなく、使い方だった。 僕は南西角に立ち、大学から正式に借り直した旧型カメラを肩から下げていた。隣に凪、その向こうに美紀と莉子がいた。 「緊張してる?」 凪が聞いた。 「少し」 「渡らなくてもいい」 「渡る」 信号が赤から青へ変わった。 音響信号が鳴り、歩行者が動く。足元に矢印は出ない。残り秒数も、個人の歩幅も表示されない。 僕は1歩目を出した。 6月1日、翔が立っていた対岸を見る。 配達用の自転車も、手を上げる姿もない。 2歩目で、体が止まりそうになった。 美紀が僕を追い越さず、横に並んだ。莉子は反対側へ回り、凪は半歩後ろを歩いた。 誰も腕を引かなかった。 
last updateÚltima atualização : 2026-09-09
Ler mais
Explore e leia bons romances gratuitamente
Acesso gratuito a um vasto número de bons romances no app GoodNovel. Baixe os livros que você gosta e leia em qualquer lugar e a qualquer hora.
Leia livros gratuitamente no app
ESCANEIE O CÓDIGO PARA LER NO APP
DMCA.com Protection Status