All Chapters of 妹を救った私は、炎の中に置き去りにされた: Chapter 1 - Chapter 10

10 Chapters

第1話

身体が突然、ふっと軽くなった。そのまま私は、宙へ浮かび上がっていった。下を見下ろすと、部屋の隅で小さな身体がうずくまっていた。制服は焼け焦げ、残っているのはわずかな布切れだけ。皮膚は焼けた紙のように真っ黒に焦げ、少し触れただけで灰になってしまいそうだった。髪の毛は一本も残らず、青白い頭皮がむき出しになっている。そこには無数の水ぶくれがびっしりと浮かんでいた。それは私だった。もっと正確に言えば、それは私の死体だった。私は死んだ。大晦日の夜、自分の部屋で、生きたまま焼き殺されたのだ。階下から、救急車のサイレンが聞こえてきた。邸宅の庭にある人感センサーライトが点いては消え、消えてはまた点く。遠くからは、途切れ途切れにお正月の歌も聞こえていた。救急隊員たちが担架を抱えて駆け込んでくる。母の泣き声が、張り裂けそうに響き渡った。「佐緒里ちゃん!目を開けて、お母さんを見て!お願いだから!」母は妹をぎゅっと抱きしめ、両手を震わせていた。父も担架の横について歩き、顔面を真っ青にして、一歩たりとも離れようとしない。妹の顔の火傷を見つめながら、目を真っ赤にしていた。「絶対に助けてやってくれ……頼む……」最初から最後まで、誰一人として2階を見上げることはなかった。救急車はサイレンを響かせながら、走り去っていった。邸宅のリビングでは、テレビがまだ特番を流していた。アナウンサーは満面の笑みを浮かべている。「この家族団らんのひとときに、皆さまのご家族に幸せが訪れますように……」それから、およそ1時間が経った頃、父が戻ってきた。その顔は、今にも雷が落ちそうなほど険しかった。父は大股で2階へ上がり、私の部屋の前で足を止めた。「美緒!出てこい!」父は焦げたドアを思いきり蹴り飛ばした。ドンッ!大きな音が響き、木片が床に散らばった。私は父の目の前まで浮かんでいき、「お父さん」と呼ぼうとした。けれど、声が出なかった。「中に隠れていれば、俺が許すとでも思ったか?」父は冷笑した。「お前の妹はまだ救命処置を受けてるんだ。顔の傷が残ったら、お前は一生ただじゃ済まさないからな!まだ子供のくせに、なんて悪どい心をしてるんだ。あれはお前の実の妹だぞ!」父の言葉がまるで刃物の
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第2話

翌日は元日。例年なら、母方の祖母の家へ新年の挨拶に行くはずだった。けれど、今年はもう無理だった――妹がまだ入院している。母は朝早くに帰ってきた。足早に2階へ上がってくるその顔は、ひどく憔悴していた。そしてそのまま、木板で釘付けにされた私の部屋の前に立った。「美緒!」母の声は甲高く耳障りで、誰もいない廊下に響き渡った。「中で何を考えてるのか知らないけど、これだけは言っておく。もうあんたにはうんざりなの!昨日の夜、叔父さんに電話したわ。明日、あんたを田舎に送るから。そこで思う存分反省しなさい。もしちゃんと改心しないなら、二度と帰ってこなくていいわ!」その口調は冷たく、決然としていた。まるで私に判決を言い渡しているようだった。「叔父さんの家は生活も楽じゃないから、ちょうどいいわ。そこで苦労して、少しは思い知りなさい。毎朝5時に起きて、豚や鶏の世話をして、それから畑仕事。そうすれば、人を傷つけることなんて考える暇もなくなるでしょう」私は母の前に浮かびながら、歪んだその顔を見つめていた。「聞いてるの!?」母は木板をバンバン叩いた。「今すぐ荷物をまとめなさい。明日の朝一番で出発よ!」返事はなかった。母の顔がみるみる険しくなっていく。「いい度胸ね……まだ私に逆らうつもり?いいわ。あんたが荷造りしないなら、私がやってあげる!」母は踵を返すと、自分の部屋へ駆け込み、古いスーツケースを引っ張り出した。そして少し考えたあと、スマホを取り出して私の番号に電話をかけた。「おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません……」私のスマホはポケットの中に入ったまま、そして今は、私と一緒に焼け焦げ、鉄くずになっている。「そう……そういうことね」母は怒りのあまり、逆に笑い出した。そしてスマホをソファに叩きつけた。「家出したってわけ?罪から逃げるために逃亡したのね!」母はラインを開き、親戚のグループに音声メッセージを送った。「みんな聞いて!うちの美緒、昨日火をつけて妹に火傷させたくせに、今日は姿をくらましたの!私はもう一度だけチャンスをあげて、反省させようと思ってたの。それなのに、あの子ったら勝手に逃げたのよ!」グループはたちまち騒然となった。
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第3話

その時、2階から突然、耳をつんざくような音が響き渡った。ピッ――ピッ――ピッ――!煙感知器だ。部屋に残っていた煙の濃度が再び警報を作動させ、赤いランプが激しく点滅している。私は廊下に浮かびながら、けたたましく鳴り続けるその装置を見つめる。これが、私に残された最後のチャンスだ。誰かが様子を見に来てくれれば、誰かがあの木板をこじ開けてくれれば……私を見つけてくれる。私が家出したんじゃないと、分かってくれる。私はずっとここにいて、みんなが探しに来るのを待っていたのだと、知ってもらえる。階下から物音が聞こえてきた。「なんだよ、うるせえな!」父がソファから立ち上がり、いら立った様子で2階へ向かってきた。来た!お父さんが来た!この瞬間、私の胸が激しく高鳴った――もう心臓なんて動いていないのに。お父さん、早く来て!早くドアをこじ開けて!私はここにいる!父は2階へ上がり、釘で固く封じられた私の部屋の前に立った。眉をひそめ、頭上で点滅する赤い警報ランプを見上げる。煙感知器はまだ鳴り続けている。その音は、次第に激しくなっていく。ピッピッピッピ――!「ったく、このポンコツ、昨日ちゃんと点検したばっかりだろ」父はぶつぶつ言いながら、腰の工具袋に手を伸ばした。そこには釘抜き用のハンマーが入っていた。父は木板をこじ開けて、中を確認するつもりだ。近い。もっと近くに。ついにハンマーを取り出した。父はドアの前に立ち、木板と釘の隙間にハンマーの先端を差し込んだ。あと少し力を入れてこじれば、木板が外れる。ドアが開けば、父は私の真っ黒に焼け焦げた遺体を見る。そして、真実を知る。私の魂は震え、必死に叫んでいた。こじ開けて!お願いだから、こじ開けて!父の腕に力が入る。ハンマーが木板を押し上げ始めた。ギィ……木板が小さな音を立て、ほんの少しだけ緩んだ。その時――「お父さーん!」階下から、妹の甲高い泣き声が響いた。「お父さん、煙の臭い、すごく嫌!ここに住みたくない、部屋を替えて!」妹は病院から戻ってきたばかりだった。その顔には包帯が巻かれ、泣きじゃくるような声を上げている。父の動きが止まった。振り上げられたハンマーも、そ
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第4話

午後の陽射しが、掃き出し窓からリビングへ差し込んでいた。テレビでは、特番の再放送が流れている。父はソファに寄りかかりながらスマホをいじり、時折、声を上げて笑っていた。妹は母の腕の中にすっぽり収まり、顔にはまだ包帯が巻かれていた。タブレットでアニメを見ながら、リンゴをかじっていた。その時、玄関のチャイムが鳴った。「誰かしら?」母は立ち上がって髪を整えると、玄関へ向かい、ドアを開けた。そこに立っていたのは、ラフな服装をした背の高い男だった。手には、輸入物のさくらんぼが入った箱と、バービー人形のギフトボックスを提げている。従兄の林大成(はやし たいせい)だ。今は消防隊の隊長を務めている。今日は新年の挨拶に来たのだ。「あら、大成くん。来たのね」母はたちまち笑顔になり、慌てて手土産を受け取った。「ほら、早く入って。外は寒いでしょう」従兄は靴についた雪を払いながら、家の中をぐるりと見渡した。「佐緒里ちゃんが大晦日の夜に火傷したって聞いたよ。さっきまで勤務だったから、その足で新年の挨拶に寄ったんだ。妹の様子を見にね」「大丈夫よ、大丈夫。顔をちょっと火傷しただけで、医師も跡は残らないって」母は従兄を家の中へ招き入れた途端、堰を切ったように愚痴をこぼし始めた。「あなた、あの日がどれだけ危なかったか知らないでしょう。叔父さんが早く気づかなかったら、佐緒里ちゃんは死んでたのよ!全部美緒のせいで……」従兄はソファのそばまで歩いていくと、しゃがんで妹の頭を優しく撫でた。妹は顔を上げて、「お兄ちゃん」と呼んだだけで、またすぐにテレビへ目を戻した。従兄は妹の顔に巻かれた包帯に気づき、わずかに眉をひそめた。「火傷、ひどいのか?」「大したことないわ。もうちゃんと処置してもらったから」父は鼻から煙をふっと吐き出した。「全部は美緒のせいだ。正月だってのに部屋で火遊びなんかして、妹をこんな目に遭わせやがった!」従兄は父へ視線を向けた。「美緒は?何度か会ったことがあるけど、大人しそうな子だったよな」「大人しい?」父は鼻で笑った。「あれは猫をかぶってただけだ。性根が腐ってるんだよ。妹に嫉妬して、わざと火をつけたんだ。それで今度は罪から逃げて、姿をくらました!」「家出したのよ」母も横か
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第5話

父はその気迫に圧倒され、数秒間ぽかんと立ち尽くした。やがて「頭おかしいんじゃないか」とぶつぶつ呟くと、工具を取りに階下へ戻っていった。私はドアの前に浮かびながら、あの木板を見つめていた。ついに。ようやく、開けてもらえる。ありがとう、お兄ちゃん。父は釘抜き用のハンマーを持って戻ってきた。木板をこじ開けながら、ぶつぶつ文句を言っている。「まったく、正月早々なんだってんだ……ただ焼けただけの部屋だろ。何があるっていうんだ……」バキッ。最初の木板が外れた。3日間閉じ込められていた悪臭が、一気に外へ噴き出した。バキッ。2枚目。臭いがさらに強くなる。バキッ。3枚目。木板が1枚、また1枚と外れていくにつれ、3日間ずっと閉じ込められていた悪臭が、ついに一気に解き放たれた。焼け焦げた肉の臭い。そこに腐敗した甘ったるい生臭さと、吐き気を催すような死臭が混じっている。「オエッ……!」一番近くにいた父は、その臭いに耐えきれずえずき、鼻を覆いながら何度も後ずさった。「だから臭いって言っただろ!お前が無理やり……オエッ……」従兄は何も言わなかった。ただ、少しずつ姿を現していくドアを、汗ばんだ手で固く握りしめながら見つめていた。最後の木板が落ちた。父が手を伸ばし、ドアを押す。ギィ……軋んだ音を立てながら、ドアがわずかに開いた。廊下の窓から差し込む眩しい午後の陽射しが、3日間暗闇に閉ざされていた部屋の中へ差し込んだ。光が少しずつ広がっていく。焼け焦げた壁を照らし。真っ黒に焼けたベッドを照らし。床に散らばった教科書や通学カバンを照らし。そして、部屋の隅にあるものを照らした……身体を小さく丸め、皮膚は真っ黒に焦げ、ぴくりとも動かない、小さな身体を。その瞬間、時間が止まった。父はドアの前で凍りついた。手はまだドアノブにかかったまま、目を大きく見開き、瞳孔が激しく開いていく。顔から血の気が、目に見えて引いていった。「み……美緒……?」喉の奥から絞り出したその言葉は、風に舞う枯れ葉のように震えていた。従兄は大きく息を吸い、ハンカチで鼻と口を覆うと、部屋の中へ大股で入っていった。焼け焦げた臭いが、腐敗した悪臭とともに一気に押し寄せてくる。
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第6話

パリン!母の手から皿が落ち、粉々に砕け散った。真っ赤なさくらんぼがあちこちに転がり、飛び散った果汁が床を濡らす。まるで鮮血のように、目に焼きつくほど鮮やかだった。母の瞳孔が激しく開いた。大きく口を開け、喉の奥から「ヒュッ、ヒュッ」と苦しげな呼吸音が漏れる。「み……美緒……?」前へ進もうとするけど、両脚が言うことを聞かない。激しく震え、立っていることすらできなかった。「違う……こんなの、嘘よ……」母は必死に首を横に振って、涙が一瞬にして溢れ出した。「家出したんじゃなかったの?どこかに隠れてるんじゃなかったの?どうして……どうして……いやああああ――」凄まじい絶叫が、邸宅中の静寂を切り裂いた。あまりにも鋭く、あまりにも絶望に満ちた叫びだ。まるで魂そのものを引き裂くように響き渡る。その直後、母は白目をむき、そのまま後ろへ倒れ込んだ。ドサッ!床に頭から倒れ、そのまま意識を失った。従兄は立ち上がり、上着を脱ぐと、私の真っ黒に焦げた身体にそっとかけた。そして振り返り、床にへたり込んでいる父を見つめる。その目は、まるで見知らぬ他人を見るように冷たかった。「叔父さんが、このドアを釘で塞いだのか?」父は全身を震わせ、唇をわななかせるだけで、何も言えない。「聞いてるんだ!」従兄は勢いよく歩み寄り、父の襟首をつかむと、床から無理やり引きずり起こした。「お前が、このドアを釘で塞いだのか?!」「俺……俺は……」父の目から涙が流れ落ちた。「窓から逃げると思ったんだ……」「窓?」従兄は手を放し、部屋にある唯一の窓へ視線を向けた。窓は固く閉ざされていた。その外側には面格子が取り付けられている。柵の間隔はわずか10センチほど、猫ですら通り抜けられない。ましてや、10代の子供が出られるはずもない。「教えろ」従兄の声は、歯の隙間から絞り出すようだった。「どうやって、ここから出るんだ?」父も従兄の視線を追った。閉ざされた窓。びっしりと取り付けられた面格子。それを見た瞬間、父の顔から血の気が引いた。「俺……忘れてた……その時は頭に血が上ってて……窓に面格子があることなんて、忘れてた……窓から逃げれば……それで……ちゃんと反省すると思って……」
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第7話

妹は涙を手で拭いながら、途切れ途切れに話し始めた。「その日……私、キャンドルランタンで遊びたかったの……お父さんが、お家の中では遊んじゃダメって言ってた……でも、どうしても遊びたくて……こっそりお姉ちゃんの部屋に持っていったの……お姉ちゃんは火が怖いから……普段、あの部屋には誰も入らないし……」声がどんどん小さくなり、涙がますます激しく流れ落ちる。「キャンドルに火をつけたら……すごく綺麗だった……でも、火の粉がテーブルクロスに飛んじゃって……それで……それで、燃え始めたの……怖くなって……お父さんとお母さんを呼びに行こうとしたけど、火が大きくて……足に力が入らなくなって……転んじゃった……」妹は息もできないほど泣きじゃくった。「そしたら、お姉ちゃんが飛び込んできて……私を抱きしめて……ずっと『佐緒里ちゃん、怖くないよ。お姉ちゃんが外に連れていくから』って……私たちがドアのところまで這っていったら……お父さんが来て……」妹の声がそこで途切れた。小さな身体が、さらに激しく震え始める。部屋が死んだような静寂に包まれた。聞こえるのは、妹の泣き声だけだった。「その日、お父さんとお母さんに本当のことを言おうと思ったの……でも、私、気を失っちゃって……そのあと、お父さんもお母さんも、お姉ちゃんの話になるとすごく怖い顔をするから……お姉ちゃんがどこにいるのか聞くのも怖くなって……怖かったの……だから、何も言えなくなった……お姉ちゃん……ごめんなさい……全部、私のせいで……」真実が、すべて明らかになった。嫉妬なんてなかった。放火なんてしていなかった。殺人なんて、もちろんしていない。最初から最後まで、ただ一人の姉が、妹を助けるために必死になっていただけだった。それなのに父は、娘を犯人だと決めつけ、火の海へ蹴り飛ばし、たった1つ残された生きる道まで釘で塞いだ。「あああああ――!」父が突然、狂ったように壁へ駆け寄った。そして頭を力いっぱい壁に叩きつける。ドンッ!ドンッ!ドンッ!1度、2度、3度。額から血が流れ落ちても、父は痛みなど感じていないかのようだ。「俺が美緒を殺した……俺が娘を殺したんだ……俺のせいだ……全部俺のせいだ……」父は何度も頭を壁に打ちつけながら、
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第8話

6時間。あの日は大晦日の夜だった。家では、大晦日のご馳走が食卓いっぱいに並べられていた。けれど、私は一口も食べていなかった。2階で宿題をしていたから。母に言われていたのだ。「宿題が終わってから下りてきなさい。佐緒里ちゃんが楽しくご飯を食べる邪魔をしちゃダメよ」江口さんはさらに私の背中を調べ、眉間の皺を深くした。「ここに鈍器による打撲痕があります」彼は私の身体をそっと動かし、背中に残った特徴的な痣を指差した。高熱で焼かれていたにもかかわらず、その形ははっきりと残っていた。「形からすると、靴底の跡ですね。これは生前についた傷……」江口さんは顔を上げ、従兄を見た。それから、壁際にへたり込んでいる父へ視線を向ける。「しかも、火災現場で負った傷です。かなり強い力が加わっています。肋骨にも軽いひびが入っています」従兄は拳を固く握りしめた。手の甲に青筋が浮かび上がる。そして大股で父のもとへ歩み寄ると、襟首をつかみ、床から引きずり起こした。「言え!あの夜、一体何があった?!」父はガタガタと震え、目を逸らした。「俺……俺はただ……少し、懲らしめただけで……」「懲らしめた?」従兄は冷笑し、部屋の中に横たわる私の遺体を指差した。「子供を火の中へ蹴り飛ばしておいて、それが『懲らしめた』だと?!」「佐緒里ちゃんを傷つけてると思ったんだ……美緒が佐緒里ちゃんの頭を押さえつけてると思って……」父の声はどんどん小さくなり、涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっていく。「本当に……逃げられると思ってたんだ……本当に、こんなことになるなんて……」「知らなかったとでも言うつもりか?」従兄は父を乱暴に突き飛ばした。「一度でも振り返っていれば!たった一度でも見ていれば!なのに、お前は見なかった。大事な末娘のことしか頭になくて、確かめようともしなかった。そのままドアを閉め、鍵までかけて、挙げ句の果てには釘で塞いだ!この3日間、一度でもあの子を探したのか?!それどころか親戚に、あの子を少年院に入れるなんて言ってたそうだな。美緒はお前の頭上にいたんだ。お前が釘で塞いだ、あのドアの向こうに。お前が『家出した』と思い込んでいた、あの部屋の中にずっといたんだ。それなのに、お前は一度も上がって
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第9話

時には突然、壁際へ駆け寄り、爪で必死に壁を引っかき始める。「ドア……ドアはどこだ……?釘……釘はどこにある……?釘を抜かなきゃ……ドアを開けなきゃ……美緒がまだ中にいる……」爪はすべて割れ、10本の指は血まみれになっていた。壁には、彼が爪で引っかいた血の跡が幾筋も残っている。医師は仕方なく、父に拘束用の手袋をつけた。それでも父は絶えずもがき続け、口の中で何度も繰り返す。「ドア……開けて……美緒がまだ中にいる……」さらに恐ろしいことに、父は自傷行為まで始めた。突然、狂ったように自分の皮膚を引き裂く。まるで燃え盛る炎を消そうとしているかのように。「消さなきゃ……火を消さなきゃ……美緒の身体が火だらけなんだ……俺が消してやらなきゃ……」腕を、胸を、頬を、血が流れるほど激しく引っかき続ける。看護師たちは、父をベッドに縛りつけ、24時間体制で監視せざるを得なかった。それでも父は、ベッドの柵や壁、手の届く場所にある硬いものへ頭を何度も打ちつける。「俺のせいだ……全部俺のせいだ……俺が娘を殺した……地獄へ落ちるべきだ……火に焼かれて死ぬべきなんだ……」頭を壁に叩きつけ、額が裂けて血まみれになっても、意識を失うまでやめなかった。目を覚ますと、また繰り返す。医師によれば、極めて重度の心的外傷後ストレス障害に加え、強い自責の念によって精神症状を引き起こしているという。父の意識は、永遠にあの大晦日の夜で止まってしまった。生きているが、死ぬよりも苦しい。1分、1秒、地獄の中でもがき続けている。私は病室に浮かびながら、父を見つめていた。昔、私に絵本を読んでくれた父。私を肩車して、笑っていた父。そして、私に怒鳴りつけ、何かと命令していた父。その父が今では、ただの狂人になっていた。母は精神科病院には入らなかった。けれど、その状態は父と大して変わらなかった。重度の恐火症と、深刻なうつ状態を患っていた。家の中にある、火を使うものをすべて捨てた。「火はダメ……火は絶対にダメ……」母は家の中を何度も行き来しながら、怯えた目で隅々まで確認し続ける。冬になっても、邸宅には暖房もエアコンもなかった。室温は氷点下まで下がった。母は分厚い毛布にくるまり、ソファの上で震えていた。唇
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第10話

「寒ければ、火事にはならない……もっと寒くすれば、火は起きない……」母は完全に正気を失っていた。一番かわいそうだったのは、妹だった。顔に残った火傷は、傷跡になった。それほどひどいものではなかったけど、白く小さな顔には、やはりはっきりと目立っていた。かつては家族みんなから愛されていたお姫様だった妹は、今ではクラスメイトたちから笑いものにされていた。「見て。あの子が火をつけて、お姉ちゃんを焼いたんだって!」「私のお父さんとお母さんが言ってた。お姉ちゃん、死んじゃったんだって!」「自業自得だよ!お姉ちゃんを殺したんだから!」妹は、天国から地獄へと突き落とされた。日に日に無口になり、心を閉ざしていった。もう笑わない。甘えることもしない。両親にあれが欲しい、これが欲しいとねだることもなくなった。毎日、学校から帰ると、一人で部屋の隅に縮こまっていた。そして、壁に飾られた私たち姉妹の写真を見つめる。ずっと昔に撮った写真だった。私が妹を抱きしめ、妹は幸せそうに笑っている。「お姉ちゃん……」妹は手を伸ばし、写真にそっと触れた。「ごめんなさい……あの日、ちゃんと言えばよかった……私のせいでお姉ちゃんが亡くなった……」涙が写真の上に落ち、映っている顔を滲ませていく。妹は夜中に何度も飛び起きた。あの日の炎を夢に見る。私が父に蹴り飛ばされ、火の中へ戻された光景を夢に見る。そして口元を両手で押さえ、泣き声を必死に押し殺した。階下にいる、正気を失った母を起こさないように。妹はよく、顔に残った傷跡を撫でながら、独り言のように呟いていた。「お姉ちゃんは私を助けてくれたのに……私のせいでお姉ちゃんが亡くなった……私なんか、生きてちゃいけない……」まだ8歳の子供なのに、その瞳にはもう光がなかった。……私は妹の部屋を出た。そして、この冷たい邸宅からも離れた。もう、行かなければならない。遠くに、一筋の温かな光が私を呼んでいた。その光はとても柔らかく、言葉では言い表せないほど温かかった。まるで母の腕に抱かれているようで。それとも、春の日差しのようで。そこには、怒鳴り声もない。偏った愛情もない。冷たいドアも、灼けつくような炎もない。そこがきっと、私が本当に帰るべき場
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